匿名心情

佐藤 田楽

匿名心情

 自尊心なんてものは微塵もなく、立ち上がろうとする気持ちなんて一切ありません。

 古き日本の奥ゆかしさがとても美しく見え、そうなろうと頑張って残ったのはただ「自分には何も無い」という喪失感でした。

 これまで、なんども変わるチャンスはあったと思います。

 でも、いらない場の空気を無意味に感じ取り、切らなきゃならないような奴らとの縁を要らぬ優しさでドロドロとつるみ続けてきました。

 するといつしか、道化にもなれぬ、へらへらと周りのために嘘を吐き続ける愚者に成り下がり(もしかしたら元々地べたまで這い落ちきっていたのかも知れませんが)そんなタチの悪い出久人形のような自分は家族にも親友にもこの時限りの他人にも自分という正体が明かせず、自分ひとりで怠けているようなときでも、空っぽな偽の自分が身体を動かしているのでした。

 知らない、しかしよく知ってるあいつが自分のふりをして自分の身体を使っている様子は時に滑稽で、時に辛辣で、時に嫉妬して、常に無感情です。

 いつしか自分なんてものは分からなくなり、自分は本当はあいつなんじゃないかという感覚麻痺に陥り、まずこの自分が偽りなんじゃないかという思いがしてきて、けれどしっかり本当の自分がここにいるのです。

 そんな奇妙な感覚で日々を生きているのです。


 つまらないのです。

 ただ目先の愉悦を貪りその延長線上の愉快を辿っていけば、それで人生は成り立ち、素晴らしいものになるはずなのに。

 目先の愉悦の先を見据えようと背伸びして苦しくなり、辿る線の両脇をチラチラとしては不安になってその場に身を丸めへたりこんでしまう、その人生が止めどなくとてつもなくつまらないのです。

 自分には何も無いのではありません。

 なにも得ようとしてこなかったのです。

 自分には何も出来ないのではありません。

 できることを認めようとしないのです。

 自分には誰もいないのではありません。

 誰もいないと思い込みたいぐらいに閉じこんでしまいたいのです。

 そうやって汚い美徳、欲求に身をゆだねていると、いつしか本当にその通りになり、やっと心の底からの笑がこぼれ、さあ、死にましょう。


ーーー匿名心情

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

匿名心情 佐藤 田楽 @dekisokonai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る