世界の終わり
唯木 有
第1話 神様
まっさらな白い部屋の中で神様は考えていた。世界が終わるとどうなるのだろうかと。
部屋の真ん中にはうっすらと闇を帯びた透明な球体がふわふわと浮かんでいた。
ゼリーのように揺れているその中には無数の銀河が浮かんでいて、それぞれがかすかに光ってうごめいている。
つまり、われわれの宇宙がこの不思議な球体の中に詰め込まれているのだった。
神様は毎日毎日それを眺めて過ごしていた。窓のない、四方を壁で囲まれた部屋の中では日が昇り降りすることもないから、正確には一日という区切りはないのだが、長い時間の中である一定のリズムで寝起きを繰り返すようになっていた。
神様は目が覚めると必ずこの宙に浮かんだ宇宙を眺めていた。そもそも、この狭い部屋の中にはこれしかなかった。
だが、神様が退屈することは少なかった。
見飽きえることがないほど多様な生物があったからである。
星の上にはたくさんの知的生命体が生まれていて、彼らは独自の文明を築いているが、どの星もやがて他の星を目指し宇宙へと繰り出した。
しかし、他の生命体と出会えるものは稀であった。神様にとってはほんのわずかな距離がその出会いを妨げる最大の障害となっていることがもどかしくもあり、陰ながら彼らを応援するのが楽しみでもあった。
そんな中、神様にふと疑問がわいてきた。
この世界はどうやって始まったのだろうか。神様だからそんなこと知ってるはずだと思われるかもしれないが、神様はこの宇宙のすべてを見渡せるだけであった。
生まれた時にはすでに宇宙が出来上がっていたのである。
どこかの生命はその答えにたどり着いているかもしれないと考え、今までずっと眺めていた宇宙をもう一度くまなく探してみたが、どこにも答えは見つからなかった。
今までだってちらと心に浮かぶことはあってもとくに気も留めなかった疑問が、一度気にかかると、寝ても覚めても頭から離れない。
誰に相談することもできず、とうとう気が滅入ってしまって、世界を終わらせてしまうことを決意した。
宇宙が始まるところはもう見ることができないとしても、宇宙が終わるところを見ればきっと宇宙の始まりも想像がつくだろうと考え付いたのである。むしろ、それだけが宇宙の始まりに対しての唯一のヒントであるとしか思えなかった。
良心が痛まないわけではなかった。今まで見守ってきた生き物たちを自分勝手な好奇心のために死に追いやることに罪悪感も感じたが、それでも止めることはできなかった。それほどまでに、この疑問は神様を苦しめていた。
神様は宇宙を押し縮めようと、部屋の真ん中にあった宇宙を壁へと押しやった。
宇宙の感触はひんやりとして思いの外、弾力があった。これほどまでに曲がるものかと思うほどぐにぐにと曲がったが縮む気配はない。
これはなかなか骨の折れることだと思い、さらに力を加えるとどこかで、ガタンッと何かが外れたような音がした。
その途端、宇宙は観念したかのようにしゅるしゅると自ら身を縮めだした。
ほっと一息をつき様子を窺っていると、部屋に光が差し込んでいるのが目に入った。
なんと、ピクリともしないと思っていた天井や四方の壁に隙間が入り、展開図を開くように音もなく壁が倒れていった。
最後にフッと風を起こして壁が地面に倒れてしまうと、神様は、自分が月面のような場所にぽつんとあることを知った。相変わらず周りはまっさらで何もないが、よくよく空を見上げると何やら大きな惑星が近づいてくるようである。
神様はハッと気づきすでに半分ほどの大きさになってしまった宇宙を振り返り、くまなく探すと、小さな惑星の上に自分の後姿があった。
神様は自分の置かれている状況と未来を悟った。
つまり、この部屋は宇宙の外であり、中でもあったのだと。無限の入れ子構造を固定する留め具がこの部屋の役割であったことを。
いま、宇宙を固定するものはなく、収縮する勢いは増すばかりである。
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