18 共存はできない
「
間一髪の所で、レオンの声が届いた。
左手の先から光の帯が伸び、ユリスと魔獣を隔てようと両者の間へ割り込んだ。
光はすぐさま凍結し、氷の壁と化す。魔獣は顔から激突し、鼻血を流して仰け反った。
「手を貸すのはここまでだから」
突き放したようにも聞こえるレオンの物言いだが、ユリスの実力なら雌のダンデリオンにも負けないはずだという判断だった。
その想いを無言の内に汲み取ったのか、ユリスは魔獣を見据えていた。何が何でも勝ちに行くという気迫が漲っている。
「|地竜裂破(ヴォロンテ・ラ・テール)!」
魔獣の足下が、水面と化したように大きくうねった。土の柱が伸び上がり、今度こそ狙い違わず魔獣の腹部を貫いた。
宙へ持ち上げられながらも、魔獣は激しく暴れた。その度に傷口から血が溢れ、大地を赤く染めてゆく。
「
全力で振り下ろした一撃が、魔獣の脳天を打った。ユリスは魔獣の悲鳴を聞きながら、頭部に刺した星球武器へ魔力を注ぐ。
「
武器の先端で、光の竜術が炸裂した。爆発の効果を秘めた一撃により、魔獣の頭部は粉々に破裂してしまった。
「倒した……」
返り血を浴び、肩で息をするユリスは、緊張から解き放たれた安堵の顔で尻餅をついた。
それを呆れ顔で眺めるのはリュシアンだ。
「ユリス、おまえには後で話がある。とりあえず、今は討伐完了が最優先だ」
リュシアンは林の奥へ目を向けた。
恐らく今頃は、アンナが敵を引きつけてくれているはずだった。
通常は群れを成して襲ってくるダンデリオンが、ここまでばらけるのは珍しいからだ。
警戒を緩めることのないリュシアンに、レオンが並んだ。
「シルヴィさんは林へ入っていった。あのふたりなら心配ないだろうけど、群れのリーダーが見当たらない。すぐに合流した方がいい」
「そうだな。ユリスとマリーはここで待っていてくれ。俺たちだけで片付ける。ユリスは、水の魔法で顔だけでも洗っておけ。血にまみれて酷い有り様だぞ」
加護の腕輪がないユリスには、返り血や汚れから身を守る方法がない。それを今更ながらに思い出したが、後の祭りだ。
開き直ったリュシアンは、マリーの姿を探して視線を彷徨わせた。
彼女は地面へ膝立ちになり、サミュエルに寄り添っていた。彼は腕を噛まれたようで、傷口へ癒やしの魔法を施している。
「あの人は……」
見覚えのある顔に、リュシアンは記憶の糸を辿った。
ブリュス・キュリテールとの戦いの後、マルトンの街で遠目に見かけたのだと思い出すのに多少の時間を要した。
「碧色。置いていくよ」
「悪い、すぐに行こう」
レオンに急かされ、リュシアンは現実へ引き戻された。
「
風の魔法が
林に駆け込んで間もなく、子どものダンデリオンが罠に掛かっているのが見えた。しかし子どもとはいえ、狼ほどの体長を持つ魔獣だ。油断できない相手に違いはない。
それが間隔を開けて五頭ほど。いずれも、竜の顎と呼ばれる設置型の鉄ばさみに脚を取られている。
罠を仕掛けたのはアンナだが、魔獣たちは一撃の下に斬り伏せられて絶命していた。これは、後を追ってきたシルヴィによるものだ。
獲物に残された傷跡を見て、リュシアンは瞬時にその光景を思い浮かべた。
「魔獣相手とはいえ、子どもまで手にかけるのは気分のいいもんじゃねぇな」
苦い顔でつぶやくリュシアンだが、隣を駆けるレオンはそれを鼻で笑う。
「ぬるいな。手心を加えれば、いずれ人が襲われる。忠実なドミニクのせいで、忘れてるのか? 悪人を野放しにするのと同じ意味だよ。それこそ魔獣の凶暴化に伴って、動物への被害も増えてる。共存はできない」
「わかってる。ただ、動物は守って魔獣は駆逐するべきだっていう考え方がな……前は共存してたわけだろ。理力の宝珠とやらを取り返せば、以前の生態系に戻せるはずだろ」
「くだらない話は終わりだ」
ふたりの目が、林の中で動く影を捉えた。
狙うは、雄のダンデリオン一頭。
しかし林の中という場所が、戦いを長引かせているのは明らかだった。
シルヴィの斧槍を活かすには狭く、アンナが矢を放っても木々の陰に隠れられてしまう。魔獣は機敏に動き回り、ふたりを
「このっ!」
シルヴィが、斧槍の先端を魔獣へ向けた時だった。攻撃を機敏に察知したダンデリオンは、彼女たちへ向けて一声吠えた。
魔獣の声は恐怖という感情を生み、シルヴィとアンナの聴覚を通じて体内へ滑り込む。それは心を縛り、即座に体の自由を奪った。
「
駆けるリュシアンは苦い顔でつぶやいた。
ダンデリオンの群れを束ねるリーダーだけが持つ特殊能力とは聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。
視界に収まる一キロ以内の対象を、三秒ほど硬直させるという厄介な効果を持つ。次の発動には数分の溜めが必要となるが、狩られる側にはひとたまりもない能力だ。
「レオンも気をつけろ。あいつの死角から攻めるんだ」
「言われるまでもないよ」
ふたりが斬り込むよりも、ダンデリオンが仕掛ける速さが上回った。
シルヴィとアンナが硬直した隙を突き、魔獣はシルヴィの肩を蹴って跳び上がった。
二本の大木を交互に蹴りつけ、器用かつ俊敏に頭上へ抜けた。その先には、
アンナが硬直から解かれた時には、牙を剥いた魔獣が眼前に迫っていた。
「うそでしょ」
アンナの顔が恐怖に強ばった。
遠距離から襲う彼女を脅威と見なしたか。はたまた、子どもたちを狙われた恨みか。その理由を知る
「アンナ!」
リュシアンがたまらず叫んだ。
彼女の手から魔導弓が抜け落ちる。ふたつの影は絡み合い、数メートル下の地面へ向けて落下した。
魔獣がアンナの体を踏み台にして大きく跳躍した。折れた枝葉が舞う。アンナの呻きが木々の奥から聞こえてきた頃には、着地した魔獣は次の攻撃態勢に入っていた。
「野郎!」
リュシアンは怒りを抱えて左拳を握った。
しかし、体に帯びているのは炎竜の力だ。ここでそれを解き放っては、周囲を炎に包んでしまうのは目に見えている。
「碧色、構わず狙え」
すぐ側で、レオンの声がした。
彼の左手に宿る水色の光を認めた途端、リュシアンは口元をほころばせた。
「
三本に分裂した斬撃が、炎を纏って飛んだ。
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