08 見栄と欲望にまみれた箱庭
メラニーさんは周囲を伺い、口元に手を当てる。
「各々が支払える金額に応じて、治療所が三カ所に分かれているんですよ」
「三カ所って?」
「大司教様の寺院は
話しながら山の中腹へ目を移した。
「症状が軽めの人たちは、中腹にある大司教様の館か、門を入ってすぐの簡易診療所で治療を受けるんです。やっぱり最後はお金が物を言いますから、大司教様の癒やしを受ける方は一握りですよ」
「でも、皆さんは大司教の奇跡の力が目当てなんですよね?」
すると、クロードさんが苦笑する。
「理想と現実です。噂を聞いて来たものの、お金が払えない。泣く泣く、弟子である司祭様の治療で我慢して帰るんです」
胸の奥へ不快感が込み上げた。命を預かり、救うための力も持つ集団なのに。
冒険者も金のために動き、そのための人助けもある。だが聖職者ともなれば王国からの支援も受けているはず。それでも尚、金へ執着するのは横暴だ。
命より金を重視する大司教。その上、マリーに治療をさせているとしたら、どこまで腐った奴なのか。
「万人に公平な聖職者が、金に狂ったか」
「そうとも言い切れません。これだけの人々をひとりで救うのは無理です。選別するには合理的な方法だと思いますけどね」
「クロードさん。本気で言ってます?」
思わず、その顔を睨み返してしまう。
「患者が抱える症状の重さに関わらず、金で命の優劣が決定付けられてるんですよ。ふざけやがって!」
語気が荒くなってしまい、周囲の人々が何事かと振り返ってきた。
列の中には子どももいる。金がないという理由だけでその子の夢や未来を閉ざし、希望を奪うつもりなのか。
「俺も冒険者として依頼をこなす
「リュシアンさん、落ち着いてください」
話に割り込んできたのはセリーヌだ。
「クロードさんも正論です。これだけの方たちを救うには、ひとりではとても……最も、人数に制限を設けるなど、何かしらの措置は必要だと思います。大司教様が倒れては元も子もありません」
「金の亡者の心配なんて必要ねぇだろ。って、それはつまり、マリーがこき使われてるってことだよな」
恐らく何かしらの方法を使い、彼女に治療をさせているはずだ。
「あ。リュー
「こんな時に茶々を入れるんじゃねぇ」
アンナの頬をつねってやった。
「痛いってば! リュー兄も、頭に血が上ると見境なく突っ走るクセがあるから気を付けてよね。アンナ、心配だよ」
「まぁ、努力はしてみるよ」
そうは言ってみたものの、実際に大司教へ会ったら怒りを抑えられるだろうか。
「そういえば、門の入口で簡単な手荷物検査もあります。皆さんの武器は一時的に没収されますが、大丈夫ですか?」
クロードさんの言葉で、改めて身なりを確認した。剣とスリング・ショット、そして魔法石の入った袋を取り外す。そのまま、後ろのアンナを振り返った。
「行ってくれるか? 頼む」
「そう来ると思った……高く付くよ?」
「スイーツ食べ放題、でどうだ?」
「えへへ。約束だからね」
セリーヌの
「アンナさんはどちらへ?」
「まぁ、後でわかるって」
セリーヌへ微笑みかけた時だった。後方から走ってきた一台の馬車。ふたり乗りのクーペ・タイプと呼ばれるそれが、門の側で慌ただしく停車した。
ドアを開けて素早く降りてきたのは、身綺麗な
そこから姿を現したのは、煌びやかな服に身を包んだ白髪の紳士だった。杖を突きながら左足を引きずるように歩き、門の脇へ立つ助祭へ歩み寄ってゆく。
「なるほど。ここはそういう規則か」
見るからに高飛車な富裕層の典型。気付けば、勝手に足が動いていた。
列の先頭で受付をしていた男性と口論しているようだが、懐から紙幣を取り出し、彼の眼前へチラつかせている。
苛立ちが募った。こんなクズがいるから、金に狂った聖職者が増長するんだ。
いやらしく笑う紳士の肩を掴む。
「なんだね、君は?」
いぶかしむその顔を真っ向から睨むと、僅かに怯えの色が浮かんだ。
「てめぇら富裕層の金に物を言わせたやり方が、どこでも通用すると思うなよ。さっさと後ろへ並べ」
金が支配する、見栄と欲望にまみれた大司教の箱庭。こんなヘドが出るような場所は、俺が絶対に浄化してみせる。
引き下がる紳士の背中を見送りながら、晴れ晴れとした気持ちになった。直後、先頭で口論していた男性と目が合うと、彼は意外にも舌打ちを漏らした。
「正義の味方気取りか? もう少しで金が貰えるところだったのに。邪魔するな」
思いがけない一言に、自分自身が空回りしているような居心地の悪さを覚えた。
そのまま列に並ぶこと数十分。門まで進んだ所で、左右に控えた助祭の手荷物検査。だが、必要な物をアンナへ渡したお陰で、何事もなく中へ通された。
ようやく敷地へ入ったが、そこでも更に行く手を遮る木製の柵。三つの入口が用意されており、側には案内役の助祭が数名。皆、患者の対応に追われている。
奴等に聞くだけ時間の無駄だ。咄嗟に、背後のメラニーさんを振り返った。
「この入口っていうのは、さっき言ってた三つの行き先に分けるための物ですよね? 寺院へ行くのはどれですか?」
「一番右ですよ」
それに従い、入口へ進む。柵と一体化した形で、木製の受付小屋がそれぞれに併設。建物の中には助祭の姿も見える。
「ここで通行証を買わされるんですよ」
「通行証?」
汚い物でも見るように、
「馬車の運賃と、症状に見合った治療費を一括精算されるんですよ。それと引き替えに通行証が渡されます」
「なるほどねぇ……俺たちは呪いを解いてもらうために来たんですけど、いくらぐらいですかね?」
「
「馬車が八百ブラン? ぼったくりだろ」
ヴァルネットからカルキエでさえ、ひとり四百ブランだ。どれだけ搾り取るのか。
溢れ出しそうになる怒りを押しとどめ、セリーヌへ視線を移した。
「悪い。少し貸してくれないか?」
「構いません。存分に使ってください」
法衣のベルトに括り付けられた革袋から、細紐で束ねた紙幣を取り出した。
彼女の几帳面さが伺える。適当に突っ込んでいる俺とは大違いだ。
「通行証を取ってきますから、三人は向こうで待っていてください。患者がひとり、後は付き添いで構いませんよね?」
「付き添いが多すぎる気もしますけどね」
「まぁ、確かに不自然か」
メラニーさんと顔を見合わせ苦笑する。
「おふたりが恋人同士。彼女が養子で僕らは養親。これでどうですか?」
「クロードさん。それ頂きます」
設定は完璧だ。三人と離れ、受付小屋の中を伺おうとした時だった。
「ちょっと、よろしい?」
横手からの声に顔を向けると、ひとりの助祭の姿。案内係だろう。
四十過ぎといったところか。目つきが鋭く、恰幅の良い女性だ。パンパンに張った祭服が、なんだか可哀想に見える。
「俺に何か用ですか?」
すると、呆れ顔で深い息を漏らした。
「あなた、ここは初めて? 失礼だけど、入口を間違えてるんじゃない?」
「は?」
「この一番受付は、大司教様から直々に奇跡を
言いながら、俺の体を上から下へ向けて眺め降ろしている。
「失礼だけど、どう見たって……ぷっ!」
口元を隠し、肩を揺らして笑う女が鬱陶しい。剣で斬り伏せてやりたい。
「ボクちゃん。身の丈に合った受付を選びなさいよね。庶民はあっち!」
「失礼。そこを通してくれないか?」
声に振り向くと、そこにいたのはさっきの老紳士だ。俺の姿に驚いた素振りを見せたが、すぐに気を取り直し、助祭と同類の視線を投げてきた。
「入口を間違えているのではないかね? この一番受付は、君の大嫌いな富裕層だけが通ることを許されているはずだが」
「はいはい。そうですか」
嫌みを込めて言うと、助祭が体当たりをするように強く押し退けてきた。
「あら、これはエミリアン様! 今日はどういった症状ですかぁ?」
声音が別人のように裏返り、紳士と共に受付小屋へと進んでゆく。
「どいつもこいつも、腐ってやがる……」
奇跡の力が全てを狂わせたのか。それとも元から狂っていたのか。この箱庭は、どうやら末期症状にあるらしい。
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