03 超大型魔獣、ブリュス=キュリテール


「冒険者ギルドの下請けとして動き、依頼を斡旋するというわけですか?」


 フェリクスさんは、セリーヌへ目を向ける。


「お嬢さん、飲み込みが早いね。楽をして儲けられる最高の仕事だろ? 既に二つのパーティから快諾を貰ってる。ここをリュシアンに預ければ三つ目。当面はそれで試運転だ」


「ちょっと待ってください! 俺に預けるって、勝手に進められても……」


 獲物を狙うような鋭い眼光に射貫かれた。


「駆け出しのおまえを拾って育てたのは、この計画のためだ。パーティから抜けて一年。その間、自由も許してやった。そろそろ恩を返してくれてもいいんじゃないのかぁ?」


 フェリクスさんの言うことは良くわかる。多大な恩も受けた。それでも俺は。


「でも俺は、まだ目的を果たせていないんです。せめてそれまでは」


「兄さんか。荷物はこの街から発送されたんだったな。でも、その後は行き詰まってるんだろ? いい加減、前へ進んだらどうだ?」


「絶対に探し出してみせます!」


 真っ向から睨み返すと、呆れたような溜め息を漏らされた。


「おまえさんがランクAで足踏みしてる理由もそれなんだろ? 兄さんに肩を並べるなんておこがましい。未だにそうなのか?」


「はい。俺にとって憧れの存在です。それはずっと変わりません。兄貴を探すために故郷を出ました。冒険者もランクもおまけ。今の俺の目的は、それだけなんです」


 沈黙が降りる。通りを往来する人々の喧噪が、いやに大きく聞こえた。


「一緒に来い。世界はまだまだ広い。その中で、兄さんの手掛かりも見付かるかもしれないだろ? 気楽にやれよ」


 そして、大きく身を乗り出してきた。


「この国に革命を起こすんだ。俺たちが時代を創るんだよ! 富裕層でもない、魔力も持たない平民出の人間が、ここまでやれるってことを思い知らせてやりたいんだ。そうなったら最高だろ!?」


 そう熱く語られても困る。


「もう少し時間をください。兄貴の手掛かりが掴めそうなんです」


「本当か?」


 驚いた顔をしているが、そう言う俺も半信半疑だ。隣に座り、黙って話を聞いているセリーヌ。神器と竜を知るこいつなら、何らかの手掛かりを持っているはずだ。


「ごめ〜ん。ちょっと手を貸して!」


 その時、商店の前から叫び声がした。顔を向けると、両手に木製トレイを持ったシルヴィさんの姿。


わたくしが手伝います」


 テーブルを立って駆け出すセリーヌを眺め、フェリクスさんが再び口を開いた。


「仕方ない。ここまで待ったんだ。その言葉が本当なら、もう少しだけ待つとするか。実は、おまえさんの力を借りたい用件が、もうひとつあったんだがなぁ……」


 そう言って、テーブルに一枚の羊皮紙を広げた。どうやら魔獣の討伐任務のようだ。


「王城から直接、ランクLの冒険者にだけ命じられてる依頼だ。ブリュス=キュリテール。おまえさんも、この名を良く知ってるだろ?」


「まさか!?」


 兄の手帳にあった、謎の単語のひとつだ。


「ブリュス=キュリテール……魔獣の名前だったんですね」


 以前に何気なく尋ねたのだが、覚えていてくれたのか。驚きの記憶力だ。


「で、どんな魔獣なんですか? 映写の記録はないんですか?」


「あの娘さん、スタイルも抜群か。胸といい、腰のくびれといい……尻も最高だな」


「フェリクスさん……今、すっげぇ真剣な話の途中なんですけど」


「あぁ、悪い……残念ながら記録はないそうだ。出所不明の目撃情報によると、獣のような三つの頭。背中には竜のように巨大な翼。そして尻尾は蛇。たいそうな組み合わせだが、四足歩行の超大型魔獣って話だ」


「突然変異種か何かですかね?」


「さぁな。俺にもわからん……」


「兄貴の手帳にもあったってことは、未だに討伐されていないんですよね?」


「まぁ、そういうことだなぁ……」


 気のない返事に、腹が立ってきた。


「フェリクスさん!?」


「なんだぁ?」


「俺と話しながら、セリーヌを目で追うのはやめてください」


「それくらい良いだろ? 目の保養だ。あんな女を抱けたら最高だよなぁ」


「卑猥な発言も控えてください」


 また、悪い病気が現れてしまった。


「シルヴィも決して悪くないんだが、もっと慎ましい感じがあればなぁ……」


「すっごくわかります! って、そうじゃねぇ。魔獣の情報をくださいよ」


「これが全てだ。生息場所も能力も不明。見付け次第、迅速かつ確実に仕留めろとさ」


「全てが曖昧ですね」


「おまえさんのランクを上げがてら、こいつを探そうと思ってたんだがなぁ」


 フェリクスさんが羊皮紙を折り畳むと、ふたりがようやく戻ってきた。


「遅くなってごめんね。お酒が色々ありすぎて迷っちゃった。てへっ!」


 ひとつだけ、明らかにジョッキのサイズが違う。どれだけ飲むつもりなのか。


 俺たちは果実を搾った特製のソフトドリンク。そして、加工肉と野菜をパンで挟んだ、四人分のクローズド・サンドが置かれた。


「おい、シルヴィ」


 二人が席へ着くなり、怪訝そうな声を上げるフェリクスさん。


「なぁに?」


「俺の酒はどうした?」


「さっき飲んだでしょ。もうオジサンなんだから、体をいたわりなさいって」


「オジサンだと? まだまだ現役だ!」


「あっちは現役かもしれないけど、冒険者を引退なんて言ってる人にはあげられないわね」


「ごふっ!」


 ドリンクを飲みながらむせてしまった。


「リュシアンさん。大丈夫ですか!?」


「あぁ、悪い。何でもねぇ……」


 昼間から、なんて話をしてるんだ。


「で、話はまとまった?」


 俺の気持ちなど露も知らず、クローズド・サンドを手に尋ねてくるシルヴィさん。


「その事なんだがな……リュシアン、あと一ヶ月だけ待ってやる。それで進展がなければ俺と来い。シルヴィたちもその間、この街に滞在させる。好きに使うといい」


「あたしたち、物じゃないんだけど」


「悪いな。言葉のアヤだ」


「そういう気遣いのない所が、フラれる原因なんじゃないの? 外見と腕が良くても、中身がねぇ……」


 それはお互い様だと思うんだが。


「そっくりそのまま返してやる」


「なんか言ったぁ?」


「ん? このドリンク、果実の味をそっくりそのまま冠して、やるなぁって」


 かなり苦しい言い逃れをしながら、フェリクスさんはセリーヌを見た。


「君はどうする? 俺の傘下に加わってくれたら最高なんだが」


「お断りします。私もリュシアンさんと同じように旅の目的がありますので」


「旅の目的? でも冒険者なんだろ?」


「これは、困っていた男の子を助けるために成り行きで……それと、目的を果たすための情報を得る、近道になればと」


 木製のカップへ視線を落とすセリーヌ。だが、その目は遙か先を見ているのだろう。

 その旅を手伝いたいのが本音だが、フェリクスさんの手前、軽々と口には出来ない。


「セリーヌのことはそっとしておいてやってください。俺じゃ不満ですか?」


「どうせなら美女もいた方が……いたたっ!」


 シルヴィさんが、その耳を引っ張った。


「色々な所にちょっかいを出すのは自粛したら? これを食べて、さっさと革命の拠点探しをしてよ」


「拠点探し?」


 思わず反応してしまった。あの場所を手に入れたが、このままでは持て余すだけだ。是非、有効利用してもらおう。


「一ヶ月待って貰うお詫びに、拠点を提供しますよ。その代わりお願いが……」


☆☆☆


「うまく逃げ切ったか?」


「恐らく大丈夫だと思います」


 セリーヌとふたり、息も絶え絶えだ。

 中央広場の馬車乗り場。そこに置かれたベンチに腰掛け、ようやく一息ついた。


 あの後、セリーヌを遠ざけ、フェリクスさんとシルヴィさんには昨晩の一件を打ち明けた。口裏を合わせることを条件に、天使の揺り籠亭を拠点として提供することに決定。食事を終えた俺たちは、足早に牡鹿亭へ戻った。


 昼の書き入れ時を過ぎ、休憩中だったクレマンさんとイザベルさん。ふたりを掴まえ、仕事を辞めて牡鹿亭を出る旨を報告した。


「悲しんでたな……」


 イザベルさんの顔は忘れられない。突然の話だ。無理もないだろう。

 もう会えなくなるわけでもない。いつでも帰ってこい、と言ってくれたクレマンさんの言葉が胸に響く。


 フェリクスさんが天使の揺り籠亭の二階を買取り、そこへ住まわせてもらうと説明した。当然、脚色された話だが、こうでも言わないと納得してくれそうにないと思ったのだ。


 それに万が一、ドミニクが報復してこないとも限らない。いつまでも厄介になっているわけにいかない。いつかは離れなければならない場所だった。


 そうして、一行の引っ越しが慌ただしく始まった。シルヴィさんたちは昨日から押さえていた宿をキャンセルし、全ての荷物を揺り籠亭へ運び始めた。


 その騒ぎの間に素早く身支度を済ませ、セリーヌと牡鹿亭を飛び出した。俺の荷物は後でも運び出せる。全く問題ないだろう。


「急いで馬車に乗るぞ」


「はい」


 呪いのことは、みんなに悪くて巻き込めないとセリーヌには告げてある。素直に従ってくれたが、これは単純に、念願のふたり旅を果たすための口実だ。


 まずはシャンパージェで魔導杖まどうじょうを入手するため、広場の馬車へ乗り込んだ。

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