02 断罪の剣聖


 なぜ、依頼の報酬受領に俺たちが関係しているのか。セリーヌと顔を見合わせて困惑すると、シルヴィさんは勝手に話を進めてきた。


「あたしたちはブノワの護衛依頼を受けていたでしょ。本人には逃げられたけど、ギルドへ事前に報酬が預けられているはずよ」


「受け取りだけならふたりでも……」


「それだけじゃないの。あの植物型魔獣も討伐対象の手配中だったのよ。きっと、大森林で襲われた生存者が申請をしていたのね」


 そう言われてみれば、シャルロットの手配書に載っていた気もする。


「でも、あいつの本体は地底湖の底ですよ。俺たちが討伐した証拠がない」


「あるのよ!」


 シルヴィさんは得意げに微笑んだ。


「レオンが魔力映写まりょくえいしゃに収めてたの。赤竜せきりゅうに焼かれる前後の記録だから、十分な証拠よ」


 予定外の実入りとは嬉しい話だが、そうなるとあいつにも権利があるはず。


「それなら、ナルシスがいる時に」


 そこまで言うと突然に首へ腕を回され、その胸元へ強く引き寄せられた。

 酒くさい。しかも軽装姿のため、大きくて柔らかな膨らみが頬を圧迫してくる。


 これは、地獄と天国の挟み撃ちだ。


「余計なことは言わなくていいの。あなたは黙って付いてきて、全ての報酬を受け取ればいいのよ。オッケー?」


「全然、オッケーじゃないです」


 意味がわからぬままシルヴィさんに腕を引かれ、四人で冒険者ギルドへ。


「わっ! いらっしゃいませっ!」


 中へ入るなり、緊張した面持ちで出迎えてくれたのはシャルロットだ。シルヴィさんとレオンを紹介していると、辺りで依頼を探す冒険者たちからも好奇の視線を向けられた。


 確かに、ランクSともなれば冒険者にとって憧れの存在だ。辺りがざわつくのも無理はない。加えて、ここにはセリーヌもいる。二大美女へ、男どもの熱い視線が注がれる。

 そんなふたりを連れ歩けるとは、俺も鼻が高い。


 四人で受付へ向かうと、いつもの中年女性の姿。レオンの加護の腕輪へ記録された映写を見せ、申請を進める。


「確認が取れました。討伐対象の情報と確かに一致しています。では、報酬の計算を……」


 結果、ブノワの護衛報酬が四千ブラン。ベルヴィッチアの討伐報酬は一万五千と算出。


 そしてここで、更に意外なことが。レオンが風の魔法で葬ったグラン・ショーヴにも四千ブランずつの賞金が設けられていた。敵は三体。報酬の合計は三万二千ブランだ。


「これは全て、彼の記録にして」


「だから、どうして俺なんですか?」


 女性職員と話すシルヴィさんを横から遮ってしまった。なぜだかわからないが、鋭い目つきで睨まれている。


「詳しい話は後。とにかく、リュシーを稼がせてランクSへ引き上げる。それが、あたしたちがこの街へ来た目的なの」


「は? 俺をランクSに!?」


「つべこべ言わずに、黙って受け取りなよ。俺だって不本意なんだ」


 背後では、腕を組んで不機嫌そうにしているレオンの姿。


「そう言うのはもっともだよな。賞金のほとんどは、おまえの手柄だし」


 口元を歪め、大きな舌打ちを漏らしている。


「フェリクスさんの命令だ。従うしかない」


「あの人が絡んでるのか……」


 この生意気そうな奴を手懐けるとはさすがだが、俺が独り占めするのは間違っている。


「セリーヌ。おまえはどう思う?」


 レオンの後ろで黙っている彼女へ、救いを求めるように問い掛けた。


わたくしは助けて頂いた身です。口を挟む権利はありません。皆さんに従います」


 この中で最も生真面目なこいつが、あっさり引き下がるなんて。こうなると、他に味方はいない。

 すると、シルヴィさんの溜め息が聞こえてきた。


「相変わらず、変な所で真面目なんだから。いい? お金は五人で分配。討伐記録はリュシーに付ける。これで決まり!」


 結局、シルヴィさんに押し切られ、三万二千ブランは全て俺の討伐記録として計上されてしまった。これが他人なら、先行受注のパーティへ五パーセントの支払い義務が生じるはず。そんなことを考えていたら、シルヴィさんはカウンターに置いていた俺の腕輪を取り上げ、鋭い目で威圧してきた。


 まずい。腕輪の記録を見られた。


「随分と怠けてたんじゃない? ランクS昇格に必要な成績を、ようやく半分過ぎた程度じゃない。呆れた」


「いや……それは、その……」


「後でお説教ね」


 果実酒の瓶底で、頬をグリグリと突いてくる。既に始まってるじゃねぇか。


「ですが、リュシアンさんは人助けに奔走なさっています。この街の皆さんから随分と慕われているのですよ」


「ふ〜ん……まぁ、それはそれ。一番大事なことをないがしろにしてたんだから、やっぱりお説教しかないわね」


 セリーヌのフォローも無視とは。


 申請を終え、勇ましき牡鹿亭へ向かいながら、今朝のシルヴィさんの言葉を思い出した。不機嫌そうな顔で最後尾を歩くレオンを確認し、歩く速度を落として隣へ並ぶ。


「昨日の夜は悪かったな」


「なんのこと?」


「シルヴィさんから聞いたよ。牡鹿亭を出た後、賊を警戒して巡回してくれてたんだろ」


「あぁ、そんなことか。ああいう、油断している時が一番危ないんだ。どいつもこいつも呑気に酒なんて飲んで……ぬるいんだよ。もっと警戒心を持つべきだと思うけど」


「悪い……」


 それ以上は会話にならなかった。気まずい思いを抱えたまま牡鹿亭へ戻ると、店の入口に見覚えのある人影があった。


 墜とした女は星の数とのたまう端正な顔立ち。肩にかかる長さの黒髪と、綺麗に整えられた顎髭。身に付けるのは、魔力を帯びた銀の軽量鎧ライト・アーマー。そして、背負った物々しい大剣は、この人を象徴する聖剣ミトロジーだ。


 ランクLの猛者。二つ名は断罪の剣聖。


「フェリクスさん」


「おう、リュシアン! 元気そうだなぁ。かれこれ、一年ぶりだな」


「ご無沙汰してます。相変わらずランクAのままで、期待に添えずすみません」


「まぁいいって、気にすんな。積もる話は綺麗なねーちゃんのいる店で、ゆっくりじっくり聞いてやるって」


 相変わらず軽い。もう四十手前なのだから、もう少し落ち着いて欲しいものだ。


「綺麗かどうかわかりませんが、女性ならこの店にも。お酒も安くしておきますから」


 牡鹿亭を指さすと、険しい顔を向けられた。


「随分と商売上手になったなぁ? この街の空気に当てられて、一層、丸くなっちまったんじゃないのか? ん?」


「いえ。そんなことは……」


 目を合わせただけで、嫌な汗が伝う。


「ちょうど、おまえさんに話があったんだ。場所を変えるぞ。シルヴィ、魔導師のお嬢さんを連れて一緒に来い。レオンは残って、エドモンとアンナに合流しろ」


 すれ違い様、即座に腕を掴まれた。フェリクスさんの反対の手には、シルヴィさんが持っていた果実酒の瓶まで握られている。


「もう。あたしのお酒、返してよ!」


「後で、新しいのを買ってやる」


 酒瓶を口へ運ぶフェリクスさんに引かれ、メイン・ストリートを歩く。レンガ造りの家並みと、等間隔に配置された街路樹。それらを眺めながら、石畳が伸びる通りを進んだ。


 途中、同業である冒険者の姿もちらほら見受けるが、やはりここは商業都市。人の往来も激しく、今日も活気に満ちている。だが、それと反比例するように俺の気分は急降下だ。フェリクスさん自ら出向いてくるなんて、どうせろくな話じゃない。


「良さそうだな。ここにするか」


 フェリクスさんが選んだのは、軽食販売の商店。通りに置かれた木製テーブルの一つへ陣取り、シルヴィさんに購入の指示を飛ばす。


「まぁ、座れよ。そちらのお嬢さんも」


 四人がけのテーブル。となると自動的に、俺がフェリクスさんの対面か。


「聞いたぞ、リュシアン。こちらのお嬢さん、かなりの腕前らしいじゃないか。パーティ・メンバーはふたりだけか?」


「いえ、パーティは組んでいません。たまたま行き先や目的が同じで、共闘を続けていて」


「ありゃ、そうなのか!? 俺はてっきり……えらく美人の彼女を見付けたもんだと嫉妬してたんだが……それなら俺が恋人に立候補してもいいわけだ」


「お断りします!」


 相変わらず即答だな。これには、フェリクスさんも苦笑を浮かべている。


「いいね、最高! ハッキリ物を言う女性って嫌いじゃないんだ」


 口元から笑みを消し、真顔へ変わった。


「リュシアンに会いに来たんだが、お嬢さんも気に入った。単刀直入に言おう。ふたりを俺の傘下に迎えたい。力を貸してくれないか?」


「傘下って、パーティに入れってことですか? でも、フェリクスさんを混ぜると五人ですよね? 俺たちまで入ったら、ひとり頭の稼ぎが薄すぎる気が……」


 報酬分配を考え、四、五人が妥当なはずだ。


「前に、ちゃんと聞いてなかったのか? 言ったろ? 俺はもうそろそろ、現役を退こうと思ってるって……このパーティのリーダーは、リュシアン。おまえがやるんだよ」


「は?」


 ダメだ。わけが分からない。


「おまえ、かなり酔ってたしな……もう一度説明してやるから良く聞け。俺が元締めになって、複数のパーティを抱えるんだ。当然、ランクLの俺は全ての依頼を受注できる。それをみんなにあてがい、報酬を吸い上げる」


「え!? 独り占めですか?」


「最後まで聞け。報酬の三割を分配。それとは別に給与制度を執り、毎月、各自へ支給するんだ。それで金には困らないだろ?」


 白い歯を見せ、得意満面に微笑む。


「討伐記録は各自へ計上、ランクによって給与も上がっていくって算段だ。最高だろ?」


 この人、何かやるだろうとは思っていたが、こんなことを考えていたなんて。

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