15 黒幕を追い詰めろ
「交渉成立ってことでいいのか? 街へ戻ったら、ギルドで正式に書面契約が必要なんだけどな……って、あれ?」
さっきから、独り言になっている気がする。
「セリーヌ?」
背中へ触れたあいつの額から、規則正しい寝息が聞こえている。
「おい……」
もう、なんなんだよこいつ。
意気消沈して、日没後にヴァルネットへ帰還。衛兵の詰め所で馬を返却すると、対応に現れたのは大森林で助けた若い兵士だった。
なんでも、街の入口へナルシスを乗せたびゅんびゅん丸が現れ、疲労の激しかったあいつは再び、寺院へ運ばれたそうだ。
それもそうだろう。治療中に脱走し、洞窟では殴られる、刺されるの大惨事。レオンが傷薬を施したようだが、怪我は治せても体力までは戻らない。
黙って寝ていろ。何なら一生、寺院に閉じ込められてしまえ。
「ナルシスさんもご無事で良かったですね。明日、お見舞いがてら甘辛ボンゴ虫を差し入れに行って参りますね」
「面白そうだな。俺も行くよ」
「面白そう? どういう意味ですか?」
「あぁ。こっちの話だ」
涙目でアレを食べるナルシスを笑ってやろう。一人ほくそ笑むと、あることに気付いた。
「セリーヌ。天使の揺り籠亭が修繕中ってことは、今晩の宿はどうするんだ?」
「はうぅ……考えていませんでした」
あからさまにしょんぼりしている。肩を落としたその姿が切ない。そっと抱き寄せ、守ってやりたくなってしまう。
大量の宝石が入った革袋と、長老から貰ったという首飾りは、襲撃を受けた際に紛失してしまったらしい。今のこいつは無一文だ。
「
「いえ。ご迷惑はかけられません」
「俺が癒やしの力を借りたいんだ。なんだか腕の感覚が戻らなくてさ」
それは本当の事だ。
「恐らく相当な体力と魔力を奪われたのだと思います。心配ですね」
「だろ? だから一緒に来てくれ。と、その前に、最後の一仕事があるんだ」
「一仕事、ですか?」
「あぁ。今回の事件に絡んでる黒幕を制裁してやるのさ。あの衛兵から、必要な証拠の一つは手に入った。次は、冒険者ギルドで最後の証拠集めだ」
昨日助けた恩を売り、若い衛兵が持ち出して来てくれた書類を魔力映写で写し取った。証拠は着実に集まっている。
セリーヌと共に、夜の街を歩き出す。
☆☆☆
「おかえりなさいっ!」
「がふぅっ!」
冒険者ギルドへ入るなり、腹部へ強烈な体当たりを受けてよろめいた。
「おいぃ、殺す気かっ!?」
「いつも同じじゃつまらないと思って。恋する乙女の
「同じでいいんだよ、同じで。それ以上なんて求めてねぇから」
まさか街中で
シャルロットのお下げをぐいっと引っ張り、幼さの残る顔を正面から見据えた。
「リュシアンさん、痛い……優しくしてくださいよぉ……」
「いくらギルドが二十四時間運営だからって、今、何時だと思ってんだ? 二十時過ぎだぞ。良い子は寝る時間だろうが」
「またそうやって子供扱いして! 私だって立派な大人……」
なぜか言葉に詰まるシャルロット。その視線は、俺の後ろにいるセリーヌへ。
「参りました」
悲しげな瞳で、すごすごと後退する。
「あれ? そういえば、セリーヌさんも無事だったんですね!? 命が危ないって聞いて、心配したんですよぉ!」
今度はセリーヌへ抱きつくシャルロット。同姓とはいえ羨ましい奴だ。
羨望の眼差しを向けていると、何やら殺意の眼差しが向けられているのを感じた。
「まさか、コレは……」
恐る恐るカウンターの最奥へ目をやると、赤竜を超える威圧感を放つ凶悪な熊、もといシャルロット父、ルイゾンさんの姿が。
見なかったことにしよう。そっと視線を戻し、本題へ入ろうとシャルロットを呼んだ。
「そういえばリュシアンさん、あのふたりに会いませんでしたか?
「おまえ、知ってたのか!?」
「え? だって教えてあげようと思ったら、後で聞くって言うから」
「そういうことか……」
人の話はきちんと聞きましょう。
「あぁ、もちろん会ったよ。この後、牡鹿亭で落ち合う約束になってる」
「え! いいなぁ。私も会いたいです」
「明日にでも紹介してやるよ。それより、おまえに頼みたいことがあるんだ」
「何ですか? エッチなお願いとお金の話以外なら、なんでも言ってください。あ、リュシアンさんだから、エッチなお願いも軽いものだったら頑張ってみますけど……」
頬に手を当て、腰をくねらせている。
「いや。それはいい」
「照れなくてもいいじゃないですかぁ。私とリュシアンさんの仲ですよ?」
「どんな仲だ? ただの二流冒険者と、ギルドのガイド係だろうが」
「そんな……ひどい……」
面倒になってきたので流すことにした。追加の証拠をかき集めてもらい、別れ際にシャルロットを呼び止める。
「そうそう。過剰な情報漏洩は気を付けろよ。特に、素性もわからない奴には簡単に喋るな」
「はい。すみませんでした」
申し訳なさそうに肩をすぼめるシャルロット。その頬を軽くつねってやった。
「これはバツだ。反省しろ」
そうして、セリーヌと共に次の場所へ。
「ここは……」
「あぁ。ここが目的地ってわけだ」
不思議そうにその建物を見上げるセリーヌ。それもそのはず。なにしろここは、襲撃された天使の揺り籠亭だ。既に封鎖は解かれ、朝のような物々しい雰囲気は消えている。
「どういうことですか?」
「悪い。そこの屋台で飲み物でも買って、少し待っててくれないか?」
紙幣数枚を渡し、揺り籠亭へ向かう。
「こんばんは」
襲撃を受けたのは、セリーヌの泊まっていた一室のみ。四十過ぎの夫婦が経営する安宿だが、手入れの行き届いた小綺麗な建物だ。
「いらっしゃいませ。あいにく改装中で、宿泊はお断り……あれ、リュシアン君?」
奥から、店主のジャコブさんの姿が。
「いや。騒ぎに巻き込まれたって聞いて、様子を伺いに……大変でしたね」
「うん、驚いたよ。夜中に突然の爆発騒ぎだったし、妻と一緒に飛び起きたら、なんとウチの二階だもの」
苦笑するジャコブさん。それを聞きつけたのか、妻のバルバラさんも顔を覗かせた。
「まぁ、驚いたでしょうね。まさか部屋を壊されるなんてね。“いつも通り”なら精々、窓を破る程度でしょうからねぇ」
「え? なに言ってるの?」
ジャコブさんの顔が強張るのを見逃さない。
「仲間が、妙な話を聞いたって。この宿が襲撃されるのは初めてじゃない。まぁ、冒険者が多く泊まる宿なんて多少の騒動は付き物ですけどね」
これはナルシスからの情報だ。そして二階の中央に泊まっていたセリーヌが、襲撃の前日、なぜか一番端の部屋へ移されたことも。
「二人とも、これを見てくれ」
俺たちを隔てるカウンターへ、ギルドと衛兵から入手した書類を叩き付けた。
「ここ最近、ムスティア大森林がらみの依頼を請け負った冒険者リストだ。こっちは衛兵が預かった、この宿の宿泊名簿の写し。照らし合わせると、名前の重なる何人かの冒険者が行方不明になってるんだ」
さて、どう出て来るか。二人の反応を楽しむように、口元はそっと笑みを形作っていた。
「こんなの、偶然だろ?」
「偶然ねぇ……これを聞いてもシラを切れるのか? こっちは賊のブノワを締め上げて、全部吐かせてんだよ!」
腰から引き抜いた
「賊どもと手を結んでたんだろ? あいつらは全員始末した。ここで手頃な冒険者を見つけて、賊どもへけしかけたんだろうが!」
仮面の男が言っていた贄。それを確保するための一翼がこの宿というわけだ。
バルバラさんを見据え、笑みを作る。
「まぁ、セリーヌに目を付けたのは宝石が目当てなんだろ? 革袋と首飾り、そっくり返してもらおうか」
「ちょっと、言いがかりも大概にしてちょうだい! いい加減、怒るわよ!」
顔面蒼白のジャコブさんとは対照的に、あくまで強気の姿勢を貫くバルバラさん。
「いや、もう怒ってるでしょ? なんならふたり仲良く死んでみるか? さすがに顔見知りを手に掛けるのは気が引けるし、衛兵に突き出すだけで許してやりたいんだけどな」
そうして、カウンター前へ視線を降ろす。
「衛兵たちじゃここまで調べないだろうな。でも俺は、見過ごすなんてできねぇんだ。ここに賊の死体も転がして、金銭トラブルで殺し合いってことにすれば完璧だろ? やってみるか? あぁ!?」
カウンターを素早く飛び越え、バルバラさんの喉元へ短剣をすえる。
悲鳴と共に息をのむ彼女。その目を真っ向から捕らえた。
「どうなんだ、このクズども!」
軽く脅すだけのつもりだったが、ここまで来たら簡単には許せない。
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