05 奇妙なおやつ


 しょんぼりしてしまったセリーヌ。手にした革袋から何かを取り出し、口へ運んでいる。


「それ、何を食べてるんだ?」


「おひとつどうぞ。故郷の村のおやつです」


 親指ほどの茶色い物。美女が美味しそうに口にしているのだ。わからないが興味はある。

 肩に乗ったラグまで、食べることもできないのに身を乗り出してきた。


 恐る恐るかじってみると、軽い歯触りと甘辛い風味が広がった。見た目とは裏腹に、中は芋のような食感。予想以上に美味しい。


「これ、なんていうおやつなんだ?」


「甘辛ボンゴ虫、と呼んでいます」


「ぶっ!」


「きゃあぁっ!」


 吹き出すと同時に完全硬直。


 ボンゴ虫とはあのボンゴ虫だろう。森の中で、木の根元に生息している芋虫だ。


「何をなさるのですか!? 顔にかけるだなんて酷いです……出すなら出すと、ひとことおっしゃってください。わたくしにも心の準備が」


 何を言っているのかわからないが、怒るのも当然だ。俺が吹き出したせいで、顔から胸元へかけて食べかすが飛び散っている。


「ごめん、でもこれって食べ物なのか?」


「ボンゴ虫を油で揚げて、甘辛く味付けした定番おやつです。みんな大好きなのですよ」


 頬を膨らませ、食べかすを払っている。


 天然で金持ち。おまけに虫がおやつの魔導師。俺の中では不思議な人を通り越し、変人にまでランクが達しようとしている。


「もう、お風呂に入りたいです……」


「悪い。これを使ってくれ」


 ポケットから、手拭き用の布を差し出した。


「折角のご厚意ですが、丁重にお断りします」


 道端へ動いたセリーヌは、かがんで両手を合わせた。水の魔法の効果だろう。お椀型を作った手の中は、すぐに水で満たされた。


「魔法か。便利だよな」


 魔法の資質は遺伝によって継承されるが、失われつつある力であり、使い手はごく僅かだ。今や全人口の二割ほどしかいないという。

 冒険者の間でも魔導師は取り合いになるほどだが、世間でも好待遇で扱われる。要職へも優先登用される程の存在だ。


「ご両人、どうかしたのかな?」


 そこへ声が掛かった。振り向いた先には、見事な白馬にまたがるナルシスがいた。

 芝居がかったような仕草で颯爽と下馬。真っ白な歯を見せて、爽やかに微笑んできた。


「姫、探したよ。突然いなくなってしまったから心配したんだよ」


 鬱陶しい。いなくなったというより、セリーヌにまかれただけだろう。こいつさえいなければ、ふたりきりで旅ができたのに。


「そうそう。この子がさっきも話した僕の愛馬、びゅんびゅん丸さ」


「おまえ、名付けのセンスが最悪」


「え? 可愛い名前だと思いますが」


 意外にも、セリーヌが食い付いた。

 柔らかな笑みを浮かべた彼女へ、白馬は鼻先を擦りつけるように寄り添った。


「優しい目をした良い子ですね」


 動物から好かれる人に悪い奴はいない、なんて言葉もある。馬と触れ合い、微笑みを浮かべるその横顔から目が離せない。


「びゅんびゅん丸も姫を気に入ったみたいだね。どうかな? こいつに乗って、ランクールまで走り抜けないか?」


 おまえだけ、地平の彼方へ消えてくれ。


 ナルシスへ呪いのような念を送ると、それに合わせたようにセリーヌが目を向けた。


「申し訳ありません。今回は馬車で向かうことにします。初めて訪れた地ですし、風景や他の方々との会話も楽しんでみたいのです」


「そうですか。わかりました……」


 残念そうにするナルシスと目が合う。勝ち誇った笑みを見せつけてやった。


 歯ぎしりをするナルシスを見送ると、程なくランクール行きの馬車が到着。セリーヌや他の利用客と共に、それへ乗り込んだ。


「早速、腕輪の説明を伺いたいのですが」


「そうだったな。先に済ませておくか」


 座席へ座るなり、早々に声を掛けられた。勤勉なセリーヌの気持ちに応えるため、彼女が嵌めている腕輪を指差した。


「腕輪の造形は共通だけど、冒険者ランクによって、あしらわれているラインの色が違うんだ。ランクは、レジェンドスペシャル・A・B・C・D・Eの七段階。ランクEのセリーヌは黒だろ。ランクCのナルシスは緑のラインなんだ」


 腕輪を見て、深く頷いている。


「この腕輪は、魔獣の攻撃から身を守る魔力障壁プロテクトを体の周囲に張り巡らせるんだ。魔力で造られた見えない鎧だと思えばいい。でも防御は完全じゃない。威力を軽減する程度だ。しかも一定以上の衝撃を受けると魔力障壁プロテクトは破壊される。数時間かけて自然回復させる以外に修復方法がないのが欠点なんだ」


「便利な物があるのですね」


「ランクが上がると、魔力障壁プロテクトの強度も上がるんだ。理由は単純。ランクに見合った依頼をこなすために、より強い装備が必要だから。しかも最近は、多額の資産を有する冒険者を襲う物騒な輩もいるらしい。そういった外敵から命を守る目的もあるんだ」


「人が人を襲うのですか。悲しいですね」


「盗賊なんて奴らもいるくらいだ。用心に越したことはねぇよ。余談だが、最高のランクLになれば、魔力障壁プロテクトは爆発にも耐える。まぁ、該当する冒険者なんて数人だけどな」


「この素晴らしい腕輪を量産して、全ての人に配ることはできないのでしょうか?」


「残念だけどそれはできないんだ。上ランクの腕輪ほど希少な素材を多く使ってるらしくてさ。冒険者ギルドの活動へ貢献した者だけが手にできるっていう仕組みなんだよ」


「それは残念ですね。魔獣の脅威から身を守る有用な品だというのに……私の宝石を売って、買い取ることができたらいいのですが」


「金を積んでも素材の供給が追いつかないだろうな。それに、この腕輪を持てることが冒険者の特権みたいなところもあるんだ」


 セリーヌは不満を滲ませて押し黙ってしまった。何となく気まずい雰囲気のまま、俺たちを乗せた馬車はランクールへひた走る。


* * *


「確かに酷いな」


 薄暗くなった頃に到着したランクール。それは無残な有様だった。狼型魔獣ルーヴの襲撃で突き崩された防御壁。壁が再生する前に、連日に渡って襲われている様子がわかる。


 ヴァルネットの防御壁は三層。対して、ここは一層のみ。人口と重要度によって壁の枚数は違う。それは国が取り決めていることなので、俺たちにどうにかできる問題じゃない。


 通常、壁の自動修復には五日程度を要するが、それが間に合わないほど頻繁に襲われているという現実。家屋の壁には歯形や深い爪痕が残り、街の外れへ続く無数の足跡まで。


 防御壁も俺たちの魔力障壁プロテクトと同じ素材が使われている。天然資源の貴重な鉱石だが、セリーヌの言う通り、全人類がランクLの腕輪を持てる日がくれば最良だとは思う。


「魔獣はどこへ向かったのでしょうか?」


 セリーヌの不安げな声がやけに響いた。


「多分、家畜小屋だろうな。ここは酪農が盛んな街なんだ。鮮度の高い卵やミルクが名物で、周辺の街は重宝してるんだ」


「可哀想に……」


 惨状をいたみ、悲痛な面持ちを浮かべている。

 他人の痛みに寄り添えるのは優しい証だ。俺はただただ、この現実が悔しくて堪らない。


「実際、この街から流通が止まれば、周辺の街も大打撃だろうね」


 大きな袋を肩に担いだナルシスと三人、防御壁の損傷が最も激しいという街の裏手へ。

 向かいには壮大にそびえる山々。その山中に生息するルーヴが、人里へ押し寄せている。


 緊急討伐の依頼者はこの街のおさだ。十日ほど前からルーヴたちが現れ始め、家畜だけでなく人間にも被害が出ているという。


 およそ二年前から魔獣の凶暴化が目立ってきたのだが、原因は未だに不明。冒険者ギルドや王国も、調査中の一点張りだ。


「ルーヴはここから進入しようとするだろうな。そこを一網打尽にするしかねぇ」


 崩れた防御壁を抜けて街の外へ。そこに陣取り、出発前に購入しておいた包みを置いた。


「ナルシス。自慢の愛馬が襲われないように気をつけるんだな」


「縁起でもないことを言わないでくれ。それにたかがルーヴ。一頭たりとも逃さないさ」


「油断していると、痛い目に遭いますよ」


 意外にも、セリーヌは神妙な顔付きだ。魔獣に対して思う所があるのだろうか。


 その後、街人から差し入れられたスープとパンを頂き、腹ごなしを済ませた。そうして夜も更け、時刻は二十三時を経過した。


「そろそろだな」


 ルーヴどもの活動時間を見計らい、包みの中から新鮮な牛肉の塊を取り出した。


 またしてもラグが注目してくるのだが、食べ物にいちいち反応するのはやめて欲しい。


「リュシアンさん、すごい……今度は夜食ですか? うふふふ。意外と食いしん坊なのですね。生肉ですから、良く焼かれた方が」


「食うわけあるか」


「では、どうされるのですか?」


「こうするんだ」


 腰から短剣ショートソードを引き抜き、手にした肉塊を細切れにしてばらまいていく。


「食べ物を粗末にしないでください!」


「怒るなよ。しかも拾い集めるな。これは、奴等をおびき寄せるための餌なんだよ」


「エサ、ですか?」


 呆気にとられた顔を見せるが、こんな可愛い顔をされたら怒りも吹っ飛んでしまう。

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