ロザリィの塔

川辺都

ロザリィの塔

 東の大国パレス王国。その王城の敷地内に『ロザリィの塔』と呼ばれる塔がひっそりと佇んでいる。ロザリィ、それはこの国の二の姫の名前だ。

 パレス国と国境を接する小国、テップ国の世継ぎの王子、クヌギは塔を見上げ息を吐いた。そして、両の頬をパチンと叩き気合いを入れなおす。

「この塔の中にロザリィ姫がいらっしゃるのですね」

 振り返ってそう確認する。塔の前まで案内してくれたパレス国の主席魔道師、ザーボンは頷いた。

「はい。この塔にロザリィ様が引きこもって半年になります」

 先ほどパレス王から聞いた話によると、ロザリィ姫は人見知りなのだという。それが高じて、ついには塔の中に引きこもり、誰も傍に近づけなくなった。

 パレス国は体面などそっちのけで近隣の国々に使いを出した。『ロザリィ姫を塔から連れ出してくれ。姫を連れ出してくれた者に彼女を嫁がせよう』。手の焼ける二の姫を何とか片付けたいという思惑が見える。

 これはクヌギにとって、いや、テップ国にとってまたとないチャンスである。

 街道が交差し、また海に面しているため、貿易で栄えているテップ国だがいかんせん小国である。隣国のパレス国と縁続きになる機会など、今回をおいて他にはない。

 しかし、それは他の国も同じこと。現に何人もの王子がこの塔に挑み、そして敗れていったのだそうだ。半年前に北の大国に嫁ぎ、今は里帰りしている一の姫ビスカがそう言っていた。

「……敗れたって、具体的にどう敗れたんだろうな」

 クヌギはもう一度、塔を見上げた。

 それにしても、と思う。パレス国の姫君と結婚するならば、三の姫のリリスがよかった。王の隣で微笑む彼女を見たが、噂にたがわぬ美女。

 実際、パレス国の三人の姫君のうち、一の姫ビスカと三の姫リリスは有名なのだ。ビスカはその知性で、リリスはその美しさで。しかし、二の姫の噂は今回のことがあるまで全く聞かなかった。

「ロザリィ姫か」

 一体どんな姫君なのだろう。クヌギは塔の扉に手をかけた。

「お待ちください、王子」

 ザーボンが静かな声でクヌギを制した。振り返ると、フードを跳ね上げた彼はこちらの傍で膝をついた。間近で見る男の顔は案外若い。そういえば、ビスカ姫が「幼馴染で信頼のできる魔道師」と笑っていた。ビスカ姫と同い年ならば、クヌギより四、五歳年上であるはずだ。

「どうぞこれを」

 その彼が差し出したのは、三つの大きな鈴がついたアミュレット。

「これを腕につけてから塔にお入りください」

「……これに何の意味が?」

「お守りです」

 サーボンがじっと見つめてくるので、クヌギはそれを腕にはめた。主席魔道師は満足そうに頷く。

「では王子、わたしはここで見守っておりますのでご武運を」

 気を取り直して塔へ向かい、その扉に手をかけた。一つ息を吐いてから、おもむろに力を込めると、扉は静かに内側へ開く。

 クヌギはゆっくりと塔の中に足を踏み入れた。

「ロザリィ姫! テップ国王子クヌギが参りました。お顔をお見せください!」

 暗い塔の中に朗々と声が響きわたる。




 返ってきたのは、凄まじい量の火炎放射だった。




「これは一体どういうことだ?」

 塔から出たクヌギは地面に座り込み、主席魔道師を見上げる。サーボンは肩をすくめた。

「ロザリィ姫は人見知りをなさいますから」

「挨拶代わりに火炎放射を放つ人見知りがどこにいる」

「あそこにいらっしゃいますよ」

 話にならない、とクヌギは首を横に振る。何人もの王子がこの塔に挑み、そして敗れた。その言葉の意味がようやくわかった。

 腕につけたアミュレットが揺れる。鈴は二つになっていた。残りの一つは火炎放射からクヌギを守った時に砕け散ったのだ。

「ちなみに、そのアミュレットの鈴が全てなくなった時点で失敗とみなしお帰り願います」

「それを先に言え!」

 ふう、とクヌギは息を吐いて落ち着こうと努める。

「ロザリィ姫は一体何者だ?」

「それをお話する前に、パレス国の王族についてお教えしましょう」

 サーボンは遠い目をして語り始めた。

「古来より、パレス国の王族は『とんでもない才能』を一つ持って生まれる家系なのです。クヌギ様もご存知のように、北の大国に嫁がれた一の姫、ビスカ様はとんでもなく頭が良い方、また、三の姫、リリス様はとんでもない美人。世継ぎのエデン王子はとんでもなく……いえ、これは止めておきましょう」

「ロザリィ姫は?」

「ロザリィ姫は、とんでもなく魔力がお強い方です」

 魔力。その言葉にピクリとクヌギの片眉が動く。

「魔道師か?」

「はい。僭越ながらわたしの弟子です」

「お前の弟子かぁぁ!」

 思わず叫んで、クヌギはサーボンに詰め寄った。

「弟子なら何とかしろ。扉を開けただけで火炎放射。命がいくつあっても足らん」

「火炎放射はただの威嚇ですよ。あれくらい可愛いものです。それに、いくら弟子といえどロザリィ様は主君の姫君。わたくしごときが意見するわけには参りません」

「ならば手を貸せ。姫は最上階にいるのだろ。最上階まで運んでくれ」

「仰せのままに」

 サーボンが低く呪文を唱えると、クヌギの体がふわりと浮かんだ。ふわふわと塔にそって上っていき、最上階の窓の前で止まった。

 手を伸ばし、クヌギは窓を開く。キィと小さく軋んでそれは開いた。

 中にいたのは驚いた顔をした一人の女性。

 内心で舌打ち。表面上に笑顔を作ってクヌギは右手を差し出した。

「姫、お迎えに上がりました」




 次の瞬間、凄まじい竜巻がクヌギの体を直撃した。




 目を開き、身を起こす。見上げた塔はその形状を大きく変えていた。スリムな普通の塔であったものが、今では塔の中央から上の部分が膨らんでいる。上半分が球状になり、その球に棒が突き刺さったような形でその塔は立っていた。

「……何だこれは」

「言い忘れていましたが、この塔はロザリィ様がお建てになったんです。取り壊した小屋や改装した城壁の廃材を利用して」

「建てた?」

「はい、ロザリィ様が魔力でお建てになりました。ですから、塔の形状を変えることなどあの方にとっては容易いことなのですよ」

 塔を建てる。それにどれだけの魔力がいるのか、魔道師ではないクヌギには想像がつかなかった。『とんでもない魔力』の持ち主であるロザリィ姫。

「しかし、美しさは百人並みだな。それに、ひたすら面倒くさい心の持ち主のようだ」

 クヌギは内心で期待していたのだ。あのリリス姫の姉ならば、それなりの容姿を持っているのだろうと。しかし、実際は違った。その辺にいる町娘の方がよほど美人で気立が良い。

 少しやる気をなくして、クヌギは息を吐く。いやいやしかし、腐ってもパレス王国の二の姫。国で民たちが待っている。何とか縁談をまとめなければ。

 立ち上がったクヌギは主席魔道師を見た。

「この塔を破壊することはできるか?」

「わたくしならば可能です」

「やってくれ。崩れた塔の中から姫を連れ出す」

「その方法では、ロザリィ姫がお怪我をなさる危険があります」

「構わんだろ」

「わたくしにはできません」

 クヌギは内心で舌打ちをした。自分の剣でこの塔を壊すことは無理であろう。扉から入れば火炎放射が襲ってくる。窓から入ろうとしても、形を変えた塔にはその窓自体が見つからなかった。

 アミュレットの鈴はあと一つ。

 ふうっとクヌギは息を吐いた。そして大きく息を吸い込み叫ぶ。

「ロザリィ姫! お聞きください!」

 塔はビクリともしない。聞こえているか聞こえていないかもわからない。それでもクヌギは声を張った。

「私の国はいいところです! そりゃ、大国のパレス国には及ばないかもしれませんが、素晴らしい景色、素晴らしい食事、そして、素晴らしい民たちが貴女を待っています! 内陸のパレス国には見られない海も見えますよ。お願いです、どうか、ここから出て私の妻になってください!」

 クヌギの声はいんいんと響き渡り、塔に跳ね返って反響した。木霊も消え、辺りがしんと静まりかえった。

 塔の扉はピッタリと閉じられたままだ。

 何だか恥ずかしくなって、クヌギは大股で扉に近づく。今度は容易に開かないそれを、剣を振るってこじ開けた。

「ロザリィ姫!」




 突然現れた凄まじい量の水流がクヌギを塔の外まで押し流した。




 アミュレットの鈴は全て砕け散ってしまった。びしょ濡れの姿で膝をつきクヌギはうなだれる。

「失敗か……」

「お疲れ様でした」

 ザーボンが魔法で服を乾かしてくれる。クヌギは思わず舌打ちした。

「何なんだ、あの姫は」

「あの方は昔から頭のいい姉姫様、美しい妹姫様にコンプレックスをお持ちなのです」

「どんな理由があろうとも、一国の姫君ともあろう人間が塔に閉じこもり人に危害を加えるなど! そもそも、リリス姫ほどの美女ならばともかくあの程度の容姿でこのようなわがままを……」

 後半は口の中で呟いた。しかし、ザーボンには聞こえていたようでこちらを見る目がぐんと冷たくなる。

「あの方は可愛い方ですよ。ビスカ様やリリス様よりも余程」

 反論する気も起こらずクヌギは無言で立ち上がった。

 そこへ、ゆっくりと近づいてくる一団。

「見ていたよ、クヌギ王子。残念ながらロザリィを嫁がせるわけにはいかんな」

 一団の中心にはパレス国王がいた。クヌギは慌てて他国の王に対する礼をする。国王は鷹揚に笑った。

「しかし、先ほどの言葉を聞かせてもらったよ、王子。お主はいい王になりそうだ。ロザリィをやるわけにはいかんが、リリスではどうかな?」

「王……?」

 驚いてクヌギは目を見張る。

「リリスをそなたの国に嫁がせよう。構わぬな、リリス」

 一団の中からゆっくりと三の姫が前に出る。はにかむように愛らしい笑顔をみせて、リリスはペコリとお辞儀をした。

「リリスと申します。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ……」

 呆然としながら伸ばしたクヌギの手をリリスは優しく包み込む。

 それからは忙しかった。連れてきていた家臣たちと共に正式に婚約する手筈を整える。母国に早馬を飛ばし連絡する。

 リリスは忙しく動くクヌギの隣で、鈴の鳴るような声でコロコロと笑っている。

 そうしてクヌギはロザリィ姫のことはすっかり忘れてしまった。姿かたちも心根も美しくはない姫君を妻にするつもりでこの国へ来たことなど、すっかり忘れてしまったのだ。




 食後の一時。自室の居間でワイングラスを片手に寛いでいたビスカに来客の知らせがあった。入ってきた相手を見てクスクスと笑う。

「来る頃だと思っていたわ、ザーボン」

 主席魔道師のザーボンは許しを得て、向かいの椅子に腰を下ろした。

「思惑通りですか? ビスカ姫」

「私は北の王の正妻。もう姫じゃないわよ」

 ひっそりと尋ねたサーボンに、ビスカは笑みを浮かべる。

 貿易の国、テップ国。内陸の国であるパレス国はテップ国と良い関係を築きたかった。できれば三の姫、リリスをテップ国に嫁がせ血縁関係を結びたい。しかし、それでは他国が黙っていまい。

「ふふ、他の国の王子はロザリィの魔法を一度見ただけで退散したもの。三回挑戦したのはクヌギ王子が初めて。事前のリサーチ通りね」

 ロザリィ姫を連れ出すことはできなかったものの、クヌギ王子の心意気に撃たれた王が『リリス姫を妻に』と申し入れる。ビスカの書いたシナリオ通り上手くいった。

「一番の気がかりだったリリスもこれで片付いたし、安心して北の治世に励めるというものよ。リリスは、エデンと一緒で頭が空っぽだから、あまり大きすぎる国へ嫁がせては、パレス国の名折れになる。テップ国と縁続きになれば、あの馬鹿エデンが後を継いでも何とかなるでしょ」

 幼馴染であり国を支えているザーボンには言える本音だ。世継ぎの王子エデンは『とんでもなく』人が良いが、それゆえ王となる器ではない。

「わたしはクヌギ王子はいけ好かないですけどね」

「ザーボンがそんなことを言うのは珍しいわね」

「あの方はすでに、ロザリィ様のことなど忘れてしまっていますよ。この城の大多数の人間と同じようにね」

 吐き捨てるように言うザーボンをビスカは面白そうに見た。

「リリス様の婿選びに使われて、ロザリィ様はいい面の皮ですね」

「あら、クヌギ王子がロザリィを連れ出せれば約束を守るつもりだったわ。まあ、あの引きこもりが、あんな活発そうな王子の前に出てくるわけないから、その心配はしていなかったけれど。だって……」

 ビスカはクッと口の端を上げる。

「あんな大きな塔を己の魔力のみで維持できる魔道師を他国に渡すほど、このビスカはお人よしではなくってよ」

 ザーボンがため息をついた。

「変わりませんね、貴女様は」

 昔からこうだ、と愚痴が始まる。ザーボンは幼い頃より次期主席魔道師として宮廷内で育てられ、同い年であるビスカの幼馴染でもある。

「あら、ザーボンも変わらないわよ。一緒に遊んでいた頃からね」

「貴女様の一の子分として、使いパシリをやらされた過去を『遊んだ』と表現するのですか」

「使いパシリになんてしてないわ。『お願い』したのは、ザーボンができることばかりだったでしょ」

 そうではなくて、とビスカは続ける。

「押しの弱いヘタレなところは変わっていないわね」

 ヒクリと主席魔道師の頬が引きつる。

「貴女のそういうところが、ロザリィ様を追い詰めているんですよ。ロザリィ様は気が弱くて優しい方ですから」

「私の口が悪いのは元々よ。あの子がああなのも元々。だから困っているんじゃない」

「口が悪くて北の王様に愛想を尽かされましたか?」

「私の話ではなくってよ。ザーボンが気になって仕方のないロザリィの話」

 扇を開いてパチリと閉じ、ビスカは自分の肩を軽く叩いた。

「今回は利用させていただいたけど、もう半年でしょ。私が北に嫁いでからずっとじゃない。そろそろ出てきてもらわないとね」

「僭越ながら、ロザリィ様も早く嫁がせてはいかがですか? 妹姫様に結婚まで先を越されてしまってはかわいそうですよ」

「そうね。あの子のために誰か見繕ってあげましょうか」

 ピクリとザーボンの眉が上がる。ビスカはそれを満足気に眺め、自分の表情が見られないよう扇で口元を覆った。

「気づいていないようだから優しいビスカ様がヒントをあげましょう」

 何を言い出すのかと、ザーボンは首を傾げて幼馴染を見た。

「ねえ、主席魔道師さん。『塔から連れ出した者にロザリィを嫁がせる』というのは、何も王子に限った話ではないのよ。私もお父様も、充分承知しているわ」

 たおやかに扇で口元を隠しながらビスカは機嫌よく笑った。




 その日の深夜。

 ロザリィの塔の前に一人の男が立っていた。主席魔道師のサーボンである。彼は塔を見上げた。果敢に挑んだ王子たちを全て退けた塔。これはロザリィ自身を守る砦だ。人を全て拒絶するよう作られた砦。

 手をかざしただけで塔の扉が開く。魔力で作られた塔であるから、魔道の師匠であるザーボンが出入りすることなどたやすい。

 ゆっくりと足を踏み入れるとお決まりの火炎放射が襲ってきた。さして驚きもせずに、結界に身を包みそのまま歩みを進める。

 炎の次は水だ。しかしこれもザーボンの結界を壊せない。

 普通に上がっていっても、おそらくロザリィの元へはたどり着けない構造になっているだろう。これと思った壁を慎重に破壊すると、ポッカリと通路が現れた。途端にいくつもの竜巻が行く手を阻む。ザーボンは小さく笑みを浮かべた。ロザリィ姫は風の魔法を好む。竜巻は姫が近くにいることの表れだ。

 竜巻の間をすり抜け進むと行き止まりだった。魔力を使って壁を抜けると、そこにロザリィ姫がいた。

 入ってきたザーボンを見て、あわあわと慌てふためきながらロザリィは壁に出っ張りを作り身を隠す。

「お、怒ってる?」

「怒っていませんよ」

「何度も近くに来ていたでしょ。ザーボンの魔力を感じていたわ……いえ、その、何でもないの。それより、その……」

「怒っていませんよ。言い訳も必要ありません」

 結界を解いてザーボンは右手を差し伸べた。驚いたように瞬きして、それから、ロザリィはそっとその手をとった。

 彼女の体を引き寄せ、小さく呪文を唱える。

 途端に。

 ガラガラと音を立てて、壁が単なる瓦礫となった。この建物を組み上げていた魔力に干渉し、無理やり解いたのだ。

 一瞬にして原形を失った塔から、ザーボンはふわりと着地した。もちろんその腕の中にはロザリィがいる。

「貴女は本当に魔力の使い方が荒いですね。もっと綿密に魔力を練って構築しなさいと何度言ったらわかるんです? 本当に大雑把でいい加減で単なる力押しだ。本来ならば、貴女の攻撃を私が防げるはずがないんですよ。貴女の魔力の方が私のそれよりもかなり強い」

「ごめんなさい」

 ザーボンの服をキュッと掴んだままロザリィは呟いた。

「謝れなんて言ってませんよ」

「ごめんなさい」

「だから……」

 ザーボンは軽く息を吐いてポンポンとロザリィの頭を撫でた。

「もっと自信を持ちなさい」

「はい、先生」

 ロザリィの顔を覗き込む。その気になれば小さな国ぐらい滅ぼすことができる魔道師の姫君。それだけの魔力を持っているのに、妙な自信のなさと不安げな瞳は昔からだ。

 いつもいつも優秀な姉や美しい妹と比べられ、蔑まれ、無視されてきた。貴族の社交場である舞踏会では、頭の良さを驚かれることはあっても、美しさを称えられることはあっても、高い魔力を褒められることはない。平凡な容姿を持ち内気なこの姫君は侮られ、姉と妹の影に隠れて人々の目からすり抜けていく。

 劣った姫、と笑う人間を魔法で傷つけることぐらい簡単なはずなのに、彼女は決してそうはしなかった。その代わり、何くれなく庇ってくれていたビスカが北に嫁いでからは、塔を作って人を拒絶した。人と関われば傷つくことがわかっているからだ。

「貴女は本当に、平和主義者というか何と言うか……可愛らしい方だ」

 ザーボンは口の中でそう呟く。ロザリィは視線を落として息を吐いた。

「またお姉さまに怒られるわ。北に嫁がれたのに心配ばかりかけているのね」

「ビスカ様はリリス姫の婿選びに貴女を利用していました。『貴女を塔から連れ出した者を貴女の夫にする』と言って王子を集めていたんです。いいように利用したんですから怒られはしませんよ」

「リリスの……。そう、だから王子と名乗る人がたくさん入ってきたのね。急に現れるからびっくりして竜巻で思い切り飛ばしてしまったけれど、今日の王子様は大丈夫だったのかしら?」

 視線を落としたまま呟くロザリィの肩にザーボンはそっと触れた。

「ちゃんと聞いていましたか?」

「え?」

 思わず顔を上げた彼女に優しく微笑みかける。

「貴女を塔から連れ出した者を貴女の夫にする。ビスカ様はそう約束されました」

「それって……」

 一度反芻し、辺りに散らばる崩れた塔の残骸を見る。意味に気づいてロザリィは赤くなった。

 内気ではあるが素直で可愛らしい。彼女のことを何も知らない人間たちに傷つけられ、閉じこもるのは勿体ない。

「あの塔はもう必要ありません。私がこれから貴女を守る塔になりましょう」

 どこかの王子が彼女の夫になるのだろうと諦めて、ずっと見守ってきた。師匠といえど自分は家臣に過ぎないからだ。けれど、幼馴染の姉姫様がお膳立てをしてくれた。その好意は当然ながらありがたく受け取る。

 俯くロザリィをサーボンはひょいと抱え上げた。

「……わたしを塔から連れ出すだなんて」

 真っ赤な顔を見られないよう俯いたまま彼女は小声で言う。

「サーボンにしか、できないことよ」

 にっこりと笑ってサーボンは愛しい弟子の額に口付けをした。

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