翼のない天使

ジャスミン・K

第1話 バロックパール

 秋の海は海水浴客も少なく、閑散としている。

 ジェイは地元の漁師の子で、15歳。父と一緒にポンポン船に乗って、底引き網漁を手伝っているが、実入りはあまりよくない。弟妹も多く、家は貧しかった。黒い瞳に黒い髪、日に焼けた身体には、まだ少年らしさが残っている。

 夕焼けが空と海を染める頃、海岸で父親と一緒に網を干していた。木を組んで作った干し場に、海水に濡れて重くなった網を、広げながら干す。そのあと、網を丁寧にチェックして、網糸でほつれた所を補修する。よせあわせて網糸をかけ結び、はさみでパチンと切る。地味で面倒な作業だが、これをやっておかないと、せっかく網に入った小魚が逃げてしまう。

 海から上がってきた海水浴客が、ジェイのそばを通り過ぎた。

 珍しいな、こんな時期にと目をやり、はっとする。

 右腕を左手で押さえている。その指の間から、血がぽたぽたと流れ落ちている。岩か貝殻で切ったようだ。

「君、怪我してるじゃないか」

 金髪で青い目の少年だった。やせていて、白い肌。日に焼けても小麦色にならず、赤くなっただけで元に戻る、そんな種類の青白い肌をしている。ジェイより2~3歳年下に見えた。

 近くにお金持ちの別荘が並んでいる一帯があるので、そこの客だろう。

「あそこの連中は俺らとは住んでる世界が違う。関わり合いになるなよ」

 父親には常日頃そう言われていたが、怪我人を見過ごすわけにはいかない。

 金髪の少年は不思議そうな表情でジェイを見つめる。

 外国人で言葉が通じないのかもしれない。

「こっちへおいでよ。手当てをしてあげる」

 身振り手振りで近くの漁師小屋へつれていく。

 父親が後でちいっと舌打ちしてるが、気にしない。

 小屋は小さいけれど、一応電気も水道も通っていて、壁には漁の道具が並べられ、暖炉もありマキもつんである。

 ジェイは棚から薬品箱をとりだし、少年の傷口を水道水で洗い流し、血止めと化膿止めの効果のある軟膏をぬった。きれいな布をあてて包帯を巻く。漁師小屋には、こういったものも常備してある。

「一応手当てしたけど、縫った方がいいかもしれないから、病院へいきなよ」

 言葉は通じないかもと思いながらも説明していると、

「ありがとう」と小さな声がした。きれいなイタリア語だった。

「何だ。しゃべれるんだ?」

「うん、少しだけど」

 よく見ると少年の顔は驚くほど整っていた。まるで教会で見るフレスコ画の天使のようだ。

 少年はじっとジェイを見つめる。

「僕の名前はシオン……君は?」

「ジェイ」

「ジェイ……いい名前だね」

 にこっと微笑んだ。天使のような笑顔だった。


「シオン……シオン……」

 女性の声が近づいてくる。

 シオンはぱっと小屋から飛び出していく。

 ジェイも小屋の外に出る。

 背の高い東洋人の女性だった。年齢はよくわからないが、20歳~30歳か。中国人かひょっとしたら日本人かもしれない。つやのある黒い髪は背をおおうほどある。

 シオンはその女性にまとわりつくようにして、右の手の平に握ったものを見せていた。

 ジェイが傷の手当てをする間、ずっとにぎったままだった右手を。

 それは真珠だった。形のゆがんだ白い真珠。

 このあたりには天然の真珠貝が生息している。真珠は真円に近いものが貴重とされていて、それを専門に採取する漁師もいる。ただ、あまりにも形のゆがんだものは商品価値がなくて捨てられる。そういう真珠を、バロックパールと呼ぶ。

 シオンは浅瀬で泳いでいて、それを見つけ、拾おうとして怪我したのかも知れない。

 シオンと女性は外国語、たぶんフランス語でしゃべっていたが、女性のほうがジェイのほうを向いて、丁寧にお辞儀をした。

「私はパトシリア・ベル。シオンの傷の手当てをしてくださったそうですね。ありがとうございます。私たちはそこの別荘に夏の間だけ滞在しています。サンルームとプールがあるのですぐわかると思います。ぜひ遊びにきてくださいね」

 きれいなイタリア語で話して、シオンをつれて帰っていった。

 とても親しそうだが、親子ではなさそう。いったいどういった関係なんだろう? そう思いながら見送っていると、

「あんなのは社交辞令だ。本気にするなよ」と父親にクギをさされた。

「わかってるよ」とジェイは答えた。

 そのあとは黙々と網のつくろいをした。


 夜になって、酒が足りないと父親に買いに行かされた。近所の酒場の店主は顔見知りで、

「またかい? あんまり飲みすぎるなって、オヤジさんに言っとけよ」と言われる。

 金を払って、持参したビンに、樽からウイスキーを分けてもらう。

 酒を飲んでいる集団から離れたすみの席に、シオンがぽつんと座っているのを見つける。

「あの子は……」

 店主はしかめ面で、

「さっきふらっと入ってきたんだ。別荘の子らしいんだけど、酒を飲ませろっていってな。未成年だし、帰ってほしいんだが……とりあえずミルクを出してやったよ」

 あまりに場違いな雰囲気。

 シオンがジェイをじっと見ている。この子は他人をあんな風に見るくせがあるのか? なんだか落ち着かない気持ちにさせられる。

 酔客のひとりが突然立ち上がり、シオンにからみはじめた。

「……白いウサギちゃんがいるぜ。……こりゃあ何の匂いだ? ミルクの匂いか? 帰ってママのおっぱいでも飲んでねたほうがいいんじゃないか?」

 わはははと笑い声があがる。

 男の手がシオンの胸元にさしこみ、胸をまさぐる。

「女の子みたいな顔をしてるけど、胸が全然ない。やっぱり男の子かな? 下の方も確かめるか……」

 シオンの視線は相変わらずジェイに向けられたままで、抵抗するでもなくいやがる風でもない。

 店主は舌打ちしながら、

「そういう商売の子供かな? このへんの貧乏人じゃ稼ぎにならないだろうに……お前はもう帰れ」

 ジェイに酒ビンを渡す。

「おい、わるふざけはそのくらいにしとけ」と止めにいく。

 シオンはすっと立ち上がり、シャツのボタンに手をかける。ボタンをはずしてシャツを脱ぐと素肌があらわれる。酒場の薄明かりの下で、青白い肌が妙になまめかしい。

 そのままズボンも下着も脱いで、裸になる。やせた身体、まだ幼い、金色のうぶ毛に飾られたそこへ、少年の手が男の手を導く。

「触って、確かめて……僕は男の子だけど、女の子のかわりもできるよ……」

 みんながしんとして、息をのんでいる。ジェイもその身体から目が離せなかった。

 とてもきれいで、痛々しいほど幼くて、そしてたまらなくみだらだった。

 シオンはイスにのぼり、テーブルの上に立った。木製の年季の入った酒の染みだらけのテーブルの上に、仰向けに横になる。

「僕が欲しいなら、いいよ。何人でも相手するよ。早いもの勝ちでね」

 視線をジェイのほうを向けたままで、にいっと笑う。

 天使の顔に挑発的な悪魔のような微笑み……

 最初の男がおおいかぶさり、わっと酔客たちの手が少年のほうへむかう……

 ジェイは驚愕し、狼狽した。何が起きたのか、何が起きようとしているのか……

 恐怖にかられてその場を逃げ出すしかできなかった。


 あーあ、逃げちゃった……失敗したかな……

 シオンは身体中をまさぐられ、足をひろげられて後から犯される。

 口にも含まされ、両手にも、猛り立ったものを握らされる。

 欲望の中心にいるのがわかる。

 男達が少年を求めている。もみくちゃにされている。

 激しい痛みと、圧迫感と、かすかな快感……

 正気をなくしてしまいそうな程の熱狂……

 ……僕は祭壇の生贄……神に、いや、悪魔に捧げられた供物……

 意識は身体からもぎ離されて、暗い闇の中に落ちていくような気がする……


 な、何なんだ今のは……

 とても正気の沙汰とは思えない。

 酒場のなかで、どっと笑い声があがり、騒ぎは外まで聞こえてくる。

 ジェイは耳をふさぎ、それでも家に帰ることもできず、あたりをうろうろするばかり。

 何であんなことを……

 胸がどきどきして苦しい。

 彼は別荘のお坊ちゃんのはずで、なんであんなまねをするのか、わけがわからない。


 随分時間がたったと思えた頃、シオンが戸口から外へ出てきた。

 裸の身体にシャツだけはおって。足の間から血を流して……

 月明かりの下で、シオンはジェイを見つけて、

「あれ、まだこんなところにいたの? 追い出されちゃったよ。面白いショーだったのに。君も最後まで見ていけばよかったのにさ……」

 ジェイが膝をかかえてうずくまっているそばまで、ふらふらと歩いてきて隣に腰をおろす。

「ねえ、家まで送ってよ……歩けそうにないんだ……あんまり乱暴なんだもの。壊れるかと思ったよ……」

 とても無邪気そうにいう。

 ジェイは混乱する。自分が悲しいのか、怒っているのかすらわからない。

「何で……君は……何であんなことをするんだ?」

「わからないの?」

 シオンは彼の瞳をじっと見つめる。

「何で泣いてるの?」

「泣いてない!」

「……でも、君が悪いんだよ……あいつが僕に触ったとき、君は止めなかった……だから、どのくらいやったら止めてくれるかなって……」

「僕のせいだっていうの?」

 シオンはくすりと笑う。

「あのくらい大したことじゃないよ……それより、おぶってくれない? 汚れてるのがイヤじゃないなら……実は、気を失いそうなんだ……」

 そのままグラリとジェイの方に倒れかかった。


 ジェイはシオンをおぶって、別荘への道を歩いた。少年はとても軽かった。

 プールとサンルームのある家。多分あれだ。

 門からアプローチへはいり、玄関へ向かう。

 気を失っているとばかり思っていた少年が背中から声をかける。

「玄関はカギがかかってるから、裏のベランダへ回って」

「気がついたの?」

 またシオンはくすりと笑った。

「気絶した振り……君って優しいね」

 ベランダは開いていて、中に入るとどうやらシオンの部屋らしかった。

 カウチとサイドテーブル、デスクの上に開きっぱなしのノートやテキストや筆記用具。床に脱ぎ散らされた服、洋服ダンスやチェストは引き出しがあいたままだ。寝乱れたままのベッド。家具はどれも高級そうで、散らかっているのに、どこか優美な印象を受ける。

 シオンはジェイの背中からすべりおりて、

「シャワー浴びるね。君も一緒にどう?」

 さしだされた右手、ほどけた包帯の下に赤い傷が見える。

 多分、引き返す最後のチャンスだった。

 あいつらは別の世界の人間という、父の口癖が脳裏をよぎる。

 ジェイはシオンの手を取った……


 ぬるめのシャワーを浴びる。石鹸を手にとり、泡立てて身体中を洗う。髪を洗い、シャワーのお湯を口で受けて、何度もうがいをする。

 シオンの手がジェイの身体にも石鹸をなすりつける。腕、胸、腹、シオンの手が触れたところが熱をもったようにうずく。

「うしろ向いて」

 といわれて背中を向けると、肩甲骨、背筋、お尻へとシオンの手がすべっていく。

「きれいになったよ」

 向かい合う。

「ねえ、彼女とかいるの?」

 気になっている女の子の顔が脳裏をよぎるが、一瞬で消える。

「いないよ」

「じゃあ、初めて?」

「……うん……君は?」

「女の子? 女の子とは経験ないなあ……男の人なら、ちゃんと数えたことないけど……100人以上?」

 ジェイは絶句する。

「その……つまり、そういう商売ってこと?」

 シオンはまたくすりと笑う。

「それだけでもないから、困るんだよねえ」

「困るの?」すっかり翻弄されて、わけがわからない。

「うん……ベッドへきて……」


 身体をふいてベッドへいく。

 ベッドの上で裸で抱き合って、シオンが彼にキスをする。唇をなめられて、舌が差し込まれる。くちゅくちゅとみだらな音を立てて、遊ぶように口の中をなめまわされる。

 ジェイはうまく息ができなくて、頭がぼうっとする。

 シオンの手が彼の身体をなぞっていく。胸からわき腹、そして彼のペニスにそっと触れる。指先でなでる。形を確かめるみたいに。そこがどんどん大きく、固くなっていく。

 シオンがそれを舌でなめる。味わうようになめて舌をならす。口に含む。

 身体中がしびれる。

 シオンの髪に指をからませる。うめき声がでる。

 たっぷりとなめまわしてから、シオンが彼の身体の上にまたがって、ゆっくりと腰をしずめていく。

「あ……ああ……」

 ため息がシオンの唇からこぼれる。

 月明かりの中で、顔にかかる金の髪がとてもきれいだ。

 シオンは腰を動かす。はじめはゆっくりと、少しづつはやく。

「……う……うん……」

 ジェイもシオンの腰に手をあてて、相手の動きにあわせて腰を突き上げる。

 しびれるような快感が、そこを中心にひろがっていく。

「……もっと……もっと奥まできて……」

 シオンの甘い声、あえぎ声が頭の中でこだまする。

 目の前が白くはじけて、それと同時に射精する。どくんどくんと脈打ち、快感の余韻にひたる。

 シオンが彼に抱きつき、胸元にキスをする。

「……君はもう僕のものだ……」


 目が覚めるとすでに太陽は高く登っていた。

 いつもなら日の出前に漁にでかけるのに……

 父親は怒ってるだろう。下の弟はまだ11歳だが、手伝わされているのだろうか。

 けれどそんな心配はシオンの寝顔を見たとたんに吹き飛んでしまった。

 なんてきれいなんだろう……

 金の髪、長いまつげ、つんとした鼻、バラ色の唇。やわらかそうな頬をそっと指でなでる。毛布からはみでた、むきだしの肩と背中をなでる。肩甲骨が天使の翼のあとに見える。引きちぎられた翼のあとに……

 昨夜のことを思い出して、胸がうずく。

 惜しげもなく酒場の酔客に身体をさしだしたあと、ジェイともセックスした。まだこんなに幼い身体で、100人以上の男を知っているという。

 信じられない。でもウソは言っていないと思う。きっと何か事情があるんだ……

 シオンが目をあける。

「おはよう……」

 眠そうにまぶたをこすり、にっこり微笑む。青い瞳の天使……

 いたずらそうな目つきになり、ジェイの下半身に手を伸ばす。ペニスに触れ、もぞもぞと手を動かし始める。

 ジェイはシオンのなされるがままで、結局また抱いてしまった。

 逆らうことなんかできない。

 流されて、どこへいくのかもわからない。

 シオンがいう。

「僕を抱きしめて……ずっとそばにいて……」と。


 シャワーを浴びて食堂へいくと、テーブルにふたり分の朝食が用意されている。

「これはどんな魔法なの?」

「朝早く家政婦さんがきて、一日分の料理を作っていくんだ。庭師の人もくるよ。朝と夕方の2回」

「昨日の女の人はいないの?」

「ベルのこと? うん。夕べ電話があって、仕事でパリへ帰った……すぐもどるって言ってたけど、どうかな……」

「何をしてる人?」

「デザイナー。パリでオートクチュールを開いてる。ベルじゃなきゃだめだっていうお得意さんがいっぱいいるんだ」

「君のお母さん?」

「まさか。ベルは僕の……後見人、保護者みたいなものかな」

 冷蔵庫から冷たいミルクをだしてコップにそそぐ。ラップをはずして、パンとスクランブルエッグをレンジであたためる。フルーツとサラダもきれいに切り分けられて冷蔵庫に冷やされている。

 僕がいなかったら、シオンはひとりで食事をするのだろうか?

 自分の家のにぎやかすぎる食卓を思い浮かべる。父と母がいて、弟妹はおしゃべりしながら、ときにはケンカになりながら、笑いながら食事を分け合う。

 ここはあまりにも静かで孤独だ。

「食べたら一度家に帰るよ」とジェイがいうと、

「いやだ、帰らないで。ここにいて」とシオンがいう。

「でも……」

 シオンの瞳に涙の粒が盛り上がる。

「帰ったら、君はもう2度とここへはもどってこない……」

「そんなことないよ」

「ううん。僕にはわかってる……」

 涙の粒はあふれて、頬をこぼれ落ちる。

 ジェイはシオンの頬を手の平でぬぐう。

「……わかったよ。帰らないよ。ずっとそばにいるよ」

 こんな風に泣かれたら、他に何と言えるだろう。


「母の写真があるんだけど、見る」

 といってアルバムを見せられた。

 きれいな女性。シオンとそっくりな金の髪と青い瞳。

「ファッションモデルだったんだ。シーナって名前で。有名だったからまだ憶えてる人もいるかもね」

 美しい衣装を身に着けてポーズを取る写真が何枚も。

「僕が6歳の時に、交通事故で父と母は死んだ。母はまだ21歳だった」

「え?」

「うん。母は僕を産んだ時は15歳。モデルになったのはそのあと。僕は隠し子ってわけ」

「……そうなんだ」

「これは僕が生まれてすぐとった写真。両親が一緒にうつってるのはこれだけなんだ。父にはイギリスに妻と娘たちがいたから……」

 モデルになる前の、まだ少女といってもよいような母親、年配の父親、輝くような笑顔のふたりが見つめるのは可愛らしい赤ん坊。幸せそうな3人の写真。

 ファッション雑誌のページに掲載された、美しいシーナのスナップが何枚もスクラップされたページが続く。一番最後に、事故を報じた新聞の切り抜きがあった。

 車が崖から転落して2名死亡。後部座席にいた6歳の幼児だけが、奇跡的にほぼ無傷で助かったと報じられている。2名のうち1名はモデルのシーナ。一緒にいた男性と幼児の身元はまだ判明していないと。

「このあとの記事はないんだ。報道規制されたんじゃないかな。父はイギリス人で貴族だったんだ。正妻には娘がいなくて、僕は庶子だったけど爵位と財産を受け継いだ……僕はね、公爵様なんだよ」

「……そうなんだ」

 そんなプライベートな話を昨日知り合ったような人間にしゃべっていいのだろうか?

「……ふたりが死んでしまって、とても悲しくて、僕はずっと泣いていた。両親のことをとても愛していたし、ふたりも僕をとても愛してくれたんだ……そのときベルがやってきて、これからはあなたの面倒は全部わたしが見ますっていった。僕はベルしか頼る人はいなくて、好きになって、でも、ベルは……」

 不意に話をとぎらせて、遠い目をする。

「まあ、いいや」

 アルバムをぱたんと閉じて、

「プールで泳ごうか」と誘った。


「すぐそこに海があるのに、なんでプールなんだろう?」とジェイ。

「お金持ちの考えることはわからないね」とシオン。

 まるで、自分はお金持ちではないようにいう。

 ふたりで泳いで、ふざけて、また抱き合った。


 サンルームは8角形のドーム型で、天井まで強化ガラスで作られている。日差しが集まって中はとても蒸し暑い。

「避暑にきてサンルームとか、必要なのかな?」とジェイ。

「お金持ちの考えることはわからないね」とシオン。

 でも夕方、スコールが降ってきて、その時わかった。

 雨が滝のように降り注ぎ、ガラスの表面を流れ落ちていく。外の景色はさえぎられ、まるで水の中にいるよう。別の世界が現れる。

 サンルームの床にふたり並んでねそべって、手をつなぐ。

「なんだか世界中にふたりだけみたいな気持ちになるね」とジェイ。

「うん。いいね、こういうの」とシオン。

 ふたりはキスをかわし、また抱き合った。


 一日、また一日と過ぎていく。

 もう何度抱き合ったかわからない。

 日常と隔絶された世界だった。

 一度、2番目と3番目の弟達がきて、

「兄ちゃん、帰ってきてよ!」と泣いて訴えた。「村中のウワサになってるよ。父ちゃんはカンカンだし、母ちゃんは泣いてるし……」

 ジェイは困ってしまった。

 もう帰ったほうがいいのだろうか?

「誰?」とシオンが顔をだすと、弟達は走って逃げて帰った。

「悪魔だ!」「化け物だ!」と叫びながら。

 シオンは悲しそうな表情になる。

「僕は悪魔で化け物なの?」

「あいつら馬鹿なんだ。気にするなよ。君は天使だよ」

 そういうと、シオンは悲しそうに微笑んだ。


 シオンの肌は柔らかく、声はとても甘い。

 喉にキスする。肩に唇をはわせる。胸をなでて、小さな乳首を指先でつまむ。

「……あ、あん……」

 可愛らしい声がもれる。もっと聞きたいと思わせる声。

 シオンのペニスは幼くて、口に含んでも、それほど大きくも固くもならない。

 まるで砂糖菓子でできているようだ。

 あえぎ声はため息のように唇からこぼれる。

 後を指で開くようにして、たっぷりとなめてから、自分のものを入れる。

 シオンの細い下肢がふるえる。

「あ……ああ……」

 何度も腰を動かして突き上げると、

「……もっと……もっと……」と身体をくねらせる。

 おぼれてしまう。ほかのことはどうでもよくなる。

 ジェイが射精すると、シオンのペニスからも透明な液体があふれてくる。まだ白くないのは、精通していないからか。

 それなのに、シオンの身体は抱かれることになれていて、何度でも欲しがる。

「僕を抱きしめて……ずっとそばにいて……」と。


 このときが永遠に続けばいいと思っていた。

 でも、いつか終わるときがくるとも思っていた……


 ベルが帰ってきて、ベッドにいるふたりを見つける。

 冷ややかな顔でちかづき、いきなりシオンの頬を打つ。

「まさかとは思ったけど、ほんの5日間も待てないの?」

「やめてください。シオンを叩くのは!」

 ジェイを見る目はまるで虫けらを見るよう。

「ああ、あなただったのね。遊びにきなさいっていったのは社交辞令よ。本気にしたの?」

 鋭い言葉に、言い返すこともできない。

 シオンは打たれた頬を押さえて、うつむいて、涙がぽたぽたとベッドに落ちる。

「シオンに服を着せて、車に乗せて。すぐパリへ帰るわ」

 一緒に来ていた女性に命令する。

 シオンは素直に従って、つれられていく。

 一度もジェイの方を振り返らなかった。


 ベルはやや表情をやわらげて、

「あなたには迷惑をかけたわね。かわりの人間をよこすはずだったのに手違いで……」とジェイにいう。

 それから封筒をベッドに投げてよこす。

「これは?」

「手切れ金と口止め料。ここで見聞きしたことは誰にも話さないで」

「いりませんよ。こんなもの」

「受け取りなさい!」有無をいわせぬ強い口調。

 ジェイは何をどういったらいいのかわからなかったが、必死で言葉を捜した。

「シオンは……ただ、寂しいだけなんじゃないですか? あなたがもっとちゃんと見てやれば……」

 ベルは少し首をかしげて、

「あの子は病気なのよ……ニンフォマニア……事故で頭を打った後遺症かしらね……誰にでもついていって、身体をまかせるのよ」

 病気? シオンが?

「あなたには理解できないでしょうし、説明する気もないわ」

 そして背中を向ける。

「お金をもって家に帰りなさい。アルバイトをしていたと言えばいいわ」

 ジェイは呆然としてひとり取り残される。

 車の走り去る音が聞こえた。


 ジェイは家に帰った。父親にはしこたま殴られたが、ジェイがもらってきたお金を見ると、新しい船に買い換えられると喜んだ。もとの生活にもどり、人のうわさも1ヶ月もたたずに消えた。

 ジェイは時々ぼうっとして考えごとにふける。

 あれは何だったのか? まるで幻のようだ。

 母親が心配して告げる。

「あんたのお父さんも若い頃、別荘のお嬢さんと恋をしてね。駆け落ちしようとして連れ戻されて、ひどく傷ついたことがあったのよ。だから、あそこの連中とは関わるなって、いつもいうのよ。……でもね、ときどき思い出してるみたいね。そのお嬢さんと一緒になっていたらって……あんたの場合は相手は男の子だったみたいだけど、恋っていうのは熱病みたいなもんだからね……」


 何年かたって、手紙が届いた。差出人の名前も住所もなくて、あて先もイタリアのこの村の名前だけ。ジェイという宛名だけでよく届いたなと思える手紙が。

 中には一枚の便箋と、バロックパールが一個はいっていた。

 便箋にはこう書かれていた。

『ベルの宝石箱に入っていたこの真珠を見つけて、君のことを思い出しました。君に持っていてもらいたいと思ったので、送ります。僕は元気だから心配しないで。あの時はさよならも言えなくてごめんね。優しくしてくれてありがとう』

 ジェイは少しだけ泣いて、封筒に便箋と真珠をいれて引き出しにしまった。

 元気でいるのならそれでいい……

 あれは、やっぱり恋だった。5日間だけの恋だったのだと思いながら。



                      

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