死後の選択権
@seizansou
本文
「はいどうもー。ようこそ死後の世界へ」
市役所の受付のような雰囲気の部屋だった。目前のカウンター奥に座っている女性は受付役だろうか?
「ああ、どうぞどうぞおかけください」
そういって女性は、少し腰を上げながら、向かい合うようにして置かれている椅子に手を向けた。
「あ、どうも」
とりあえず俺は言われるがままに座った。目の前の女性は何やら書類を忙しなくめくっていて、どうにも話しかけにくい雰囲気を出していた。なんとなく周りを見回してみるが、俺と目の前の女性以外は誰もいなかった。
「えー……っと、はいはい、なるほど、はい」
目の前の女性は書類を忙しなくめくりながらうなずいていた。そうこうしていると、ぱっと顔を上げて俺を正面から見据えてきた。
「あ、私受付のものです。今回のあなたの死後処理を担当します。どうぞよろしく」
軽く微笑みながら小さく頭を下げてきた。俺はさっきから気になっていたことを尋ねるべく口を開いた。
「あの」
「はいはい」
女性は書類を脇に置き、カウンターの上で手を組んでいる。眼鏡をかけていたが、こうして正面からよく見るとかなりの美人さんだった。
「さっきから死後って……」どういうことですか、と口にする前に女性に割り込まれた。
「ああ、わかります、わかります。まだ把握できていないんですね、ええ、わかります。死んだ時のショックで自分が死んだことに気づかれていないんですね。ええ、よくあります」
「俺、死んだんですか?」
「はい、お亡くなりになりました」
「え、うそ」
「いえ、本当です」
「いやでも、え? え? いや」
「もうすっぱりと息を引き取られています」
「いやだって、俺ここにいますよね」
「ええ、ですからここは死後の世界です」
「まーじかー……」
俺は俯いた。が、ふと思い至って顔を上げる。
「ドッキリ?」
「マジです。少々お待ちください」
そういって女性は椅子から立ち上がり、奥の方へと歩いて行った。しばらくしてDVDケースらしきものを手に持って帰ってきた。
「こちら、お亡くなりになった際の映像になります」
そういってケースからDVDっぽいディスクを取り出し、カウンターの端に置いてあったディスプレイ付きの機械にそれを挿入した。
男が路地を歩いている様子が監視カメラのような映像で映し出された。
「これは、俺ですか?」
「ええ、あなたです。ほら、見ててください、そろそろですよ、あ、そこの交差点です」
映し出された俺が交差点にさしかかっていた。曲がろうとする先は壁があって見えない。
「トラックにひかれたとか……?」
「いえいえ、見ててください……あ! 今です! これ! これです!」
確かに映像に映った俺はひっくり返って倒れている。が、車らしきものは見当たらない。
「え、どこですか?」
「ほら、ここに落ちました」
目をこらしてみる。女性の指が指す先に、白くて四角い、小さな何かが落ちている。
「なんですかこれ……」
「豆腐ですね」
「え、豆腐?」
「はい。豆腐の角に頭をぶつけてお亡くなりになりました」
「それって日本で食されている大豆から作られるあの豆腐?」
「はい、その豆腐です」
「待って、おかしくないですか? あれで死ぬって俺の頭どんだけ柔らかいんですか」
「いやいや、よーく見てください。これ、下に落ちても四角いままじゃないですか。あとほら、ちょっと今も動いてる」
見ると確かに少し滑るように移動しているように見えた。
「これ凍ってたんですよ。凍った豆腐の角が急所に当たってお亡くなりになったんです」
「なんで凍った豆腐が飛んでくるの!? おかしいでしょ!?」
「これはご近所に住む佐藤タエさん(84歳)が散歩のおやつとして凍らせて持ってきた豆腐ですね。落としたひょうしに、こう、何とかスイッチ的にスポポーンと飛んできたようです」
「ええぇ……タエさん豆腐がおやつって……いやそこじゃないけども……」
「タエさんは豆腐がお好きなようですね。絹ごし派ではなく木綿派だそうです。カルシウムが多いことが理由のようですね。骨密度が気になるお年頃だからとのことです」
「いや豆腐とかタエさん情報とかはもういいです。この、倒れてる俺ってもう死んでるんですか?」
「ええ、お亡くなりに。お待ちください、ちょっとチャプター飛ばしますね」
「チャプターって、そんな。わざわざ俺の死の映像が編集されてるんですか」
「いやあ、最近はGIが進歩したので自動化されてますね」
「GI? なんですかそれ」
「Godificial Intelligence、略してGI。神造知能ですね、あ、ほら映りました。霊安室です。こちらに横たえられてるのがあなたになりますね」
「ああ、もう完全に俺ですね。どうみても死んでますね。顔色がもう完全に死人だわ」
「ご理解頂けたようで何よりです。さて、ではこれからの手続きについてお話しましょうか」
そう言って女性は映像を停止し、俺の方に向き直った。
「さて、あなたはGPが高かったので、死後について選択権を与えられました」
「GP? とは?」
「God Point。神様ポイントです」
「それってどうやったら溜まるんですか? 人に親切にしたりとか?」
「いや、そういうのでは無いです。神様的にポイント高いと与えられます。今回は豆腐の角で死亡という点がかなりポイント高かったようですね」
「そんな大喜利みたいな採点基準なんですか」
「神様もひm……思うところがあるようです。それに善行か悪行かなんて、立場によって評価が変わりますから。神様だって人間だけの面倒を見てるわけじゃ無いですからね」
「今暇って言おうと」
「あー! ともかくですね。今回はあなたに選択権が与えられましたので、その手続きです」
「その選択権って、何を選択する権利なんですか?」
「今回特にGPが高かったので、転生する権利が与えられました。そして、その転生先を選ぶ権利があなたに与えられたのです」
「転生っていうと、あれですか、記憶を持ったまま異世界にとばされるという」
「そうですね、その転生です」
「え、いいんですか?」
「嫌なんですか?」
「いやありがたいんですけど……あれですか、なんかすごい能力、いわゆるチートとか、もらったりも出来ちゃったり?」
「そんなに沢山は今回のGPでは無理ですけど、まあ多少は」
「マジですか」
「マジですね。更に今回は、異世界体験期間も設けてあります。少しの期間その異世界を体験してみて、だめそうなら別の異世界を選んで頂くことも出来ます。なお、特別な能力、先ほどおっしゃっていたチートは、その異世界に合わせてこちらの方で見繕わせて頂くことになっております」
「つまり選択権というのは、転生先の異世界を選ぶ権利、ということですか?」
「そうなります。こちらの方で用意したプランの中から選んで頂くことになります」
「さっき言ってた体験って、全部のプランで出来るんですか?」
「はい。大丈夫です」
「えっとじゃあ、最初のプランの体験させて貰ってもいいですか?」
「はい、かしこまりました。ではこちらの書類の、ここと、ここ。あとこちらの書類のここにもサインをお願いします」
言われるがまま、俺は自分の名前を書いた。
「はい、ではどうぞ行ってらっしゃいませ」
受付の女性は笑ってそう言った。
次の瞬間、俺は空中に放り出された。
心臓がヒュッとなる感覚とともに落ちて、ドボン、と何か液体の中に落ちた。
俺は溺れまいと、必死になって液体の中から顔を出した。
まわりは真っ赤な液体がぐつぐつと煮えるように沸き立っていた。時々火柱のようなものが上がっている。
「え、ここは……」
そのつぶやきに、どこからか先ほどの声が聞こえた。
『生まれてしばらく経った惑星ですね。地球で言うところのマグマオーシャン、マグマの海の中です』
「マグマ!? 溶ける溶ける!」
『ああ、大丈夫です。今回あなたへ贈られた能力は、【耐熱】の能力ですので、マグマの海の中でも問題ありませんよ』
「え、人間はどこに……?」
『いるわけ無いじゃないですか。生物いませんよ、その惑星』
「それはさすがに孤独すぎる気が……」
『大丈夫です。【無呼吸】の能力もありますから、大気についても心配ご無用です』
「いや、そこじゃなくてね、さすがにこの状況で生きていけってのは辛すぎるという話を」
『ではその異世界は、やめておきますか?』
「これはちょっと辛すぎるので別ので……」
『わかりました、少々お待ちください』
「あの、ずっと立ち泳ぎしてるのも疲れてきてるので、早めでお願いします……」
しばらくマグマの海で立ち泳ぎを続けていたが、気がつくとさっきまでのカウンターの椅子に座っていた。
「お気に召しませんでしたか……」
「むしろどこに気に入る要素があると思ったんですか」
「あの惑星で最初の生物になれたんですよ?」
「俺一代で血筋が途絶えますよ! 命が! つながらない! もっと命をつなげていきたいんですよ!」
「命ですかあ。じゃあちょっとプラン減らしますね」
「俺以外に生命が存在しない転生先がそんなにあったんですか……」
「あ、これなんかどうですか、ちょうど恐竜」
「ナシでお願いします」
「命ありますよ? 命つなげられますよ?」
「そのつながりって、俺が恐竜の餌になる的な意味ですよね? 体験期間中に喰われたらどうするんですか」
「注文が多いですね……もっと減らさないと……」
「頂いた選ぶ権利を行使しているだけです。むしろ余計な手間が減って良いじゃないですか。というかどんだけ転生先があるんですか」
「うーん、じゃあ要望を聞いてこちらで見繕ってみますか。どういう転生先がお好みですか?」
「え、選ぶんじゃなくてこっちから希望出してもいいんですか?」
「まあ、数がありますから。ご期待に添えられるプランがあるかもしれませんし」
「そうですね、じゃあこう、ファンタジー的な世界とか」
「ファンタジー的? 具体的にはどういう世界ですか?」
「ほら、魔物がいたり、それを討伐する冒険者がいたりして、魔法とか剣とかでズバーっと倒す感じの。で、その世界に行くときにすごい能力をもらったりして。最初は身元も良く分からない冒険者だったのに、その能力とか生前の知識を生かして、色々手柄を立てて貴族になったり、世界を救ったりする奴ですよ」
「そういうのがお好きなんですか。まあ、ひとの趣味に口出しするのは野暮なんでしょうけども。えーっと、ああ、これがちょうどいいですかね。『魔法あり、魔物あり、魔王あり、王政あり、冒険者あり、ダンジョンあり……』ほかにも色々ありますが、おおよそご希望に添えるプランではないかと」
「おお! いいですね! 王道の異世界転生って感じです! それでお願いします!」
「急に元気になりましたね。ではこちらで。まずは体験になさいますか?」
「まあそうですね、念のため。体験でお願いします」
「はい。ではサインを」
そう言って女性は書類を指し示した。俺はさっきと同じようにサインをした。
「では、行ってらっしゃいませ」
女性は、先ほどと同じように笑ってそう言った。
そして周囲の景色が一変した。
今度は空中ではなかったようだ。地面に足が付いている。
周りを見回す。どうやら森の中のようだが、自分がいるのは森を切り開いた街道のようだ。
馬車とか見えないものかと街道の先に目をやるが、動くものは何も見えない。
「まだ話できますか?」
俺は空にむかって声を出してみた。
『ええ、体験期間中はこちらでもサポートいたしますので、会話は可能ですよ』
地面にしっかりと足をつけられている状態で話が出来ると、それだけで何か特殊な能力を持っているような感覚になる。ちょっとテンションが上がる。
「ここではどういう能力をもらえるんですか?」
『そちらの世界では、【言語理解】【識字】【魔力蓄積】』
「……他には?」
『いえ、以上です』
「え、それだけ?」
『ええ、それだけです』
「……【魔力蓄積】が実はすごい能力とか……?」
『いえ、そちらの世界の生命は、みなその力をもっています。人間が扱う生活用品の多くで、個人が発する魔力が必要でしたから、最低限生活可能なレベルで魔力を蓄積・放出できる能力をお贈りいたしました』
「チート能力でも何でも無くないですか?」
『何をおっしゃいます。日本人が英語を覚えるためにどれだけの金額を投資しているかご存知ですか? 言語理解や識字、それだけで充分価値のあるものなのです。それにそもそもあなたには魔力に関する能力が全く無かったのに、それを行使できるのですから、破格の能力と言えるでしょう』
「でもこれじゃあ、冒険者として成り上がったりとかできないんじゃあ……」
『まあ、否定はしません。もっといえば、その世界、その地域の文化を理解するまでの間に生きていられるかどうかは怪しいですね』
「それはどういう……」
『そのままの意味です。何の財産も、後ろ盾も、その世界の知識もないあなたが、その世界になじむまでの間に生きていられる確率は非常に低いだろうというただの予測です。あ、ほら、来ましたよ』
何が、と思った瞬間、腹の底に響くような低いうなり声が聞こえてきた。
嫌な予感がした。
頭では、走って逃げるべきということがわかっているが、体が固まってしまって動けない。
かろうじて動く首を、音のする方向に向けると、そこには巨大な、生きもののようなものがいた。
四つ足を地面につけてはいるが、立ち上がったら成人男性2~3人ぐらいの大きさになるだろうか。
熊に似ているようにも思えたが、その背中からは1m以上の長さの刃のようなものが大量に生えていた。
「あの……これって……」
『魔物です。つまりまともに生活できるようになるまで、仮に一人でいたとしても、魔物に襲われて死ぬ確率が非常に高いでしょう、ということですね』
「ですね、というか、あの、助けて、ください」
『体験期間はまだありますよ?』
「体験期間中に死んだらどうなりますか」
『さすがに二度は転生出来ないでしょうね』
「無し! この世界も無しでお願いします!」
俺の声に反応して、魔物は更にうなり声を大きくしてきた。
早く! 早く! タスケテ!
今まさに魔物が俺に襲いかからんとしたとき、俺は先ほどまでのカウンターに座っていた。
額から何かがたれている。
触ってみる。
見てみたら血だった。
襲いかからんというか、ちょっと襲われていた。
ちょっと膀胱が緩みそうになったが、そこは気合で押しとどめた。
「希望通りの世界だったとおもうんですけどねえ」
うーん、と目の前の受付の女性が困ったような顔をしている。
「すみません、ファンタジーなめてました……」
「まあ、奇跡とはめったに起こらないからこそ奇跡なのですし、英雄というのもめったに現れないからこそ英雄なのです。あなたは生前英雄的な存在でしたか?」
「いえ、普通の一般市民でした……」
「普通の一般市民がいきなり他の世界に飛ばされたら、知識・財産・適応能力とかを考えれば、その世界の一般市民以下の生存能力になるのは、結構すぐ思い至ると思うんですけどねえ」
「その、ワンチャンあるかなと……」
「ありましたか?」
「なかったですね」
「うーん。どうしましょう、他に希望はありますか?」
「いやちょっとすぐには……」
困りましたね、と女性は視線をカウンターに落としている。ふと、何かを思いついたかのように、ぱっと顔を上げて言った。
「でしたら、これはどうですか? ええっとですね……」
――――
俺は交差点の前にさしかかった。
交差点の前で俺は足を止めた。
しばらく待っていると、白くて四角いものがとんでもないスピードで飛んでいった。
結局俺は、転生先をもとの世界にした。
俺がもらい受けた能力は無い。
ただ、俺が死んだ交差点、そこを通る直前の状態の俺自身に転生(憑依とでも言った方がいいのか?)させて貰った。
俺は用心深く交差点の先を確認する。
遠くに、白くて四角いものを道にぶちまけた老婆があたふたしているのが見えた。
俺は、老婆とは反対の方向、交差点の向こうまで吹っ飛んでいった、凍った豆腐を拾いに歩き出した。
いや違うな。
正確には凍った木綿豆腐か。
死後の選択権 @seizansou
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