学校外恋愛まで
西桜はるう
第1話学校外恋愛まで
“卒業まであと〇〇日!”
でかでかとそんな文言が書かれるようになった年明けの新学期、一月。
寒さはもちろん緩むことなく、雪こそ降らないまでもしんしんと身を縮こませる北風が吹いている。
「あらセンセ、資料室でどてらなんてまるでいっかいの研究者みたいだわ!」
「来たな、間木昭子(まき しょうこ)。お前はどうして極寒の冬でなおそんなにも涼しそうなんだ」
現代国語教師の佐々木一(ささき はじめ)が入り浸る国語関連の資料室にはストーブもエアコンもなく、夏は酷暑、冬は極寒なのだ。
そんな環境になる資料室に一がそれでも居座るのは、ここにはほとんど教師も生徒も来ず、こうやって昭子と学校内で逢引するにはもってこいの場だからなのだ。
「いつものことね、センセ」
「お前もご挨拶だな」
二人はくすくすと笑い合って、昭子は一の向かいの粗末なパイプ椅子に腰を下ろした。
「もうすぐね」
唐突に昭子は言った。
「何がだ?」
一はあらかじめ自販機で買ってあった、少々冷めてしまっているお茶を昭子に渡し、自分は缶コーヒーに口をつける。
「もうすぐ私たちの関係が終わるのが、よ」
「どういう意味だ?」
不審そうに一は昭子を見つめる。その瞳には年上の教師としての威厳はまるでなく、今まさに捨てられようとしている子犬にように濡れている。
「ふふふ。センセ、そんな怯えた顔しないで」
昭子は心底おかしそうに、けれど上品に口もとに手を充てて一人笑った。
「センセは、私と関係が終わってしまうのは寂しい?」
「短くない付き合いだからな。たぶん、お前との関係が終わってしまったらしばらく恋愛はできない」
一と昭子との関係は、昭子がこの高校に入学した時から始まっている。つまり、現在十八歳の昭子とは三年の付き合いになるのだ。
一はそれを、自分の中でいちばん『長い付き合い』だと思っていた。
「センセ、もうすぐ私にとってすごく大切な行事があるのよ。分かる?」
「大切な行事……?」
「そう。その行事があるから、私たちの関係は終わるのよ」
一はハッとして、昭子を見た。高校三年生の昭子に残された行事など、一つしかない。
「卒業式のことを言ってるのか?」
「そう。卒業式。私は来月にはここを卒業して、生徒じゃなくなる」
「それと同時に俺との関係を終わりにするっていうのか?」
一の言葉に昭子はそっと首を振った。それは静かに、一の言葉を否定するものだった。
「話しは最後まで聞くものよ、センセ。小学校の時に習わなかったの?」
「お前がはっきりと言わないから、俺からはっきりと訊いてやってるんだ」
一の語気が強まる。しかし昭子は『違うわ』と、柔らかく改めて否定した。
「私はここの生徒じゃなくなるのよ?どういうことか分からない?」
「どういう、ことか……?」
昭子は一の手を取った。
「私たち、もう、教師と生徒という立場じゃなくなるのよ」
二人の間に長い沈黙が流れた。その間も昭子が一の手を握り、一は昭子を見つめ続けた。
「はははっ。そうだな。お前と俺との関係は終わる」
「そうよ、終わるの」
(──────私たちは自由に、愛し合えるのよ)
静かに口づけをした二人は、資料室の黒板にも“卒業まであと〇〇日!”と書いていくことにした。
「もうすぐね」
「あぁ、もうすぐだ」
もうすぐ、二人はこの窮屈な檻から出ることができる。
『教師』と『生徒』という縛りのない檻の外へと。
学校外恋愛まで 西桜はるう @haruu-n-0905
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