第178話 魅力的な条件
「え? ヴァル、どういうこと? ヴァルが原因って──」
「それじゃあ、アーサー、あと光の貴公子君も、少しの間"線なし君"とふたりきりにしてもらえるかな?」
「え? ヴァル、僕も会長として一緒に話を──」
「ささ、早く早く、私はまだ夕飯食べてないんだから、急いで急いで」
「え? 僕だってまだ食べて──」
「ラ、ラルク君──」
ヴァレッタ先輩は腹を押さえているアーサー先輩と心配そうに俺を見るフレディアの背中をぐいぐい押すと、そのまま食堂の外へ追いやってしまった。
バタン、と、扉を閉めると、ガチャリ──鍵までかける。
これで事実上、広い食堂にいるのは俺とヴァレッタ先輩のふたりだけとなってしまった。
調理場の奥で食器を洗っている世話係がいるので正確にはふたりきりではないが、カウンターを挟んでこちらと向こう側では、空間は繋がっていても会話はまでは聞こえないだろう。
「線なし君は食べ終わったんだよね? じゃあ適当に座ってて、私はなにか食べるものをもらってくるから」
そう言うとヴァレッタ先輩はスカートを翻して俺から離れていった。
『……いったいなんだって言うんだよ……』
小走りでカウンターへ向かうヴァレッタ先輩の背中を見ながら小声で呟く。
途中で一度振り返り、小さく手を振るヴァレッタ先輩の心中は、俺には察することができなかった。
◆
「うーん、やっぱり美味しいっ!」
いったん食事の手を休めたヴァレッタ先輩が、身体をくねらせて顔を綻ばせた。
テーブルいっぱいに並べられた皿は端から丁寧に片付けれており、残すは三分の一というところまで食べ終えている。
しかしこの細い身体のどこにこれだけの量の食事が入るんだろう──。
見ていて気持ちの良いくらいの食べっぷりに思わず唸る。
「ごめんね? 食べるのに集中しちゃって」
先輩は白布で上品に口元をぬぐうと俺を気遣った。
「いえ。──でもほんとうに美味しそうに食べますね」
「あはは、ちょっとお腹が空いちゃってて……それにほら、寮のご飯って久しぶりだから」
「そうですか……ああ、俺のことなら気になさらずに、どうぞ」
「ん、そう? ありがと」
少しだけ首を傾げたヴァレッタ先輩は、嬉しそうに残りの食事を胃に収め始めた。
いったいこの人は男子寮まで何をしに来たんだろう。
どうやら俺に用事があるようだけど……
あそこでわざわざ紅白戦の噂を持ち出して、あからさまに否定してみせたのも何のためなんだろう。
この人は私のためにしたって言ってたけど……
わからない……。
そんな俺の心懸かりも他所に、ヴァレッタ先輩は次から次へと皿を空にしている。
俺はふたりきりだし、会話を聞いている人もいないだろうから、と、
「エルフの女性って小食という印象があったので、少し驚きました」
別にここに閉じ込められた意趣返しというわけでもなく、ただ単に興味本位からヴァレッタ先輩の本当の姿をほのめかす発言をしてみた。
「──!」
食事をしていた先輩の手がピタリと止まる。
ゆっくりと顔を上げて俺と目を合わせ──ごくり、と口の中に入っていたものを飲み下す。
「──いつから……? いつから気付いてた?」
「いつからって、さっきですけど……初めて目が合ったとき……」
あれ?
これは触れてはいけないことだったかな……?
「……ふうん、やっぱり四柱もの精霊様と契約を結んでいる加護魔術師の目は誤魔化せないか」
「──! ヴァレッタ先輩、なぜそれを──」
しかしヴァレッタ先輩の返す刀で、今度は俺が驚く番だった。
「大丈夫、大丈夫。君が私の秘密をばらさない限り、私も君のことは黙っているから」
「ね?」──片目をつぶって、にっこりと笑う。
お互いのために双方の秘密を共有しよう、ということか。
「…………」
ヴァレッタ先輩がどういう人物なのかまだ把握しきれていない俺は無言で応じた。
「私ねぇ、君のことを見ていたんだ。君が光の貴公子君の魔法を素手で掴んで、あの気味の悪い怪物に投げ付けたところを」
「…………」
「綺麗な光だった……あんなに神々しい精霊を使役する加護魔術師があの人以外にもいたなんて──って、本当に驚いたよ」
「…………」
「あ、でも、四柱の精霊って言ったのはカマかけ。そんなように見えただけで、でも本当に四柱の精霊と契約してるの?」
「…………」
「いいじゃん、教えてくれても、っていうか見せてくれても。線なし君は私の秘密も知ってるんだから、仲良くやろうよ。ね? ね?」
駄目だ、このままでは先輩主導で話が進んでしまう。
「…………それでアーサー先輩とフレディアを外に追い出してまで俺とふたりになりたかった理由はなんですか」
俺は直球を投げた。
「もう、雰囲気もなにもないじゃない。ま、そんなものは必要ないんだけどね」
ヴァレッタ先輩が顔付きを少しだけ真面目なものに変えると
「それでは──オホン、あーあー。──線なし君、君をひと月後に行われる交流戦の特別推薦登録選手に任命します」
高らかに宣言をした。
そして綺麗な顔に満面な笑みを浮かべると
「──よろしくね!」
またパチリと片目を閉じた。
◆
「なんで俺が交流戦に……」
話を終えた先輩を見送り、心配そうな顔のフレディアとも別れた俺はいつもの場所に鍛錬に来ていた。
「もらった魔道具はありがたいけど……」
剣を振り下ろしながらポケットの中の腕輪に意識を向ける。
「こんな高価なものを譲ってまで俺に参加を依頼するとは……」
ヴァレッタ先輩は『嫌だったら断ってもいいよ』と言ったので、俺はすぐさまその場で辞退した。
適当に負けても成績さえ確保できてしまえば俺的には問題ない紅白戦ならまだしも、どんな生徒がいるかわからない、空気的に負けは絶対に許されない、そのうえ観光客を含む王都中の人々が観戦することになるだろう交流戦になんて、出場できるわけがない。
学院の行事で強力な加護魔術を使ったりした日には師匠からこっ酷く叱られてしまうし、そうでなくとも薄々俺のことに気付き始めている学長に決定打を与えてしまうことになるだろう。
それに、武術科学院の生徒のことなど知らないのだから、印を結ばずに適当な加護魔術だけで勝てるかわからないということもある。
だから俺は先輩の依頼を少しの逡巡もなく断ったのだ。
これで話は終了するはずだった。
そして遅くなってしまった鍛練を行い、湯浴みをして、明日の予習を終えたら寝台で横になって昨日の疲れをとる──はずだった。
しかし──
断ったら断ったで『出場してくれたら、私とお揃いのこれ、あげるんだけどな』と言って、先輩は俺に腕輪を見せてきたのだ。
もったいぶりながらも俺に見せつけてくるその腕輪は、非常に高価な魔道具で、加護魔術を行使する際に精霊の光を隠す効果を持っているのだという。
まさに俺が欲していた魔道具だった。
そのため俺の心の中に迷いが生じてしまった。
これがあれば多少派手に行動しても俺が加護魔術師だということがバレない、ばかりか、普通に現代魔法師として押し通せるんじゃないだろうか、と。
そうすれば俺が『無魔』ということもバレ難くなる。
ヴァレッタ先輩も使用しているのだから腕輪の効果は折り紙つきだ。
あとは、人とは違うらしい『原初の精霊』と呼ばれる精霊と契約をした俺でも、ヴァレッタ先輩と同じように効果を発揮するか──ということだが、そこまで深く質問することはできなかった。
ヴァレッタ先輩が『原初の精霊』のことを知っているかわからない、ということもあるし、わざわざ俺から手の内を明かすようなことをする必要もないからだ。
だから俺はその場で借りて魔道具の効果を試してみた。
するとどうだろう、精霊を使役してもいつものように光の珠が出現することがなかったのだ。
結果──
『一晩だけ考えさせて下さい……』
喉から手が出るほどに欲しい魔道具に魅了されて、俺は返答を保留としてしまった。
腕輪と交換に了承しても良かったほどだが、どうして俺なのだろう──という疑問と、印を結んでも大丈夫なのだろうか──という不安が、この場で即答することを思い留まらせた。
『そういうことなら一晩これを君に貸してあげる。もうこれなしじゃ生きていけなくなっちゃうよ~?』
ヴァレッタ先輩はそう言い、『明日、良い返事を待ってるよ』と残して食堂を出ていった。
紅白戦が中止になった本当の理由なども質問したのだが、どういうわけかその辺りは回答できないらしく、はぐらかされてしまった。
俺に話せることは非常に限られているそうで、武術科学院からは教官枠に冒険者のスコット、推薦枠に現在最強の聖教騎士が出場すること、今年は例年にも増して負けが許されないことなどは聞かせてくれた。
俺は聖教騎士と戦うことになるのだそうだ。
『負けが許されない』と言ったときのヴァレッタ先輩の鬼気迫る表情に、俺も交流戦の重要さを改めて知らされた。
それと結局『噂の原因は私』という発言の真意も聞けないままだった。
ヴァレッタ先輩の正式名が『ヴァレッタ=
「ちょっと腕輪を使ってみるか……」
俺は精霊に創ってもらった刀を置いて、印を結んでも大丈夫なのか──という不安材料を拭えるか試してみようかと考える。
食堂では、ほんの僅かな力で加護魔術を行使しただけだ。
それでもヴァレッタ先輩は驚いていたが……。
「ここならもう少し力を出しても平気だろう」
俺はポケットから腕輪を取り出して右腕に嵌めた。
「壊れるようなことはないって言ってたけど……」
いきなりポロっと壊れて『はい弁償、できないのなら強制出場』などとなってしまっては堪らない。
俺は慎重に慎重を重ねて
「──臨」
印を結ぶ。
「お? おお? 印を結んでも大丈夫そうだぞ?」
精霊の存在はいつもと同じように感じられるが、光の珠は見えない。
「──兵、──闘、──者」
さらに印を結ぶ。
集中力は高まり力は溢れてくるが──精霊の光はまったく視界に映らない。
「おお! これはすごいぞっ!」
どういった仕組みなのかはわからないが、四つの印を結んでも光が目に映らない。
これなら実戦でも問題なく使えるだろう。
「凄いものをもらってしまった……はは……」
俺は腕輪を外しながら、すでに自分の所有物として認識していることに苦笑いを浮かべる。
そして思考は、早くも交流戦の対戦相手へと馳せていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます