第83話 初陣の前日
「──七日もあれば体調も元に戻るだろうからね、頃合いをみて街まで送り届けてやる。いいかい? それまでは今いった決まり事をしっかりと守るんだよ?」
お師匠様が全員に念を押す。そして最後に
「エミル、部屋を案内しておやり、童とカイゼルは残るんだよ。──以上だね」
と締めて話を終えると、食堂には僕とお師匠様、カイゼルさんの三人が残った。
エミルは質問でもあるのかお師匠様に声をかけようとしていたが、少し迷った挙句、結局そうはせずにオルレイアさんとセラさんとクラックを連れて食堂を出て行った。
「それじゃあ説明をはじめようかね」
「話がしやすいように近くに寄りな」とお師匠様に手招きをされて、僕とカイゼルさんはお師匠様の両隣に席を移した。
「明日は少し規模の大きな戦になるよ」
「え? い、」僕がこの場に相応しくない言葉を聞いたような気がして、お師匠様にもう一度聞き直そうとしたところ、
「うおおッ! ブレキオス神の加護をッ!」突如、頭の上で轟いた雄叫びに、
「──うわッ!」両手で耳を塞いでしまった。
「カイゼル! まだ話の途中だよ、大きな声を出すんでないよ!」
お師匠様がカイゼルさんを見上げて睨みつける。
ふたりは面食らっている僕を置き去りにして話を続けていく。
「いや、申し訳ない、して、皆が集まる前にしておった話の件ですな? ファミア殿の隊と合流してからと勝手ながら考量しておったので、明日と聞いて少しばかり気が逸ってしまったようですわい!」
「あの娘はもうレイクホールにはいないよ。ティアを追ってバシュルッツへ向かったからね、さっき話したじゃないかい、お前さん、頭は解毒できていないのかい?」
「あ、いや、そうであった! いかんいかん、死にかけていたゆえ、まだ勘が戻らないようですわい!」
「ま、いいよ、明日の早朝までには元に戻しておくんだね、さもないと置いていくよ?」
「これは手厳しい! しかしお師匠様! ご安心くだされ! このカイゼル、一度まみえた相手に対し、二度の不覚を取ることは断じてありませぬ!」
「わかってるよ、だからお前さんもこうして数に入れているんじゃないかい」
「お任せを! ──散っていったサイ殿やアン殿の無念を晴らせると思うと……居ても立ってもいられませんぞ!」
な、なんだ!? なんの話をしているんだ?
カイゼルさんが怖いくらいにいきり立っているけど、明日、なにがあるんだ!?
やっぱりお師匠様、戦って言ったのか?
「カイゼルとティアの言う厄介な敵──まあ隠れ者、とでも呼ぶかね、その隠れ者は童が一掃したからね、今が好機じゃないかい?」
「おお! 兄者が! あ、いや、その話は先程……」
「……まだしていないよ、後で童から聞くといい」
「……おお! さすがは兄者よ! 姿を見せない卑劣な彼奴らを一掃するとは! 是非、後ほど武勇伝を聞かせて下され!」
好機? 厄介な敵?
まさか……あの敵の本陣を叩くっていうの……か……?
この……三人で……?
「さあ、童、これが地図だ、いいかい? 迷うんでないよ?」
「え、すみません、まったく話が飲み込めないんですけど……この地図を持って、誰とどこに行ってなにをすればいいんでしょうか……好機とか、敵とか言ってましたけど……」
僕はいつものようにお師匠様が差し出した紙切れを受け取り、まずはそれを開くことなく口頭でお師匠様に確認する。
すると返ってきたのは
「おや、今の内容で伝わらなかったかい? カイゼルと、ふたりで、その地図に書いてある場所に行って、ひと暴れして来てくれればいいんだよ?」
なんとも丁寧でわかりやすい回答。
しかも──
「ふたり!? カイゼルさんと僕とふたり? お師匠様が行くんじゃないんですか?」
「わたしは他のことで忙しいんだ、お前さんたちに付き合ってる暇はないよ」
「しかもひと暴れって! こ、これ、開いてもいいですか?」
「ああ、今回は構わないよ、それを見てカイゼルと作戦を立てなければならないだろうからね」
僕は震える手で紙を開いた──。
出た! また地図だッ! いや、わかってはいたけどッ!
毎回毎回、お師匠様は地図一枚で僕を殺す気なのかッ!?
三層……の外れか……ここ……
あれ? なんだ、三層ならまだ……
こんな場所に敵の本陣があるのか?
「ここにカイゼルさんと行って、暴れてこいと? ……ただ暴れるだけじゃないですよね……?」
「はんッ、少しは賢くなったじゃないかい」
「お師匠様……僕、戦ったことなんてないんですよ? いきなり敵の本陣なんて」
「なにを言う兄者! 某の初陣は十四のときであったぞ! そのときは前の晩、一睡もできずに──」
カイゼルさん……僕、七歳……
「誰が本陣なんて言ったね、そこはなにかの施設だよ。だから敵もそう多くはないだろうさ。調べたところ、そこに国中から攫われた娘たちがなにかの目的で集められている。いいかい? 童、敵を全滅させる必要はないよ、ほんの少し陽動させてやればいい。あくまでも最優先は娘たちを助け出すことだからね、どうだい、マールの花なんかより余程楽な使いだろう? どうやって助け出すかやら、ここまで運ぶかやらは、カイゼルと打ち合わせしな」
「魔物の数は二千、対する我らの数は幼い某を含め八人、ときの騎士団長こそ──」
「…………」
僕はお師匠様の修行を続けていれば、いつかは大陸最強の戦士にでもなれるんじゃないか──と、窓の外を見て乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
◆
『武器になるようなものは納屋で探しな』というお師匠様の言葉に、外に飛び出していったカイゼルさんの後を追って、僕も食堂を後にしようとしたとき
「お待ち、童」
お師匠様の呼ぶ声に立ち止まり振り返った。
「夕食が終わったらエミルの話を聞いておやり、なんだか様子が違ったよ」
お師匠様がエミルがいるだろう方向に遠く目線を送る。
「……僕が、ですか?」
僕も気になっていたことではある。
しかし、男でありしかも年下でもある僕が聞いていいものかどうか僅かに逡巡した。と同時に、お師匠様もエミルの様子に気付いていたことに対して、驚きというか嬉しさというか、家族の絆のようなものを感じてお師匠様の顔を見入ってしまった。
それがお師匠様に確認する際に若干の間が空いた理由だった。
「お前さんは兄なんだ、妹の面倒を見るのは当然だろう? それも──」
「修行の一環、ですね? わかりました。でも──」
僕は快く了承した。
修行であろうがなかろうが、妹の面倒を見るのは兄の役目だ。
しかし年上の妹というのは初めての経験だから──。
「もし僕で解決できないような内容であればお師匠様に相談します」──そう付け加えると
「ああ、そうしておくれ」
お師匠様は祖母のような優しい眼差しで僕を見た。
年上の妹に、なにをどう聞いたらいいのか相談してみよう──僕は毛むくじゃらの生き物を探しに雨の庭へと向かった。
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