第33話 光の珠の正体
「良かったですね、こんなにたくさんのキノコ。そのうえ、いい人に出会えて」
「ふふ、そうだな。店を壊してしまったのは想定外だったが、結果、茸は手に入ったのだ。よしとしよう」
すっかり暗くなってしまった街中を、一頭の馬にまたがって東地区へと急ぐ帰り道。
僕は上手く言い表せない思いがまだあるものの、ミスティアさんの朗らかな口調に乗せられて、心の中のモヤモヤが少し晴れていくような気がした。
「ミスティアさんは騎士、なのですか?」
山のようなキノコを腕に抱え込んだ僕は、芳醇なキノコの香りに空腹を覚えながら、ミスティアさんに質問してみた。
今のミスティアさんはとても機嫌が良さそう(僕の知る限りで)だ。
またどの
「ああ、そうだ。防衛の任を終えて昨日戻ったところだ」
「防衛? どこかの国と争い事があったんですか?」
「国? 何を言っている。我らの務めも知らんのか。無知にも程があるぞ。我がレイクホールの聖教騎士団はスレイヤ王より、魔物の脅威から街を守るよう託されているのだ。スレイヤの民が安心して日々の生活を送ることができるのも、偏に我らが聖教騎士団の守備があってこそなのだぞ」
「魔物……? でも、魔物は結界の中には入ることができないと父様から聞いたのですが」
「そんな結界を張れるのは大貴族の膝下だけだ。魔物の危険に晒されている街や村などいくらでもある」
「そう……なんですか……」
知らなかった。
そんな街や村があることなど僕は教わってこなかった。
紅狼の森は特別な結界が張られていて、魔物はもちろん、人的な脅威からも守られている。
クロスヴァルトの街も同じだ。紅狼の森ほど強固なものではないが、しっかりと魔物除けの結界が張られている。
魔物の生息地にさえ足を踏み入れなければ安全に生活できるわけではないのか?
それなら結界のない街があるとして、その街はすべてミスティアさんのいう、聖教騎士団の人たちに守らているということなのか?
「スレイヤ王国すべての街を護っているんですか?」
「いや、我ら騎士団の数は三十名程度だ。持ち回りで防衛にあたっても手の回りきらない街はある」
「三十人で王国中の街や村を……」
「そうだ」
「え……じゃあ、その、手の回らない……という街は……」
「想像通りだ」
そんな……。
街に魔物がやってきてそこに住む人々を襲う、というのか?
村人たちなんて強力な魔法が使えないんだから抗うこともできずに……
「
「
それじゃあ街が全滅するのも当然じゃないか。
「ス、スレイヤの王国兵はなにをしているんですか?」
「スレイヤ兵は対人の戦に於いては向かうところ敵なしだがな。こと魔物相手となると守勢一方になる。ゆえに我ら聖教騎士団の力がどうしても必要となるのだ」
「聖教騎士団の力……ですか?」
「ああ。そういうことだ」
聖教騎士団の力……。
ミスティアさんの力……。
「あの……ミスティアさんのあの魔法……のことは聞いても……?」
「なんだ」
「ミスティアさんのさっきの魔法は現代魔法ですよね? 魔石を持っていないように思えたので」
「どちらでもない」
「どちらでもない?」
「ああ、言葉の通りだ。私の魔法は現代魔法でも古代魔法でもない、加護魔術だ」
「加護魔術? え? 聞いたことがないんですけど……加護魔術っていうのは……」
「なんだ、貴様。その父様とやらには何も教わっていないのか。どれだけ温く育てられてきたのだ」
現代魔法でもなく古代魔法でもない……? 加護魔術……?
あの不思議な光の珠と関係しているのかな……?
「ミスティアさんの周りを舞っていた光の珠と関係があるのですか? 他の魔法師の人が魔法を使うときには見えな──」
「貴様! 今何といった!」
ミスティアさんの口調が強くなる。
「え? は……い?」
「光の珠といったか! 貴様! 精霊様が見えるというのかッ!!」
「ハイッ!? ミスティアさ──グェッ!!」
「いいから答えろッ!!」
「……ちょっ、く、くる……し、ミス……」
目がチカチカする……
無防備の僕を後ろから襲うなんて……酷い……よ……
「あ、ああ。済まない」
「──ぶはぁッ!!」
「それより貴様。精霊様が見えるというのは本当なのか?」
「はぁ、はぁ、精霊様って、ぜぇ、いったい、何ですか!」
「精霊様とは精霊様だ!」
「だから、はぁ、僕は、ぜぇ、精霊様なんて知らないですよ! イリノイさんも昼間そんなこと言ってましたけど、そんなの聞いたこともないですって!」
「そんなのだと! 貴様ッ!!」
「ちょっ!! ぐぇ! ミスティア……さん……キノコが……落ちる……」
◆
「やはり光の珠……ということは貴様には精霊様が見えているということか」
また後ろから羽交い絞めをされたら堪らないので、いったん馬を止めて、話をすることになった。
ジゼルさんの店から東地区へ向かう途中にある広場のような場所だ。
昼間に一度通ったけど、そのときとは雰囲気が一変していた。
昼間も人の数は少なかった。しかし今は人っ子ひとりいないのでなんだかもの寂しい。
ここから見える街の明かりも数えるほどで辺りは非常に暗く、長椅子の隣に座っているミスティアさんの表情もよくわからないほどだ。
「それが精霊だなんて……おとぎ話のようです……」
僕はミスティアさんに、馬から降りるときと三人組を吹き飛ばしたときに見えた光の珠のことを話した。
するとそれは精霊だという。
「精霊を呼び捨てにするなど、といっても貴様が精霊様と契約しているわけではないからな……」
「契約……?」
「そうだ。加護魔術師となるには精霊様と契約を交わさなければならぬ。私は風の精霊、リーフアウレ様と契約を交わし加護を頂いている。そうして初めて術が使えるようになるのだ」
「風の精霊……っていうことは、ほかにもいるんですか?」
「無論だ。火の精霊様、水の精霊様、地の精霊様がいらっしゃる。他にもいらっしゃると聞くが、伝説上の精霊様だ。現今、火、水、地、風、の四精霊様と契約を交わすことが可能だ。私はまだ風の精霊様だけだが、騎士団には火と風の二精霊様と契約を交わした方もいる」
俄かには信じられないことだ。
この世に精霊なんて不可思議な存在があるとはだれも教えてくれなかった。
父様も母様も、父様が用意した教育係も、みんな魔法は現代魔法、古代魔法、どちらかだと教えてくれた。
父様たちが知らなかったのか。ミスティアさんが間違っているのか。それとも……父様がわざと隠していたか……。
「信じられんという顔だな」
「わっ! ち、近いですよ! ミスティアさん!」
「貴様の表情がわからないのだから仕方なかろう。信じられぬというのなら……特別だぞ、あの店を紹介してくれた礼だ」
いつの間にか僕の顔を覗き込んでいたミスティアさんがスッと僕から離れたかと思うと、立ち上がって何かを呟いた。
すると──
「アッ! 光の珠…………すごい…………」
ミスティアさんの周りにいくつもの光の珠が浮かび上がり、ミスティアさんの小さな顔を優しく照らす。
ピレスコークで見た光の珠と同じ、大小様々な光の珠。
その光の珠は、空から舞い散る淡雪がごとく美しい姿を見せている。
ミスティアさんが手を動かす。と、それに合わせて光の珠が舞い始めた。
左右にゆっくりと、ときには渦のように速く。
ミスティアさんも光の珠と一緒に舞う。
蜂蜜色の髪を靡かせ、くるくると回る姿は昔絵本で見た妖精か女神様のようだ。
僕は幻想的な光景に言葉も忘れて魅入ってしまった。
「どうだ、これで信じたか?」
「は、は、はい!」
ハッと気が付くとミスティアさんが僕の表情を窺おうとまた覗き込んでいた。
ミスティアさんの周りを見ると精霊は姿を消して暗闇が戻っている。
綺麗だった……
もっと見ていたかったけど……
今日はとても不思議な体験をすることができた。
僕が見ていた光の珠が精霊だったなんて。
普通の人には見ることができないけど僕には見える、ということも少しだけ優越感のようなものが味わえる。
魔法が使えないんだ、このくらいの特権はあっても
でもそうなると気になるのはピレスコークの光の珠だ。
あれが精霊だというのならば、いったいなんの精霊なんだろう。
泉にいたから水っぽいけど。でもなんであんな小さな泉にいたのか……。
盗賊を倒したのは……あれも光の珠だから精霊だったのかなぁ。
盗賊たちが凍ってたから、あれも水の精霊とか?
だとしたらなんであの場で出てきたんだろう。
ピレスコークからついてきたのかなぁ。そして僕を助けてくれたとか……?
ああ! もっと早くあれが精霊だって知っていればなぁ!
今度いつ会えるか分からないけど、会う機会があったらいろいろ聞いてみよう。
あ、でも精霊って喋れるのかな。
……ミスティアさんに通訳をお願いすれば大丈夫かな?
ん? そういえば!
「ミスティアさん! 光の珠が見えるってことは、もしかして僕にも加護魔術って使えるんじゃないですか!!」
「それは無理だ。加護魔術とは試練の森の玄関に位置するレイクホールにのみ伝わる神聖な魔術だ。その力を求め三百年前にスレイヤが攻め入ってきた。が、やはり精霊の加護を得ることはできなかった。スレイヤの魔法師たちからしてみれば杳として知れない魔術だ、無理もない。第一、精霊に愛されない限り契約を交わすことすら叶わぬ、と、そのことすら知らなかったのだからな。貴様とて同じだ。諦めろ」
「ですよね……」
一瞬、光明が差したと思ったけど、早々上手くはいかないか。
盗賊に襲われたときだって、何がどうなったかなど覚えていないんだ。
あのあとモーリスに死ぬ一歩手前までやらされた特訓でだって、一度も姿を見せなかった。
僕がミスティアさんのように光の珠を扱うことができるようになるなんてそれこそ厚かましいか。
詳しい話は夕食を食べながら、ということになり、まずは屋敷に帰ろうと馬に跨った。
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