極楽寺殿御消息

田中紀峰

前書き

わざわざ申し上げるのもおこがましいことではあるが、親となり、子となるのは、前世の契りがまことに浅くないからである。さても、世のはかないことは、夢の中の夢のようなものである。昨日見た人は今日はなく、今日ある人も明日はいかがとあやうく、出る息は入る息を待たず、朝昇った日は暮れる山の端に入り、夕べの月は今朝のかぎりとなり、咲く花は散る嵐を待つ風情で、はかなく去りゆくもののたぐいは人間に限らない。

それゆえに、老いた親が先立って若い子が後に残るのが普通であるが、必ずしも年の順に死ぬと限ったわけではなく、まことに思えば、若いからといって恃むことはできぬ、憂き世の仕儀である。どうして、死んだ後にも、人々に惜しみ慕われるような心ばえを、生きているうちにお嗜みにならぬわけにいきましょうか。

このようなことを直接、面と向かって申し上げるのは、適当な折節も無いように思われるので、型どおりに、遺言という形式で書き記して差し上げるのです。つれづれのなぐさみに、よくよくご覧になってください。各自、他人に漏らしてはならない。

一旦、死に別れてしまえば、再び会うことは何千回何万回生まれ変わろうとも難しい事である。こうしてたまたま同じ世に生まれ合わせ懐かしむ思い出にと、申し上げるのだ。

まずなにより、心にも思い、身にも振る舞いなさるべき条々の事。

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