19-9.炸裂

〈電子介入!〉フリゲート〝シュタインベルク〟、戦闘指揮所のオペレータから鋭く声。〈第3艦隊最優先コードです!〉

 メイン・モニタに警戒色――ウィンドウがポップ・アップ。『ブロック:第3艦隊最優先コード』

〈切れ!〉艦長席からデミル少佐。〈データ・リンク緊急遮断!!〉

〈やってます!〉オペレータが操作を継続、〈〝キャス〟のブロック・プログラムが――効きます! 緊急遮断!!〉

 途端、ウィンドウの半ばが掻き消えた。


〈〝ウォー・ハンマ〟!〉聴覚へオオシマ中尉の指示がくる。〈携帯端末データ・リンク解放!!〉

〈こちら〝ウォー・エコー1〟!〉モントーヤ軍曹が側壁へ張り付く。〈携帯端末データ・リンク解放!!〉

 視界の一角へ新たにウィンドウがポップ・アップ、白く示して『データ・リンク解放』。

〈敵が最優先コードを行使した!〉聴覚へオオシマ中尉。〈接舷ハッチD-4、制圧急げ!!〉

〈了解!〉モントーヤ軍曹が打ち返す。〈急行、ハッチD-……!!〉

〈急いで!〉そこへ割り込む声――〝ネイ〟。

 モントーヤ軍曹の視界にウィンドウ、『転送受信:ナヴィゲータ』。

〈〝ネイ〟!?〉データ・リンク向こう、オオシマ中尉の声が尖る。

〈話は後で!〉〝ネイ〟が断言。〈間借りするわよ! 敵の記憶媒体に繋いで!!〉

〈記憶媒体!?〉モントーヤ軍曹が側壁を蹴りつつ、〈――そうか!!〉

〈最優先コードを!?〉先にオオシマ中尉が察する。

〈そう!〉〝ネイ〟は皆まで言わせず、〈解析するの! だから急いで!!〉


 ――!

 警戒、〝クラリス〟。

 〝ゴダード〟船務中枢に異常信号、『再起動中』のメッセージ――から。

 通信異常。居座る索敵中枢の回線が飛ぶ。その数2――から4へ。まだ増える。中継中枢の信号強度、衰える。替わる。非常系電源へ。

 ――あいつか!

 振り向ける。マシン・パワー、その一部。中継中枢の電源網に沿ってスウィープ、異常データを掘り返す。10、20――止まらない。注力、スウィープの負荷率を上げ――、

 ――そこ!

 洗う。暴く。駆逐する。異常という異常、不審という不審までをも叩いて潰す。

 通常系の電源網、多少の巻き添えは承知の上。不穏な動きが潰えたところで、電源ユニットの再起動スケジュールを組み――実行。

 まず通常系電源、その8分の1が再起動プロセスへ――と。

 続く。さらに8分の1、スケジュールを外れて機能を停止。再起動へ――。

 ぶち込む。〝クラリス〟。マシン・パワー。電源網上、データというデータに総当たり。強制削除。初期化コマンド。再起動。

 電源網とは言え、通常系が止まったところで中継機能がすぐ麻痺するわけではない。そう――非常系電源が、生きてさえいれば。

 ――なるほどね。

 〝クラリス〟が非常系、電源網を通じてアクセス。第1格納庫横、エアロック制御系――応答なし。

 ――こっちは陽動、本命は彼女を守りたいってわけね。


〈〝ウォー・チャーリィ〟および〝デルタ〟!〉データ・リンク越し、オオシマ中尉の指示が来る。〈敵の記憶媒体だ、確保しろ! 最優先コードを!!〉

〈こちら〝ウォー・チャーリィ1〟!〉復唱、シーモア軍曹、突入中。〈最優先目標、敵記憶媒体!!〉

 返答しざまに狙点を巡らせ、タロスの頭部へレーザを一撃。赤熱。鈍く内から火花。散る。

 掩護の火線がタロスへ集中。ハッチを塞ぐ装甲の隙、各種センサが熱に散る。

 蹴る。側壁。シーモア軍曹。横へヴェクトル、火線を横目になお前へ。迫る。隔壁。天井を蹴って今度は床へ。敵の火線を振り回す。

 抜いた。閃光衝撃手榴弾。ピンの抜ける感触を手に、タロスの股下、隔壁向こう――、

〈備えろ!〉

 叫ぶ。シーモア軍曹。壁に硬く音。隔壁内、閃光衝撃手榴弾――跳ねる。タロスが気付く。意識が逸れる。

 なお抜く。シーモア軍曹。閃光衝撃手榴弾。タロスの膝、装甲の隙。ねじ入れる。

 気付いた。タロス。前へ出――たところでその背後。

 起爆。閃光。衝撃波。隔壁の内に虚が満ちる。

 惑う。タロス。膝へと左手――、

〈もう一発!〉言い置きシーモア軍曹はハッチの中へ。

 対面。ハッチ――の前にタロス。もう1機。振り向く。左腕。大出力レーザ。


 ――ほら、もうすぐよ。

 〝クラリス〟が気配だけで薄く笑む。敵はマリィ周辺、エアロックの制御系を船務中枢から隔離はした。したが、チャンネル001で中身を〝放送〟に乗せている――頭隠して尻隠さず。

 ――つまりは、データの通り道を残してるわけよね。

 漁る。回路。力業。〝放送〟データは紛れていても、その送出経路そのものを消すことはできない。しかも出発点と到着点は特定済み、あとは総当たりで探ってしまえばことは済む。

 演算能力を総動員。片っ端から信号のルートを検証すれば、特定は計算量の問題と化す。そして今の〝クラリス〟には、電子戦艦の演算能力がそのまま味方に付いている。

 非常電源系に小さくノイズ。辿れば無線中継機。通信負荷の中身を洗う。通信プロトコル、いや暗号化パターンに作為が匂い……、

 ――さあ、捕まえた。


 警告音――。

 マリィが眼を向ける。行き先、エアロック出口ハッチ横。操作端末に――メッセージ。『Hurry Up(急ゲ)』。

「くそッ!」

 気付いた。ハーマン上等兵。マリィを支える身に力。

 そこで灯が――落ちる。


〈キース!〉タロスのスピーカから〝キャス〟の声。

 キースが足許、〝キャス〟のタロスを蹴る。背後へ。

 そこへタロス。2機目――と。

 〝キャス〟が制御。タロスの姿勢。ロール。正対。2機目へ向く。剥き出しの操縦士を盾に取る。

 横噴射。2機目。咄嗟に左へ回避――しかけたところを。

 〝キャス〟が追う。横噴射。引っかけた。右肩。ロールを帯びて――、

 遠心力。操縦士。ベルトを解放。その上体が――外へ出る。

 怯んだ。陸戦隊。銃火が飛ばない――そこへ横からロジャー。跳び込む。ライアット・ガンを薙ぎ倒す。

 巻き込む。隣。また隣。銃身の一つを抱え込み、敵の質量で急制動。もぎ取り、対応しかけた別の1人へ――、

 振るう。ロジャー。右回り。ただし腕に防がれた。その横、敵が銃口を巡らせ――、

 弾く。着弾。キースから。また当てる。撃ち倒す。

〈ロジャー!〉〝ネイ〟がそこへ滑り込む。〈後ろ!!〉

 確かめている暇はない。身体を屈め回転そのまま、ライアット・ガンを手放し右肘――、

 当たった。止めた。敵の銃床――を掴む、その前腕。拮抗。

 そのままトス。P320。左手へ。銃口を下へ――敵の腹部へ。撃つ。撃つ。撃つ。

〈このォキース!〉反動、ロジャーが逆回転。〈こいつァお前さんの役じゃねェのか!!〉

 振り返りざま。ハッチ越し。見えた。キースへ――タロス。2機目。修正噴射。向き直る。


 〝放送〟、中継画面からマリィの姿が掻き消えた。

「ヘンダーソン大佐!」スコット・ハリス中佐が陸戦隊へライアット・ガンを構えつつ、「なおも小細工を続けるか!?」

『ものは言いようだな、ハリス中佐』将星の先、陸戦隊の背後、汎用モニタの向こう側――ケヴィン・ヘンダーソン大佐。『貴官がいるのはまさに現場だ。ならばその眼で確かめてみるがいい――〝小細工〟なるものを弄したのが、果たして誰か』


 〝ウォー・チャーリィ1〟ことシーモア軍曹へ、2機目のタロスが大出力レーザ、その砲口を――と。

 そこで。

 閃光――。

 傍ら、タロス1機目、その膝で。

 灼く光。圧する白。閃光衝撃手榴弾。

 続いて爆圧。シーモア軍曹が敢えて受ける。身を弾く。横へ。

 傍ら、空気が電離――爆音。大出力レーザ。その軌跡が――、

 逸れた。ブレる。タロス2機目に打撃。着弾。着弾。立て続け。

〈動くな!〉

 警句。音声。〝ウォー・デルタ〟。

 だが2機目のタロスは止まらない。返して左腕、大出力レーザを振るい――、

 弾けた。空気が濁る。破裂の音と悲鳴が遅れて響く。陸戦隊員、その背面――酸素パックが内から裂ける。

〈空気を抜くぞ!〉〝ウォー・デルタ〟が畳みかけ、〈味方は見殺しか!?〉

 躊躇。タロス。2機目が止まる。

〈拘束する!〉宣言、〝ウォー・デルタ〟。〈そこのタロス、除装しろ!!〉


『手前!』チャンネル035を通じて声――シンシア。『ヘンダーソン大佐! この期に及んで屁理屈か!?』

『ミス・ホワイトの〝放送〟を邪魔したところで、』チャンネル001、ヘンダーソン大佐は不機嫌を目尻に一つ、『私には損しかないはずだが?』

「よく言える!」ハリス中佐は将星ごと視線を陸戦隊へ巡らせる。「〝K.H.〟が? ミス・ホワイトの危険を望むとでも!?」

『そうすれば、私の失点が稼げるからな。つまり――』ヘンダーソン大佐は頬に皮肉を一つ、『――偽装工作の可能性、というわけだ。この可能性を、君達は否定できるかね?』


「まだだ!」ハーマン上等兵が身を前へ。

 暗がりの中、マリィの身を手放し踏み込む。肩からハッチへ。そこで動いた。ハッチが閉じ――かけてハーマン上等兵を挟み込む。

 警報――。

「!」マリィが慣性でハーマン上等兵の後を追う。「ハーマン!」

 作動。安全装置。ハッチが緩む。ハーマン上等兵。こじ開け、背後のマリィの手を取る。釣り出す。外へ――。


〈キース!〉ロジャーから声。

〈構うな!〉

 背で聞いたキースが一喝。P45の狙点を据えつつ壁を蹴る。2機目のタロスが左腕、大出力レーザをキースへ擬し――かけて。

 躊躇。タロス。動きが鈍る。

 キースの背後は揚陸ポッド、外しても撃ち抜いても、大出力レーザは味方を灼く――その事実。

 撃つ。キース。タロスの頭部、センサに火花が散る。散る。散る。

 スラスタ。2機目。タロスが前へ。正面、キースを潰しに――そこへ。

 1機目。〝キャス〟。斜め横。タロスを操り蹴りを衝き入れ――、

 炸裂。胸元。進路が逸れる。2機目は接舷ハッチ横に激突し――かけてさらにスラスタ、斜め横。肩口から受け身一つで身を捌く。

〈無茶させんじゃないわよ!〉〝キャス〟から悪態。〈こっちは……!!〉

 聞かない。キース。側壁を横蹴り、さらに気密隔壁を蹴って回り込む。

 2機目は側壁で一転。その流れに乗って背後へ左腕、振り向きざまに大出力レーザの砲口を――、

 追い付く。キース。2機目の左腕――、

 灼いた。空気がレーザで電離する。爆音。

 の。

 腕を。

 捉えた。キース。くぐる。押し込む。2機目の腰元、P45。装甲の隙へ突き付け撃つ。撃つ。撃つ。なお撃つ。まだ撃つ。さらに撃つ。

 気密が破れた。弾丸が押し入る。タロス操縦士の専用スーツは耐弾仕様、しかし衝撃を逃がせるわけではない。弾かれた弾丸は内部装甲にまた弾かれ、再び操縦士の身を打ちのめし――、

 絶叫――。

 すかさずキースがタロスの脇腹、緊急救助レヴァーへ手。身を蹴り剥がしついでに力――、

 パージ。正面装甲。2機目タロス、操縦士の身が露出する。

〈動くな!!〉

 キースが一喝。P45を操縦士へ。

〈動くな!〉〈動くな!〉〈動くな!〉

 そこへ銃口。左右から束。向く先は――揚陸ポッド。

〈〝ハンマ〟中隊だ!〉モントーヤ軍曹の、それは声。〈動けば撃つ! 両手を頭の上に!!〉

〈〝キャス〟!〉キースはP45を操縦士へ擬したまま、〈タロスの記憶領域を漁れ! 最優先コードを!!〉


 背後に――警報。

 ハリス中佐の眼前、居並ぶ銃口が――動く。

 撃った。ハリス中佐。正面やや上、汎用モニタをわずかに逸れて軟体衝撃弾が壁を打つ。

「動くな!」一喝、ハリス中佐がライアット・ガンに次弾を送る。「貴官ら、どこまで恥を捨てるつもりか!!」

 怯まない。どころか陸戦隊員が位置を――ゆっくりと、包むように、変える。

「ハリス……中佐……!」

 ハリス中佐の背を打つ声――ハーマン上等兵。さらに荒い息が一人分、これはマリィと察しをつける。

「私の後ろへ!」

 チャンネル001の一角、像を結んでハリス中佐――の背後。ハーマン上等兵、その肩を貸りてマリィの姿。

「ヘンダーソン大佐!」ハリス中佐が声を尖らせる。「これでも言い逃れを!?」

『エアロックの中を、』そこでヘンダーソン大佐が――笑む。『覗いていたのは――さて誰だったかな?』

『何言ってやがる!?』シンシアがそこへ食ってかかる。

『恥ずかしい話だが、』そこでヘンダーソン大佐が指を一本振って、『私は〝だまされて〟いたようでね。エアロックでそこのミス・ホワイトが殺されかけていたのに――気付かなかったというわけだ』

『白々しい!』シンシアが吐き捨てた。『自作自演で何をぬかす!!』

『証拠でも?』ヘンダーソン大佐から涼しく問い。『〝K.H.〟が私を陥れるつもりなら、そういう真似も不可能ではなかろうに』

「〝可能性〟を咎めるというなら!」ハリス中佐から鋭く声。「貴官はどうか、ヘンダーソン大佐!?」

『マリィの〝影〟をでっち上げて!』シンシアが声を募らせる。『陰じゃマリィの〝実物〟を葬り去ろうって魂胆のくせしやがって!』

『水掛け論だな、話にならん』ヘンダーソン大佐は片頬を持ち上げ、『いずれにせよミス・ホワイトは〝保護〟しよう。この際は〝相互監視〟が肝要なようだからな』

「そうやって!」ハリス中佐が声を尖らせる。「ミス・ホワイトの命を握るつもりか!?」

『とんだ言いがかりもあったものだ』汎用モニタの中からヘンダーソン大佐が苦笑を一つ、『ミス・ホワイトの〝放送〟に合意した以上、彼女を〝保護〟して咎められる筋合いはない――あるいは貴官らが〝妨害〟を目論んでいるなら、話も違ってくるというものだが?』

 ハリス中佐が舌を打つ。

『さて、ではこう提案しようか』ヘンダーソン大佐は笑みつつ小さく首を振り、『いま一度、こちらの通信スタジオへ招待しよう。そこでは〝放送〟に不便ではないかな?』

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