18-11.機先

 タロスの鉄拳が真空を――貫く。

 シンシアの右手、P45コマンドーから銃火が迸る。

 1発目――鉄拳の表面に火花が咲く。

 2発目――タロスの腕、側面に跳弾。

 3発目――肩口の装甲に跳弾。

 そして剛拳が打ち抜く――宙。

 逸れた。シンシアの上体が背後へ倒れ込む。鉄拳をくぐり、慣性そのままタロス右脇腹――緊急救助レヴァーへ。

〈!〉

 咄嗟。シンシア。タロスの装甲、蹴って離れる――その直後。

 閃光。爆圧――がタロスの胸元から。視界を漂白し、物体を弾き飛ばして、その場にいるものを分け隔てなく打ちのめす。

 隔壁、シンシアが受け身――を取り切れずにぶつかった。

〈く……!〉

 歯軋り一つ、シンシアが眼を開ける。閃光衝撃榴弾のダメージが意外に軽い――その意味。

 眼前、迫る――タロスの背中。


『何か問題でも?』声とともに、入り口のハッチから陸戦隊の戦闘用宇宙服が顔を出した。『戦闘配置です。単独行動はお控えを』

 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、第5ブリーフィング・ルーム。

「彼はトイレに」ハリス中佐が一瞥で示してハーマン上等兵。「私は貴官に用がある」

『用――ですか?』小首を傾げて陸戦隊員。『お待ち下さい。上等兵には部下を付けます。お話は私が』

「いいだろう」ハリス中佐に頷き一つ、「カーシュナー上等兵、すぐ戻れ。私はここで待つ」

「は」ハーマン上等兵は敬礼一つ、入り口のハッチへ向けて壁を蹴る。


 反射。シンシア。隔壁を蹴って横へ跳ぶ。

 迫るタロスの背に噴射炎。恐らくは姿勢の自動制御――とは遅れて気付く。

 だが――。

 迫る壁。隔壁の隅、行き当たる――逃げ切れない。

 擦過。火花。ほの浮かぶタロスの背面装甲が――流れた。その陰から――、

 正面装甲を失ったタロス――にタグが立つ。

〈〝レモン・ボトル〟!?〉

 鹵獲したはずの、それは機体。その中に戦闘用宇宙服。〈……まさか!?〉

〈マクミラン!〉そこへデータ・リンク越しに高速言語。〈急げ!!〉

〈ヒューイ!!〉シンシアの声が思わず尖る。〈馬鹿野郎! いま動いたら……!!〉

〈逃げて!〉さらに警告――〝ビアンカ〟。〈〝キャサリン〟が来るわ!〉


『来た!』快哉、〝トリプルA〟。

『冗談でしょ?』〝フィッシャー〟のデータ・リンク、〝カロン〟が低めて声。『何のコードをぶち上げたかと思ったら――今度は〝キャサリン〟に何の用?』

『ちょっと違うよ』〝トリプルA〟が余裕を見せて、『待っていたのは――この反応さ』


〈俺の考えが当たっていたら、〉キースが断じる。〈この召喚コードに反応はないはずだ〉

〈バクチが過ぎやしねェかよ?〉ネクロマンサの航法席、ロジャーが傾げて首一つ。〈本当に〝キャサリン〟のヤツが呼び出されてきやがったら?〉

〈その時は、〉キースが立てて指一本、〈飽和クラッシャを叩き込めばいい〉

〈力技だな〉ガードナー少佐が肩をすくめる。

〈〝キャサリン〟は、〉キースが操縦席、ガードナー少佐へ声を向けて、〈飽和クラッシャを警戒してる。それはさっき〝フィッシャー〟で確かめた〉

〈外れてたら?〉ロジャーに意地悪声。

〈その時は、〉キースが打ち返す。〈〝キャサリン〟は〝フィッシャー〟で足止めだ。俺達を止めるどころの話じゃない〉

〈で、〉ロジャーが疑問符混じりに、〈〝トリプルA〟に召喚コードを?〉

〈やることが詐欺師じみてきたわね〉〝キャス〟に苦笑の色。〈まァ、そんなことだろうとは思ってたけど〉

〈言う割には、〉〝ネイ〟が舌を出さんばかりに、〈おとなしく渡したもんだわね、召喚コード。奥の手じゃなかったの?〉

〈昨日まではな〉キースが肩をすくめる。〈裏を掻かれて黙っているほど大人じゃない〉

〈で、〉ガードナー少佐が呈して疑問。〈〝キャサリン〟が来なかったら?〉

〈その時は、〉キースに悪い笑み。〈こっちに分があるわけだ。あとは〝トリプルA〟が料理するさ〉


〈制御が!〉ノース軍曹の声に蒼白。〈計器が!〉

 〝ジン・ポッド〟の操縦席、計器が遠目にも見えて――赤。

 隔壁に鈍い衝撃――が2つ、3つ、4つと続く。

〈くそ!〉ノース軍曹に舌打ち。

 ポッドのデータ・リンクに接続はしていない。だが、メイン・モニタにあからさまな警告が出ているともなれば話は違う――表示にあるのは〝フィッシャー〟に取り付いた揚陸ポッド、それが次々とパージされていく。

〈大尉!〉ノース軍曹がハッチへつい顔を向け――、

 間近で格闘、タロスが2基。

〈!〉

 飛び退く。ノース軍曹――が背を計器へ打ち付ける。

〈〝キャサリン〟!〉

 悲鳴――が虚しく宙へと消える。

 知っている。宇宙服のデータ・リンクは切っている。そもそも〝キャサリン〟はここへは来ない。

 鉄拳――が鼻先をかすめた。〝ジン・ボトル〟の腕が阻み、ジャブへと転じかけ――そこへ。

 光圧――。

 視覚に暴力的な白――から転じて残像の闇。全身を叩く衝撃波。本能へ襲い来る――恐怖。

 絶叫――。

 そこへ衝撃。ノース軍曹の意識が――途切れる。


〈ポッドが!?〉艦長の声に疑問符が踊った。『――失礼。ヘンダーソン大佐、こちら艦長』

 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、通信スタジオ。

「どうしたね?」ヘンダーソン大佐が視覚、戦術マップに異変を見て取る。

『〝フィッシャー〟に接舷していた揚陸ポッドが、』艦長の声が重く響く。『離脱しました――全基』

 戦術マップ上、寄ってたかって救難艇〝フィッシャー〟に取り付いていた揚陸ポッド――最後の一基が今しも離れたところ。

「姑息な小細工が、」マリィに挑発声。「裏目に出たということかしら?」

「これは辛辣だ」大佐が肩越しに皮肉顔。「ではあらゆる手に訴える、君の仲間はどういうことになるのかな?」

「生き残ろうとしているだけよ」マリィが重く声を衝き返す。「放っておけば……」

「その選択肢は、」小首を傾げつつ大佐。「〝K.H.〟が自らの手で棄てた」

「棄てさせたのは誰?」マリィも眉を一つ踊らせて、「追い詰めさえしなければ済んだことだわ」

「この星系〝カイロス〟を、」大佐は一つ肩をすくめ、「混乱の渦に叩き込んでかね?」

「あなたが、」マリィが大佐を睨み付け、「身を退きさえすれば……」

『ヘンダーソン大佐! こちら艦長』スピーカから呼び声。『離脱した揚陸ポッドが……!!』

 視覚、戦術マップに動きが一つ。〝フィッシャー〟から離脱した揚陸ポッドの一基にタグが立つ――〝ジン・ポッド〟。そこへ。

 ウィンドウが開いた。

『ヘンダーソン大佐!』ウィンドウの戦闘用宇宙服――からシンシアの声。『こちら〝ジン・ポッド〟、赤十字に仕掛けやがった太ェ野郎共の回線から発信中!』

「……シンシア!?」マリィの声が心なし晴れる。

『放送回線です』艦長から補足。『チャンネル035』

 つまり、この内容は無差別に公開されていることになる。

『これから手前ンとこ乗り付けてやる!』シンシアが勇ましく、『この〝放送〟は垂れ流してやるからな! 撃ち落とそうとか考えやがったら筒抜けにしてやるから覚悟しやがれ!!』


「話が違うと言っている」ハリス中佐から低く声。

『ですから……』陸戦隊員に困り声。

「ヘンダーソン大佐に直接お答えをいただく」小揺るぎもせずハリス中佐は睨みを利かせ、「通したまえ」

『自分は権限を持ち合わせておりません』陸戦隊員も呆れ気味。

「ならば」ハリス中佐はあからさまに苛立ちを見せつけて、「分隊長に取り次ぎたまえ。何なら小隊長でも構わん」

『……』陸戦隊員が肩をすくめた。『結果はお約束できませんよ?』


「ご案内ありがとうございます、伍長殿」ハーマン上等兵が宙から敬礼。

『そう皮肉るな』戦闘用宇宙服越し、伍長が苦る。『ミス・ホワイトともども、我々にとっては重要人物ということだ』

「ハリス中佐も?」ハーマン上等兵がトイレの気密ハッチに手をかける。

『勘弁してくれ』ヘルメット越しに伍長が頭を掻いた。『噛み付かれる身にもなってみろ』

「失礼しました」苦笑混じりに返して、ハーマン上等兵はハッチをくぐる。

 中は神経質なほどの密閉空間。徹底された防水構造は、無重力下に置かれた水の脅威を思わせる。生命活動には不可欠でありながらも、隙間という隙間に忍び込んで窒息や漏電、あるいは腐食を招くその危険度。その扱いは宇宙開発の黎明期から重くのしかかる課題でもある。

 ハーマン上等兵は気密ハッチを閉鎖――と同時にハッチ横の端末へナヴィゲータ〝ナンシィ〟を有線接続。

〈監視システムに――え?〉〝ナンシィ〟に怪訝声。

〈何か……〉

 言いかけたハーマン上等兵が、そこで気付く――天井。視覚、通気口のシャッタを囲んで黒と黄色の警戒色――『修理中』。

〈まさ……か……〉ハーマン上等兵の声がかすれる。〈……先を……越された……?〉


 データ・リンク越しの狙点がマリィの顎先、ケルベロスの撃鉄――から動いて頬――を経てこめかみへ。

〈焦るな、〉カリョ少尉が釘を刺した。〈ボヌール上等兵〉

 戦闘指揮所、陸戦隊指揮ブース。戦術マップが示すボヌール上等兵の現在位置は通気筒内、その中継視覚情報はダクト越しに通信スタジオを望む。

〈とんだ茶番だ〉ボヌール上等兵から苦い呟きが飛んでくる。〈とっとと制圧しましょうぜ〉

〈大佐の立場をぶち壊してか?〉カリョ少尉のアルトが苦みを帯びる。〈私もこのままでいいとは思わん。大佐を信じて今は待て〉


「だ、そうだよ」ヘンダーソン大佐がマリィへ眼を向け、「これで満足かな?」

 視覚には〝放送〟ウィンドウ、チャンネル035――今しもシンシアの啖呵が流れたところ。

「何が言いたいの?」ケルベロスを構えるマリィに力。

「君の仲間は着実に距離を詰めてきている」ヘンダーソン大佐は小首を傾げ、「このまま行けば、私の提案した落としどころも崩れるかも知れん――君はそれでいいのかね?」


〈あーくそ面白くねェ〉〝ウィル〟が吐き捨てる。〈ちったァ抜け目ぐらい見せてみろってんだ〉

〈ぼやいてんじゃねェよ〉シンシアから檄。〈くっちゃべる暇でトライしな〉

〈どうした?〉ヒューイが問いを向ける。

〈こいつの〝裏口〟だよ〉シンシアが小突いて計器盤。〈〝キャサリン〟のヤツが仕掛けてねェはずァねェんだ〉

〈解析できるのか?〉ヒューイに疑問符。

〈したさ〉苦くシンシア。〈〝キャサリン〟のヤツが塞いで回ったみたいだけどな〉

〈ちょっと待て〉ヒューイに指一本。〈その〝キャサリン〟は、どこの〝裏口〟を使った?〉

〈そういうこと〉シンシアからも指一本。〈このポッドで洗い出せるはずなんだ〉

〈ヒントが欲しいぜ〉切実に〝ウィル〟。〈総当たりにゃ時間がかかる〉

〈待てよ〉シンシアが指をもう一本。〈〝トリプルA〟の使った〝裏口〟があったはずだ。電子戦艦に押し込んだ時の〉

〈塞がれてないか?〉〝ウィル〟に思案。

〈こっちのポッドにも仕掛けてあるはずだ〉畳みかけてシンシア。〈手がかりにゃなる。急げ!〉


『中佐!』

 陸戦隊員の声を尻目に、ハリス中佐が壁を蹴る。第1格納庫横、第5ブリーフィング・ルームから通信スタジオは遠くない。

『困ります!』遠ざかった声が、中佐の背に追いすがる――その前に。

「第3艦隊所属〝オサナイ〟艦長スコット・ハリス中佐である!」ハリス中佐は険しい声を通信スタジオの警衛へ。「ここの責任者は!?」

 困惑――警衛に立つ陸戦隊員が2人、戦闘用宇宙服越しに眼を見合わせた。

「ここを通せ!」ハリス中佐が威をかざす。「ヘンダーソン大佐とミス・ホワイトに用がある!」

『中佐!』背後の声にも動揺が覗く。

「貴官の姓名と階級は!?」ハリス中佐からさらに高圧。

『失礼、中佐。クロード・ナセリ伍長であります』敬礼一つ、ナセリ伍長が深いバスを響かせる。『ヘンダーソン大佐の命令です。お通しするわけにはいきません』

「つい先ほどまではな」ハリス中佐がさらに押す。「ミス・ホワイトを説得した前提なら。だが、こうなっては話が違う――大佐に直接抗議を申し入れる、ここを通せ!」


「卑怯な話だわ」マリィの声に棘。「私の替え玉まで用意しておいて言う科白?」

「私としては、犠牲を最小限に抑えたい一心でね」大佐には悪びれる気配もない。「もちろん正当にことが運ぶなら、それに越したことはない」

「〝正当〟ですって?」マリィが鼻白む。「自分の都合だけゴリ押ししておいて? 正当も何もないもんだわ」

「残念だよ」惜しむ気配も見せずヘンダーソン大佐。「では、今のうちに別れの言葉を考えておくといい」

「別れ?」マリィが眉をひそめる。

「私とともにエリックを葬るか、」ヘンダーソン大佐に悪い笑み。「あるいは〝K.H.〟の破滅をその眼で――確かめるか」

「挑発のつもり?」言いつつマリィの声が尖る――そこへ。

『挑発どころか、図星よね?』嘲弄の声――〝キャサリン〟。『どっちもくわえ込むつもりなんでしょ――〝尻軽女〟さん?』

「――!」

 息を呑む。その言葉。マリィの感情が沸騰する。

「〝キャサリン〟――あなたッ!!」


 見えた。ボヌール上等兵の胸中に快哉。

 照星の向こう、マリィの胸元――から上を向くケルベロスの、撃鉄。

 千載一遇。さらにはマリィの激昂、猶予なし。

 ボヌール上等兵が指、P45コマンドーの引き鉄に――力。

 消音器越し、銃口から9ミリ拳銃弾。

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