15-8.標的

「ロクなもんじゃねェな」フリゲート〝オサナイ〟B-5ブロック、観測ドームの入り口を挟んで向かい合う兵士たち――ウー・ツァイユー上等兵がその状況を評して呟いた。「これで議論たァ笑えるぜ。こりゃただの睨み合いじゃねェか」

 ただ、マリィ・ホワイトがその言葉一つで築き上げた対立の構図、その存在を認めないわけにはいかない――すなわち、ヘンダーソン大佐の掲げる大義の脆さ。

「どいつもこいつも簡単に丸め込まれやがって!」

 憎々しげに口の端に上らせた言葉が、悔し紛れのそれと聞こえた。舌打ち一つ、雑念を頭から払いのける。

「地球から独立できたのは誰のおかげだと思ってんだ!?」「第3艦隊を見捨てたのは誰だ!?」

 問いの応酬が指すのはいずれも同じ――ケヴィン・ヘンダーソン大佐その人。その彼を〝テセウス解放戦線〟の頂点に迎えるべきか否か、詰まるところはこの矛盾に立ち至る。そう、矛盾――マリィが衝いたのはその一点。それが彼女の主張――すでに吐き出すべきは全て吐き出したとするその言葉――に重みを持たせてもいる。

「別にそっちの言い分を否定しようってわけじゃない!」ジョナサン・フォーク軍曹が膠着の空気に投げて波紋。「大事なのは一つだけだ――大佐に訊かなきゃ何も判らない!」

「嵌められてるだけじゃねェか!」ツァイユー上等兵が声を張り上げる。「そうやって混乱させようって肚だ――そいつが解んねェのかよ!」

「大佐は〝K.H.〟じゃない!」フォーク軍曹の声も色を帯びる。「もともと俺達の指導者じゃないんだ!」

「その裏切り者を殺して見せたろうがよ!」

 こうしている間にも時間だけが過ぎていく。それはつまり、〝テセウス解放戦線〟が機能不全に陥ることを示していた。

「大佐がそう言っているだけじゃないのか!?」

 横合いから別の声が上がる。そうして〝議論〟はまた振り出しへ――。

 ツァイユー上等兵の頭にも理解が形を成しつつはある――出口は一つ、大佐に真意を質すこと。敵味方どちらへ付くにせよ、ことの真実を見極めないことにはそもそも話が始まらない。マリィの掌で踊らされている感は拭いようもないが、しかしそれしか〝テセウス解放戦線〟をまとめる手段は見当たらない。

「結局そこかよ、マリィ・ホワイト」出し抜かれた事実――それを苦く噛み締めてツァイユー上等兵は呟きを洩らした。「いいだろう、オレァ肚くくるぜ」

「何言ってる!?」

 隣から怪訝の声。ツァイユー上等兵は相手の眼を睨み返し、次いで正面に声を張った。

「どっちにしろ結論は出やしねェってわけかい!」

「そうだ!」ここぞと応じたのはフォーク軍曹。「決めるのは大佐自身だ――英雄か、それとも裏切り者か!」

「いいだろう、一つ大佐に訊きゃァ全部判るってわけだ!」ツァイユー上等兵が声に凄味を滲ませる。「てことなら、さっさと大佐に証明してもらおうじゃねェか」

「おい!」隣の声に咎めの色。

「解らねェのか!」振り返って一喝、ツァイユー上等兵は声を上げた。「こいつァあの女が仕組んだ罠なんだよ!オレ達を仲間割れさせるためのな!」

 そして正面へ向き直り、ツァイユー上等兵は声を飛ばす。

「馴れ合う気はねェ! 大佐の真意とやらを確かめた日にゃ、手前らぶっ飛ばしてやるから覚悟しやがれ!!」さらに背後へ喝を一つ、「これ以上大佐の足を引っ張ろうってヤツァいるか!?」

 異はなかった。ただ沈黙だけが燻っていた。


『〝アレックス〟、メッセージ発信!』

 救難信号帯の通信波に、マリィの仕込んだメッセージ・プログラムが走った。目標は救難に現れたフリゲート〝リトナー〟。

『さて、どう出てくるか……』ハーマン上等兵が唇を舐める、その緊張が無線越しにも伝わってくる。

 応答は間をおかずに訪れた。

『こちらF.P.S.S.〝リトナー〟、救難信号を受信した。応答せよ』

 飛んできたのは判で押したような――マリィのメッセージを端から無視したかのような――問いかけ。

『……効いてないのか?』ハーマン上等兵から訝る声。

『普通に応答してみて』

『F.P.S.S.〝リトナー〟へ、こちら第3艦隊第3航宙艦群フリゲート〝オサナイ〟所属、ハーマン・カーシュナー上等兵。救援を感謝する』

『カーシュナー上等兵へ、こちら〝リトナー〟』応じた相手の声には毛ほどの動揺も見られない。『これより回収の短艇を出す』

『引き延ばして』マリィはハーマン上等兵に促しながら、『〝アレックス〟、メッセージを続けて発信』

 あるいはマリィのメッセージだけを選択的に排除している可能性もある。せめて通信士だけにでもメッセージが伝われば、と祈りにも似た願望を込めてプログラムを走らせる。

『〝リトナー〟へ、こちらカーシュナー上等兵』ハーマン上等兵が交信を引き延ばすべく試みる。『救難を感謝する。ただしこちらに重傷者がいる。処置の用意を願いたい』

『カーシュナー上等兵、こちら〝リトナー〟。負傷者の容体を知らせ』

 乗ってきた。

『右腹部に貫通銃創、失血多量』アドリブを利かせてハーマン上等兵。『応急処置を施すも、肝臓損傷の恐れあり』

 色のある返事が返ってくるかと思いきや、飛んできたのは冷静な声。

『負傷者の姓名は?』

 おくこと半拍、ハーマン上等兵の舌先に機転が兆す――〝オサナイ〟を覆うヒステリックなまでの閉塞、あれが本物であるならば。

『――マリィ・ホワイト』

 その名。〝オサナイ〟内部の情報戦、あれが外に洩れていたはずはない。頑なにマリィとの接触を断つ、そのスタンスもしかしマリィが瀕死であったなら――そこに一縷の望みを賭ける価値がありはしないか。

 返ってきたのは――暴力的な断絶。救難信号はおろか、全周波数帯を塗り潰さんばかりの妨害波。

『何か言いたがってる!』ハーマン上等兵がなお言い募る。『最期の言葉になるかも知れない!』

 応じたのはさらに強力な電磁波の束。より細く強く絞り込まれたその正体は〝アレックス〟にさえ知れた――火器管制スキャナのアクティヴ・サーチ。

『マリィ、狙われています!』


〈マリィだ!〉救難艇〝フィッシャー〟のブリッジで、〝ウィル〟が声を上げた。〈救難信号にメッセージ、今度は一箇所!方位特定、距離特定――漂流してる!〉

〈よくやった!〉シンシアが快哉の声を上げる。〈〝ウィル〟、通信系のマシン・パワーをこっちへ回せ!!〉

 直後に強烈な電磁波妨害が始まった。情況証拠としては、敵が救難信号の発信源をマリィ本人だと認めたに等しい。

〈妨害波の発信源は!?〉

〈方位からして――〉〝ウィル〟がシンシアの視覚、惑星〝テセウス〟の衛星軌道図を描く。〈第6艦隊、多分電子戦艦直々のお出ましだ!〉

〈マリィへ発光信号!〉シンシアが指示を飛ばす。いかな電磁波妨害とて、直進する光信号を防ぐ手立てはない。ただしレーザ通信機を持たぬ単身漂流の身では、やり取りできる情報量に限りはある。

〈何て言ってやるよ?〉〝ウィル〟が反論さえあきらめた風で乗ってきた。

〈『クラッシャを送る』、こいつでいい! あとは思いっきり軽いクラッシャを送りつけてやんな、最新版だ――あとは電子戦艦だ〉不敵なシンシアの言が飛ぶ。〈かませるか?〉

〈冗談だろ、〉〝ウィル〟に苦り声。〈出力からして桁が違ってる!〉

〈やるんだよ!〉シンシアが檄を一つ、〈レーザ通信、適当なクラッシャ仕込んでぶちかませ! 注意をこっちへ引きつけろ!〉

 レーザ通信ならば妨害波の出力に負けることはない――相手が応じてくれるならばの話だが。

〈連中が興味を持つって自信は?〉

〈エサ付けてやりゃいいんだろ!?〉反射でシンシア。〈〝サラディン・ファイル〟な、オリジナルのクリスタルはこっちにあるっつってやれ!〉

〈聞く耳持つかしら?〉

 訝る〝ミア〟にシンシアが叩き返す。

〈そん時ゃクリスタルのカオス丸ごと垂れ流してやるだけだ! 時間がねェ、さっさとやれ!〉

〈キースからのコピィだぜ?〉〝ウィル〟の声にも怪訝の色。〈量子刻印もないのに耳ィ貸すかね?〉

〈どうせクラッシャ仕込んでりゃ量子刻印なんざまともに機能するわきゃねェだろが! こっちがオリジナルだって言い張れ! 要は注意がこっち向きゃいいんだよ!〉


〈救難艇〝フィッシャー〟からレーザ通信!〉第6艦隊所属電子戦艦〝トーヴァルズ〟、戦闘指揮所で通信士が訝るような声を上げた。

〈無視しろ〉電子戦長席のカッスラー大佐から沈着を絵に描いたような指示が飛ぶ。〈最優先目標の確保が先だ〉

 それに、とカッスラー大佐は心の中で付け加えた――回線を開いたが最後、敵のナヴィゲータに汚染されかねない、と。事実、第3艦隊においてはかの〝キャサリン〟――正確にはその一部分だが――でさえ敗退を喫している。

〈しかし、〉通信士の声が煮え切らない。〈これは……〉

〈何か?〉

〈モールス信号です――『〝サラディン・ファイル〟のクリスタルは当方にあり』!〉

〈たわ言だ〉表面上は断じてカッスラー大佐。〈受信しなければどうということはない〉

 事実、レーザ通信は信号の有無こそ外装表面のセンサで常に監視しているものの、通信内容は受信機を互いに向け合わなければ伝わらない。ただ気になったのは、モールス信号という手段を使ってまで伝えに来たその内容――マリィ・ホワイト本人が〝サラディン・ファイル〟のデータ・クリスタルを所持していないという、その一点。聞き流してしまえばそれまでの一事をわざわざ伝えに来る――その動機。

〈モールス信号、続きます! 『〝キャサリン〟へ伝言』、続いて――意味が読み取れません。これは……カオス・データ?〉

〈『伝言』だと?〉大佐が眉根に皺を刻む。〈奴ら、何を考えている?〉

〈ヘッダ確認!〉返して通信士。〈〝サラディン・ファイル〟のオリジナル・コードと一致します!〉

 カッスラー大佐は眉をひそめた。マリィが〝放送〟で広めたデータを今さら垂れ流したところで、何になるものでもない。そのコードはすでに〝キャサリン〟が解析して――、

〈ちょっと待ってください、コード照合中――〉通信士の声がカッスラー大佐の思索に割り込む。〈――〝放送〟されたコードと一致しません! 部分的に相違あり!〉

〈量子刻印を照合!〉カッスラー大佐の命令が静かに飛ぶ。〈サラディンのサインもだ! 敵は我々を撹乱に来ている!〉

〈量子刻印、〉興奮冷めやらぬ風で通信士。〈――一致しません! 偽物かコピィか……〉

〈なら無視しろ〉苛立ち一つを眉の端に覗かせて、カッスラー大佐は命令を下した。〈わざわざ敵の思惑に乗ってやることはない〉


『発光信号です、マリィ』マリィの聴覚に〝アレックス〟が告げる。『方向は第3艦隊と一致します』

『内容は判る?』訊いたマリィが遅れて思い至る、その仮定――この発光信号、もし発したのが敵だったとしたら。

『『宛・マリィ・ホワイト、発・シンシア・マクミラン』――味方です!』

『あ……!』

 生きていた。その事実に声が詰まる。しかしそのメッセージがキースからのものではない、そこにかすかな不安がよぎる。

『メッセージは『クラッシャを送る』、――以下、データが続きます』

 〝アレックス〟がそう結ぶ。そこでマリィは我を取り戻した――敵のアクティヴ・サーチ、その示す意味。

『その前にシンシアへ伝えて!』

 救難キットの発光信号機を持つハーマン上等兵に声を向ける――が、応じる気配がない。それも当然、宇宙服の内蔵無線機などものともしない妨害波が周囲に満ち満ちているのだから。マリィはハーマン上等兵の上腕を鷲掴み、力の限り引き寄せるとヘルメットをぶつけんばかりに触れさせた。

『第3艦隊へ伝えて!』マリーの声が、ヘルメットの物理的振動を介してハーマン上等兵の耳に届く。『〝敵艦に狙われてる〟って!!』

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