13-10.強行

『あんたがマリィ・ホワイトか』

 鈍い衝撃に続いてマリィの背後から声。無重力と非常灯の赤の中で弾かれたように振り向くと、反動で揺らいだ視界には後ろ手に拘束された宇宙服。ヴァイザに遮られていて見えはしないが、憎悪の込もった声から表情は自ずと察しがついた。

「誰?」

 言ってしまってから、愚かな質問だったと思い知る。揚陸ポッドの操縦士――ここはマリィが強いて空荷のまま救難艇から離脱させた揚陸ポッドと見て間違いない。

『しがない運び屋さ』

 自嘲めいた自己紹介に続くのは、咳き込むような乾いた笑い。

「何がおかしいの?」

『慌てても何も始まらねェってことさ』

「意味が解らないわ」

『だろうな』嘲弄するような肯定。

「説明する気があるの、ないの?」

『あんたの出方によるね』

「私に何ができるっていうの? 私が誰か知ってるんでしょ?」

『〝コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト〟のジャーナリストと来たもんだ』今度はあからさまな笑いが宇宙服の外部スピーカから転げ出た。『そいつがどうだ、革命家顔負けの詐欺師と来やがった! これが笑えないって? あんたユーモア感覚がいかれてるよ』

「さて、どうかしらね」努めて冷ややかに、「お仲間の革命家の方がよっぽど上手の詐欺師かも知れないわよ?」

 今度こそ、宇宙服は体を折って笑い出した。話もままならない大笑い、それがひとしきり落ち着くまでマリィとしては待つしかなかった――笑いが喘ぎに、喘ぎがまともな呼吸に落ち着くまで。

『……あんた、以上の、詐欺師が、いるもんかよ』

 息も絶え絶えに吐き出された断定に、マリィも好意は持ち得なかった。

「知ってる? 一流の詐欺師ってね、被害者にだまされたとさえ思わせないの」マリィは自分の胸に手をかざし、「私が詐欺師だって言うなら、二流以下ね」

『じゃあ言い直そうか、大ボラ吹きだ』

「……まともに話す気がないならそう言って」

『だったらどうするんだ、その手に持ってる銃でも使うのか?』

 面白げに宇宙服が訊く。マリィは手中のケルベロスに手を添えた。

「脅したら言うことを聞いてくれるの?」

『残念だったな』宇宙服から勝ち誇ったような嘲弄の声。『このポッドは棺桶も同じさ。味方からクラッシャ食らって、毛ほどだって動かせやしねェよ』

「大したお味方ね」せいぜい大仰にため息一つ、マリィは宇宙服を見据えた。「私の出方次第じゃ、あなた見殺しってことじゃない」

『全くだ』宇宙服はかぶりを振った。『運び屋ごときにゃ釣り合わないらしいぜ。ただ俺をぶっ殺したとしてだ、あんたどうするつもりだい?』

「いてもいなくても同じなんでしょ? さっき自分でそう言ったくせに」

『ごもっとも。それより興味があるのはだ、』宇宙服は顎を突き出した。『あんた、まだどうにかできるつもりでいるのかい?』

「〝どうにか〟って?」

『逃げ切れるつもりでいるのかってことさ』肩をすくめて宇宙服が続ける。『相手は宇宙艦隊が2個艦隊、それも宇宙港を押さえてる。こんな軌道上で一体どうするつもりなのかと思ってね』

「3番目の宇宙港だってあるじゃない」

『艦隊を振り切って? しかも足元にゃ俺達の味方がひしめいてるんだぜ?』興奮さえ滲ませて宇宙服が畳みかける。『それをどうにか出来るって? 時間と命の無駄遣いだ、さっさと降参しちまいな!』

「何よ、」あからさまに、マリィは鼻を鳴らしてみせた。「さんざん持って回って言うことがそれ?」

『悪かったな』宇宙服には一向に悪びれる風もない。『こちとら小者なんでね』

「そう。じゃあ、こうして話しているのも時間の無駄ってことね」マリィは小首を傾げて言い放った。「宇宙服をいただこうかしら」

『脱がせられるもんならやってみな、』宇宙服は後ろ手に縛られた手首を持ち上げてみせる。『そこらの兵隊風情だと思ってなめてると痛い目を見るぜ?』

「おあいにく様、詐欺師呼ばわりされるくらいの想像力はあるつもり」今度こそマリィはケルベロスを構えた。狙点と共に眼を据えて、声を低める。「予備があるはずよ。どこ?」


『何よ、』〝ミア〟が不平の声をスピーカに乗せた。『たったこれだけ?』

 救難艇〝フィッシャー〟ブリッジ、航法士席。まず操作卓に有線で繋がった端から出てきた科白がこれだった。

『暴走ぶっこいたドラ猫に喰われるまで奮戦したって成果が、これっぽっち?』

「ご挨拶だな」ロジャーが苦笑いで応じる。「期待していいのかね」

『実のない科白ね』鼻で笑う息遣いさえ聞こえそうな一言を返して、〝ミア〟はひとまず黙考に入った。『下手なバクチもいいとこだわ』

「ご高説どーも」ロジャーも軽口で応じる。「んじゃ、ご自慢の腕前をご披露いただけるかい?」

「どっちにしろ、」キースがやりとりを遮った。「これが全部だ。曲がりなりにもお前の〝姉妹〟がやってることだ。赤の他人が口を出すより、身内でカタを付けるんだな」

『あーはいはい、部外者に期待した私が馬鹿だったわ』

「憎まれ口はいい」キースの声が感情を殺して伝わる。「他にこっちで用意できるものは?」

『マシン・パワーが要るわ、こんなチンケなプロセッサじゃなくて。多分一手二手の差で勝負が着くと思う』

「ちょっと待て」キースがブリッジへ眼を上げた。今は操舵席でデータ・リンクを確認中のニモイ曹長と眼が合う。「聞いての通りだ。艇のマシン・パワーをありったけつぎ込みたい」

「船務システムは復旧したからな。炉周りはともかく、他なら並列接続でよけりゃ繋いでやる」言う端からニモイ曹長が跳んだ。ジャックらが取り付いた航法士席の操作卓へ身体を流して、「貸せ」

「頼む」

 ニモイ曹長の操作に伴って、〝フィッシャー〟搭載のプロセッサ・パワーが並列して航法システムに集められていく。

「その気になったら」冗談めかしてロジャーが呟く「この艇を乗っ取ることもできるな」

 ニモイ曹長が顔を上げた。

「今さらだが、こいつは使えるのか?」

 〝ミア〟を収めたヒューイの携帯端末へ顎を向ける。ロジャーも視線に多少の疑念を込めてキースへ送る。が、キースは敢えて不敵に笑んでみせた。

「このままじゃ手詰まりなことは変わらんさ。他に手があるんなら今のうちに言ってくれ」

 ニモイ曹長は半拍だけ考えて、「違いない」

 そして最後のコードを入力。〝フィッシャー〟の制御系を統べるマシン・パワーが〝ミア〟に向けて注がれる。

「用意できるのはこれで全部だ」キースが宙で腕を組んだ。「他には?」

『まだまだ、と言いたいけど』〝ミア〟が嘆息してみせる。『後は引っくり返して振っても出て来っこないのね』

「そういうことだ」

『……始めるわ』


「やれますか?」〝スレッジ・ハンマ〟小隊長スコルプコ少尉が口にしたのは、疑問というより要求に近い。

「2分くれ。動かすだけなら……」〝ダルトン〟で捕虜になっていた副長ことモロダー少佐が、艦長席に収まりつつ答えた――その口で毒づく。「くそ! データ・リンクが使い物にならんぞ!」

 その犯人を知っているだけに、スコルプコ少尉は苦笑するしかない。

「失礼、この艦を取り返すのに必要な処置でした」

「データ・リンクの復旧は!?」

 仕掛けた〝ネイ〟からは、クラッシャの解除コードだけを預かってきている。ただしそれは被害を拡大させないだけのものであって、データ・リンクの復旧とイコールではない――早い話が、手加減している暇などなかったというのが正しい。

「クラッシャは無害化しました。ただデータ・リンクの再構築まではこちらの手に余ります――ご理解いただきたい」

「船内電話は!?」モロダー少佐が歯を軋らせて問う。

「最優先で繋ぎます!」返したのは船務副長。

「当面は伝令でしのぐしかないな。あとは監視か。陸戦隊が使い物にならんのは痛手だが……」

 陸戦隊員は通常航行に携わるわけではないだけに、便のいい人手と見られがちなのはスコルプコ少尉も知識として知っていた。だからといって反感の芽が首をもたげないわけではない――陸戦隊員が揃って〝テセウス解放戦線〟に参加していた、その事実を差し引いたとしても。

「航法班は監視任務! ダンテ伍長、指揮を執れ!」いささか感情の混じった声でモロダー少佐。「ズーカー伍長! 雷撃班は当面伝令任務に回す! 配置と指揮を執れ!」

 航法長も雷撃長も、〝テセウス解放戦線〟として少佐を拘束した側にある。その部下へ向ける声に腹いせが混じっていないとは、スコルプコ少尉にも見えかねた。

「捕虜がいるとはいえ、敵はすぐやって来るぞ!」

 艦長席から要らぬ檄を飛ばすモロダー少佐をひとまず置いて、スコルプコ少尉はブリッジ出口へ跳んだ。

〈少尉、〉〝スレッジ・ハンマ〟小隊副長のヴァイス曹長が耳打ちに来る。〈数が揃いました。敵はこれで全員押さえたことになります〉

〈よくやった〉スコルプコ少尉は頷き一つ返し、〈〝ハンマ・ヘッド〟へ報告する。艦橋の見張りを頼む〉

〈間に合いますかね?〉

 ヴァイス曹長もモロダー少佐の言動に眉をしかめる。その肩をスコルプコ少尉が叩いて過ぎた。

〈当てにはせんさ〉

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