13-3.起動

 ミサイル艇〝イェンセン〟のブリッジに快哉。

〈こちら〝ハンマ・ヘッド〟、〉オオシマ中尉の声に勢いが乗る。〈〝シュタインベルク〟へ伝達。『データ・リンクH069に接続。〝イェンセン〟とタイミングを合わせて融合炉を点火、可能な限り速やかに〝フィッシャー〟へ接舷せよ』、以上〉

〈〝ウォー・エコー〟了解。データ・リンクH069、〝イェンセン〟とタイミングを合わせて融合炉を点火、〝フィッシャー〟へ接舷、伝達します〉

〈〝ハンマ・ヘッド〟へ、こちら〝クロー・エコー〟〉リュサック軍曹の声がデータ・リンクを経て届く。〈続報です。〝ジュエル〟が命を張ってます――敵の艦砲は彼女が止めている模様!〉

〈どういうことだ?〉オオシマ中尉は思わず声を上げた。〈〝ジュエル〟が命を!?〉

〈こちらが敵の射界外へ逃げないと〝ジュエル〟を解放できないと、これはヘインズからです〉リュサック軍曹の声が応じる。〈詳細が要りますか?〉

〈確認して知らせろ〉オオシマ中尉の中に閃き――なら、逆に仕掛けようはある。〈艇長! 敵揚陸艇とフリゲートへ全力で突撃したとして、所要時間は?〉

〈ちょっと待ってください〉艇長が計算を巡らせるだけの間が空いた。〈距離を詰めるのに――1分要ります〉

〈〝ウォー・エコー〟、こちら〝ハンマ・ヘッド〟!〉オオシマ中尉が噛み付かんばかりの声で呼びかける。〈〝シュタインベルク〟へ伝達、砲撃準備!〉


〈砲撃……ですか?〉

 さすがに面食らった声が返ってきた。そこへオオシマ中尉が畳みかける。

〈そうだ、ポッドを回収される前に砲撃を浴びせる! 目標はフリゲートのセンサと揚陸艇の機関部だ、最優先!〉

〈敵が黙っちゃいませんよ〉横からギャラガー軍曹が挟んで口。

〈ミス・ホワイトが押さえていてくれるなら話は違ってくる〉オオシマ中尉は小声で答えつつ口の端を湿した。〈すったもんだあるはずだ。その隙へ付け入る〉

〈いきなりミス・ホワイトを撃ち殺すような真似はしないと踏んでるわけですか〉ギャラガー軍曹が口の端を湿した。

〈当たり前だ、〉オオシマ中尉の声にハッタリが混じっていないといえば嘘になる。〈連中の最優先目標だぞ〉

〈ヘインズが承知しませんよ〉ギャラガー軍曹に苦笑い。

〈知らせるな〉中尉に断言。

〈強引ですな〉ギャラガー軍曹が肩をすくめた。

〈〝ハンマ・ヘッド〟、こちら〝シュタインベルク〟、エドワーズだ!〉ロジャーの声がデータ・リンクに乗ってきた。〈お待たせ、敵艦にぶちかますって?〉

〈連中、まだこっちが身動きできないと踏んでるはずだ〉オオシマ中尉が声を返して、〈裏を掻く!〉

〈ちょうどフリゲートの方にはちょっかいかけたからな〉ロジャーが声に笑みを含ませた。〈うちの〝ネイ〟がデータ・リンクをぶった切った。こいつァ役に立たないか?〉

〈よくやった!〉オオシマ中尉の拳に力。〈砲撃の第1目標はフリゲートのセンサ群、眼眩ましでいい。第2目標は揚陸艇の機関部――やれるか?〉

〈こちら艦長代理デミル少佐〉〝シュタインベルク〟からさらに声。〈確認したい。第1目標は眼眩ましだけでいいんだな?〉

〈お仲間を殺せとは言いません〉思わず頷いてオオシマ中尉。捕虜の連邦兵ごと撃てとは、口が裂けても言えたものではない。〈1分で結構、時間を稼いでいただきたい〉

〈連射になるな……〉洩れ聞こえる呟きに続いて、デミル少佐が答えをよこした。〈〝ダルトン〟を黙らせるだけなら何とかなる。だが、揚陸艇はまた話が違う。いま機関部はこちらから見て裏側だ、簡単にはいかん〉

〈いっそ沈めるというのは?〉ギャラガー軍曹が横から提案を投げる。

〈強引だな〉今度はオオシマ中尉が軍曹の科白を引用した。〈それこそ敵が逆上するぞ。せっかく〝クロー・ハンマ〟が機転を利かせたところだ、活かさん手はない〉

 そう返して中尉は〝シュタインベルク〟へ答えを送る。

〈解りました。フリゲートの眼を封じて下されば充分です〉オオシマ中尉としてもここが収めどころと言っていい。〈感謝します〉

 通信を切ったオオシマ中尉が声を向けて艇長へ。

〈炉は?〉

〈あと1分下さい〉艇長が断じた。

〈ギャラガー軍曹、〉オオシマ中尉が投げて問い。〈他艇の炉は?〉

〈こっちと似たり寄ったりです〉応じてギャラガー軍曹。〈あと2分、いや〝ハギンス〟は3分みた方がいいでしょう〉

〈急がせろ〉オオシマ中尉が端的に告げた。〈ポッドが揚陸艇に接触したところで仕掛けるぞ――時間はあとどれだけある?〉

〈およそ5分です――データ・リンク確立! 〝カヴール〟、〝ディミトロフ〟……〉ギャラガー軍曹から待望の報告。〈……いま〝シュルツ〟も繋がりました!〉

〈よし、〝ハンマ〟中隊各艇へ! こちら〝ハンマ・ヘッド〟〉伝令へ眼配せ一つ、オオシマ中尉はデータ・リンクへ命令を乗せた。〈敵揚陸ポッドが揚陸艇に接舷すると同時に融合炉を点火、正面の敵艦へ突入する! 〝カヴール〟の〝スレッジ・ハンマ〟はフリゲートに接近、〝シュタインベルク〟からの掩護射撃に乗じてこれを制圧せよ! 残りは敵揚陸艇に食らい付け! 敵が逃げ出そうが放すなよ、フリゲートに砲撃の隙を与えるな!〉




〈〝アイス・ポッド〟、〝バー・スプーン・ポッド〟、速度ヴェクトル同期しました〉揚陸艇〝ソルティ・ドッグ〟のブリッジで、航法士が告げた。〈〝ハイボール・グラス・ポッド〟、〝ミキシング・グラス・ポッド〟、続きます――いま相対停止〉

 戦術マップ上では、〝シュタインベルク〟へ向かっていた揚陸ポッド4基のマーカが艇の周囲に相対停止して並ぶ。そこへ艇長からの声が重なった。

〈救難艇の方は?〉

〈〝レモン・ポッド〟と〝グレープフルーツ・ポッド〟が帰還軌道に乗ったところです〉操作卓から顔を上げずに航法士。〈〝ウォトカ・ポッド〟と〝ソルト・ポッド〟は未だ初期加速中。Gがかけられないのが響いてます〉

〈定員超過もいいとこじゃ、〉機関士が横合いから声を挟んだ。〈脚が遅いのは仕方ないでしょう〉

 〝フィッシャー〟から先行してくる2基が〝フィッシャー〟を離脱したのは、マリィを乗せた〝ソルト・ポッド〟より後のこと――だが、兵を載せていない分だけ順当に加速を稼いできている。一方の〝ソルト・ポッド〟と〝ウォトカ・ポッド〟は、兵をシートに収め切れないため加速をどうしても緩く取るしかなく、結果として船脚に枷がはめられた形になる。

〈敵の動向は?〉

 腕を組んでいた艇長が訊く。

〈反応なし、静かなもんです〉

 答えた声は航法士。事実、戦術マップ上に動きはない。

〈気に食わんな〉

 艇長の呟きに、陸戦隊を率いる小隊長が眉をひそめた。

〈何が?〉

 たかが救難艇の制圧に散々な目を見た、それを知る声が苦く語る――これ以上何の厄介事が振りかかるというのか、と。

〈救難艇1隻であの抵抗――そのくせ他の5隻が大人しくしている理由があるか〉鬼でも相手取ったかのような、艇長の声。〈相手が相手だぞ〉

 誰かが唾を呑む、その音が聞こえた。応えるように、艇長が言を継ぐ。

〈用心が、要るな〉

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