12-6.侵攻

〈くそ!〉

 ニモイ曹長は悪罵を口中に噛み殺した。ようやく回復した索敵システムが捉えたのは敵揚陸ポッドがまさに接舷するところ、もはや索敵どころではない。席を離れて後方、セイガー少尉が再起動にかかっていた船務システムに取り付く。

〈まだこんなところか!〉システムは再起動の最中、基幹部こそ立ち上がってはいるものの、通信、監視など各機能は個別に立ち上げなければならない。

 必死に頭を巡らせる。最優先で復帰させる機能、並行して出来る作業、敵の侵攻速度――。

 そもそも視えない相手に対処はできない――そう考えて、ニモイ曹長はまず艇内監視システムに手を付けた。

〈間に合うか? 畜生、間に合うか?〉

 呪文のような呟きを洩らしつつ手を動かす。

〈来い、来い、来い、来てくれ、来い!〉


〈――こいつらッ!〉

 RSG99を引っ込めてシンシアは歯噛みした。艇の底面、第3接舷ハッチに繋がる通路をスラスタの鈍い噴射音が抜ける。一見したところ相手は空間戦用パワード・スーツMPS-028タロス、軟体衝撃弾ごときでどうにかできる相手ではない。その足をどう止めるか――考えを巡らせつつ戦闘宇宙服の手甲、仕込んだミラーを陰から覗かせる。

 タロスの背後に戦闘用宇宙服、それが複数。敵はパワード・スーツの装甲を盾にする肚づもりと思われた。

 背筋を滑り降りる、嫌な予感――。

 ヴァイザを閉じつつ、反射的に壁を蹴る。

 その背後に弾けて閃光、爆音、そして衝撃波。

 閃光衝撃榴弾の、それは一撃。通常の榴弾と違って破片をばらまきこそしないが、襲いかかる爆圧に手加減はない。そして光学・電磁波センサを麻痺させる閃光と電磁パルス。

 ヴァイザを通してなお強烈な光が視覚を刺し、集音マイクが爆音に悲鳴を上げた。全身を打ち付ける衝撃波、脳天に突き抜ける痛撃。

 意識が遊離しかけるその寸前、踏みとどまって宙を掻く――その背に衝撃、鈍い痛覚。視覚に映る壁面が踊る。下手を打ったら昏倒とはいかずとも数秒は身動き取れなくなっているところ、意地で壁に足を踏ん張り、態勢を立て直す。

 次の手は判っている――これまで散々使ったきた手順、テロリスト制圧の定石。すなわち突入と殲滅。

 足元、通路を折れてくる敵の姿。先頭を切るタロス、バック・パックに半ば埋もれた頭部へ、RSG99の銃口を向け――引き鉄を絞る。

 相手の左腕に反射動作、眼をかばう――そこに隙。さらに一撃、今度はバック・パックから腕へ延びる給弾ベルトへ。構わず、タロスは右腕の銃口をシンシアへ向けた。銃撃を受け止めつつ放って軟体衝撃弾。

 壁を蹴って1発目はかわした。2発目は手をつく寸前の天井に弾けた。タロスの頭部を目掛けて応射、迫る天井を左腕一本で突き放す。その頭をかすめて衝撃弾、タロスの背後からさらに火線。

〈くそ!〉

 踏み留まりようがないと見切りをつけて、さらに飛び退る――艇尾側、回転居住区の軸心部へ。対応して銃口を向けてきた戦闘用宇宙服の頭部へ一撃。

 タロスの脇をかすめて命中したのを見届ける、その間も惜しんで迫った壁を蹴り飛ばす。すんでの差で衝撃弾。

 それからは舌を打つ暇さえなかった。床に跳ね、壁を蹴り、天井を突く。眼前に迫って曲がり角、そのまま飛び込みたくなる誘惑をはねのけてさらにフェイント、その鼻先を衝撃弾がかすめていった。今度こそ角を折れる――回転居住区の入り口へ。

 その視界に不吉な影。敵の銃口――それが自分を捉えた確信。

 やられた――彼女の頭にその思いが閃いた。


〈クリア!〉

 〝フィッシャー〟艇体上部、第1接舷ハッチから艇内へ侵入したタロスは通路の前後に照星を走らせて告げた。

〈前進!〉

 班長の指示でタロスが通路へ身を乗り出す。続いて戦闘用宇宙服の一班。警戒の視線を前後へ飛ばしつつ艇尾側、回転居住区のさらに後部のブリッジへ――行きかけたところでタロスが反応した。

〈後方に音源!〉

 全員が壁を蹴って姿勢を変えた。半数が振り返って回転居住区の艇首側、T字形を成す通路の分かれ目へ照星を擬す。

〈敵の動きは?〉問いは班長から。

〈……消えました!〉タロスが応答、〈――暗騒音以下!!〉

 そこへ遠く閃光と衝撃波。

〈味方のスタン・グレネードです!〉データ・リンクに乗ってくる味方の動向をタロスが伝える。〈敵陸戦要員と会敵、戦闘中!〉

〈音源を確認する!〉

 班長が手首を艇首側へ巡らせた。タロスが応じてスラスタを噴かす。陸戦隊員たちを追い抜き、盾になるべく先頭へ。通路の分かれ目、陰から腕を突き出して――、

〈通気筒です!〉腕のセンサ画像を視覚へ映したタロスが上げて声。〈通気口のフェンスが……!〉

〈突入!〉班長の声に緊迫が走る。〈突入!!〉

 半拍おいてタロスが飛び出す。通路を艇の中央軸側へ。

 数メートル入って壁面、通気筒の開口部へ銃口を突き入れる。肘から先を押し込み、

〈くそ!〉

 悪態を口に上らせる。前腕のセンサは照準を目的としているため、正面しか捕捉できない。そして、通気筒にタロスの腕を振り回せるほどの空間はない。

〈退がれ!〉察した班長が指示を飛ばす。〈俺がやる! 退がれ!!〉

 タロスが手間取り、腕を抜くまでに要して数秒。入れ替わって班長が左腕、甲部の鏡を通気筒へ差し入れる――映るのはただ闇。舌打ちして肚をくくり、頭部を通気筒へと突っ込む。

 網膜にセンサの表示が重なった。熱源は検知できず、音も他所の銃撃に紛れて探知できない。視界を変えても表示に変化はない。

 悪態を呑み下して、班長はナヴィゲータへ指示を出した。同型艇の設計データから引っ張り出した、通気筒の立体構造図を視覚へ呼び出す。

 前方には回転居住区の回転軸心部、後方には外周へ向かって通路沿いに通気筒が伸びている。そこで思い至り、意を決してセンサを切り替える――アクティヴ・サーチ。センサが各種電磁波と音波を放出、自らの位置を明かす代わりに周囲の正確なデータをあぶり出す。

 音波には反応なし。光学情報にも異物の反応は見当たらない。

 班長は再び振り返り、そこで気付いた。

〈――こいつだ!〉声を上げる。赤外線映像、通気筒内部にこびりついた埃の層――を拭うように擦過の跡。〈外周! 敵は外周方向!!〉

 視線を通気筒の先へ。通気筒を這い進んだ敵は角に突き当たり、そこを折れて――、

〈揚陸ポッドだ!〉頭を引き抜くのももどかしく、班長は叫んだ。〈戻れ! 敵はポッドを狙ってる! 戻れ!!〉

 タロスがいち早く反応した。スラスタを噴かして外周方向、突き当たった内壁に両の足を突き立てる。

 衝撃を膝で逃がしつつ第1接舷ハッチ、灼き切った侵入口へ銃口を向けた――ところで突風が背後から突き抜けた。

 タロスが姿勢を崩しかける。視界に白、それがハッチへなだれ込む。その意味――。

〈やられた!〉タロスから悪罵。〈野郎、ポッドを奪りやがった!!〉

 ポッドが強制離脱し、ハッチ周辺から空気が流出して急減圧、空気中の水分が飽和して霧を成す。その異常を検知した安全装置が気密ハッチを緊急閉鎖。

 タロスはスラスタを噴いて加速、ハッチの隙間に腕を伸ばし――ねじ込んだ。勢い余って隔壁に衝突、しかし構わずハッチをこじ開ける。

 怒涛のごとく空気が流れ出していく、その異常を検知した安全装置が班長の眼前でさらにハッチを閉鎖した。

〈〝ウォトカ・ボトル〟!〉班長の声がタロスを呼んだ。〈無事か!?〉

 タロスはハッチをくぐり抜けた。その背後、鋼鉄の手から解放されたハッチが閉まる。

〈こちら〝ウォトカ・ボトル〟、機体に異常なし!〉タロスはありったけの推力を救難艇に叩きつけた。〈まだ手が届く!!〉

〈無茶するな!〉班長から悲鳴にも似た声。〈バック・パックも装備しとらんのだぞ!!〉

 通常の空間作戦なら背面に負う機動パックは、ポッド積載の妨げになるので外してきてある。

〈まだ離脱にかかってません! 行けます!!〉

 揚陸ポッドのハッチは眼と鼻の先、タロスはスラスタを噴かしつつ手を伸ばした。


 ブリッジに響いて警告音。

 艇内監視システムと格闘中のニモイ曹長が眼を上げる。これだけは生きている艇の緊急事態表示――第1接舷ハッチに空気洩れの赤色灯、周辺隔壁のハッチが自動閉鎖したとある。

〈くそ起きろ、起きろ! 起きろ!!〉

 敵が侵入してきている、それは判る。ただそれが今、どこで何をしているのかが皆目掴めない。苛立ちを掌に乗せて操作卓を張り、一向に伸びない進捗バーを睨み据える。

〈さあ来い――来た!〉

 曹長の眼前、艇内監視システムが立ち上がった。艇内各所の監視映像がモニタへ次々と現れる。

〈……ち……っくしょォ……〉

 知らず溜め息、混じって呟き。敵が至るところへ展開していた。回転居住区前後の入り口、機関部――その中で、なぜかブリッジ周辺に敵の影が欠けている。

〈ちょっと待て、待てよ……〉

 むしろ困惑。真っ先に押さえるべきブリッジを――いや、救命艇を狙うくらいなら最優先目標は居住区内の医務室かと思い直す――それにしても艇の機能中枢を捨て置く理由は、普通ない。

 何かがおかしい、何かの歯車が噛み合っていない、その思考が腑に落ちるまでに数秒を要した。

〈何かが、何かが起こってる……だが何だ、何が起こってる……?〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る