10-5.逆転

 階段を下り、オオシマ中尉は管制室前の通路へ出る――戦場の跡。累々と同志が横たわる、その光景。頭で理解していたこととはいえ、オオシマ中尉は思わず息を呑んだ。

〈中尉〉

 キリシマ少尉が突撃銃を構えて先に立った。管制室の前にギャラガー軍曹とマルケス兵長。互いに銃口を下げ、左の掌をかざし合う。その横を通り過ぎてオオシマ中尉。

〈中尉、いいんですか?〉

 追い付いたギャラガー軍曹が、収まりのつかない声で顎を向けて管制室――ハドソン少佐の仇を討たないのか、と。

〈構うな。ハドソン少佐は大義に殉じた〉オオシマ中尉には取り付く島を見せない。〈その大義を覆すというのなら、それこそが我々の敵だ〉


 ジャックは詰めていた息を吐き出した。オオシマ中尉が管制室前を通り過ぎ、副管制室へ向かっていく――ヘンダーソン大佐の〝放送〟を真に受けたわけではないものと、それは窺えた。


 管制室の前を通り過ぎて副管制室――作戦司令室。ドア周辺を固めさせて突入準備、整ったところでオオシマ中尉はギャラガー軍曹へ命じた。

〈ドアを開けろ〉

 ギャラガー軍曹が、ナヴィゲータをドア横の端末へ侵入させる。ロックを解除、スライド・ドアを開放させる。

「〝ハンマ〟中隊、アラン・オオシマ中尉である!」オオシマ中尉が声を張り上げた。「ロベール・ヴェイユ大佐にお尋ねしたい件がある! お答えいただこう!」

 突撃銃を手に、〝ハンマ〟中隊が入り口から作戦司令室へ押し入った。

「何のつもりか!?」

 一段高い主任用ブースから声が上がる。その顔は、入り口からは窺えなかった。

「ロベール・ヴェイユ大佐!」手信号で〝クロー・アルファ〟と〝ブラヴォ〟を差し向けながら、オオシマ中尉が声を飛ばす。「お尋ねすることがある! お答えいただこう!」

「持ち場へ戻れ! ここを死守しろ!」

 返って来た声に、取り付く島はなかった。構わず、オオシマ中尉は質す声を上げる。

「先ほど公開されたリストに基づいて問う!」〝ハンマ〟中隊員の中で仁王立ち、オオシマ中尉が凄味を声に滲ませた。「あなたは〝惑星連邦〟と結託しているのか!?」

「復唱はどうした!?」

 頑なな声に、誠意の影はなかった。

「よろしい、あなたを利敵行為の疑いで拘束する!」オオシマ中尉は手を一つ振って、〝クロー・アルファ〟、〝ブラヴォ〟両班に合図をくれた。〈やれ!〉

 〝ウォー・ハンマ〟小隊が作戦司令室に睨みを効かせる中、〝クロー・アルファ〟が主任ブースへ押し入った。

 銃声――。

 主任ブースを囲っていた窓に弾痕。正面、モニタの一つに命中、表示が消える。

〈クリア!〉

 一拍置いて声が上がった。〝クロー・アルファ〟からのものと、中尉には知れた。

「何をする! 放さんか!!」

 ヴェイユ大佐の声が上がる。大佐の身柄を押さえたと判断し、オオシマ中尉は作戦司令室を見渡した。

「オオシマ中尉、」主任用ブースのほど近くに立ち上がった人物がある。落ち着いた――というより冷気を帯びた、と表現した方が近そうな、痩身の男。「第1師団参謀長エルンスト・ノイマン中佐だ。よくやってくれた。これより私が当作戦の指揮を引き継ぐ」

「お任せする前に、貴官にも伺うことがあります」オオシマ中尉はノイマン中佐の眼を見据えた。「一つ、貴官はマリィ・ホワイトが公開したリストを事前にご存知であったか。一つ、貴官はケヴィン・ヘンダーソン大佐に従うおつもりであるか。以上2点、お答えいただきたい」

「まず一つ、マリィ・ホワイトなる人物が公開したリストは知らなかった――まあこう答えん輩はいないと思うがね」ノイマン中佐は、あけすけな声で答えた。「もう一つ、ヘンダーソン大佐については――演出過剰のきらいがあるな。私の趣味ではない」

「それでは答えになっておりません、中佐」

 ノイマン中佐が小首を傾げた。

「もっともだ――ではこう答えよう。従うも従わないもない。我々には前進する他に道はないのだ――先ほどミス・ホワイトが何を公開したか、解らぬわけではあるまい」

 オオシマ中尉は言葉を失った。

「ここで貴官の意思を確かめよう」ノイマン中佐が返して問い。「その様子からするとヘンダーソン大佐に同調できんように見受けられるが――聞き違いかな?」

「お察しの通りです」オオシマ中尉も相手に据えた眼を外さない。「最初から全てを知っていて、なおかつ放置していたような物言いに聞こえます」

「ならばこの場の全員を殺して、〝テセウス解放戦線〟全員と渡り合うかね?」いっそ淡々と、ノイマン中佐は言い放つ。「あるいは、このまま去るという選択肢もある。どこへなりと消えるがいい」

「では、マリィ・ホワイトとその一党は我々が連れていく」

「残念だな、そこは折り合えん」

「ならば、」オオシマ中尉は片眉を踊らせた。「そこは押して通るまで」

「では、せいぜい急ぐがいい」ノイマン中佐は傍ら、銃を構えかける憲兵へ片腕をかざした。「諸君らの欠員が埋まるまでは、こちらとしても止めようはない」

「そうさせていただく」

 言い残し、オオシマ中尉は踵を返した。


「くそ!」

 ジャックは剥いた歯の間から罵声を洩らした。視覚と聴覚には監視システムからかすめ取った映像、映っているのは作戦司令室こと副管制室。〝テセウス解放戦線〟を混乱の最中に突き落とし、その隙に乗じて姿をくらます――そのはずが、とんだ番狂わせに出会ってしまった。こうも早く立ち直られては、逃げ出す暇もあったものではない。


〈また逆転かよ〉ロジャーもジャックと同じ映像を眼にして呟いた。〈こっちァ重傷患者抱えてんだぜ〉

 傍らへ眼を投げる。意識を失って横たわるヒューイと、その側を離れないシンシア。ヒューイを置いては彼女がテコでも動かないであろうことは、改めて訊かずとも察しがつく。

 副管制室に動き。オオシマ中尉が部屋に背を向けた。監視カメラを切り替えて、後を追う――その足が会議室、すなわちこちらへ向いていた。程なく〝ハンマ〟中隊の面々が、吹き飛んだ扉の向こうに姿を現す。

「負傷者はそいつか?」

 両隣どころか背後からさえも無数の銃口が睨みを効かせる――その中。入り口中央に立ったオオシマ中尉から声が飛ぶ。

「そうだ」

 ロジャーが背後の2人に顎をしゃくる。

「少々当てが外れてな」

 オオシマ中尉が右手を軽く掲げた。両脇から〝ハンマ〟中隊員が会議室の中へと踏み込む。ロジャーは思わず、銃把を握る右手に力を込める。

「へェ?」

「衛生兵は来ない。彼は我々が運ぶ」

 〝ハンマ〟中隊員が救急キットの担架を運んできた。シンシアの傍ら、手早くヒューイを担ぎ上げる。

「どこへ?」

「とりあえずここの病院だ。時間がない、急げ」


『〝ハンマ〟中隊各員に告ぐ。こちらはオオシマ中尉である』

 通信回線にオオシマ中尉の声が乗った。チャンネルC095を通じてジャックの聴覚へもそれが届く。

『私はハドソン少佐の遺志を継ぎ、惑星〝テセウス〟解放の闘争に力を尽くす。だがヘンダーソン大佐の行動には同調できない。彼には〝惑星連邦〟との謀議に加わっている疑いがある。よって私は〝テセウス解放戦線〟を離脱する。同調する者のみついて来い。異議ある者はここに残れ。各員の意志で選択しろ。以上』

「行こう」

 ジャックが腕の中、マリィに促した。監視システムを通して会議室の様子も眼にしていたが、確かに敵意は見えない――どころか、つい先ほどまで殺し合った〝ハンマ〟中隊にすがるしか、今は選択の余地がない。

 マリィの頬に伝う涙を指で拭う。頷いたマリィが立ち上がりかけ、よろめいた。その細身をジャックが支える。

「立てるか?」

 見上げた深緑色の瞳が頷いた。

『マーフィへ、こちらオオシマ中尉。聞こえるか』

 今度はチャンネルC095へ、オオシマ中尉の声が乗る。

「オオシマ中尉へ、こちらマーフィ。聞こえる」

『旅客ターミナルまで移動する。孤立する気がないなら付いてこい』

「了解した。しばらく待て」

 主任用ブースを出て管制室の扉へ。ロックを外すと、外には暗灰色の軽装甲スーツをまとった〝ハンマ〟中隊員――反射的に、右肩から提げたAR110A2の銃把に力が込もった。その横をすり抜けて、彼らは中へ踏み込んだ。

「来い」

 正面、オオシマ中尉の肉声に導かれて、通路へ出る。生き残った負傷者に応急処置を施す〝ハンマ〟中隊員たちが眼に入った。その中をいち早く通る担架が一つ。付き添ってシンシア。担架にヒューイ。その側にいたロジャーがジャックら2人へ歩み寄る。

「旅客ターミナルに病院がある」ジャックの正面に進み出てオオシマ中尉。「そこで負傷者に応急処置を施す。それから移動だ」

「どこへ行く気だ?」

 ジャックが問う。

「わざわざ訊くな」軽装甲ヘルメット越しに苦い表情が垣間見えた。「これだけの大所帯、しかも怪我人を抱えていたら、行けるところは限られる。違うか?」

「宇宙港か」

 問いというより、確認に近い声音をジャックは投げた。

「どういうこと?」付いていけず、マリィがジャックに問う。

「この惑星から逃げ出すのさ」

「そういうことだ」オオシマ中尉は頷いて、「ただ管制室は押さえたが、稼げる時間はたかが知れてる。急ぐぞ」

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