4―7.露見

 ジャックはアルビオンを減速させた。

 見渡す限りのトウモロコシ畑、を覆う闇――その間を縫って走る、農道に毛が生えたような道。その中に、農場が自家用ついでに設けたような充電ステーションが据えてあった。ジャックはトレーラを乗り入れる。

「ベッドに入ってろ」ジャックは後ろへ親指を向けた。停車したトレーラのキャビンで、マリィが後部へ居を移す。

 帽子をかぶり、付け髭を貼りつけて、ジャックはトレーラの外へ出た。

〈キャス、画像は?〉

〈手抜かりなしよ。何だったらヌード・モデルにでも差し替えてあげようか?〉

〈思いっきり平凡にな〉

〈あーもう、面白味のない〉

「盗んだの?」

 わずか数秒で充電を済ませて戻ったジャックへ、マリィが小声で訊いた。

「現金払いさ。騒がれちゃ面倒だからな」

 答えるジャックが空を仰ぐ――視られている、その可能性を考えながら。




『こちら〝モスキート24〟、アルビオンを発見』

 〝サイモン・シティ〟市街、〝メルカート〟所有のオフィス・ビル。地下に急設された監視指揮所へ報告が飛んだ。

 追跡リストに項目が加わる。監視網にかかった〝アルビオン〟型トレーラは、これで252台目。リストのうち200以上は〝カーク・シティ〟、〝サイモン・シティ〟やその郊外へ戻ったことを確認されて、リストから除外されている。

「辺鄙なところで引っかかったな」モスキートの配置図を見やって、ビジネス・スーツ姿の情報屋が呟いた。「ナンバは?」

『まだ確認できません』

 回線越しに告げてオペレータ。旋回するモスキートからの映像は、夜間しかも無灯での撮影とあって、ごく粗い。しかも被写体はライトの一つも点けていない。だが解析を加えられたシルエットは、アルビオンのものに間違いなかった。

『寄せますか?』

「やれ」

 モスキートが旋回半径を縮め、徐々にトレーラへ接近する。後方へ回り込んだところでカメラをズーム、ナンバ・プレートに焦点を当てた。


「ねえ、」言いにくそうに、マリィが口を開いた。「……その、臭わない?」

「何がだ?」聴き返すジャックの声に表情はない。

「だからその……」マリィが言葉を濁した。

 先ほど開けたドア、そこから流れ込んだ外気に触れて、マリィは感じ取った――臭わない。体臭が籠もっていることを、改めて感じさせられた。それが男の匂いだけでないことにも。

「シャワーや風呂なら我慢しろ」察したのか、ジャックの言葉が先に回った。「当分は泊まれる宿がない」

〈上空に反応〉〝キャス〟が気付いた。〈5時方向、上方40度。人工物が星の光を遮ってる〉

「来やがったか」ジャックが舌を打った。

「何?」

 マリィだけが状況を把握できず問いを投げる。

「多分偵察機だ。充電ステーション辺りで見付かったな」ジャックは軽く唇を噛んだ。「だとすりゃ近くに指揮車がいるはずだ。操作信号を手繰れないか?」

〈南南東に電波源――多分こいつ。こんだけ田舎だと見え見えね〉

「当たりか」

「じゃ、」マリィが問う。「ナンバ・プレートとか見られるかもしれないってわけ?」


『出ました。SPC044029』

 ジャック・マーフィの登録ナンバが画面隅に示してある。SAW040022。


「ナンバは替えてある」ジャックは鼻頭を指で弾いた。「が、それで見逃してくれるほど甘くはないだろうな」


 モニタに映るアルビオンのナンバは登録されたそれとは違う、が――。

「偽造かも知れん。第一ライトも点けとらんところが怪しい」〝サイモン・シティ〟の情報屋は回線の向こう、オペレータへ告げる。「こいつをマーク。シニョール・バレージへ報告する」


「撃ち落とすの?」

 マリィが訊いた。

「そんなことしてみろ、」小さく舌を打ちながら、ジャックは小首を振った。「自分から名乗り出るようなもんだ」

「じゃ、逃げる?」

「そういうことになる。が、このままじゃ捕まると見た方がいいだろう」ジャックは腕を組み、シートに背を預けた。肚を固めたように呟く。「……手を、出すしかないか」

 次いでジャックはマリィへ顔を向けた。

「こっちから仕掛ける。何かあったら〝ティップス〟の掲示板にメッセージを入れる。キィワードは――」ジャックは左手首を指差した。「〝プレシジョンAM―35の傷〟、忘れるな」


 暗視映像の中で、〝アルビオン252〟が道を折れた。地図を照らし合わせればそのすぐ先は、エメリッヒ農場とある。

「〝モスキート・ヘッド〟、こちら〝モスキート24〟、〝アルビオン252〟がエメリッヒ農場へ入ります」

 〝モスキート24〟のオペレータが報告を上げる。移動する監視目標――〝アルビオン252〟を追って、オペレータを乗せたバンも走行している。

『了解、追跡続行』

 指示が来る。モスキートの捉えるところ、トレーラは農場へ乗り入れると母屋を無視し、大型サイロの陰へ入った。そこで停まる。

「何だ?」

 モスキートはサイロの上空を旋回しつつ監視を続ける。何周回目か、トレーラは再び動き出した。何もなかったかのように外へ向かい、道に乗る。


〈OK、食い付いたみたいよ。上空から離れてく〉

 サイロの真下。アルビオンを見送ったジャックは、〝キャス〟の声に耳を傾けた。肉眼でモスキートを捉えるのは難しいが、電波の発信源としては何とか検知できる。それが直上から離れつつあった。

〈よし、指揮車は?〉

〈相変わらず移動中。誘導するわ〉

 ジャックは〝ヒューイ〟のエンジンに灯を入れた。軽装甲ヘルメットをかぶり、〝キャス〟へ接続。

〈真っ暗闇のドライヴだ。サポート頼むぞ〉

〈任せて〉

 ジャックがスロットルを開けた。無灯のまま、サイロの陰から〝ヒューイ〟が滑り出す。

 視界はほぼ闇一色。網膜に重ねられた地形図のワイア・フレームだけが、猛烈な速度で流れていく。

 トウモロコシ畑の間を縫い、進路を南へ。〝キャス〟からの情報だけを頼りに〝ヒューイ〟を駆る。

 横道へ出た。

 電波源は西へ移動中。ジャックは〝ヒューイ〟の進路を転じ、指揮車と思しき影を追う。やがてバンの尾灯が眼に入った。

 追いすがる。見る間に差を詰めて右横へ。

 側面、スライド・ドアへ手をかける。一気に開けて中へ踊り込み、ケルベロスをオペレータの後頭部へ。

「停めろ」

 脅しつつ〝キャス〟を操作盤へ繋ぐ。一拍の間をおいて、状況を呑み込んだ運転手が減速した。バンの車体を路肩へ寄せる。

〈えー……っと、オーライ。偵察機を掌握したわ。こいつモスキートね。いいの使ってるじゃない〉

 ジャックはオペレータの襟首を掴み、外へ突き飛ばした――ところで、

「――!」

 隙と見たか、運転手が叫びかけた。ケルベロスに咆哮、シート越しに肩への一撃。運転手は上体をハンドルに打ち付ける。その間に端末のナヴィゲータが回線に声を乗せ――ようとして阻まれた。

〈ざーんねんでした。先に回線ジャムっといて正解だったわね〉

 運転手の表情が見る間に萎える。

 ジャックは運転手の端末を取り上げ、叩き壊す。さらに車外へ引きずり出し、両手をプラスティック・ワイアで縛り上げた。戦意の失せたオペレータも同様、2人して路肩へへたり込ませる。

〈偵察機のデータは?〉

〈ちょっと待って、細工するわ〉

 〝キャス〟は偵察機からの受信データに手を加えた。トレーラが北上するさまを捉えた、その状況をループさせる。

〈はい完了。これでしばらく時間が稼げるわね〉

〈まあ、しばらくはな〉

 ジャックは応じた。時間は稼げた。が、バレた暁には、自分たちが本命だったと証明することにもなる。浮かれていられる状況でもない。

〈自動応答プログラムも放り込んどけ〉ジャックはバンの制御を自動に切り替える。〈終わったらトレーラと合流するぞ。時間が惜しい〉

〈手抜かりなしよ〉

 バンに指示を出して、北へと走り出させる。それを見送ると、ジャックは〝ヒューイ〟にまたがってスロットルを開けた。バンを追い越し、さらにその先を行くアルビオンへ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る