2―5.片鱗

『エミリィがヤバいって?』回線越しに声だけ覗かせて、〝トリプルA〟はロジャーに応じた。『そういう冗談は寝てから言ってくれ。僕は彼女のナイトでもヒモでもないっての』

 バー〝不夜城〟の奥まった一室。厳重に情報隔離されたその空間、通じるのは〝トリプルA〟への直通回線ただ一本。

「その割にはあっさり会ってくれたじゃねェの。連絡つかねェんだろ?」ロジャーの声に軽い挑発。「用心棒が消息不明じゃ困るんじゃねェのかい?」

『お気遣いどうも』〝トリプルA〟の声は素っ気ない。『でも彼女は僕の用心棒ってわけでもない』

「でも護衛の役には立ってる、違うか?」衝き込むロジャーの声が低まる。「――それにあんたの居場所を知ってる」

『直通回線だけだよ、知らせてあるのはね』無難に返す〝トリプルA〟に、しかし苦笑の気配が兆す。『だからって面白いわけでもないのは確かだな』

「だろ?」

『で、君の得は一体何だい?』試すような声で〝トリプルA〟。

「信頼関係、っつったら信じるかい?」

『まさか』一蹴。

「んじゃ、こういうことだ」ロジャーがおどけた声を出した。「お祭り騒ぎ」

『そりゃお祭りは僕も好きだけどさ』返す〝トリプルA〟に怪訝の色。『火事場泥棒でもやろうってのかい?』

「そうだな――その言葉を借りるとすりゃ、」ロジャーが楽しげに答えを返す。「どんな火事か知りたいのさ」

『君の天秤に何が乗ってるか知りたいな』

「悪人が握ってるお宝とか」指を折りつつロジャーが答える。「お姫様の感謝のキスとか」

『エミリィが〝お姫様〟ね』返す声にはっきりと苦笑い。『確かにセンスは悪くないけど――ま、彼女に恩を売りたいってことにしとこうか。で、何がどうなってて、僕に何をさせたいって?』

「まずは事実からだ」ロジャーが声を改めた。「今日の〝グレネーダ〟、こいつは知ってるな?」

『もちろん。それで?』

「こいつの持ってた商品てのが――こいつはあんたもまだ掴んでないはずだな?」

『所見だけなら知ってるよ』こともなげに〝トリプルA〟。『型式からすると軍の制式品てとこだね』

「……ご明察」少しばかり残念そうにロジャーが言を継ぐ。「多分、装備品の横流しが絡んでる」

『話が見えないな』

「まあ待ちな」ロジャーが片の掌をかざしてみせる。「で、こいつを獲った直後にジャックのヤサが襲われた」

『そのネタはとっくに割れてるよ』〝トリプルA〟の声が退屈の色を帯び始める。『あのテロ警報だろ?』

「まあ、勘ぐるにつけ横流しが絡んでそうだわな」ロジャーが舌なめずり一つ、「で、ここが本題だ」

『もったいつけるのが好きだね』〝トリプルA〟に呆れ声。

「エミリィのヤツ、その現場にジャックといやがった」

『――彼女が?』

 食い付いた――その手応え。

「あれだけ表舞台に出たがらなかったあいつが、だ」ロジャーが駄目を押す。「こいつァ横流し先――多分マフィアか何か、その辺りが絡んでる。結構なヤマになりそうだとは思わねェか?」

『で、』一転、興味を溢れさせて〝トリプルA〟。『僕に何をさせたいって?』

「有り体に言おうか」ロジャーの声が改まる。「エミリィの肚が知りてェ」

『なるほど、利害の一致ってわけか。でもどうやって探る?』

「具体的に言やァ〝ウィル〟の動きが知りてェ。生みの親としちゃ朝飯前だよな?」

『暗号キィは彼女にもう渡してあるんだ』〝トリプルA〟の声に不満が覗く。『楽な仕事だとは思って欲しくないね。で、君はどうする?』

「ジャックの足取りを追っかけるさ」ロジャーから即答。「逃げるか逆襲に出るか、何にしても手がかりくらいあるはずだ」

『エミリィは?』当然の問い。

「ことが収まりゃ肚を決めるだろうさ」ロジャーが肩をすくめる。「うまくすりゃ元の居場所に戻ってくる」

『下手すりゃ僕はタダ働きってわけかい?』不満を隠さず〝トリプルA〟。『そいつは面白くないな』

「上手くすりゃマフィアが相手になるんだぜ?」両の手を揉みながらロジャーがけしかける。「望み通りのお祭り騒ぎじゃねェの」

『バクチってわけか』そう語る〝トリプルA〟には興味の色。『ま、いいだろう。で、君はどこから当たる?』

「まずは――そう、アブドゥッラーのとこだな」ロジャーが思い当たったように語る。「あいつ、〝足〟と装備を取りに行くはずだ」




「どしたい、現役復帰か?」

 〝ハミルトン・シティ〟は東の外れ、ジャンク・ヤードの事務所を覗いてロジャーが問うた。視線の先、壁際のテーブルの上で、アブドゥッラーが分解した散弾銃バッカスSG92の銃身を磨いている。

「まさか」事務所の主は眼も上げず、「備品の手入れだ」

「どこが」カウンタへ歩み寄りながら、ロジャーが肩をすくめた。「今にも強盗をお迎えしそうに見えるぜ――ジャックが来たな?」

「そう見えるか?」アブドゥッラーは磨いた銃身を覗き込む。

「来てないはずァないさ」ロジャーはカウンタに肘をつく。「あいつのトレーラがないからな」

「探しとるのか」アブドゥッラーがロジャーへ向けて茶色の眼。

「あの野郎、相当なヤマに首突っ込んだみたいでね」

「またずいぶんと熱心だな」

 笑むアブドゥッラーの眼に興味。肚を見透かされたような居心地悪さを覚えつつ、ロジャーは相手を見返した。

「同じカマの飯食った仲だからな」

「たかだか1、2週間の話だろうが――お前ら拾って、仕事の世話してやるまで」

「なんでェ、そんなに冷たく見えるか?」ロジャーは口を尖らせる。

「男なんざ何とも思っちゃおらんだろ。どうせ女が絡んどるな」

「傷付くなァ、」図星を指された――が、ロジャーはシラを切る。「俺にも人情ってやつァあるんだぜ?」

「股間にだろ」鼻息一つ、アブドゥッラーはロジャーの言葉を斬って捨てた。「どんな女だ?」

 ロジャーは苦い顔で、「爆弾みたいな女――さあ話せ、ジャックのヤツを見たろ」

「見たにゃ見たがな、ロクに口もきかずに飛び出してったさ」アブドゥッラーは散弾銃に眼を戻した。「第一あれがそんなマメなタマか」

 ロジャーは溜め息一つ、天井を仰いだ。「違ェねェ……で、何やるって言ってた?」

「何も」

「何かあるだろ――」そこでロジャーは思い直した。「いや、何か言ってたことは?」

 アブドゥッラーは銃身をテーブルに置いた。

「俺に迷惑がかかるかもとは言っとったな。もっとも、」片眉を持ち上げ、「まさかお前に根掘り葉掘りやられるとは思わなんだが」

「そりゃこっちの科白だ。邪魔したな」片手をひらつかせ、ロジャーは踵を返した。

「忙しいようだな」

「まあね――あァそうだ」ロジャーは肩越しに、「この際だ、気分転換に旅行なんてしてみちゃどうだ?」

「気が向いたらな」

 眉を一つしかめて、ロジャーは今度こそ事務所を後にした。


〈で、気が済んだ?〉

〈まさか〉

〈あーあ、やっぱり〉

 フロート・ヴィークル・ストライダの鼻面を環状線へ向けた〝ネイ〟に嘆息。窓外、まばらながら動き出した街の光景にロジャーは眼を流した。

〈ジャックのヤツはアブドゥッラーんとこに現れた。こいつァ確かだ〉

 視線の先を、無人タクシーが居眠りの小男を乗せて緩やかに横切った。

〈で、トレーラを持ち出した――と〉〝ネイ〟がロジャーの科白を引き継ぐ。〈中にはヤバい積み荷が満載――使うつもりでいると思う?〉

〈使うつもり――だろうなあ、あの顔は〉最後に見かけたジャックの顔、思い詰めたその表情を頭に浮かべてロジャーが呟く。〈あれで引っ込むタマじゃねェ。戦争だっておっ始めるぞ、あの顔ァ〉

〈でも、〉〝ネイ〟は声をやや低めた。〈相手はどこの誰かしら?〉

〈そいつを〝トリプルA〟に追っかけてもらいてェとこなんだがね〉ロジャーが唇の端を舌で湿す。〈……さて、アブドゥッラーんとこに足跡がある〝だろう〟ってのは俺も考えた。他のヤツも考える――てことは何だ、アブドゥッラーは囮か?〉

〈あなたじゃあるまいし〉

〈うるせェよ。まあ、だから何も教えなかった、てのは解るがな〉ロジャーは口を尖らせた。〈にしてもだ、喧嘩の相手がそう思わない義理はねェ、違うか?〉

〈同感ね〉

〈〝ネイ〟、お前罠張っとけ。あの狸親父、解ってて仕度してやがるぞ〉

〈何よ、結局アブドゥッラーをエサにするってわけ〉

〈状況ってヤツを利用するだけさ。俺が仕掛けたわけじゃねェ〉

〈言いようよね〉

 言いつつ〝ネイ〟がアクセスを開始する。




〈〝ブレイド〟中隊?〉聞くなり〝キャス〟が検索、あっという間もなく公式データを当たってくる。〈ろくすっぽデータがないわね。特殊部隊か何か?〉

 〝ハミルトン・シティ〟を東へ抜けると、第2大陸〝リュウ〟赤道直下を貫く通称〝大陸横断道〟が横たわる。暁闇の景色を背に〝キャサリン〟が去った後、ジャックはアルビオンの運転席から〝キャス〟にこれまでの〝隠しごと〟、その一端を告げていた。

〈懲罰部隊って言った方が早いかもな〉語るジャックの声が苦い。〈早い話が捨て駒だ〉

〈懲罰部隊、ねェ……確かにあんた見てると、お高く止まったエリートの集団ってわけじゃなさそうね〉これまでの腹いせが多分に乗った〝キャス〟の舌先は古傷に刺さる。〈腕は立つくせに持て余された連中の掃き溜めってとこ?〉

〈……そんなとこだ〉苦く答えてジャックが頷く。

 公式データ上の〝ブレイド〟中隊は演習中の落盤事故で半数近い犠牲を出し、そのまま解散となっている――これが2年前。

〈で、その愚連隊みたいな連中が何の因果でベン・サラディンと絡むわけ?〉

 ベン・サラディンの名は、独立派ゲリラ〝自由と独立〟の首魁として記録には刻まれている。その活動と消息は途絶えて久しい――これもまた2年前。

〈ヤツを制圧に行ったのさ〉重く答えてジャックの声。〈サラディンを、〝ブレイド〟中隊が。極秘でな〉

〈見えないなァ〉〝キャス〟の声があからさまに苛立つ。〈で、それがさっきの襲撃とどう関わってくるってわけ?〉

〈〝ヤツら〟の正体は俺にもまだ見えてない〉ジャックの眼に淀んで光。〈だがこいつだけは確かだ――〝ブレイド〟中隊の半数は殺されたんだ――〝ヤツら〟にな〉

〈そもそもその〝ヤツら〟って誰よ?〉

〈〝ブレイド〟中隊の生き残りが絡んでることだけは確かだ〉ジャックの声が地獄の怨念を思わせて低い。〈あとはアルバート・テイラー――あいつだな〉

〈テイラーの立ち位置は? あいつ陸軍だけど情報本部の出身でしょ?〉

 どこから洗い出してきたのか、元軍人であるテイラーの所属を〝キャス〟は口に上らせた。

〈いたのさ〉一転、ジャックの声が帯びて凄惨の色。〈ヤツが、あの場にな〉

〈――どうして?〉気圧されたかのような間に次いで〝キャス〟から怪訝。〈愚連隊のお目付け役? にしちゃ大仰じゃない。仮にも中央のエリートよ?〉

〈そこは見えなかった――これまではな〉ジャックがシートに背を預けて指を組む。〈だがエミリィのリスト――あれが正しけりゃ、テイラーは物資の横流しに関わってたことになる〉

〈横流し?〉〝キャス〟の声はうさん臭げな響きを隠しもしない。〈お高く止まったエリートが? 何をどうトチ狂ったらそういうケチな結論が出てくんの?〉

〈そこは本人に訊くしかないな〉ジャックの眼が剃刀さながらに帯びて光。〈手伝ってもらうぞ、〝キャス〟〉




〈ロジャー、〉〝ネイ〟が告げた。〈〝トリプルA〟からコールよ〉

 ストライダを環状線に乗せたロジャーの眼にビル越し、白み始めた空の色。

「ヘイ、俺だ。何か判ったか?」

『〝ウィル〟さ』抑揚の乏しい声で〝トリプルA〟。『怪しい連中の消息を辿ってる』

「それだけってこたァないだろ」眉をひそめてロジャーが返す。「共通項とか特徴とかは?」

『その前に彼女の居所が問題だね』〝トリプルA〟の声に検。『場所を探り当てたよ。君の隠れ家じゃないか』

「あれ、言わなかったっけか?」とぼけた声をロジャーが作る。「悪ィ悪ィ。けど、どの道このヤマが解決しなきゃ、エミリィのヤツァ戻らねェ――違うか?」

『まあ、確かにそりゃそうだけどね』〝トリプルA〟の声は収まり切った風でもない。『ペナルティは呑んでもらうよ』

「――お手柔らかに頼みたいね」

『ポイントは2つ』〝トリプルA〟は指折り数えるように、『まず1つ目、2人の狙いを探り出して僕に教えること』

「そりゃ願ったりだ。で、2つ目は?」

『2つ目、エミリィに食い付いていること』

「ま、無理もないわな」ロジャーは小さく頷いた。「どっちにしろやることが変わるわけじゃねェ、引き受けた。で、エミリィのヤツァ〝ウィル〟に何を探らせてるって?」

『言ったろ、怪しい連中。詳しいことはクリスタルにでも記録して届けさせるけど、左遷された軍人とか連邦警察のあぶれ者とか、何にしても怪しい真似ができる連中ばっか』心なしか〝トリプルA〟の声は浮いている。『こりゃあ、いよいよキナ臭くなってきたよ。本当にマフィアとかゲリラとかが出てきそうだ』

 ロジャーが記憶を遡る。ジャックのアパートメント近く、覗き見た集団の統率――練度としてはそこそこのレヴェルであったようには見受けられる。

「マフィア、ね――ま、お祭りとしちゃ手応えありそうじゃねェの」

 ロジャーが口の端を舌で湿した。

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