0―2.接点

〈!〉

 襲い来る弾道は荷台の内側から。ジャックはすかさず急ブレーキ。それをほんのわずか遅れて、弾丸の連なりが追いかける。

 回り込んでトラックの後ろへ。重機関銃MMG78ジャックポットを乱射しつつ振り回す犯人が眼に入った。

〈〝キャス〟!〉

 言いつつジャックはさらに左へ。フロート・バイクがトラックの側面へ逃げるが早いか、〝キャス〟がトラックの自走システムに侵入した。犯人のネット・クラッシャをものともせず、トラックの自走システムにクラッシャ・プログラムを送り込む。

 トラックの自走機構が死んだ。安全装置にコントロールが渡る。つまづいたようにトラックが減速した。運転席が迫る。

 手慣れた操作で速度を合わせて、ジャックはフロート・バイクを運転席に着けた。〝キャス〟がネット上からドア・ロックを外す。ノブを引いて、ジャックはドアを開け放った。怯える人質が眼に入る。

「こっちだ!」

 人質の女へ手を伸ばす。女が手を伸ばしかけた、そのすぐ前に割って入る犯人の腕。女の腕を振り払い、ハンドルを掴んで左へ切る。

 トラックが車体を左へ寄せた。ジャックと〝ヒューイ〟を弾きにかかる。

 ジャックはすかさずスロットル全開、間一髪でトラックの前方へ逃れ出る。その背後、開け放たれたトラックのドアはアンティーク・ショップのウィンドウと心中した。

 今度は助手席側へ回り込んでドアを開ける。ただし左手にはケルベロス、今度は手動でコントロールを取り戻した犯人を狙う。

「伏せろ!」

 だが人質は聞かなかった。必死の形相でジャックへ手を伸ばす。その上体がジャックの射線を遮った。

「この馬鹿野郎!」

 仕方なく〝ヒューイ〟を両脚でホールド、人質に手を貸す。女が身を乗り出す、その肩越しにほくそ笑む犯人の顔が見えた。その手に拳銃のシルエット――軍用制式のP45コマンドー。

 間に合わない。しがみつく人質を引きずり出そうと力を込める。犯人がそこへ銃口を向けた。


「OK、追い付いた! さすがいい腕してるぜ」

 口説き落とした婦警の操るエア・スピーダ・ハイウェイ・パトロール。その助手席から身を乗り出し、ロジャーが構えて狙撃銃――その精度と値段では泣く子も黙るブルズアイSR332ボブキャット。

「じゃ、今夜のコースに〝バー・マドモアゼル〟追加してよね。一回でいいから行ってみたかったの」

「もォマティーニだろうがマンハッタンだろうが何だって。〝ネイ〟、目標は?」

 ナヴィゲータ〝ネイ〟からの答えは間髪入れず返ってきた。

〈申し分なしね、ヴィジフォンのカメラ止めてないし。位置データ、ライフルのスコープに回すわよ〉

「よォし。進路そのまま、もうちょいもうちょい……」


 背後からシートもろとも、ライフル弾が犯人の胸板を貫いた。勢いでコンソールに叩きつけられた犯人は、顔面いっぱいに驚愕の一語を貼り付けてそのまま動かなくなった。

『よォ色男、いくら俺がいるからって抜け駆けはなしにしようぜ!』回線を通じてロジャーの陽気な声が飛ぶ。『いくら役得が目当てだからってあんた、独り占めはいけねェよ』

 ジャックは、ロジャーの科白を無視して叫び返した。

「馬鹿言ってないで手伝え!」

『は?』

 勢いを失ったトラックが路肩側へ流れていた。犯人の死体が、その体重でハンドルをわずかに曲げている。ショウ・ウィンドウの壁まで、すでに3メートルを割っていた。

「急げ、人質を!」

 そこまで言って気が付いた。人質の右手がジャックの視界から外れている。女は右手を背後に回し……

 拳銃を取り出した。

 ショウ・ウィンドウまであと2メートル。

 護身用のP552ハニービィだが至近距離となれば話は違う――それが頭を狙うとなればなおのこと。対するジャックのケルベロスは女の左腕が封じている。引き鉄の上、女が指に力を込めた。

 銃声――。

 ジャックの掌底がわずかに早かった。女の手を打ちすえて狙いを外す。

 残り1メートル。

『バカ動くな、狙いが逸れる!』

「無理言うな!」

 女が怯んだ隙に、今度は顔へもう一撃。整った鼻梁をへし折って、抱え込まれた腕を引き抜く。そのまま車体を蹴飛ばして、ジャックはトラックから〝ヒューイ〟を引き離す。

 女が憎悪の視線もろとも銃口をジャックに向けた。刹那、その光景はカジュアル・ショップのウィンドウの中へ消えた。飛び散るガラスの破片と共に。

 ショップへ突っ込んだトラックに、動きはなかった。

 ジャックは反転、再度〝ヒューイ〟の鼻先をトラックへ向けた。銃を構え、間を取ったまま〝ヒューイ〟を停める。

「OKロジャー、目標は黙った。手伝え――これから確認する」

『了解了解。どうだった、派手なチェイスやった感想は?』

「……最悪の気分だ。大した〝役得〟だぜ」

『色男は苦労することになってんのさ』

「ぬかせ。先に行くぞ」

 ジャックの背後にエア・スピーダが停まる。

 周辺の警戒をロジャーに任せて、ジャックはトラックとの間を詰めた。照星を据えた先、開け放たれた運転席に動きはなかった。

 二人に息がないのを確かめて、中へ。警察に召し上げられる前にと、次の獲物のネタを探しにかかる。収穫は男の懐、親指大の透き通った六角柱。クリスタル・グラスさながらの外観からか、通称してデータ・クリスタル。外観とは裏腹に、あらゆる外的刺激を屈折・透過させて保護した内部の量子配列、それで情報を高密度に記録する、そのクリスタルを読み取り機に挿し込む。六角柱に向けて読み取り機は2本の量子線を照射した。交差する一点の価電子状態を単位として量子配列を読み取り、そこからデータを復号してナヴィゲータへ送り出す。

「あと2分ないな」背後に迫ったサイレンの音から目星を付ける。「〝キャス〟、どこまでやれる?」

〈終了。そんなにかさばるデータじゃないわ〉

 〝キャス〟が網膜投影機へ、クリスタルの内容をかいつまんで流し始めた。

 ジャックの背後、ロジャーがトラックへ歩を運び始める。さらにその後ろから、パトライトの光が波を打って近付いてきていた。

 元の場所へとクリスタルを戻す。そのジャックが一瞬だが動きを止めた。視界に流れていく要約データの中、いくつかの人名を意識に留める。

 忘れようのない名。憎悪と戦慄が形をとって口から洩れた。

「畜生、何てこった……!」


「あーあもったいねェ、」瓦礫の山と化したカジュアル・ショップのウィンドウの中、ジャックの肩越しにトラックの運転席を覗き込んだロジャーが呟いた。「結構いい女だったのに」

「鉛弾プレゼントされても同じ科白言ってみな」

 醒めた一言だけ返して、ジャックはパトカーの群れを見やる。傍ら、ロジャーを乗せてきた婦警は口止め料をはずまれたか、何を口出す風もない。

「その前に相手の口を塞ぐさ」ロジャーは応えながらさらに半身を乗り出す。「あきらめがいいと損するぜ」

「引き際を知らないのとは別さ」

 身を引いたジャックが言う端から、パトカーが周囲を固めていく。


 車道越しのウィンドウに、野次馬の姿が集まり始めていた。その後ろ、現場に一瞥だけを投げてそのまま歩み去ったビジネス・スタイルの男が一人。

 その男が高速言語を口の端に走らせた。

〈〝ナイト・バード〟へ――こちら〝レッド2〟、予定外の目標を捕捉。指示を請う〉


「参ったな」カレル・ハドソン少佐はさして困った風でもなく呟いた。「こいつが絡んできたか」

 距離にしてジャック達から数百メートル、市内を流しているレンタル・コミュータ。その後部座席、少佐が指差した先で、携帯用半立体ディスプレイが大破したトラックとその周辺を映している。その一角で佇む人影を、ポインタが捉えていた。『予定外目標――自称〝ジャック・マーフィ、賞金稼ぎ〟』

「ヤツが賞金で食っている以上は、まあ仕方ありませんな」

 少佐の隣でオオシマ中尉が言葉を口に上らせる。まるで他人事のような気楽さだった。

「確かにそうだ、中尉」少佐は肩をすくめた。「予想はしていた――ヤツは生きていたんだからな」

「で、どうします? まさか野放しというわけにもいかんでしょう」中尉の眼が冷たい光を帯びた。「消しますか?」

「いや、使えるかも知れん。試してみてからでもいいだろう」

「ほう?」

 値踏みするように中尉が眼を細める。いまさら情けをかけるのか――その眼がそう訊いていた。

「こちらも人手不足だ。飛び込んできたからにはせいぜい利用するとするさ」

「では、そのように」

 中尉は、転じて事務的にそう答えた。

 ハドソン少佐はシートの背に上体を預けた。苦く呟く。「――やはりな、生きていたか」

 そして窓外に眼をやれば、光と闇の折り重なったいびつな夜景が流れていく。

 あれも、そんな闇の中の出来事だった――ハドソン少佐の脳裏をよぎる翳がある。

「サラディンの事件ですか?」オオシマ中尉が、その翳を読んだかのように問いを投げた。

「……ああ」疲れたように、ハドソン少佐が眉間へ指をやる。「苦い話だ」

「余計な情けは足を引きますよ」

「解っている」一転、ハドソン少佐の声が鋭さを取り戻す。「これまでの犠牲を、無駄にはさせん」

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