第40話 三年B組 ハジメ先生

 

「魔絶娘(まぜっこ)マゼチャンの良さはね、タケル君を好きなハナちゃんとカレンちゃんが合体して一つの身体で葛藤するところだと思うの」


「オー、サスガ、リリン、ワカッテルネ。ミーツゥ、ミーツゥヨ」


 ボブと猫耳はえらく意気投合している。


「タケル君は二人のうちの一人じゃなくて合体したマゼちゃんを好きになるところが憎いわよね。いっぺんに二人も彼女ができたみたいで、お得感満載っていうタケル君の名ゼリフは心に響いたわ」


「オー、アニメ界ニ残ル、名シーンデスネ」


 いや、タケル君、ただのゲスじゃないか。

 どんなアニメだ。少し興味が湧く。


「あー、今からこの世界の説明するけど聞く?」


 一応、黒板の前まで行く。

 アリスみたいにチョークはない。

 1ポイントで交換できるが、勿体無いので口頭での説明になる。


「もういいんじゃない、ほっとけば」


 アイが両手をのばして、顔を机にくっつけている。

 疲れているのだろうか。機嫌も悪いし、あまり逆らわないほうがよさそうだ。


 聞いてるか聞いてないかわからないが、とりあえず最低限の説明はしておく。


 何日かごとにミッションがあり、命の危険があること。ミッションに参加してポイントを貯めないと食事もとれないということ。

 初期装備の選択や、ポイントでロッカーを部屋にできるということ。


「ミーノロッカー、コワレテマスガ、ダイジョウブ?」


 ボブが手を挙げて質問してきた。

 意外と礼儀正しい。

 出てくるときに扉を破壊したから、ボブのロッカーは中が丸見えだ。


「どうなんだろう、机の中に携帯があるはずだから見てもらえるかな」


「イエッサー」


 ボブが携帯を取り出す。手が大きいため、携帯がスモールサイズに見えてしまう。


「アラート、デテイマス」


 アラート、警報か。

 ボブの席まで行って携帯を見る。

 携帯の上下に赤い帯があり、アラートという文字が並んでいる。さらに真ん中に文字がある。


「ロッカーが壊れているため、初期装備を送れません。ロッカーを直してください」


 これはヤバいやつだ。

 携帯を触るが反応はない。指紋認証だろうか。


「ボブ、ちょっと触ってみて、アプリのポイント交換のところ」


「イエッサ」


 ボブが触るとポイント交換の項目がでてくる。


「ロッカーの修理 10P」


 当然、ボブにポイントはない。

 初戦、ボブは武器なしでミッション参加しなくてはいけないのか。


「まずいな、武器なしで戦わなくてはいけない。あとはスキルが使えるやつだったら良いけれど」


「オー、スキル。アニメデ、ヨクミマス」


「スキルがあるのかっ」


 突然、猫耳が立ち上がる。

 説明を始めてから不気味なほど静かに話を聞いていた。デスゲームの世界に来たということを知らせてもあまり反応がなかったのに、スキルの話は異常に興味を示す。


「あれかっ、アニメとかでよくあるチートスキルか。魔剣作り放題とか、すべての攻撃を無効化するとか、そんなスキルかっ」


 そんなスキルは多分ない。


「携帯のステータスのところを見たら分かるよ。個人スキルは人によって違うから、どんなスキルか確認しておくといいよ」


 ボブと猫耳が携帯を見る。


「ファイヤーボール。ワッチのは魔法スキルか」


 魔法少女だからだろうか。

 やはり、個人スキルはその人物の特徴が顕著に現れるようだ。


「これ、どうやって使うんだ? 唱えたらいいのか?」


「使い方は特に説明できない。こう、自然に使う感じかな」


 隠密のスキルも意識して使っていない。

 目立たないように動こうとしたら勝手に気配が消えている。


「ふーん、ファイヤーボール」


 右手を前に広げて出し、呟く猫耳。

 野球ボールくらいの大きさの火の玉が、突然手の前に現れた。

 空中で停止してぐるぐる回っている。

 そして、その先にはアイがいた。


「うわっ、でた、どうしよう、これ」


「アイっ、逃げろっ」


 叫んだと同時だった。

 かなりのスピードでアイに向かって火の玉が飛んでいく。


「「「うわああああああああ」」」


 俺とアイと猫耳の三人が同時に叫ぶ。

 ファイヤーボールはアイの机に当たって爆発する。

 アイはなんとか横っ飛びで机から離脱する。

 危ない。もう少しで直撃だった。


「机っ、携帯はっ」


 アイが悲鳴に近い声を上げる。

 そうだ。机が壊れたら食事が送られてこないし、携帯が壊れたらポイント交換も修復もできない。

 つまりゲームオーバーだ。

 アイと二人で机を見る。


「......なんともない」


 心底、ほっとしたようにアイが言う。

 机の上に運ばれる食事は本人以外はさわれない。

 たぶん机には、見えないバリアみたいなものが発動されるているのだろう。


「いっやあ、ごめん、ごめん。まさか出るとは思わなかった。でも怪我なくて良かった、良かっ......」


「黙れ、くそ猫」


 お気楽に笑う猫耳に、完全にブチ切れたアイ。


「もう殺していいよね」


 笑顔でこっちに尋ねてくる。

 ぶんぶんと首を振る。


「謝ってるじゃないか、そんな怒るなよ。ま、喧嘩してもワッチは負けないけどな、見ただろ、あのファイヤーボールを。いや、究極アルティメッツボールと名付けよう」


「オー、魔絶娘マゼチャンノ必殺技ネ」


 お前ら挑発するな。マジでやばいぞ。


『仲の悪い者同士で殺し合いもあった』


 カムイの言葉を思い出す。


 ゆっくりと猫耳のほうに向かうアイ。目が座っている。


「ゴゴゴゴゴゴ」


 猫耳が変なポーズをして自分で効果音を呟いている。

 ダメだこいつ、早くなんとかしないと。


 気配を消す。

 いまにも取っ組み合いそうな二人の間に立つ。

 カムイとは違う。全員を救うことは不可能だ。

 ただ少なくとも仲間同士の殺し合いは見たくない。

 絶望しかないデスゲームでも、せめて最後の時まで笑っていたい。

 ナナが最後に見せた笑顔を思い出し、そう思った。

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