第39話 猫耳魔法少女と筋肉マッチョ

 

 ロッカー部屋に戻ったアイが帰ってくる。

 笑顔で話してくるが顔色が悪い。

 疲れているのだろうか。


 ガンガン、とロッカーのほうから扉を叩く音が聞こえてきた。

 転校生だ。


「出せ、出さんか、こらっ」


 女性の声。リリンと書かれたプレートが元アリスの席にでている。十中八九彼女だろう。

 リリン、本名だろうか。アニメのような名前だ。


「だっ、うおう!」


 扉が開いて勢い余って転がり出て来る。

 前転の途中で止まって、お尻が上になる。

 ひらひらしたスカートがめくれ上がり、パンツが丸出しになる。


「くまさんパンツ?」


 くまのイラストのパンツが見える、ただし可愛い熊ではない、リアルな獰猛な熊のパンツ。

 なにそれ、怖い。誰得なの?


「うおっ、覗くな、男子っ」


 慌てて起き上がりスカートを直す。

 ぴょこん、と頭になにか付いている。

 猫耳。獣人ケモ耳少女なのか、と一瞬思う。

 だが、違う。ちゃんと耳のある所に本当の耳がある。

 ネズミの国で売っている付け耳の猫バージョンのようだ。頭にバンドで付いている。


「ここは、何処だ」


 猫耳少女は教室を見渡す。

 なんだ。なんと言っていいのか。

 芝居がかっている。

 天井を見ながら、手を腰に当てている。

 なぜか、膝を曲げて立っている。

 ポージングなんだろうか。


「ジョジョ立ちだ」


 アイがぼそりと呟く。

 ジョジョ立ち? なんだろう、記憶にはないし、蘇らない。


 なんだか痛々しいのが現れた。

 猫耳がついたツインテールの髪は紫色に染まっている。

 目はオッドアイ。たぶんカラーコンタクトだろう。

 右目が緑で左目が青だ。

 顔はまあ可愛いのか?

 なんだろう、アニメ顔?

 年もわかりにくい。15から20の間くらいか。

 服装は魔法少女のコスプレだろうか。

 なんだかひらひらしたピンク色の服で、背中に小ちゃい羽根が付いている。


「ワッチは、なぜ教室にいるんだ?」


 変なポーズのまま呟いて、腰に付いている紐を引っ張る。

 背中の羽根がパタパタと動く。

 もう何処から突っ込んでいいのか分からない。


「いろいろ混ざってる。ごちゃごちゃで訳わかんない」


「なんだと、貴様っ」


 アイの声が聞こえたのか。

 ビシッとアイを指さして吠える。


「これは魔法少女マゼカマゼカのハナちゃんとカレンちゃんの合体ドッキリフュージョンで生まれた魔絶娘(まぜっこ)マゼちゃんのコスプレだぞ!」


 混ざっている。もうなんだか分からないくらい混ざっている。


「だいたいなんだ、貴様たちは。ワタ、んっ、ワッチをこんな所に連れて来たのは何故なんだ」


 いまワタシって言おうとした。自分のことをワッチと言うのは、どうやらキャラ作りのようだ。


「あれか、変態カップルかっ。二人の教室でのエッチを見せるために連れて来たのかっ。おぞまじい。ワッチの魔法で消し炭にしてやる」


 アイと顔を見合わす。


「説明する気失せるわー。ほっといていいかな?」


「まあ、次の転校生来てからまとめて説明しよう」


「なんだ、なんの説明をする気だ。くぅ、仕方ない。少しくらいなら見てやってもいいぞ」


 アイがスカートの中からナイフを取り出す。


「今、機嫌悪いから刺してもいいかなぁ」


「黙ってそこに座って待っていたほうがいいと思う」


 元アリスの席を指差すと、猫耳は口を手で押さえて慌てて席に座る。

 アイに迫力がある。

 どうやら本当に機嫌が悪いようだ。

 どうしたのだろう。転校生がハズレで落胆したのか。


「ホワッツっ」


 突然野太い声がロッカーから聞こえた。

 猫耳がびくん、と身体を震わせる。


「なんだ、これはドッキリなのかっ」


 猫耳は、椅子に座ったまま背後を向いた。

 すぐ近くのロッカーがガタガタ揺れている。


「ファッキュ、ダミッ、サノバビッチっ」


 汚い英語のスラングが聞こえる。

 ロッカーが開かないようだ、つっかえているのか?


「うるっさい、黙れ」


 猫耳が立ち上がりロッカーを蹴飛ばす。

 その直後。

 ロッカーの扉が吹っ飛んで猫耳に激突した。

 扉の下敷きになりそのまま倒れる猫耳。

 大丈夫か? 死んでないよな。


 のそりと、ロッカーからゆっくり男が出て来た。

 デカイ。二メートルはある。カムイよりもさらにデカイ。

 ロッカーに収まりきらず、無理矢理詰め込まれたようだ。

 両手でロッカーのフチを持ち、押し出てくる。

 黒い。真っ黒でスキンヘッド。

 白いタンクトップを着ている上半身の筋肉が凄い。

 踊りながらダイエットをするキャンプ映像の教官を思い出す。

 この男、レベル1でもこの中で一番強そうだ。

 ロッカーから出てきて仁王のようにそびえ立つ。


「ダイ、ヤボー」


 なんか物騒ぽい単語を口にしていらっしゃる。


「アイさん、英語わかります?」


「さん、いらないって言ったよね」


 睨まれる。ヤバい。アイもご機嫌斜めだ。


「あと、うちが英語話せると思う? くだらない質問も禁止ね」


 どうしよう。これ、収集つかないぞ。


「イッテェ、くそっ、なんなんだよ」


 猫耳がロッカーの扉から生還する。

 だがその前には巨大なスキンヘッドの黒人、ボブが立っていた。


「う、わぁ」


 猫耳はそのままフリーズした。

 その猫耳の両肩を掴むボブ。


「ヤバいね。犯されるか、殺されるか、どっちにしろ、あの猫おわた」


 どうでも良さそうに言うアイ。

 本格的に機嫌が悪い。

 生理だろうか。聞いたらさらに不機嫌になりそうだから聞かない。


 ボブが猫耳の肩を掴んだまま持ち上げる。

 高い高い状態。猫耳の顔面が引きつっている。

 仕方ない。助けに行くか。

 席を立とうとする。だが、その時。


「アナタ、魔法少女マゼチャン?」


 ボブが日本語を喋る。

 持ち上げられた猫耳がコクコクとうなづく。


「オー、マゼチャン! ファンタスティック!」


 ボブが猫耳を持ち上げたままクルクル回る。


「ミー、日本ノアニメ、ダイスキ、魔法少女ベリーベリーダイスキ!」


「わ、わかった、わかったから降ろせ」


 はしゃぐ大男と回る魔法少女。


「はぁ、うち、もう部屋に戻って寝てていいかなぁ」


 そして、不機嫌な初めての人。

 明日のミッション大丈夫か、これ。

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