第32話 クリア報酬

 

 そのスピードは桁違いだった。閃光のような動きで一直線にジークに突進するカムイ。

 まるで反応できないジークが吹っ飛ばされる。

 壁まで飛んで、轟音と共に壁が崩れる。


「ヴルゥヴルゥヴルゥヴルゥ」


 カムイの言葉は人のそれではない。

 吹っ飛んだジークを追いかける。

 髑髏(ドクロ)のマスクからヨダレのようなものが落ちている。


「人間ぶぜいがっ」


 壁の瓦礫から起き上がろうとしたジークをカムイが殴る。

 ただただ殴る。

 その殴るスピードが早すぎる。

 残像でカムイの手が何十本もあるように見える。不気味な赤と黒の光がジークに降りそそぐように、襲いかかる。


「ヴヴヴヴルゥ、ヴルゥヴルゥヴルゥ」


 ジークに馬乗りになり、殴り続けるカムイ。

 上機嫌なのか。

 まるで歌っているようにも聞こえる。


「ああなったらもう終わりね」


 クリスがウットリとした表情でカムイを見ている。


「狂気殺戮(バーサクモード)。滅多に使わないけどね。使うと反動が物凄いらしいわ。回復にも鎧の修理にもポイントを使いまくるらしいから、超強敵にしか使わないわ」


 クリスが身体をよじっている。


「素敵だわぁ、やっぱりカムイちゃんが本命ねぇ、こっち来たかいがあったわぁ」


 クリスは自分ではなく、カムイを見に来たのか?

 今となってはどうでもいい。

 それよりも......。

 首のないナナとキョウヤの死体を見る。

 こうなる前にカムイが戦ってくれていたら。


「見当違いのこと考えてない? 仲間が死ぬのは他人のせいじゃないわ。自分が弱いからよ」


 拳を握る。

 そうだ。自分には仲間を守る力もない。


「見てなさい、もうすぐ終わるわ。いい、あれが」


 カムイがジークの首を掴み、持ち上げる。

 すでに原形をとどめてないジーク。

 いろんなものがはみ出ている。


「あれが力よ」


 べきん、という音がしてジークの首が折れ曲がる。

 カムイが手を離すと力無く地面に倒れ込む。


「ば、バカな、人間に、余が、余が」


 見る影もない。

 腕や足は捥げ、一本ずつしかない。

 翼は両方千切られて、ツノは折られた上に、折れた二本の角が腹にささっている。

 虫けらのように地べたに這い蹲る。


「どうやったらあんなに強くなれるんだ。どこまでポイントをためればあんな装備を手に入れられるんだ」


「うちのリーダーはね、出席番号二番なのよ」


 A組のリーダーのことか?

 確か名前はラスだったか。

 唐突にクリスが語り出す。


「カムイちゃんの次に教室に来たのよね。でもその時、カムイちゃんの装備はすでにあの機械だったそうよ」


 どういうことだ?

 初期装備なのか?


「考えられるのは三つ。1、最初からチートクラスの装備で教室に来た。2、二番目に来たリーダーが来る前に一人で何百、何千のミッションをクリアした」


 どちらも可能性が薄く感じる。


「そして三つ目、これはうちのリーダーがこのゲームのクリア報酬を知ることで得た結論」


 ノートでクリアの条件は知ることができた。

 だが、クリア報酬は見ていない。


「クリア報酬は二つから選べるみたい。一つは元の世界に帰れる。そしてもう一つは」


 カムイの装備が元の状態に戻っていた。

 虫の息のジークとカムイが何か話している。


「貴様など、余が本当の姿になればっ」


「無理だな、この狭さではドラゴンになれない。それに悪いが......」


 カムイがジークの頭を踏み力を入れる。


 クリスが語る。


「もう一つは強くてニューゲーム。レベルや装備、ポイントを持ち越して最初の日からやり直せるの」


 ぐしゃっと、果実が潰れるような音がしてジークの頭が粉砕される。


「悪いがドラゴンのお前も何度か倒している」


 完全にジークが動かなくなる。


「たぶん、カムイちゃんは何度も何度もこのデスゲームをクリアしている。あの装備はそうして手に入れた最強装備よ」


 カムイは何度もこのゲームをクリアして最初からやり直している?

 だとしたら、その度に俺はカムイに殺されているのか?

 これは、なんだ? 俺は、俺の存在は、一体なんなんだ?


「まあ、強くなりたかったらゲームをクリアして何回もやり直したらいいわ。クリア条件のほうはまだ不明だけどね」


 それは知っている。


『この世界を作った神様をただの人間にしてこのゲームに送り込む 10000P』


『有効期限 ポイントを使った者が死亡するまで。神様が先に死ねばゲームクリア』


 俺が死ねば俺を送り込んだ者がゲームクリアだ。

 そして、それはもう十中八九、カムイだ。

 逆にカムイが死ねば俺がゲームクリアになるのか?

 考えても仕方ないと思った。

 どう考えても俺が生き残りカムイが死ぬ未来が思い浮かばない。


「お疲れ様、カムイちゃん♡」


 クリスがビームサーベルの銀の柄を拾い、カムイに近づく。

 ばんっ、とクリスの頬をカムイが叩いた。


「イッターい、乙女に向かってなにすんのぉよ」


「こいつを呼んだのはお前だろう。本来ならまだ登場する敵じゃない」


 頬を抑えながらクリスが笑う。

 オカマの笑い方じゃない。

 初めてクリスが男の表情を見せる。


「やっぱり、何回もやり直してるよな」


 クリスの口調が男口調に変わる。


「リーダーからの伝言だ。A組に来い。さもないとさらに滅茶苦茶にしてやる、だ」


 カムイにサーベルの柄を渡してこっちに戻ってくる。

 こいつがジークを呼んだのか? だとしたらナナやキョウヤはこいつのせいで。

 いや、違うな。最大の原因はこのゲームを作った俺にある。


『緊急ミッションが完了しました』


 頭にアナウンスが流れる。

 長かったミッションがようやく終わりを告げた。

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