第26話 サイドF ルカ

 

 アリスと共にミッションに挑むのは何度目だろうか。

 出会った時、アリスはオカマのクリスとコンビを組んでいた。

 右も左もわからないボクを、アリスはパーティーに入れてくれた。

 同時に教室に来た新人の男は、最初のミッションであっさり死んだ。


「二人ともリスってつくのよ。よかったらリスリスコンビって呼んでね〜〜」


 クリスはそう言ったが、一度も呼ぶことはなかった。

 ただ、アリスとクリスのコンビネーションは見事だった。

 戦士のアリスと狩人のクリス。

 二人に助けられながら、ボクも職業は狩人にしようと思うようになった。


 何度かのミッションをこなし、ボクがレベル10に上がる時、アリスとクリスはレベル20になっていた。

 上級職へのジョブチェンジ。

 アリスは騎士に、クリスはスナイパーに転職した。


「ワタシ、A組にあがるわ。アリスはどうするの?」


 クリスは転職と同時に、B組からA組への編入を決めていた。

 アリスもそうするのだろうか。

 一人になるのという不安と寂しさ。だがアリスの邪魔はしたくない。笑って見送ろうと思った。

 だが、アリスは......。


「ルカが転職するまで待つ。先に行ってくれ」


 クリスとのパーティーを捨て、ボクのために残ってくれた。

 涙が出るほど嬉しかったが、顔には出さない。

 アリスと一緒に強くなる。

 強くなってアリスを守れるようになる。

 ボクの目標はこの日に決まった。



「この先を右、二体待ち構えてる」


「わかった」


 リザードマンがひしめく洞窟をまるで散歩しているように歩くアリス。


「シャー、シャシャ?」


 襲ってきたリザードマンの首を簡単に落とす。

 盾でふせぐ隙も与えない。


『サブミッション リザードマン三体の討伐 完了しました』


 今回もサブミッションをあっさりクリアする。


『アリスさん、ルカさん、ヒロシ君のパーティーに150Pが入ります』


「はい、先生、レベルアップしました」


 後ろからついてくるだけのヒロシが手をあげて言う。

 どうでもいい。

 ボクにとってアリス以外の人間は生きようが死のうが関係ない。

 現実世界にも友達はいなかった。

 自然の中で生きて自然の中で死ぬ。

 変人だった父はボクを中学卒業から学校にいかせなかった。

 山でサバイバルをする日々を過ごしてきた。

 まさか、ここに来てそれが役に立つなんて、夢にも思わなかった。



 二匹目のリザードマンが現れる。


「あれはボクにやらして」


 ハイドの背を叩く。

 一瞬でリザードマンの背後に回り込み尻尾に噛み付く。


「シャー、シャー」


 ハイドを振り切ろうとするリザードマンの頭に矢を打ち込む。

 二本、三本......。

 四本目でリザードマンは転倒した。

 さらに頭に矢を打ち込む。

 五本、六本、七本打ち込んだところで動かなくなる。


仕留しとめたよ」


「うん」


 アリスは決して褒めたりはしない。


「先生はリザードマンのうろこをゲットしました。役に立つアイテムですかね?」


「しらん」


 アリスは常に誰かを救おうとする。

 ボクならこんなおっさんは見捨てている。

 だが、アリスはいつも誰かが死ぬたびに苦しそうな顔をする。

 本当は全員救いたいのだろう。そして、それが不可能ということをアリスは知っている。

 彼女の中では様々な葛藤かっとう渦巻うずまいているのだろう。

 ボクがそれを少しでも軽く出来れば良いのだけど。



「ボスまであと半分くらい。遭遇するリザードマンは四か五」


「そうか」


 淡々たんたんとリザードマンを狩りながら進む。


「弱点は尻尾です。あ、こいつも尻尾です」


 ヒロシがいちいち報告するが無視する。


「うん、わかった。そうか」


 アリスは律儀りちぎにいちいち返答する。


「あ、レベル3に上がりました。先生、感激です」


「おめでとう」


 役に立ってないヒロシを邪険じゃけんにしない。

 ボクなら邪魔で頭に矢を放っているところだ。

 こんなおっさんでも、死んだらアリスは悲しむのだろう。

 そして、ボクが死んでもたぶん同じくらい悲しむ。

 そう考えたら胸が少し痛くなった。


 洞窟の最奥にたどり着いた。

 巨大な両開きの鉄扉がそこにあった。

 索敵さくてきスキルを使う。

 ボスはこの先で間違いない。


「この先、ボスだよ。すぐ行くの?」


「うん、すぐ行く」


 解答はわかっていた。

 アリスはいつもすぐにボスを倒してミッションを早く終わらせようとする。

 それが新人達を助けることにつながるからだ。

 だが、それは時にリスクをともなう。


 アリスが両手に力を入れて鉄扉を開ける。

 最初のスタート地点と同じような広さの部屋。

 まわりは岩で囲まれているが床はフローリングのように整っている。

 部屋の奥に大きな椅子に座っているリザードマンがいた。

 異様な姿のリザードマン。

 頭が三つ、腕が六本、尻尾まで三つある。

 三体のリザードマンを無理矢理つなげたみたいな感じだ。

 だがその威圧感は、普通のリザードマンの比ではない。

 椅子の回りには無数の剣が地面に突き刺さっていた。

 二十本以上はあるだろうか。

 異形リザードマンが立ち上がり、地面の剣を抜く。

 六本同時。すべての腕に剣を持つ。


「じゃ、弱点が見えましぇんっ!」


 ヒロシが叫ぶ。

 スキルに抵抗があるのか、本当に弱点がないのか、どちらにしろ、ヤバい。


「アリス、あれは......」


 A組との合同ミッションで3000Pのボス討伐に参加した。

 だが、1500Pのはずのこのボスからは、それ以上の重圧を感じる。


「逃げるぞ、あれは無理だ」


 アリスの弱音を初めて聞く。

 三人で逃げようとする。

 それと同時にっ。


 バタンっと背後の鉄扉が勢いよく閉まる。


「遊んでいけ、人間」


 異形のリザードマンがしゃべる。

 鉄扉は固定されてビクともしない。

 アリスが剣を構えた。


「ハイドっ!」


 ハイドが飛びかかると同時に弓を射る。

 ここで死んでも構わない。

 守る。死んでもアリスを守り抜く。


「うあぁああああぁああああぁっ!」


 獣のような叫び声をあげ、死に向かって加速した。

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