1-11 マジックバッグの中身確認


 今夜は地上十ジィほど、硬い岩の崖に野営地をつくってみた。

入り口はクレイでカモフラージュし、さらに中をL字にして寝込みを襲われないようにしている。

 結局一匹の獣も目にしなかったとはいえ、中位以上の魔獣がいる秘境で一人で野営をするのだ。用心しすぎるということはない。


「やっぱり地上部に比べて塊茎がでかすぎる。この辺りは現地人もきていないのか? でも一年生の薬草もあるってことは何かが耕しているはず、とすれば小型の地龍ワームか」


 ここに来るときに地下で戦った、巨大地龍を思い出してしまった。

 正直二度と戦いたくない。

 土魔法の攻撃をレジストし続ける地龍と俺では相性が悪すぎる。

 それに本来地龍は雑食性の蛇でミミズのように土壌を豊かにする益獣だ。

 必要がないなら殺したくはない。


 石の机にならべた薬草の有用部位を石製の水切りに乗せていく。

 下処理のときに切り取った不要なひげ根や葉の部分は真下の水場にまとめてある。

 ちなみに隣はかまどだ。

 食卓、背負い櫃と並んでいく。

 さらに寝床も一段高くして快適になるようにしてある。

 極貧時代に身についた整理整頓の癖は抜けていないらしい。


「さ、料理もできたな」


 考えるのをやめ、かまどの上でクツクツと食欲をそそる音をたてている鍋の中身を碗にとる。


「いただきます」


 今夜の料理は薬膳粥やくぜんがゆだ。

薬草の切れ端をローフォン・ミレットと一緒に炊き、スープに近い粥にし、仕上げに香りの強いツァンと焼いたナッツを砕いて散らしている。


「うん、新鮮な山薬草なんて初めて食べるけどいけるな。ローフォンの味にも負けていない。肉の旨味が、うん、水霊根のひげ根の爽やかさを引き立てて、うん。美食の都で働いていた頃を思い出すなぁ……まかないしか食えなかったけど」


 料理人にまで魔法が必須だという事実に愕然がくぜんとしたのを思い出してしまった。お、肉発見。


「地龍は鶏のセセリよりさっぱりしてるな。醤油がないのが残念だけど十分うまい」


 椀の底にある炙った肉は地中で逃げる最中に事故で狩ってしまった地龍だ。

小型のやつが顔をだした瞬間、反射的に首を腰の大型ナイフではねていた。

 森で食料確保をしていた頃の習性だから仕方ない。

 仕方ないよな? そのせいで巨大ワームと消耗戦をするはめになったんだけど。


 ま、あんな経験もうしないだろ。俺が街道の襲撃後から逃げ切った事で斥候の隊長も諦めただろうし。

 隊長の言葉を借りれば規格外な奴の追跡なんてさすがに割に合わないだろう。


「ごちそうさま、と」


 そういやバッグの中身を確認してなかったな。ここの薬草に夢中になってて忘れてた。マジックバッグを開けて中身を取り出していく。


「大手商会の手形が二百万、いいね。書簡の類は、と」


 捜索にあれほど早く軍が動いたんだから、嫌な予感がしないこともない。あの場で捨てることが出来ていればベストだったろう。

 しかし拾ってきてしまった以上は確かめる他ない。自分が何を手にしてしまったか知らないのはあまりに危険すぎる。


「えーと? 子爵の隠し子を自称する若者についての報告、魔鉱脈が見つかった属州総督が反乱、ダークエルフとともに瘴気の森にすむ人間の噂……」


 金にならない有益な情報と金になるゴシップにわけていく。確かに隠し子なんて致命傷になりかねない醜聞だ。だがバッグに入れるほどのものだろうか?

 もしかしたら、様々な前提を知らないと理解できない類いの情報があったのかも知れない。それはさすがにわからないので確認はあきらめる。

 そんな事を考えながら、最後に残った粗末な封筒に手をかけた。


「は? コーカシアに赤の魔獣が現れる兆候?」


 流れ作業で開けた最後の封筒にはコーカシア属州総督府の機密文書が入っていた。


 

    ――◆ ◇ ◆――


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