1-01 落ちぶれた転移者
小鳥は月夜に羽ばたいていた。
眼下にはまばらにオリーブが林をつくり、白く乾いた土に影を落としている。濃い茶色の小さな羽で飛び続けていると、林は次第に畑と、そこから除かれた石がつまれた石垣に変わっていった。
さらに飛び、空堀と崩れかけた城壁を越えると、小さな家がひしめき合う地区の宿屋に降りたった。
「ぐ……」
部屋にはベッドと椅子、それに所持品一切を入れる錠前付き大箱しかない。大箱は普段は机の代わりにしているのだろう。それなりに高価にもかかわらず日誌のような紙束とペンがおかれている。
チリはもとより、酒瓶の一つも転がっていない。粗末ではあるが下層階級にありがちな退廃的な香りはない。
「ぁぁ……」
ベッドで寝息を立てていた男の顔が歪んでいく。手は天井に何かがあるかのようにつかもうとするが空をさまようだけだ。
「……ぅう”……」
男は悪夢でも見ているのか、食いしばった歯の隙間から寝言をもらしている。
「起きろ。層汰」
寝ていた男が本名を呼ばれた次の瞬間、バネ仕掛けのように僅かなためらいもなく起き上がった。夜襲に備えるのが日常だったころの癖なのか。
層汰ーーコールは飛び起きたベッドの上から声の主である小鳥を凝視した。
「誰だ? いや、日本での名前はこっちに飛ばされてから話してねぇ。ならお前は昔、転移についてさえずっていた天使の仲間か?」
冷静に状況を把握しているが、その顔は疑心に満ちており、口調も荒んでいる。言語理解や最下位魔法など、この世界の平均的な能力しか与えられずに放り出された後、今も最底辺の生活を送っていたのだから当然だろう。
この者の場合数合わせとして呼ばれたため、加護も途中で打ち切られていたのだからなおのことだろう。
「私は天使ではない。天使の被造物である生存者記録保存知能、ロガーだ。目の前の小鳥型端末を介して神界より音声を飛ばしている」
「ロガー? とにかくあの時白い部屋のやつらか。何の用だ」
訂正はしない。似たようなものだし、結局する事は変わらないのだ。層汰は油断なくこちらを見据えながら戸口へと向かっている。
「私は内外を問わず君の全てを記録するために来た。君を含めた異世界外来者が昨日30%を切った事をもって計画が次の段階へと進む。君を含むサーティサバイバーには既にそれぞれの担当ロガーが接触をしている」
下層民特有のすきを伺う眼が、転移前の平和な世界の眼に戻った。
「30%……茜達は生きているのか?」
外来者は全員、距離を離して顕界させている。フェーズⅢ情報開示規則にのっとり情報を伝える。
「個人の存否は裁量外にある。だが一般論として、生きているものは恩寵を活かしたり、地球からの知識を活用して生きている。そして彼らの内には更なる恩寵を得ようと同郷の外来人を殺すために探索を始めている者達がいる。以上だ。質問は残っているか?」
コールは窓枠から離れ、うな垂れたまま動かなくなった。人間としては普通の反応だろう。だが情報伝達自体も生存者を選別する手段である。自死を選ぶならそれまでだ。じっとコールの次の言葉をまった。
「死んでるかなぁ、かもなぁ、俺も今まで生きているのが不思議なくらいだもんなぁ。現場監督みたいに酒に溺れちまいたいって気持ちが大きくなる一方だしなぁ。そらそうだよなぁ……」
つぶやいた後、コールは黙っていたが、やがて顔を上げて聞いてきた。
「お前は俺を記録するためにきたんだったな、何のために記録する……つってもこたえねぇんだったな」
転移前のチュートリアルアナウンスの事を思い出して言っているのだろう。我々神界の存在は転移者に能力以外の情報は与えなかった。
「そうだ、私はお前と新たな契約を交わしにきた。お前の行動は既に監視しているが、お前の内心を観測するには更なる同意が必要だ。全てを記録するためにーー」
「断る」
提案に対して、素早く重い拒絶が帰ってきた。
――◆ ◇ ◆――
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