百日紅がさく

古新野 ま~ち

第1話

故郷を持たざる者もいるわけであるが、一大事や天変地異により喪失したわけでもなく、ただ故郷というものが徹頭徹尾に無を志向したとした思えない設計であったのだ。住んでる人たちも仮住まいのような心持ちだったはずだ。己が出自がどこでも代替できるようなものであった。

景観が定まることはなく、古くなったものは新しいものに取り替えられるならばいいほうで手もつけられず廃っていく。移ろいが雅といえたらいいがそうじゃなかった。

百日紅の木が申し訳なさそうに生えていて、火星人を捕獲する人間のように金木犀が立っている。三本の木の間隙からちょうど我が家のベランダのみが覗くことができる。403号室だ。しかし異なもので我が家のベランダからは三本の木は見えない。

そのようなことを私のはじめての友達である明石に言ったら彼は柵に身体をのせると突然視界に現れた烏揚羽に目をやられ転落した。落下した場所は三本の木であり、かくも人は脆いのかと感心したことだが、尻胴頭が木で貫かれた。百日紅が心臓を破壊し肉片が飛び散った。

彼の父母は木々の前で泣き崩れた、その姿を伏せながらベランダから見下した。

百日紅の尖端は、仕方がないほど真っ赤にそまり、それは雨風雪霰では消えることなくその年から花も葉も枝でさえ生えることがなかった。

葬儀は団地の集会所でしめやかに行われた。

くるくると季節が巡る、金木犀は枯れて百日紅も痩せていった。世は常に音もなく変化する。

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