第二章 ヤミ的な彼女<体験版>

第004話 √0-2 『ユウジ視点』『↓』END



 …………さて状況を説明しようか。

 その説明と言ってもそこまで細かく状況を伝えられそうもない、この思考をする余裕さえも惜しいほどだ。

 それで、じゃあ今どんな状況なのかと――そうだな、言うなれば。


 現在俺は殺される一歩手前まで来ている。


 なんかアブナイ薬とか毒を盛られてジワジワとじっくり体の中から殺されるっ……とかではない。

 喉元には鋭さを強調する、眩いほどの金属光沢を放つ小型の折りたたみ式ナイフが突きつけられている。

 ようするに頸動脈がピンチ、大量出血の危機が現在進行形だ。

 「殺される」という表現から分かると思うだろうが、俺は他者にナイフを付きつけられていて――


「あなたを殺せば……うふふふ」


 これこそが、狂乱と言うのだろう。

 狂気に蝕まれた女生徒がナイフを右手に持ちながら妖艶に笑う。

 桐に『今度はお主が新しいヒロイン相手に命の危機に瀕すことになる、気を付けるのじゃぞ』、まさしくその通りらしい。

 なぜこんな事態になったか経緯というか、ちょっとした回想を入れたいと思う。



* *



 そうして昼休みがやってくる。

 前の時間が移動教室なこともあって俺の排泄欲は限界に達していた――ようはトイレに行きたい。


「にしても」 


 ユキに結果的に抱き付かれた際のことを思い出して、手をわきわきさせながら昼休みの喧騒の中を歩いて行く。

 今どきの女の子ってあんなに柔らかくて、それでいて軽くて、いい匂いがするものだと感動を覚えた矢先。


「ふぅ……トイレ行くか」


 いや、別にそういうことするわけじゃないですよ?

 何の後ろめたさもない正常な生理現象ですとも、ええ――





 至って普通のトイレを終え、今日はコンビニ飯なこともあって教室に戻って昼食とする。

 いつも昼食を食べる面々には先に始めてていいとは言ったものの、ユキあたり待ってたりしたら悪いな……と思いつつ歩みを早める。

 すると――


 シュッ――と風を切る音と、首元に響いていく衝撃。


「う」」


 おそらくは人の手と思われるものが。首にものすごい勢いで俺の首へと衝突したのだ――おそろしく速い手刀、オレは見逃しちゃうね

 思い出すのは、サスペンスドラマやアニメなど首を強く打たれ意識を失って気絶する光景。

 もっともあれは相当な達人や条件が揃わないと頸椎などを損傷する恐れがあるから良い子は真似してはいけない、そして相手を気絶させようとしてやってもいけない。

 あくまでこれが現実とギャルゲーのハイブリッドな世界だからであって成功したわけであり、決して決して本当に気絶するわけが――




 

 俺はまさしく飛び起きるように目を覚ました。


「はっ!?」


 覚醒してあたりを見渡すと――


 薄暗く明かりが点いていない、そして何か近くにはぼんやりと段差のようなものと人影が見える。

 目が慣れ始めて視界が開けてくると段々今の状況を理解出来始めた。 

 ここはどうにも見覚えがある……ああ、昨日桐に連れていかれた一階から下へ続く半地下の部分だ。


 そしてその影の主がそこには居た――その主とは全く意外な人物だった。


「姫城さん……?」


 そこには清楚な雰囲気を纏わせ長く姫カットの黒髪を纏い、美少女な可愛いユキに対して綺麗な美女の姫城さん、ユキとはまた違った魅力を持った女の子だ。

 そんな風に評価しているのも以前に筆箱を拾った時だけの印象のみなのだが、あの時の出会いは相応のインパクトがあったということだった。


「ど、どうして俺はここに?」

「……大丈夫ですか?」


 姫城さんはそうして綺麗な顔を近づけて心配してくれる。

 ああきっと、主に昨日のことで恨みを買った男子に襲撃されたのを姫城さんが助けてくれたのだろう。

 ああ、なんて優しい人なんだろうか――


「自分の手が綺麗に首に入ったのでびっくりしました」


 ……何を言っているんだろうこの人は。

 誰かの襲撃から助けてくれたという解釈でいいんだよな?

 いやいや、こんな心配してくれた訳だし……きっと何かの聞き間違いだろう。


「えっと、姫城さんが助けてくれたんだよな?」

「なんのことですか?」


 なるほど気を使わしているのか。

 いやほんと姫城さんは優しいな――


「私が眠らせたんですよ? ……かわいい寝顔でした」

  

 ……いや、実はなんとなく気づいてたというか現実逃避を決め込んでいましたとも、ええ。

 あの時首元に感じた手刀の手は勢いづき急所を一突きではあったものの、決してゴツゴツとした男の手ではなく女性のものな気がしていたのだ。

 もっとも、それが姫城さんとは予想だにせず現実を受け入れようとしなかっただけなのだが。


「あ、そういえば。ユウジ様を呼び出した理由があるんです』

「……なにようですか」


 思わず低姿勢になり恐る恐る聞いた……というか呼び出しの為に眠らせるって、なんというか強引な人だ。

 そして姫城さんは「その理由はですね……」と続けて出た言葉は、多くの人間が人生でも言う事は一度もないことが殆どというか、ないに越したことはない言葉であって――



「あなたを殺すためです」



「は……!?」


 そういって姫城さんは女子のブレザーのポケットから折りたたみ式ナイフを取り出し、流れるように手慣れた仕草で刃を広げ俺の喉に突き当てた。

 その間僅か五秒……きっと殺しのプロになれる、てかプロ。

 まさかこの学校に暗殺者が紛れているとは突飛な想像力を持つ変人以外予想すらしないだろう。


 ちなみに俺が今胸当たりを刺されてもチタンが入っていないから助からないのであった。



* *



 そうして回想を終わり冒頭へ――


「な、なんでこんなことするんだ。お、俺が何かしたのか?」


 若干声が震えているのが自分でもわかる。

 そりゃ、死の淵を彷徨ってる訳だから仕方ない……俺の生存の可能性は、姫城さんが手に握っていると言っても過言ではない。


「あなたは罪作りな人ですね」

「え」


 ――また俺何かやっちゃいました?

 しかし記憶をひっくり返す余裕はなく、現状ままなら俺の寿命が急速に縮んでいることが分かる。


「私をこんなに虜にしてしまうなんて」


 ……何故、虜にされたイコール俺殺す! に繋がるのだろうか? 


「ええと、言いそびれていました。ユウジ様私こと、姫城舞はあなたのことが好きです」

「えっ」


 思わずドキッとしてしまうものだ。

 女の子に、それも容姿端麗な娘に告白されるなんて……喉にナイフが突きつけられてなかったらどんなに心から喜べたことか!

 それにしても、なにこの最悪なタイミングの告白。

 素直に喜べないんですけど! というか言いそびれるぐらいに優先順位が低いのか!?


 今の状況が桐の言う『新しいヒロイン相手に命の危機に瀕すことになる』これが今に当てはまらなければどうなるというのか。

 桐の言う通りならば、これはギャルゲーのイベントであり、主人公の行動や選択が求められるのだ。

 そして彼女姫城マイは状況証拠的にほぼギャルゲーのヒロインと思っていいだろう――


『どうして――俺はこんなきれいな人を知っていなかったのだろう?』


 それは知るはずもない、ギャルゲーのヒロインな以上これまで存在していなかったはずなのだから。

 この崖っぷちの三途の川岸に立っている展開を覆す為にも……そうだ、弱気になっちゃいけない。

 だからこそ俺なりに反論して、状況を変えるほかない……!。


「……なんで虜にされたのが俺を殺すに理由に繋がるんだ?」

「それは簡単なことです。私はあなたに一目惚れして胸が切なくて切り裂かれるほどの苦しさを経験しました。すぐにあなたの傍に行きたい、と思っていた矢先」


 一呼吸おいてから、彼女は言う。


「ユウジ様の彼女かと思われるものが現れたのです」


 えっ、俺に彼女なんて居たの? それは驚きだなあ。


「それは……誰が?」

「しらばっくれても無駄です……篠文由紀さんのことですよ」


 マジで! そうなの!? やったー! 

 ……って喜べるかと、そんな事実はないし。 

 いや、本当にそうだったら俺はどれだけ嬉しいのかと……まあゲーム開始早々にもう惚れられるシナリオ展開もどうなんだ、と思われそうだが。

 ユキなら一向に構わん! ……だとしてもそんな事実は悲しきかな、ない訳で。

 どうしてか姫城さんは誤解をしているようだ。

 

「いや、待て。俺は付き合っていない」

「嘘です、私はあなたをずっと見ていました。そうですね、表現するとしたら熱い視線で舐めまわすように」


 表現の部分は要らないです……っていうかこいつが視線の正体か! 

 ということは俺の家当たりからクラスに至るまでの間視線を感じていたのもそういうことか。


「そして今日の美術の授業帰りには……お互い抱きしめ合って……ッ!」


 そ、それがこのイベント発生の起爆剤かっ!


「いや、誤解なんだよ。あれはユキが階段で躓いて――」

「ゆ、ユキ!? ……うふふふ、あなたと篠文さんは名前で呼ぶ仲なのですね。篠文さんもあなたを呼び捨てで呼んでいましたし……」

「幼馴染だから! 昔馴染みだから名前で呼ぶ仲だから!」


 ――という設定なのだが、この世界ではそれが受け入れられているはずだ……きっと。


「幼馴染が恋愛に発展することが多いのを知ってのことですか……?」


 と、思うじゃん?

 アニメとかギャルゲー見てると幼馴染ってあんまりメインヒロインにならないんだよな――


「もし仮に、だ! 仮に! 俺がユキと付き合っていたとして、どうして俺を殺す理由になるんだよ!?」

「なります。本当なら篠文さんを闇討ちすればよいのですが」


 ……さりげなく何を言っているんだこの子は、討ち……いつの時代の話?


「でもユウジ様はとても魅力的です。きっとまたあなたの虜にされる者が現れると私は思うのです」

「……」


 自分をそこまで評価していないのでノーコメントで。 


「なら虜にさせないように私のものにしてしまえばいいと私は考えました。殺して愛しいユウジ様の生首だけを持って私は生きて行くのです。決して邪魔されることのない、永遠の二人の時間が続くのです」

「そのりくつはおかしい」


 思考プロセスがおかしい……なんか明らかに色々と段階が飛んでる上に、斜め上な結論に至ってる。

 というか、アレだ。

 こういう子をジャンル別けするというか、アニメやギャルゲーとかで見るキャラクターでカテゴライズするならば――ヤンデレ属性持ちだこれ!


「……俺はそれで死にたくはないな」

「そうですか……なら方法を変えましょう」


 ん……? 意外とあっさり変えるんだな、もしかして結構ものわかりのいい子なのだろうか。

 俺は姫城マイという人間をぶっ飛んだ方向に過大評価しすぎていたのかもしれない、そう彼女はちょっとだけ言葉が極端なだけの――



「私が自殺しますから、私の生首を持ってユウジ様と共に生きさせてください」



 単純に言葉が極端な上でぶっとんだ性格の持ち主だった。


「だからなんで結局どちらかの生首しか残らないんだよ!?」


 なに戦国時代なの? 思い人が打ち取ったり思い人に打ち取られたりなの?


「それがいいですね、そうすれば私の生首を気味悪がって他の女は寄り付かないでしょうし。それを構わない、という方がいたら呪い殺します」


 そもそも俺が彼女の生首を持ち歩いている状況はなんなのか、死体遺棄で牢屋入り確定なのだが。

 しかし俺もこんな彼女のぶっ飛んだ話にこれ以上付き合う義理もなく、そしてこのままだと彼女は――本当にやらかす。

 言霊というか、もしかしたら俺を脅す、俺を殺す為にやっていたことが……自分殺すことに変わっていくかもしれない。

 人は正常な判断を失うと何をしでかすか分かったものじゃない、だからこそ俺は――


「では、ちゃんと事後処理を……」

「……待ってくれよ」

「なんですか? ユウジ様が死を選ぶのですか?」

「……」


 一息を入れて、俺は言ってみることとする。

 彼女が言っていた自分の恋愛理論と、狭い視界でしか見ることの出来ていないこの世界。

 そして、あまりにあんまりな姫城自身の命の扱いを――色々と俺は籠めて言い放つ。



「……姫城、本当に死ぬ覚悟があるのかよ?」



 それは一歩間違えば自殺教唆になりかねない、だから俺は言葉を整理していく。


「……ありますよ。好きな人が他人に取られる痛みに比べれば、死ぬ痛みなんてマシなんです」


 自分の首にナイフを付きたて芯の通った真っすぐな瞳で彼女は言う。

 その眼に迷いなど無く、俺一人だけを見据えてくれていた。

 そうか……ここまで本気で、そこまで俺を好いてくれてるのか――それならお礼を言わなくちゃな。


「ありがとな」

「え」


 姫城はその言葉の予想外さに驚き一瞬呆然とする、そして再沸騰するようにして早口で――


「な、何故お礼を言われたのですか!?」

「気にしないでくれ」

「気にしますっ!」


 その時の突き詰めてきた彼女はまさに生き生きしていた、生に満ちていた。

 ほら、話しているだけで現れた――その表情はとても良いものじゃないか。


「……多少悔みたいこともありますが、私は決めた以上ここで死のうと思います」

 

 それでもまだ彼女の意思は揺らいでいなかった。


 ナイフの刃先が首の皮に触れぷつりと弾け、血の玉が出来それが下へ流れて小さな深い赤色の一線を作る。

 彼女の覚悟は本当だった、俺はそう再認識する。

 だからこそ、俺は――



「今のお礼の理由を伝えようと思ったのに、もう死ぬのか。残念だ」



 そう、友人と話すようなノリで呟く。

 必死に引き留めると逆上する恐れがあることはなんとなく分かっていた。

 なら俺は平常心を装って、さぞ平静に言葉を紡ぐのみだ。


「え?」


 その言葉を聞いて、彼女は首からナイフを数センチ離した。

 効果はテキメンで、意識を外させた。


「いや、死ぬんだったら別に聞かなくていいよな?」


 もはや独り言にも聞こえるその言葉。

 しかしそれが姫城には気になって仕方なかったのだろう。


「よくないですっ! 教えてください!」


 ……やっぱりな、食いついてきた。

 押して駄目なら引いてみろとよくいうものだ。 

 食いついてきた彼女の眼には、覚悟などではなく好奇心に満ちている。 


 そして、俺は更に予想外なことを言い放ってやった。 



「……馬鹿じゃないのか?」



「!」


 実際言われた姫城はナイフを構えたまま呆気にとられている。


 なんだか今の俺はらしくない、妙に挑発するような物言いは本当にいつもの俺らしくない。

 でも、不思議と――懐かしいような気さえする。


「え、えと。ユウジ様から”馬鹿”と言われるのはよいのですが……ちょっと嬉しいですが」


 いや、いいのかよ。

 嬉しいのかよ。


「それは一体どのような意味で?」

「……姫城さんが俺のことを好きだと仮定して」


 我ながら自意識過剰であろうとは思う、話の流れ上仮定しなければならないのだが。

 しかし返答はというと――


「確定してもらって結構です、っていうかしてください。よろしくお願いします」

「え ああ、うん」

「あっ、ありがとうございます!」


 思い切りテンポ崩された、話が進まない……とにかく進行させないと。


「他人に取られる痛みに比べれば、死ぬ痛みなんてマシなんです……って言ったよな」

「はい、すごいですね! 一語一句合ってます! 流石ですユウジ様」


 いや、だから……うん。

 とにかく俺は流されることなく、そして顔を引き締めて俺は言う――



「それはただ痛みから逃げてるだけだ」



 ~思う、などと誤魔化すことなく、確固たる断定で。


「……いいえっ! 私はこうして死の痛みを選んで――」

「言い訳だな。死ぬ選択ならその痛みは一瞬だ。自分の妄想した思い通りの記憶と共に散れるのかもしれない。でもな――」


 死の痛みを俺は知らない。

 そしてこれからも俺自身は知ることがないのかもしれない。

 それでも、俺は――この目でユキが死ぬところを見た、もうコリゴリなのだ。

 桐のヒントで一度見るだけで済んだ、それがまた別の女の子でまた見ることになるなんて――俺は御免なのだ。


「自分の妄想だけで、生きて、死んでいくのは本当に本望か?」

「っ!」

「思い出がなくていいのか? それは、余りに悲しいんじゃないか?」

「……今の私を全否定するんですか」


 彼女は途端にナイフを突き付けるポージングさえ崩さないものの俯いて、声をわざと低くするようにして呟いた。


「ああ、否定してやるねっ! 死んで一人楽になろうなんて考えてるお前みたいな大馬鹿者なんて全否定だよ!」

「な……」

「チャンスを探そうともせず、あーだからこーだからと勝手に理由付けして、諦めて死のうとしてる奴なんてただの負け組だ、今のお前はそうだろうな」

「そ、そこまで言うなんて……酷いです!」


 酷い? そりゃ酷く言い散らしてるからな。

 そうだ、いくら罵ってたとしても、俺がそして言いたいのはな――たった一つのことだ。



「だから、生きてくれよ」



「っ」


 また驚きの表情を形作る……思ったよりも表情性豊かじゃないか。


「自分を否定されて、大馬鹿者とか負け組とか罵られて悔しかったら……生きてくれよ」

「……」

「俺はお前を知らない。多分お前も俺を知らない」

「し、知ってます! 私は、この学校に来たあの日から――」

「それは俺のほんの一部だ。本来の俺は別人かもしれないぞ」

「!?」

「今の俺さ、お前を罵っている俺をこれまで想像出来た?」

「い、いえ……」

「だからなんだよ。お前は俺を知らない、殆ど全くな」


 知るはずがない。

 ただストーカーして外面だけの俺を見たって俺の本質が見える訳じゃない。


「……し、知りたいです」

「ん?」

「……知りたいですっ! ユウジ様のことを! 教えてください! ユウジ様のことをっ!」


 彼女はかつてないほどの強い感情を露わにした。

 それは興味に溢れた感情。そう、それでいいんだ。


「それなら、同じ道を歩いて貰わないとな。一緒に話したり、飯したり、帰ったり。関係を持てば別のことももっと」

「べ、別のこと……?」

「それが知りたいならさ……生きていくしかないよな? 俺だって――姫城のことを知りたいからこそ、生きてほしい」

「っ!」


 そう問う、彼女は瞳を閉じて数秒にも満たないほどに思考するように。

 そして返ってきた言葉を聞く。


「はい……覚悟しました。これから生きていく覚悟をしました!」

「ああ、それで俺は良いと思う」


 姫城は首に付きたてていたナイフを腕ごと下ろし、更にナイフは手を離れて床に金属音を響かせて落ちた。


「……わかりました。ユウジ様の言う通りかもしれません。いえ、そうですね」


 続けて彼女は言う、それを俺は黙って聞く。


「私にも傍にいたいという気持ちがありながら、奪われないために……独占欲が強すぎました、でも」


 独占欲ねぇ……まぁ桐で慣れてるからなぁ、断然こっちの方が強いけど。


「――怖かったんです。一度手にしたものが、欲しかったものが、他の人に取られることが! 他人の手に渡ったらもう二度と返ってこない気がして」


 ……そういうことか。


「でも、私はやっと遅過ぎるぐらいに解りました」


 独占欲もその恐怖への怯えから来たものだったんだな。



「ごめんなさい――」



 顔を下げて涙声でしっかりとそう言った。

 隠された顔から一粒の水晶のように輝く透明の雫が、地面へ落ちていったのを俺は見逃さなかった。


「それと……ですね」

「ん?」

「ごめんなさい」

「?」


 二度目の謝罪に思い当たる節がない俺は首を傾げる。


「私の告白は撤回します」

「え?」


 ……撤回? あ、うん……流石にそれはビックリだが、そうなるかもな……うん。

 割と落ち込んでるんじゃないんだからね!

 まあ、死なないで生きてくれるだけで――俺はそれでいいや。


「まだ私にはユウジ様を独占する権利はありませんでした……だから告白は撤回します」

「……まぁ姫城が、そう言うなら構わないぞ」


 少し残念だったけどな! そうして黒髪を揺らしながら姫城さんは階段を上って行く。 


 すると階段の半分ほどで立ち止まって彼女は振り返った。

 そういえば、今「まだ」って……?



「でも私はまだ諦めません。いつかユウジ様が私に惹かれる日を待ち、いいえ……私が好きにさせてみせますから。私が魅力的な女性になった時は覚悟しておいてください」



 そう笑顔で言い、姫城は駆けて行った。

 その去り際に見せた彼女の笑顔が、今までで一番に魅力的だったことは今は黙っておこう。


「おいおい! 首の血止めておけよ!?」

「えっ……あ! 忘れてましたっ」


 ……案外彼女は天然なのかもしれない。

 そして姫城は天然なのか、うっかりなのか知らないが俺の彼女へのお礼の理由を聞かずに去って行ってしまった。


「こんな俺を好きになってくれて、ありがとう……って言うつもりだったんだがな」


 告白を撤回されちゃ言うタイミングも無くすってもんだ。

 まぁいいか、姫城が生きてさえいればまた話せる機会もあるかもしれないし、気長に考えるとしよう――


 そしていつしか罵り気味に熱くなっていた心も、いつもどおりの落ち着きを取り戻していく。

 何故か自然と彼女を呼び捨てで呼んでいたのもまた、次に会う時には”さん付け”に戻ってもいるのだった。

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