第003話 √0-1C 『ユウジ視点』『四月二十二日』END
「(……そんな違和感ないんだよな)」
俺はユキを遠目に見ながらそう思う。
普通なら創作上のキャラクターが現実に現れたら、性格や容姿などで浮いてしまいそうな先入観がある。
しかし見ている限りユキは、限りなく自然にクラスに溶け込んでいる――それはまるで、以前からここに居たように。
この現実とハイブリッドしたというギャルゲーにしてクソゲーの通称”ルリキャベ”は珍しいもので、登場するヒロインが比較的リアル寄りのデザインが取られていた。
アニメアニメしているのなら、ピンク髪や赤髪など居そうなものだが……基本的にヒロインの髪色は黒髪か茶系なのである。
例外的に銀髪と金髪もルリキャベの取扱説明書のキャラクター紹介欄にはいたものの、留学生設定とのことで現実においてもそこまで違和感がない。
ヒロイン一覧を見る限りも極端にバインバインなキャラもいないので、現実の女子高生準拠というか、リアル指向というか、そんな具合だ。
特にユキに関しては「ギャルゲーヒロイン並に可愛いけど現実にいてもおかしくない」というギリギリのライン上にいる、一〇〇〇年に一度のリアルギャルゲーヒロイン的な。
そしてユキが同じクラスメイトにしてヒロインと言うことを考えれば、他にもヒロインはいるはずだが……あまりピンと来ない。
この学校自体の女の子のレベルが高いのもあるが、ギャルゲー出身ですよ! と悪目立ちする子は存在していないのである。
だからこそクラスにユキが受け入れられている時点で、ギャルゲーと現実のハイブリッドは上手くいっていると考えていいいのだろう。
「…………」
しかし、そんなことを考えている間にも俺は視線を感じている。
その視線はというと殆ど途切れることがない、何かずっとカメラでも回されているんじゃないかという気分だ。
それでもいつ・どこで振り返っても、その視線の主は尻尾を出そうとしないのだった。
「(確か視線はユキと手を繋いで登校した時ぐらいだったはず……)」
その時点から途切れずに俺を見続けているということは、藍浜高校生徒にしてこの俺の所属する一年二組のクラスメイトということになるのだが――
「ユウジー食堂行こうー」
「!?」
んん……?
ユキが俺に話しかけた途端に、その視線になんだが禍々しいもの……殺気にも似たものが混ざりはじめたが、一体なんなんだ?
「どしたのー?」
「行くぞユウジ」
「参ろうかっ」
気づけば昼休みなのだった、昼食を求めて既に一部クラスメイトは移動をし始めている頃だ。
「あ、ああ」
俺はとりあえず席を立っても途切れない視線を不審に思いながらも食堂を目指したのだった――
そしてその食堂に移動する間も、食堂でうどんを食っている時も、うどんに調子に乗って七味かけすぎて大参事になった時も。
その視線に関しては続いているのだった……いよいよ、怖くなってきたぞ!
今日の学校の授業がすべて終わり、下校時刻がやってくる。
生徒会にも部活動にも入っていない俺たち悪友三人組に加えて、ユキも特に部活はしていないようだった。
ユキは食堂でも話を聞いていたが、スポーツが得意らしく色んなスポーツで身体を動かすのも好きだと言う。
じゃあなんで部活に入ってないのかと聞くと――
『色んなスポーツしたいしっ! 一つの部活に入るとか勿体ないじゃん!』
とのことである、実際に部活に飛び入りで入って参加しては大活躍をして”またきてネ!”と各部員に大好評なのだそうだ。
なんというかコミュ力の化身のような子であり、そう何事にもポジティブでアグレッシブな感じはなんだか羨ましい。
ちなみにその後に『……それに部活始めると、ユウジとかと遊ぶ時間減るし』と小さな声で言っていたが聞こえてしまった、でも聞かなかったことにしよう。
しかし勘違いしてはいけないのだ!
それはギャルゲーにおける主人公気になってるよポイントの違いなくても、俺という人間下之ユウジがモテているわけでは断じてないのである!
あくまでモテているのはギャルゲーにおける主人公であり俺ではない……そう考えると数多のギャルゲーの主人公が恨めしく思えてきた、爆発しろ。
「帰ろうぜー」とマサヒロ。
「皆の者! 家へと撤収だっ! 今すぐ自宅警備という仕事に復帰するんだっ」以上ユイ。
自宅警備とは自宅にして自室のパソコンを悪しき者から警備するエリート集団……などとのたまっていたが。
せめて自室だけでなく自宅も警備してくれよ。
「帰ろー」とユキさん。
どうやらいつもの三人に加えてユキが一緒に帰る、ということはユイやマサヒロの反応を見る限り珍しくないようだ。
ならば、と気兼ねなく全員で帰り支度を始める。
そしてぞろぞろと教室からクラスメイトが吐き出されて行くのだが、教室の構造上二つの扉から出入りしなければならない以上は終業時間が来るなりある程度の混雑がおこる。
さながらテレビで見る帰宅ラッシュ、さながら二扉クロスシートの快特列車に乗ってしまったばっかりに降車するのも一苦労というハマの赤くて白い電車なイメージ……いや今のなんでもない、忘れてほしい。
ともかく帰り際は混むということであって、机間も大きく余裕を取っているわけでもないので、少し机から物が飛び出しているだけで肩にかけているカバンにぶつかり――
カタンと何かが床に落ちる音に振り返る、するとそこには誰かの机から飛び出していたノートを伝って筆箱が落ちてしまったようだった。
「あ、すまん」
と謝りながら、すぐさまこぼれた筆箱本体と筆箱の中身やノートを拾い上げ机に置く。
……どうやら筆箱やノートを見る限り女物のようで、女子の机のものを落してしまったらしい。
「い、いえ」
「ごめんな、ぶつかっちまったわ」
「ええと、大丈夫ですよ」
妙に落ち着き美麗なその声の主を見るべく、ものを拾い上げて顔を見上げると――
「っ!」
綺麗、だな。
そこには非常に整った顔立ちにして、全体的に清楚な雰囲気を漂わせながらも、パッと見ただけでこのクラスでも随一とまでの女性的なスタイルをしている。
ふっと香る甘い匂いと、前髪が一直線に切られた”姫カット”が妙に似合っていて長くしなやかな黒髪を放らせる、どこか精巧な日本人形を思わせる出で立ちをしていた。
声に違わない、かなりの美少女……というより美女とも言うべき女子生徒がそこには居たのだ。
「……ユウジ様ですよね?」
「え……?」
俺の名前が出てきたことに驚く以前に……様?
それよりも俺としては面識のない彼女と面と向かって聞いてみる。
「なんで俺の名を?」
「一年二組のクラスメイトの一人ですから、もちろん名前は覚えていますよ」
そうきっぱり答える彼女、しかし恥ずかしながら俺はピンと来ない。
基本的に顔は覚えていたり、名前を耳にすることだってある、それでも比較的小さなコミュニティに籠っていた俺からすれば縁のないクラスメイトばかりだったのだ。
別に悪い意味ではなく、興味が無い・関心が無いことには意識が向くことはなく、記憶力が働くこともない……少し変わった性格なのかもしれない。
しかし俺はとある出来事を境に、積極的に人を触れ合えなくなったことも少なからず影響しているはずで――
「すまん、よかったら君の名前の教えてくれないか?」
俺は正直に彼女を覚えていない、ということを伝えてしまう。
しかしそんな俺の心無いとも、無神経ともとれる言葉に彼女は――
「私は姫城 舞(ひめき まい)と言います」
決して嫌な顔一つせず、むしろ美しさすら感じる微笑みを以て自分の名前を名乗ってくれたのである。
ユキが天使なら、姫城さんは女神なんじゃないだろうか。
どうして――俺はこんなきれいな人を知っていなかったのだろう?
「え、ああ! 覚えておくよ」
「ありがとうございます、では以後よろしくお願いします」
と言って、名残惜しいながらもその姫城さんに別れの挨拶を済ませて待たせていた面々と一緒に俺は帰路に就くのだった。
しかし――この時だったのだろう。桐の言っていた『今度はお主が新しいヒロイン相手に命の危機に瀕すことになる、気を付けるのじゃぞ』という忠告と、ずっと感じていた視線の正体と、姫城さんの「以後よろしく」の意味に気づいていれば……あんな事態にはならなかったのかもしれない。
あれから家に帰って、俺は自分のパソコンでこの現実とハイブリッドしてしまったギャルゲーこと”ルリキャベ”について調べてみることにした。
というのもギャルゲー付属の取扱説明書は、プレイ方法やヒロインの軽い紹介とあらすじぐらいし載っていない。
ちなみにあらすじはというと――
「俺は主人公!」
「生まれも育ちも海と山に囲まれた瑠璃町! そんな町に一つだけある高校に通い始める新一年生だ!」
「一男子としては容姿普通、勉強普通、運動普通、性格普通で特技は特に無いなんとも”普通”としか言いようがないスペックの持ち主だぞ!」
「程よくコミュニケーションは出来るし友人もそれなりにいるが、小学校・中学校と来て浮いた噂はまるで無し!」
「だから俺は、高校デビューしてやるぜ!」
「モテモテに……いや、彼女が欲しい!」
「というかリア充になりたい!」
「女の子とイチャイチャしたい」
「そんな恋に憧れる、という風に言うには少し下心がありすぎる俺とこれから出会う彼女たちとの学園ハートフルストーリーだ!」
「こうご期待!」
正直このあらすじを読み込んだら八〇〇円出すのも躊躇したかもしれない。
なにこの、あらすじって書いてあるのに主人公のことにしか触れていない内容は。
そしてこのゲームの特色がまるで分らないので、キャッチャーさは無に等しい。
正直パッケージの絵が素晴らしくなかったら、絶対に買ってない。
「何しておるのじゃユウジ」
「ネットサーフィンだけど」
「広大なインターネットという大海をサーフィンということじゃな」
言い直した意味あるのかそれは。
「攻略情報を調べててな」
「で、どうじゃ?」
「さっぱりだな」
検索してみた結果、そもそものこのゲームの存在自体がヒットしなかったのだ。
しかしそんなはずはない、俺の手元にはルリキャベが存在しているのだからそのりくつはおかしい。
まさか例の組織が検閲を……おのれ!
「ズルはダメってことか」
「そういうことじゃな……じゃがワシを攻略すれば、もしかすると攻略情報をちょろと喋ってしまうかもしれぬぞ」
「それは遠慮しとく」
イエスロリ! ノータッチ!
とえろい人も言ってた、まぁそもそも俺はロリコンじゃないのだが。
「何故じゃ! わしはこんなに可愛いのに!」
「普通だろ普通」
「もうちょっと妹を敬え!」
……いや、妹を敬うような兄とか嫌だろ。
喋り的にはおばあちゃんだから、目瞑ってれば敬えるかもしれない。
ちなみに桐自体は、やたらうるさいのと老婆喋りのせいでアレなのだが……たぶん素材自体はいい。
まぁ俺の妹ってことは俺の遺伝子が入ってるわけだし? ……スンマセン調子に乗りました。
少なくとも俺の家族にいる女子の容姿の要素を持っているようで、たぶん成長すると化けるタイプかもしれない。
……ということを桐に言うと、なんだかおちょくられそうなので墓まで持って行くつもりだが。
「まぁ、攻略情報的なことなら覚えてることもあるんだがな」
「ほほう、例えば」
衝動買いしたクソゲーを、なんとなくネットで評判を調べてしまう……なんてことあるのではないだろうか。
だから俺はこのゲームを起動する前に見た感想はうろ覚えだが――
「これ今年のワースト決定だな」
「もうワーストだろルリキャベ」
「年間ワーストワースト言ってるアンチは帰れ、今世紀ワーストだから」
「具体的に脚本がバラバラ、キャラ崩壊はしょっちゅうだしそもそもジャンルの時点で地雷」
「絵が綺麗なだけに話の粗が目立つんだよな」
「でもあの ルートだけはよかった気がする」
「確かあの ルートは外部制作だろ」
「でも売れてんだろ」
「擁護乙、酷すぎる評判と絵の綺麗さで買ったやつがほぼ全員だろ」
「定価で絵買いした人涙目w」
「そして中古店には大量のルリキャベの姿が……」
「www」
「実際たくさんあったぞ、一〇〇〇円で初回限定が買える」
「一 〇 〇 〇 円 だと……マジで絵で買った人涙目じゃねえか」
というインターネッツの掲示板より。
すべてを信じるかは否としても、文面から伝わってくるのは評判の悪さだった。
あとは公式ホームページを覗いた時に『総勢ヒロイン一〇人の大ボリューム』とか書かれていた。
しかしその真相は攻略可能ヒロインは八人で、二人は攻略できないという景品表示法的に引っかかりそうなアレだった。
それ以外にも「選択肢が複雑すぎる上に、正解ルートが一つしかない」「ステータス的に無理ゲーなバトルがある」という散々なものだった。
というそんな情報すらも、今は調べたところで出てこない。
どうやらルリキャベは俺が今持っているこのパッケージのみの、幻の作品になってしまったようだった。
四月二十二日
とある家の一室、電気が消され、薄暗さが占めるその部屋に一筋の眩い日の光が射している。
一室に備え付けられた網戸のすぐ近くには装飾のない厚めの水色カーテンが、ゆらゆらと風に吹かれていた。
網戸を伝って舞い込んでくる心地よい春風が、部屋を包むように静かに舞い踊る。
そんな温かい朝の中、布団の中でゆっくりと俺の意識は覚醒していく。
寝ぼけた頭で見えるのは、何の変哲もないうす汚れた自室の天井。
あまりにも見慣れた景色に、少し嫌気が指して、天井から意識を逸らした。
「ん?」
意識を逸らした途端にその違和感へと気付く。自分の体の上に何か不自然な重みを感じた。
……いや現在進行形で感じている真っ只中である。
その重さの要因が俺の愛用している冬と春には大層お世話になる布団ではないだろうし、かといって本やゲームのケース・コントローラーなどの固いものが紛れこんだ訳ではないだろう。そう、なにか温かみを持っていて、それでいて魅惑的にやわらかくて小さく精巧に布で編まれた人形のような……。
「(人形?)」
視線を動かし、自分の体の上へと焦点を合わせると――
「起きたか」
「!?」
あまりの衝撃に眠気が一気に吹っ飛んだ。
そこに居るのは、実際居るのに疑問を抱かざるを得ないもので。
というか何処から入りやがったんだよ……寝る時一応内鍵締めてたぞ。
昨日世界が一度ループした際に桐が現れたことから、今日もなんだか桐が気づけば乗っかっているような嫌な予感がしたので部屋を密室状態にしていたのだった。
「なんでお前が俺の上に跨ってるんだ」
「男の体とは大きいものじゃな、わしの体はすっぽりと収まってしまったぞ」
「……待て、その言い方は別の意味に捉えられかねない」
その発言はマズイ。
俺の指す別の意味は言わないけどマズイ……というかわざとか、わざとだろうな!
「よいではないか、よいではないか」
……ここまでの展開で皆さま方もお察しの通り、じじくさい物言いの小柄な少女が体の上に乗っかっていた。
ちょうど俺の胸辺りにその少女の体、見上げれば幼い顔がある。
その小柄な少女は自分を俺の妹と言い「桐」という名前を持っているのだ。
「ここは……とても温かいな」
なにその人生に疲れて行きついた先がここだったみたいな表情。
「この上は非常に和む」
人の体の上で和むなんてどうかしてる。
人を電気座布団と同列にしか考えてないんだろうか?
「……人の体の上で和むな、はやく下りろ」
「いやじゃ」
そうしてゴネるので一度振り落とそうかと考えたが、ニュースで見た”幼児虐待”の言葉が頭をよぎったために。
俺は桐の脇を両手でつかんだまま、UFOキャッチャー感覚で桐を部屋の外に追い出したのだった。
「おいユウジ! わしとの朝との”すきんしっぷ”がまだじゃろう!? というか一連のことから思うがお主、リメイク前と違って色々ドライすぎるじゃろ――」
はははリメイクとか何を言っているのかね。
そうして、ギャルゲーと現実がハイブリッドされた世界の二日目がやってきた。
「ユウジー!」
そんなことを考えていると俺が心待ちにしていた幼馴染ことユキが手を振りって俺の名前呼びながら可愛らしい走り方で、美しい黒髪を揺らして駆けてきた。
「―――なんだよー!」
「まじで! そうだったんか!」
そんな他愛もない会話をしていた反面、俺はさっきの問題を引きずっていた。
情報が手に入らないことから、ユキのことをよく知れていない。
そりゃまぁ俺にとっては昨日会ったばかり、しかしゲームの設定上は俺の”幼馴染”という位置づけとなっている。
その設定上は俺がそのユキの記憶に合わせる必要があるのだが、肝心の攻略情報が手に入らないのが結構な痛手だ。
記憶の齟齬による”関係の崩壊”も恐れていたりする、主人公とのヒロインの関係の崩壊がどういうものを示すか――それは俺のゲームプレイの経験から言えば、そのまま改善せずにいればバッドエンドへと直通だ。
それ故に、ユキがどんな性格をしてるか――は読みとるとして、その彼女の詳細を「幼馴染」という立場上知っておくべきである。
なので早めに情報を知りたかったのだが……
公式や掲示板もアウト、説明書は何故か見つからない、今のところは完全に打つ手なし、お手上げ状態だ。
さてさてどうしたものだろう……ユキとの会話を止めないまま、頭の片隅にそんなことを考えながら、そんなこんなで学校へと着いた。
「(!?)」
突然にまたあの視線を感じた。
昨日ときっと同じ視線の主なのだろうが、昨日以上に殺気だってるようにも感じる。
その視線の存在を俺の触角が捉えた瞬間に、鳥肌がブァァァァと気持ちの悪いほどの早さで立ったことからその殺気の強さが分かる。
……なんというか、気を抜いた瞬間何か金属製の鋭い物で背中辺りを刺されそうな気までしてくる。
実際にそうなったら俺の人生がバッドエンドだが。
しかし実際は視線以外に何もアクションはなく、俺たちは無事教室に着いたのだった、
来たのがまだ早い為か教室には思ったほど人はいなく、いるのは”あのメンバー”。
……つまりはユイとマサヒロ以外では律儀にも早く来て復習しておこうという数人の真面目な生徒達だけ。
一応釘を刺しておくが、ユイとマサヒロは決して真面目などではない、単にギャルゲやアニメ話をする為だけに早く来ている。
え、俺も来てたんじゃないかって……まぁそうっすけど。
……で、視線について教室を見渡すも何かを見つめているような不審な人物はいない。
しかし感じるのは三種のチーズインハンバーグも驚きな濃厚な視線。
なにこれこわい。
このストーカーまさかのプロの方なんじゃ?
……冗談はさておき、いや冗談じゃないかもしれないが。
実際その視線は存外に怖いもので、それから逃げるようにユキを連れてユイとマサヒロの話の輪に加わった。
休み時間。
美術授業での移動教室で美術室への階段へと急ぐ俺とユキの二人。
ちなみに俺らの教室である一年二組と美術室は階段を上り下りしなければならないのだった。
「急いでユウジっ」
「ああ、わかってる!」
そうして俺たちはといえば、片手に筆箱と美術の教科書を持ちながら階段を二段飛ばしで上っていた。
「ユウジが教科書ちゃんと用意しておかないからだよー」
「いや、すまんかったー」
そう、ユキの言う通り俺に非があった。
整理をしていなかったせいで美術の教科書を机内で紛失、前もって探し出しておけば事なきを得ただろうが、そこはガサツな男子クオリティ。
授業直前になって漁り始めるもそれが見つからない、そうして教科書が見つかった頃には移動教室の移動タイムに出遅れてしまった頃合いだった。
「ユウジはやく!」
「わかってる、わかってる」
準備が遅い人は片付けも遅い、案外多いパターンだろう。
自己擁護してんじゃねぇ? ……反省してます。
「よしおわったっ」
「うんっ! じゃあダッシュ」
ユキは足踏みしながら待っている。なんとも準備は万端だ。
行きもそうだが帰りもユイとマサヒロは「じゃあ僕らは先に行く」「我は描きたいのだオニャノコをっ!」とか言って無情にも世の中は冷たいなあと思いつつも先に行っている。
帰りも「僕らは先に行かせてもらおう」「今度は文章体の何かを読みたい衝動に駆られているっ! さらばだっ」と言ってチャイムが鳴れば予め十分な授業内容を行った後に速やかな片付けを実行の後に教室に撤収していった。
もう二人には休み時間に対しての謎の行動力を見せつけられている。
どれだけ自分の時間が欲しいのかと。
結局片付けのかなり遅い俺はユキを待たせ、いつのまにか残っているのは俺とユキの二人のみになっていた。
あれは授業に熱中し過ぎて授業内に片付けを遂行出来なかったのが主な要因なんだよな……次回から時計の時間を気にしよう。
「あと一分半かっ」
気付くと次の授業まで一分半を切っていた。
しかしまだ階段を一階分さえ降り切れていない……これは微妙にある脚力を発揮せねば!
「あっ、ユウジはやいっ!」
くそお遅れてたまるか! ちなみに遅れた分は”遅刻”としてカウントされる。
遅刻二回で欠席一つ分というなので単位を取るためにはかなりに侮れない。
ユキが若干遅れているがやむを得ない……いや、後で頭を下げて謝ろう。
じゃあ待ってやれよ? 遅刻ごときで欠席半回分も使っちまったら……普通にズル休み出来ないだろ!
というヘタレ主人公もびっくりな外道振りを披露している俺は、更に付け加えて――
「俺のせいだが、急ぐぞっ」
なかなか酷いヤツである。
「下りでそんなはやく走れな――あ」
その時、ユキの言葉が途絶えたのには理由があった。最後に付いた言葉の「あ」を不審に思い恐る恐る後ろを振り返ると――
「――――っ!」
なんと表現をすればいいだろうか……ユキが浮いていた。
と、でも言えばいいのだろうか、人は空中飛行を成す技術を手に入れたのか?
……冗談を考えても仕方ないので階段を踏み外したか、階段の滑り止め用ゴムシートの僅かな段差に躓いたのだろう、そしてユキの影は俺に向い――
「危ねえっ」
ドガッ――という音こそなかったが、結構な衝撃。
いくら女の子は羽のような重さとは言いそうだが、人が衝突するのだから、案外クルものがある。
気づくと俺はユキを地面へ落とさぬようにユキを抱きかかえながら宙で放物線を描いてから、地面へとぶつかる鈍い音と共に俺は地面に腰で着地した。
「つっっっ」
俺は腰を思いきりタイルの床にぶつけている訳で言い知れない鈍痛が俺を襲う。
しかし大事には至ってはいないようで痛みは直ぐに癒えてゆく。
ユキが(失礼かもしれないが)思いのほか軽かったのが俺にとって良かったのかもしれない。
「~~~~っ」
ユキが目を瞑りながら唸っている。
「ユキ大丈夫かっ?」
もしかしてどこかに体をぶつけたのだろうか? そんな不安に駆られる中。
「……へ? ユウジ? え? えっ?』
何か辺りを見回しながら混乱していた。俺はどうしたものかと周りを見渡すと。
「!」
そして今状況を理解する。座っているとはいえユキが俺に抱きつくような体制になっていたのだ。
それは俺にも言えることで、俺がユキに抱きついているようにも見える。
ベタだ。
ベタ通り過ぎてヴェタだ。
昔に我が家で使われていたのはVHSじゃなくてヴェーダだった、すごいどうでもよかった。
しかしそれがユキの神経を刺激したようで――
「あわわわわわわっ! えええ、えととと!」
ユキの言語機能が壊れてしまった。ユキは顔を真っ赤にして――
「ごめ、ごめんねっユユユウジ! け、けけけけけがしてない? だ、だいじょぶ?」
その余りのあわてぶりに俺もつられてしまい――
「いやっ! 大丈夫っ! 元気! 生きてる! うん!」
……こう冷静に考察してても、実は相当俺もパニくっている。
抱きつくという行為自体初めての童貞野郎には刺激が強いもので、なにか女の子のいい香りが……はっ!?
ちょっと待ってほしい、この状況を生徒どころか教師に見られたら!?
というかそれ以前に――
「す、すまんっ」
と謝りユキから直ぐに離れる
「こちらこそごめんっ! た、助けてくれたんだよね!?」
「い、いやっ! うん! まあ、なりゆきだけども! というか先走ってすまん」
「ううん、そんなこと……」
思わず肯定しちゃったよ。
自然にユキを抱きかかえちゃっただけなのに。
「……えっと、とにかくありがと」
「あ、ああ」
「……」
「……」
あ、あれ?
なにこの微妙にもどかしい空気、凄いこそばゆいんだが。
ええと……さぁどうすればいい!?
そんな時、キーンコーンのチャイムの音で、俺は平静を取り戻した。
「つ、次って数学Iじゃねっ?」
「あ、うん急ごうっ! ユウジ!」
と言って残りの階段を駆けていく俺とユキ。
そしてチャイムが鳴り終わった三十秒後、ちなみに教室に滑り込みするが数学担任の姿はなく。
「やぁー、ごめんごめん」
と、爽やか新米教師がその一分後に遅れてやってきたのだった。
その爽やかさに俺の急いだことによって消費されたカロリー返せよと心の中で静かに呟いた。
この時までには、おそらく”あの”視線が消えていた。
その時はなんとも思わなかったが、おそらく視線が消えた理由は――いわゆるゲージが吹っ切れたから。
ようは我慢の限界とかその類。
さきほどの事件が衝撃的で、思考する余裕など無かったのだが、確実に今”桐の言う次のヒロイン”のフラグが立っていたと思う。
しかしそのことに気づくのは少し先で、それはもう手遅れだった。
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