第002話 √0-1B 『ユウジ視点』『↓』


「おはよう、主人公」


 目の前には幼児体型な、茶と栗色の中間色の髪を左右でツインテールに結った幼女が仁王立ちしていた。


「……いつからここに、お前は居たんだ?」


 小学生な容姿の少女に問う。

 普通なら優しい言葉で接するべきなのだが――彼女は、明らかに単なる少女でないことを俺は直感していた。

 俺に要所で声をかけ、そしてまるで今のこの状況を理解していそうな余裕のある表情は年相応のものではない。

 だから俺は、大人げなかったとしても警戒の意をこめて接しているのだ。


「貴様がそのゲームを起動してからずっといたぞ」

「ゲームを起動してから……?」


 桐が指し示したのは床に転がるギャルゲーのパッケージと、そしてそのゲームを起動したデスクトップPCだった。


「おっと、ここで長話するとヒロインが呆れてしまうな――”時間停止”」

「っ!?」


 その幼女が何かを言った途端、世界は静止したのだ――俺とその幼女を除いて。

 外からのユキの声も聞こえなくなり、俺から見える景色はセピア色に一瞬にして変わった。


「ほれ、止まっておるじゃろう」


 俺の机にあった消しゴムを掴んで持ち出して、空中で離す――しかし消しゴムは、空中で静止したのだ。 

 何が起こったのか分からない、夢の延長線上なら覚めてほしい。


「お主も見たじゃろう――ヒロインの一人が車にはねられるのを」

「っ! ……なんで、お前がそんなことを知ってんだ?」

 

 目撃者としてなら違和感がないだろう。

 しかしおそらくこいつがユキのことを”ヒロイン”と呼ぶのは――ギャルゲーのヒロインとユキを同一視しているからこそだ。

 だからこそまだこいつは信用に値しない、こいつの行動意図が分からない。


 そしてそもそも、それは俺の見た夢のはずだった。

 何故こいつが俺の夢の内容を知っているのか、警戒を強めざるを得ない。


「そう警戒するでない、わしはお主の味方じゃよ」

「……味方?」


 とてもそうは見えない……見た目とのギャップが凄い老婆喋りの胡散臭さが半端ない。


「どうやらお主が”選択”を間違えるとヒロインが死んでしまうようじゃな」

「選択……?」


 選択と言うが意味が分からない。

 選択肢次第でグッドエンドにもバッドエンドにもなるような、好感度が上がるような下がるような……ギャルゲーでもあるまいし。

 

「そしてヒロインが死ぬことで、この世界は前には進まない――ヒロインが死なないようにするまで、この世界はループするじゃろう」

「っ! ということは、今は――」


 こいつに言われて俺はようやく気づく。

 年月日に時間を示す目覚まし時計を見ると――二〇一〇年四月二一日の朝、夢で見たさっきユキの声が窓越しに聞こえた時間だった。


「さっきの……夢じゃないのか」

「ああ、現実に起こったことじゃよ。ヒロインが死んだことで、世界は巻き戻ったのじゃ」


 夢にしては鮮明すぎた、リアリティがありすぎた。

 それでも世界が巻き戻る――なんてことの突拍子の無さに比べれば”夢”の方がまだ信じられたのだ。


「お前はなんなんだ! 今はどういう状況なんだ!」


 目の前の小さな幼女に八つ当たりするように、語気を荒げるほど俺には余裕がなかった。

 さっきユキが死んだということが実際に起こったこと、と聞かされて動揺しないわけがないのだ。


「わしはこのゲームのヒロインの一人にして”管理者”じゃよ」


 コイツは自分をヒロインといい、ピンと来ないような”管理者”とも名乗る。

 ますます訳が変わらない――



「そしてこの世界はギャルゲーと現実のハイブリッドな世界じゃ――その世界の主人公にお主は選ばれた」



「俺が主人公……?」


 思えばこいつが最初に俺に直接声をかけたのは「おはよう、主人公」というものだった。

 それはまるで俺が主人公だと言うようで、だとしても意味が分からなくて―― 

  

「そしてわしは、下之桐。お主の妹――になったのじゃよ」


 そしてコイツ……いや、桐は俺の妹になったらしい。

 いよいよ理解が追い付かない領域にやってきてしまったらしい――





 しかし得体のしれない存在がヒロインと名乗り、自称妹を名乗り、俺を主人公になったと言う。

 そんなのが容易く受け入れられるほど俺は能天気に出来ていない。


「なんで……そんなことになった」

「貴様のせいじゃよ主人公。あのゲームを起動したのがそもそもの始まりだったのじゃ」

「……は?」

 

 俺があのゲーム、あのクソゲーギャルゲーを起動したから? ……まったく意味がわからない。


「ゲームの起動によってお主の居る世界は書き換えられてしまったのじゃ」

「書き換え……?」

「お主の起動したギャルゲーと現実が混ざり合い融合した状態で上書きされてしまった」

「どういうことだ。俺はギャルゲーの世界に迷い込んだのか?」

「微妙に違うのう。いいか? お主のこれまでの現実にギャルゲーが混ざり込んだのじゃ、だから現実には存在しえないお主の幼馴染ヒロインが出現するに至った」

「ユキが……そういうことか」


 見覚えの無いユキという子が俺に親し気に接するのは、彼女がギャルゲーのヒロインだからなのだろう。

 そして彼女が主人公にとっての幼馴染なら――


「お前の言葉通りなら俺が主人公になったことで、彼女は俺の幼馴染になったんだな」

「そういうことじゃな。お主は現実側の人間で相違なく、わしや幼馴染ヒロインがギャルゲー側の人間じゃ――そして二つの要素が混ざり合ったことで、お主にとっての幼馴染になり妹になった」


 理屈はなんとなく分かってきた、それでも――


「それで……ユキが死ぬのはなんでだ」

「それはギャルゲーのシナリオでそうなっておるから、としか言いようがないのう。ギャルゲーのシナリオ通りに、現実でヒロインが死ぬ、そういうことじゃ」


 ギャルーのシナリオ通り、ということはそもそものあのクソゲーでユキは選択肢次第で死ぬということになる。

 ああ……本当にクソゲーだったんだな、アレ。


「そしてヒロインが死ぬのはギャルゲーではバッドエンドにしてデッドエンド、そこで話は終わってしまうのじゃ。ギャルゲーではコンテニュー、現実ではそれは世界の巻き戻しになるのじゃよ」

「……このままじゃ未来はないし、またユキは死ぬかもしれないってことか」

「理解が早くて助かるのう。ヒロインが死なない糸口を見つけ、ギャルゲーのシナリオを攻略しなければ――永遠にヒロインの死までの数分間を彷徨う、未来の存在しない世界となってしまうのじゃよ」

「…………」


 そしてそれが現実と混ざり合うと最悪だ、胸糞悪いゲームでしかなかったのが――現実で人が死ぬ理由を作りだしちまった。

 例えその人が、ヒロインが、ユキが、ギャルゲーの登場人物だとしても。

 創作上のことでなくなる、現実でのことになる、それがどれだけ頭のおかしなことか……次第に分かってきた。


 ……ユキが死なない為にどうすればいいか、それを考えなければならない。


「……俺はどうすればいい、主人公なんだろ? そのギャルゲーで俺はユキを助けられるんだろ? 現実ではどうすればいい」


 こいつが――いや、そうだな。

 俺の自称妹となり、下之桐を名乗るコイツ……桐がもし味方だというのなら、その攻略法を教えてもらうにこしたことはないだろう。

 

「お主、これからの攻略情報を知りたいか」

「教えてくれ」


 俺よりもずっと年下の子供に頭を下げるのは、正直良い気分ではない。

 それでも――例え彼女がギャルゲーのヒロインでも、仮想の存在でも、あの俺の名前を呼んでくれる、幼馴染になってくれる彼女を死なせたくはないのだ。



「そうか、ならば――わしに接吻をしろ」



 接吻――せっぷん、口づけ、キス(kiss)チュウとも言い、愛情表現のひとつ。

 人が自分の親愛の情その他を示すために唇を相手の額や頬、唇などに接触させる行為。


「はぁ? なんでキスをしなきゃいけないんだよ!?」

「そうすれば色々な過程ぶっ飛ばして、妹ルートに入れるぞ」


 真剣に話していた俺がアホらしくなってくる……こんなのが味方か。


「というか俺には犯罪まっしぐらルートにしかみえないんだが」


 こいつには常識の一つである”近親相姦”という事を知らないのだろうか。

 そして得体のしれないこの妹っぽい何かにキスした途端、何か弱みを握られそうですっごい嫌すぎる。

 まぁそもそも俺に幼女趣味は無いから、普通に無理なのだから。

 

「ほれ、早く」

「断る」

「つれないのう――もっともわしは、主人公に直接”答え”を教えることはできないんじゃがな」

「おい」


 なんだよ今の下りは、時間無駄にしただけだったじゃないか。


「”時間停止解除”まぁ早く行ってこい、貴様は学校じゃ」

「え? ああ……」


 桐はそう呟くと世界に色が戻り、空中に静止していた消しゴムが地面に落ちた。


「まあヒント位なら言っておこう――『選択肢は、お主によって作られる』ということじゃ」


 そうしていつの間にか桐の姿が俺の部屋から消える、瞬き一つの間の出来事だった。


 家の二階にある俺の部屋から考え事をしながら階段下りていく。

 ……少なくとも今の俺は何も知らない時の俺と違う。

 何も知らずにユキと登校し、ユキは交通事故にあって死ぬ――ことはもうないし、回避しなければならない


 今なら、もしかしたら俺に阻止できるはずだ。


『選択肢は、お主によって作られる』


 選択は俺によって作られる……俺が作る……俺が作りだす……。

 ユキと居る時にギャルゲーのようにご親切に選択肢のウィンドウが表示される、なんてことなかった。

 なら俺が選ぶべき選択肢とは――



「あー、遅いよユウジー」



 目の前で死んだはずのユキがここにいる。

 それは振り出しに戻されたからなのだが、彼女の死の光景を目の当たりした俺にはかなり複雑な心境だった。


「ユウジー、何でユキの顔じろじろ見てるのー?」


 意識はしてなくても俺はユキをじろじろ見ていたらしい。


「いや、なんでもない。待たせて悪かったなユキ、いやぁ家の目覚ましがストライキしててさ――」


 ここからはあの時と同じ会話をする……その間に考えろ。

 俺はどうすればいい。

 

 もしギャルゲーなら、ユキが死ぬか死なないかでどんな選択肢が事前に表示されるか。


「あっこんな時間だ! 急ごうっユウジ」

「あ、ああ」


 ここから変えなければならない。

 だというのに運命の時間は迫る、そこで俺は駆けだそうとするユキを――


「ち、ちょっと待ってくれ」


 俺はおもいきりユキの手首を掴み、そしてユキの直ぐ近くに俺は寄ったのだ。

 しかしそれは反射的な行動で、ついやってしまったことだった。


「ユウジ!?! いきなり手首なんて掴んでどうしたの? 遅刻しちゃうよ!?」

「そう、だな――」


 ギャルゲーで、もし好感度をあげるとしたらどうするか。

 相手が幼馴染にして気心が知れ、相手からされて悪くない提案は何かと考える――


 その時俺の脳裏に、ふとしたシーンがフラッシュバックしていた。

 俺が本当に小さな頃に、どうしてか誰かの手を引いたような――


 関係のないはずのことで、それを思い出したからどうということはないはずで――


「あぁ、それともユウジ。私と久しぶりに手繋ぎたかったり? 小学生以来かな、なんて」

「――それもそうだな」

「わわっ!? な、なにするの、ユウジっ」


 ユキが冗談交じりでも言ってくれた助かった。

 俺は少し強引にもユキの手に、俺の手を重ねるように手を繋ぐよう試みる。


「こういうのもたまにはいいだろ?」

「へっ? で、でも高校生だよ? こんなことして――」


 少しユキの顔が紅潮していた。


「別にいいだろ。それとも……俺がこんなことして気持ち悪いか?」


 この質問は正直汗ダラダラだぜ……断れれたらある意味バッドエンドだし、心が折れる。

 だが、幼馴染的ボジションで家まで迎いにまで来てくれる。

 そこまでで主人公としての親密度を考えてみると……断ってはこないはず。

 そう俺は計算する、というよりもそう思いたかったのだ。


 そして、ユキのその返答は――


「ううん! 別にいいの! いいんだよっ! うん、じゃあ手繋ご!」


 多少は予想していたとはいえなんとも嬉しかった。

 そしてユキが優しく手を絡めてきた……表現が聞きようによっては卑猥だが気にしないでくれ。

 これで――どうにか正しい選択肢であってくれ!

 

 その選択肢は”俺が呼び止め””手首を掴み””手を繋いだ”ことで生じるラグ。

 タクシーが通るタイミングとユキの通るタイミングをずらすという目的でもあった。



 そして目論見通りに後に目の前の交差点をタクシーが通り過ぎて行き、よく車が来ないか確認してからその交差点を超える。

 その時俺は――ユキが死なずにすんだことをじわりじわりと理解し始める。


 両方とも照れてか口数の少ない俺とユキの手と手は繋がったまま。

 通学路を歩き続け、こうして俺とユキは学校に着くのだった。

 世界はループされることなく、前に進めるようだった――



* *




「ふふふ……あの女、ユウジ様にあんなに近くで」



 女は不敵な笑みを浮かべながら二人の歩く姿を目視します。


「そろそろ行動を起こさないといけませんね……待っててください、ユウジ様っ」


 どこからか聞こえる女の声がそう呟いたのでした。



* *



「っと」


 周囲の目線を感じて昇降口では流石に手を離す。

 ユキも何故かは分からないが、惜しむよう俺の手から自分の手を離した……のだが。


「!?」


 さ、殺気っ!?

 この明らかに憎しみのこもった視線……複数居るだとっ!

 この暑苦しさも感じる視線は女子のものではない……おそらく大半は男子によるものだろう。

 

 じと~~~~という視線を感じる。」


 ……いや待て! その中でも一際深い呪いのようなものをドロドロに込めている奴がこの中に居るっ!?

 怒り? 悲しみ? 羨望? 嫉妬? ……全てが闇鍋のごとくぐっちゃぐっちゃに混ぜられた奇妙な視線。


「(誰だ…………!)」


 振りかえると、殺気とは関係のない全くもって意外な人物がそこには居た。


「おにぃーちゃん☆ さがしたんだよー?」 


 この猫かぶりっぷりからは想像出来ないがどうみても、見かけは完全に俺の妹になったらしい桐だった。

 そんな桐が無垢な笑顔を形作ってそこに立っている。

 小柄で愛らしいその姿は男にとっての理想の妹を鏡に写したようにも見える。

 

「ねー、おにいちゃん。聞いてるー?」


 ……それでいて何故にこいつがここにいるんだ?


「おにぃちゃん私ね、聞きたいことがあるのー」

「……悪い、ユキ先行っててくれ」


 とりあえず桐がわざわざこの学校まで来て聞きたいこと、または話したいこと……というのはこの世界のことだろう。

 果たして桐との話題を聞かれていいものか分からない以上、ユキを教室へ行くよう促す。


「あ……うん。じゃあ待ってるからー」


 少し驚いたように答え、ユキは教室に方へ駆けて行く……これでいい


「ちょっと来て、おにーちゃん」


 そして桐に連れられるまま、俺は――


「お、お兄ちゃんこんなところに連れ込むなんて……だめだよう」

「いや連れ込んだのお前だろ」


 一階から下の用具倉庫に続く階段の下のスペースで、桐は容姿に頬を赤らめて身体をねじらせながら言った。


「つれないのう、まぁ良い――おめでとう主人公。最初のイベントをよく乗り越えた、わしの見込んだ通りの男じゃ」

「いや、見込むも何も俺がたまたまゲーム起動しただけだろ」

「…………それはともかく」


 単なるお世辞だったようである。 


「次のイベントも迫っておる、注意するようにな」

「んなこと言われてもな……パターン的には教えてくれないんだろ?」

「もちのろんじゃ。ただ――今度はお主が新しいヒロイン相手に命の危機に瀕すことになる、気を付けるのじゃぞ」


 そうして桐はそれだけ言うと「またねー、お兄ちゃん☆」と帰っていった。

 なんというか見かけとか声とかによらず割と親切なヤツなのかもしれない。

 にしても今度は俺が命に危機に瀕すとは……割とろくでもないゲームなのかもしれない、シナリオライターの顔が見てみたいものだ。


「さて……と」


 しかしこれで胸をなでおろすことは出来ない、そう……おれの戦いはこれからだ。

 さきほどのユキとの手つなぎシーンやかわいい妹(猫かぶりヴァージョン)を持つ俺を見た男子生徒は怒りに身を狂わせている。

 そうリア充シネ。

 お前の妹がこんなに可愛いわけがない。

 羨ましい、どちらもよこせ。

 ……俺への嫉妬に燃え狂う男子の刃から身を守りながら、我が教室に向かわなければならないのだ。


「……これはちょっとしたアトラクションだぜ」


 そう一人呟いて、一気に勢いをつけて階段を駆け上がる。


「とりゃあああああああっ!」





「はぁ……」


 俺は教室に着いた途端机にうな垂れ、盛大にため息をついた。


「死ぬかと思った」


 阿鼻叫喚の地獄海図。トラップ満載当たれば即バッドエンド行き、その中を潜り抜けてきたのだが――

 語り尽くせないのが惜しいぜ!

 ……今なら俺がその戦闘シーンを躍動感溢れる文章で原稿用紙三枚は書ける自信があるんだがな。


 そして今の出来事も十分死に瀕しているといえばそうなのだが、桐が言っていた『ヒロインの』部分が噛みあわない。

 だから今のハイクオリティバトルアクションと別に――俺はまた命の危機に瀕すのだろう。


「ようーユウジ」


 軽っぽい男の声が聞こえる。


「よー……」

「どうしたユウジ死にそうだぞ?」


 いや、本当に死にそうだったんだよ。


「まぁ気にするな」

「そういえばさーユウジ、最近新しいアニメ会社が出来てな―――」

「へえ、そういうの詳しくないけど。業界も大変なんだな」


 こいつ、高橋 政弘(タカハシ マサヒロ)

 中学時代からの付き合いの悪友二人の内の一人で、完全なるオタクのこいつに俺は毒されたといっても過言ではない。

 まぁ俺はアニメにまったく興味がなかった訳じゃないので、完全な被害者とは言い難いけど。

 そして――もう一人はというと。


「むむ、今日もお勤めお疲れでありますぞ」


 独特というか何とも言えない喋り方をする彼女。

 ……彼女で合っている。女子生徒なのには違いないのだが……その容姿や性格を見ても色気の欠片もない。


 巳原 柚衣(みはら ゆい)


「昨日の”らのべがーるず”は見たかな? 一人コンテ・演出・作画監督・原画とは素晴らしぬ1―――」


 ボーイッシュという訳ではない。オタク色に染まりすぎて女性というものを見失った感じだろうか。

 女子生徒の着るオーソドックスな白に紺のラインが入ったブレザーに、スレンダーなスタイルにセミショートの茶髪、足は長く肌も白いのだ。

 そこまで聞いたらのならそれなりの良いスタイルの持ち主にも見えるが、そうは問屋が卸さない訳でして。

 「コンタクトは好かん」と言ってメガネをかけているのだが、それが糞ダサイ。

 その眼鏡はというと見事なまでに丸メガネで、さらにグルグル模様まで入っている。どこでそんなもん買ってくるんだよ、と思うシロモノを身につけ、更に――


「マサヒロは昨日の”らのべがーるず”見たか?」

「おー、なんかスタッフロールが一人しか居ないのはふいたわ、HAHAHA」

「あの人は前にも一人回やったからぬ、注目すべきぞい」

「おう、意識してみるぜ」


 こいつら何言ってるの? まず俺には分からない。

 俺もアニオタの括りではあるのだが、ここまでディープではないというか……面白いアニメは楽しく見る! 

 それだけで、声優も「可愛い声してるなー」とか「いい演技してるわー」とは思うが、中の人まで興味は沸かないような浅い具合である。

 それでもこの三人でアニメトークしているのはなかなか楽しいものがあり――


「そういえばお前はまたユキさんと登校したのか」

 

 そしていきなり話題が変わった。


「あ、まあな」

「むむ、なんというギャルゲの序盤展開」


 いや……ギャルゲだから。


 さっき”中学生時代からの付き合い”といったのをお覚えだろうか。

 その通りの話なのだが、考えてみてほしい。

 この世界はギャルゲーの内容で書き換えられたはず、今までの日常の要素がここまで残り、こいつらといつも通り話せているか、桐が言っていたことなのだが――


『そしてこの世界はギャルゲーと現実のハイブリッドな世界じゃ』


 つまり今まであった日常こと”現実”に”ギャルゲー”びキャラやシナリオを繋ぎ合せたハイブリッドな世界。

 その結果としてギャルゲーのヒロインは登場するも、今までの人間関係に変更は出ていないと考えていいのかもしれない。


「本当お前ユキさんと中学時代から仲いいよな」


 ……ただ、辻褄合わせのために周囲の人物の記憶が書き変えられているようだ。

 勿論ユキは世界の書き換えによって生まれた存在で、中学時代から仲が良いというのはありえない。

 ゲームの設定が影響しているのだろう。そのせいでかなりややこしいことになっている訳だけど……そんな違和感を持つのは”この世界の正体”を知る俺ぐらいなのだろう。


「そのユキさんはいずこへ?」

「あっ、ごめんユウジー」


 教室の扉付近から聞こえるユキの声。


「噂をすればなんとやら」


 ユキが話している俺たちの方へパタパタと駆けてくる。


「……そういえばさ、さっきの……い、いきなりあの手を繋いだのにはどんな意味が……あったのかな?」


 などとモジモジしていうのは可愛いのだが、クラスの中で言わんでください。


「ユウジ貴様、抜け駆けたな!・」

「なんと! 既にルートは確定しているのかっ、裏山ですぞ~」


 案の定ややこしくなったな……とりあえず。


「いやたまには手、繋ぎたくなることあるじゃん?」


 ぶっちゃけ自分では”ないな”と思っているのだが。

 幼馴染相手というか、まして恋人同士でもあるまいし、思春期まっさかりで手を繋ぎたくなるなんて――精神が追いつめられ、よっぽど人恋しくないと無理である。


「一理あるぬ」


 ねえよユイ。


「あの繋がった時に感じる相手の汗! たまらねぇ」


 ……それはマサヒロお前が汗フェチなだけじゃないか? 


「う、うんまぁ……あるっちゃあるけど……」


 え……ユキもあるんだ

 まあそんな他愛のない話題で盛り上がり、そうしてホームルームの始まりのチャイムが鳴る。


「……ユウジとたまに手繋ぐのも悪くないかもね」


 そしてユキは俺にそう耳打ちしたかと思うと自分の机に笑顔で向かっていった。

 ……惚れてまうやろ?





 ……おっとここで俺の紹介を少しだけ。


 下之祐二(シモノ ユウジ)

 

 容姿普通、学力普通、性格普通を決め込む……はずだったが、見事にオタクの道へまっしぐら、ちくしょい。マサヒロやユイとつるんでいることが多し。

 そして最近になって、何故か俺はゲームの主人公になってしまったようで。

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