トロンボーンパートは練習しません。
まぐろどん
第2話 トロンボーンパートは声優を目指す。
「いやー、あのさ、越智さん」
「なんですか、先輩」
「俺声優になりたいわ」
「は?」
「楽器吹いてる場合じゃない」
「いやいや」
春うららかな四月。
我が南高等学校、同中等部管弦楽部はパート練習の時間になっていた。
ヴァイオリン、フルート、クラリネット、トランペット・・・。
新入生は入りたいパート練習の教室に向かう。
しかしまぁ・・。
トロンボーンパートに人が来るはずもない。
そのため中等部2年B組の教室をあてがわれたトロンボーンパートは、在校生だけで5月の定期演奏会に向け熱心に練習している体(てい)になっている。
が、
眼にらんらんとよからぬ情熱を燃やした、我らがトロンボーンパートパートトップ高等部1年D組犬塚夏樹(いぬづかなつき)先輩は楽器をそっと床に置き、おもむろにもう一度言った。
「声優に、なりたい」
「いやいやいやいや」
私もそっと楽器を床に置く。銀に教室が鈍く反射する。
「声優って」
私、中等部2年B組越智春音(おちはるね)は鼻で笑って否定する。
「いやでもさぁ、越智さん」
先輩は軽いグーを作り、口元にもっていく。考える癖だ。
「ちやほやされたい」
「はぁ・・・」
「アイドルみたく、ちやほやされたい」
「・・・。」
「エレクトリカルパレードみたいなのに乗って手を振ってわーきゃー言われたい」
「いやいやいや・・・」
「NATSUKI!マジ推し2000%!!!とかって書かれたウチワ、あれ俺に掲げられたい」
「まぁ・・なるほど」
「わかってくれる?」
「いやわかんないっすけど」
練習しろよ。
「でもさ、正直ね、いや正直でいいよ」
「はい」
「俺の顔って、レベル何の、何よ」
「・・・うーん」
先輩の顔を見る。
色白で眼鏡で身長は・・・175くらいか。
「ちゅうの、」
「中の!?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
先輩の目が見開かれる。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・中ですね!!!」
「おっし!!下じゃない、おっし!!セーフ!!」
セーフなのだろうか。
まぁセーフか。
「で、なんで声優になりたいんしたっけ」
「ああそうだった。」
本題本題と先輩はつぶやく。
「考えてみてくれよ、越智さん!!」
「はい」
「このまま高校卒業し大学卒業し就職し!」
「はい」
「顔面中の中の俺がこれからちやほやされることが人生にあろうか」
「どうでしょ」
「いやない!!!」
ガタガタっ!!!起立。
「反語、てか立ち上がんないんで下さいよ、座ってください」
「ああごめん」
座りなおす。
「あれっすか。ちやほやされたいために声優になりたいんっすか」
「さすがだ。越智君」
「いやいや・・・無理ありますって」
首を振る。
「俳優とかジャニーズは前提としてイケメンじゃん。でもさぁ、声優は違うじゃん」
「失礼極まりないっすよ」
「だから俺もいけんじゃねって」
「多分そういう人たちって、顔をしのぐ声・演技力があるからちやほやされるんじゃないっすかね」
「なるほど」
先輩は椅子にのんべんだらりともたれかかり、天を仰いだ。
「あー・・・演劇部無いしな。うちの学校」
「ないっすね」
「立ち上げるのもしんどいしなぁ・・・どうしよう・・・」
「練習しましょうよ」
ト、ト、ト、ト。
新入生見学がない今日も、隣接する教室からはメトロノームの音のロングトーンが聞こえる。
「あ、そうだ」
「何すか」
「オーディションしよう」
「どういうことっすか」
「越智さん審査員やって。夢をつかめ!越智オーディション!」
「ネーミングセンス」
というわけで、私たちはだらだら準備をする。
教室の机の一部をまんなかに持ってきて、4つくっつける。
その真中に、防災頭巾(静岡なら必ず椅子にくっついている)を、座布団替わりにひとつ敷く。
そしてそこに先輩が立ち・・・
私は黒板にざっくりと、「新人声優発掘オーディション」と黒板に書く。一瞬あれ?何やってるんだ私という疑念をが湧くもまぁ書いてしまったから仕方ない。
「いっすか?」
「いいよ」
黒板前に置かれた教壇に肘を置き、指を組む。
先輩は机の上で気を付けをしてまっすぐこちらを見ている。
「はじめますね」
「了解」
言い放つ。
「それでは受験番号27番」
「はい!!!」
机の上に立った先輩が背筋を伸ばし、意気揚々と返事する。
「名前は」
「イヌヅカナツキ、16歳です!!!好きな食べ物はホットケーキです!!!」
好物微妙すぎる。
「まぁいいわ。なんで声優になりたいと思ったの」
「ちやほやさ・・・」
「はいアウトっす」
「注目された・・」
「言い方変えればいいってわけじゃないっす」
「SNSで10連ガチャ結果呟いてちやほや・・・」
「結局ちやほやじゃねっすか」
「でもSRいやSSRがでなくても僕はきちんとツイート」
「そういう問題じゃねっす」
「え、百合営業した・・・」
「先輩がやったらセクハラっすよ」
埒が明かない。
咳払い。
「志望動機はまぁいいわ。セリフ、何か言って頂戴」
「セリフ・・・ですか」
「ええ、どうぞ」
すぅ・・・先輩は、息を吸った。
吹奏楽器をやっている分あって、お腹がわずかに膨らむ。
そして、
「春はあけぼ」
「失格!!」
「なんでですか!越智審査員長!」
「なんでですかってなんでっすか!それセリフじゃないすし!」
「じゃわかったよ。やり直そう」
「そっすね」
咳払い。
「志望動機はまぁいいわ。もう一つ、チャンスを上げる。
セリフ。何か一つ頂戴」
「任せろ」
「頼んます」
すぅ・・・っ。
先輩は息を吸い、
腹部がわずかにふくらみ・・・、
「私は超勇気生命体コンタクト用ヒューマノイドインタふぇ・・・ゴホゴホゲッグァ、ゴホッ!」
「失格!!」
「なんでですか!越智審査員長!」
「いやいやいやいや、噛むなよ!そこ噛むなよ!」
「セリフじゃないですか!」
「セリフだけども!噛んだら終わりでしょうが!」
「ヒューマノイドだからしゃあない、人間味が求められる」
「しゃあなくないっす、もとめてないっす」
「学校を出よう!」
「何すかそれ・・・やり直しましょう」
咳払い。
「いーい?もう一度、チャンスをあげる。
ほら、何か一つ言ってちょうだい」
「ナツキ、いきます」
「その調子っす」
先輩は今度こそ、と意を決したような顔をした。
ふぅ・・・と、まず息を吐き、
その分すぅ・・・・と息を吸った。
そして、
「会場の、だいだいだぁーいっすきな、おにいちゃーん!!♡」
「カマ声!」
「ライブビューイングのおにいちゃんもみてるーうっ!?」
「ライブはじまた」
「きょうはライブに来てくれてありがとーう!!ナツキ子のうた聞いてくれた―?へへ・・っ、嬉しいですっ」
「ナツキでいいのでは」
「みんなー、お風呂ははいってくれたかな?!ナツキ子はぁ~、お風呂清潔感ある人が好きだお~?」
「だおとか久々に聞いた」
「それでは、最後の曲、歌います」
「吹けや」
「ナツキ♡ラブシンドローム」
「ネーミングセンス」
そして犬塚先輩改めナツキ子が息を吸った・・・・
刹那、
「犬塚ぁっ!!!練習しろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ズバァァァッ!!!!!!!
騒音と共に開くドア。
「?」
先輩と私、
揃って教室の入り口に目をやると・・・。
「音聞こえないと思ったら!!!何やってんの!!!あんたたち!!!演奏会まで時間ないの!!!!!練習して!!!!!」
ホルンパート高校1年松田智実(まつださとみ)先輩が、いた。
脚はかっぴらき、手は腰に・・そして顔はまっかっかである。
黒縁眼鏡の向こうの目玉はらんらんと光っている。
「練習!!!しろ!!!!」
ぐいぐい犬塚先輩に詰め寄り、先輩が乗る机を揺らす松田先輩。
「ご・・・ごめん!危ない!」
「ごめんてあんた何回目よ!!!!」
ギュルッ、と先輩はわたしの方も向くと、
「あんたもね!」
「す・・・すみません」
結局、
松田先輩は気が済んだのか、片づけを命じるとづかづかとホルンパートに割り当てられた2年A組に戻って行った。
そして犬塚先輩と私は、渋々机を戻す。
「てか、最後のもセリフじゃないじゃないっすか」
椅子を運びながら、松田先輩に抑圧されたツッコミを再開する。
「ライブしてみた」
「いやいや、なんでや」
「それな」
「いや本当それっす」
「てか越智さんもなんか、審査員長として「いい女」風気取ってたよね?」
「げ、ばれてましたか」
「結構酷かったよ。棒」
「言わないでください」
「不合格」
「おい」
こうして先輩の進路と、なぜか私の進路もひとつ、絶たれたのであった。
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