最後に
夜久 晶
あなたに一つだけ。
自転車小屋から見るあの夕日はとても綺麗でしたね。
元気にしていますか?
校門まで続く道の砂利に足を取られ、あなたの前で恥をかかないように、と必死に自転車のハンドルを握っていた事を思い出します。
ところで先日、結婚されたと伺いました。
おめでとうございます。
私も昨年、第一子に恵まれ、お母さんとして頑張っております。
里帰り出産だったので、一ヶ月ほど地元に戻っていたんです。産まれるまで暇だったので、実家の自室整理をしていたところ、あなたに借りた本がそのままだったことに気が付きました。卒業アルバムも出てきましたよ。
三年生の時、私以外いなかった教室にいきなり入ってきて、部活を引退してすることがないから本を紹介してくれなんて、ぶっきらぼうに言ってくるもんだから、冷やかしだと思っていました。
それまでクラスが一緒だったのに一度も話したことありませんでしたよね。
でもあなたは、私の勧めたものはきちんと読んでくださっていて、本当に嬉しかったんです。
それから、夏休みに入り、図書館でばったり会った時なんかには、胸がドキドキして顔が緩むのを必至に押さえ込んでいました。
埃にまみれたあなたの本を読み返していると、私の青春をものすごく思い出させてくれるんです。
卒業間近でバタバタしていた私に珍しく、おすすめだ、なんて本を渡して去っていた時、泣きそうで、胸が苦しくて、大変でした。
意外にも恋愛小説だったので、少し驚きました。でもあれが、みんなの前で話しかけてくれた最初で最後の思い出なんです。
そんなことを思いながら、あなたを思いながら本を開くと、また違った物に見えます。
一つだけ、本を返しそびれてごめんなさい。
気づかなかった。気づけなかった。
ある一行にマーカーが引いてある事。
私もあの時返せばよかった。
隣の行の「私も好きです」にマーカーを引いて。
最後に 夜久 晶 @akirayaku
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