第71話 女中メラニー

足をすすめるために地面にめり込んでるのかと思うぐらいふかふかの絨毯に呆れる。こんなのに時間と金を使うなら、離宮をもっと守りやすい形にしておくのを優先した方が良かったはずだ。


落とすのにものの数時間だった。ジェルマさえ居なければもっと早かっただろう。



「なに抱えてんだ?」

「籠」

「そんなんみたらわかるわ、馬鹿か。そうじゃねえよ」



戦いが終わって、あやす技術のない私たちは泣きつかれて自然に静かになった籠をもってウォルトの案内に従った。

ウォルトは意外と赤ん坊の扱いに慣れていた、弟妹が多かったと教えてくれた。子供が子供を連れてる状態の私や、ルネに既に魔力があるせいで触れることすらできないイアンとは大違いだ。


私たちでは育てるのは圧倒的に無理。


その結論に至って「どうするかなあ」と悩みながら歩いて、表から攻めた部隊と合流した。合流するなりジャックが目を平たくして呆れてくれた。

私が腕からぶら下げているのは真っ白な明らかに貴族様御用達の籠、私たちの持ち物でないのは確実だ。



「マールいた?マールに返品したい」

「あ?お前らに三人行ったんじゃないのか?」

「いや、ジェルマしか会ってないよ。で、これ、ルネ」

「は?」

「拾った」

「戻してこい」

「戻してきたい」



でも誰もいない庭園にジェルマが連れてきたルネを置いてくるわけいかないじゃないと正論なのに誰にも賛同されない意見を言うと、近くで捕虜として扱われていた侍女のうちの一人が教えてくれた。


背筋が伸びたいかにも仕事ができそうなお姉さんだ。栗毛のふわふわとした髪の毛がひとつももれなくリボンで結われている。リボンなのにすごい。



「マール様は先日、亡くなられています」



ルネの返却先が無くなった。


私が思わず籠を取り落としそうになってジャックが慌ててキャッチした。「殺そうとすんじゃねえ!」とジャックに怒られるが、故意じゃない、第一それが目的ならもっと楽な方法をとる。

そう言えば人間性を疑うかのような半眼があちこちから向けられた。


ルネがテミスとよくわかる可愛い赤子だからに違いない。ホント、勘弁願いたい。でもこんな赤子なのに既にスキルレイピアがあることに気がついてほしい。明らかに普通の子じゃない。



「ルネも捕虜としてまとめて渡せたり?」

「俺らには判断つかん、ジゼルが戻ってくるまで置いておくしかないだろ」

「肉体派の悲しい現実!」

「うるせえよ、お前よりマシだ!」

「どっちもどっち」

「メイは黙っててくれ…」



ジャックと同じレベルに思われてることに少し凹んだ。



「わたくしはメラニー、私がルネ様を預かります。私はテミス家の仕える女中の一人です」

「そうしたいのは山々なんだけど、貴族の赤ん坊を使用人に渡して王都に戻していいのか、現場の私たちじゃ判断できないのよ」



離宮を襲撃した理由はここにテミス、加えて多くの衛兵がいるからである。正直なところ、ここじゃなくて王都にいるならそれは問題ないので、大半の侍女や貴族を王都に戻す予定だ。


逆にあいつら強いぞ!と言いふらしてもらうための手段でもある。離宮があっさり陥落したという事実自体が、私たちが端的に強いと伝えてくれる。



「まあこの状態の赤ん坊がテミスとして実戦に出てくるのは数年はかかりそうだし、返してもいいような気がするんだけど」

「姉さん、違います。逆です」

「どういうこと?」



籠をのぞきこんでも、泣いた涙の乾いたルネが大人しく寝ているだけだ。白い刺繍の入ったガーゼはその小さな手に引き伸ばされて、元の模様がよくわからない。



「彼女に預けてルネになにかあったときに、捕虜の取り扱いの不手際を責められる可能性が高いのでルネを私たちの判断で預けられないのです」



中世感覚のこの世界で意外と捕虜が大切にされてる。なんだか意外な気がするが、対象の捕虜は貴族たち、まあそうなのかもしれない。

庶民である冒険者側の捕虜がどうなったかとか、聞かないし、攫われた魔法使いの行く末はあまりいいものを聞かない。


そして、今私の手の内にいるのは恐ろしいほどに強いテミスの赤ん坊、なにかあってルイスがブチ切れるだけで国ぐらい普通に滅びそう。


大切にしなきゃいけないのは納得した。



「ジゼルさん、プレゼント!」

「絶対にいらん!また拾ってきたな!!」



特徴のあるハイヒールの叩きつけられるような荒々しい足音を聞いて声をかければ即座に怒られた。納得いかない。



「ルネを拾っちゃったんだよね!」

「また厄介事を」



深いため息をついたジゼルさんはそれでも何かいい案があったらしく、悪い笑顔を浮かべた。


ユーゴさんと違ってジゼルさんは厄介事を持ち込んでも罪悪感がないぐらい、ジゼルさんが悪役の顔をする。



「駄々こねる衛兵を黙らせてくれよう」



白い籠をメラニーに持たせ、メラニーとその近くにいた数名を連れてジゼルさんは立ち去った。



「危なかった、育てろ言われたらどうしようかと思ってた」

「…そうですね」

「お前らじゃ、普通に無理だろ。戦場に連れてく気か」



ご最もなジャックの言葉に大きく頷いた。


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