第14話 武術大会予選
武術大会予選の朝はすっきりとした晴れ模様だった。出場するニコラとフィーダは既に夜明け前から起きて、軽く運動して身体をほぐして大会に備えていた。朝食も宿に大会に出る旨を伝えて早めに用意してもらった。
「ニコラもフィーダも頑張ってね!あたしも後で応援に行くから」
宿を出る際にセレンから激励を貰い、男達は戦いの場へと赴く。心身ともに備えは万全、何よりニコラにとってセレンの言葉が一番の励みになる。負ける要素など何一つ無かった。
予選会場となる円形闘技場には既に百人超の参加者が集まって熱気渦巻く異様な雰囲気を醸し出していた。彼等にとって自分以外はほぼ全て敵であり慣れ合うような間柄ではない。ある者は勝ち続けて立身出世を、ある者は優勝して望みを皇帝に叶えてもらう為に、またある者はただひたすら闘いを求めて。生まれ、育ち、種族、目的―――――ありとあらゆる物が違う約百名だったが、一つだけ一致している事がある。彼等は全て戦うために集っている。それだけは覆しようのない事実だった。
闘技場にはロープを張った簡易的な円状の柵が五個造られている。百名を本選十六名に絞るにはそれなりの時間を要するので、一度に複数試合を消化出来るように簡易な場が設けられたのだろう。円一つ一つはかなり狭く、あれでは弓のような遠距離武器は役に立たない。過去に予選を通過した弓使いが一人も居ない理由がよく分かる。
だが、ニコラの隣にいるフィーダはそのような地形の不利を言い訳にして負けを粛々と受け入れるほど素直ではなかった。彼もまた戦いを選んだ以上は勝つ気でいる。
五十名ほど呼ばれた後、フィーダの番号と名が呼ばれると周囲の注目は彼に集まる。多様な種族の入り乱れる帝都でもエルフの姿を見た事のある者は限られている。それも褐色肌のエルフは誰も見た事が無く、武術大会では全くの不向きである弓を携える姿には否応なく衆人の視線を集めてしまう。
友人であるニコラも彼の戦う姿を見たかったが、残念ながら彼自身も呼ばれたためにお預けとなってしまった。
直径10mもない柵の中に相手選手とともに入る。正面に選手を見据えたニコラには気負いも緊張も無いが、反対に相手選手は目に見えて緊張している。まだ年若く、十六~七歳のニキビ跡が目立つ人間の少年。田舎から夢を抱いて都にやって来たと一目でわかるような純粋さが眩しい。そんな少年から見れば、明らかに頭一つ分以上違う体格のニコラは初戦で当たりたくない難敵と思えた事だろう。
互いに礼を交わし、審判の開始の合図が下された。
冷静に長方形の大楯と棍棒を構えるニコラに対し、少年は些か血気に逸り不用意に距離を詰めようとする。それをニコラは不必要な悪手と断じ、少年が先に仕掛けると読んだ。
「おおおおおォ!!!」
相手選手の雄たけびのような声はニコラへの威嚇ではなく自らを奮い立たせる自己暗示に近かった。その威に乗り掛かる形で木剣をニコラへと振り下ろす。それは何の技量も無いただただ、勢いと力に任せた不器用な一撃だった。
「ぬるい」
そんな力任せの一撃は、同じように力による大楯との衝突によって簡単に弾き飛ばされた。圧倒的な力による蹂躙。本来盾とは武器から身を護る為の防具だが、同時に極めて頑丈な殴打武器としても機能する。ニコラはその優れた膂力を遺憾無く発揮し、発展途上にある貧弱な少年の一撃を倍返しとばかりに叩きつけて、剣どころか体全体を吹き飛ばした。
中空に浮かされ、踏ん張る事も出来なかった少年はそのまま柵の外へと放り出されて、背中から地に着いた。すぐに上半身を起こしているので目立った怪我はしていないようだが、弾き飛ばされた剣を探す素振りは見せなかった。あの一撃で相手が遥かに格上の戦士だと、痛いほどに思い知らされて心が萎えてしまった。
審判もその様子から続行は無いと判断したが、形式上意思確認は必要だったので少年に尋ねるものの、彼は首を横に振って降参の意を示した。
「勝者88番、ニコラ=コガ」
まず一勝目を挙げたニコラはさほど嬉しそうにはせず、相手の少年を起こすために柵の外へ出る。
「怪我は無いか?」
「う、うん。ありがとう」
差し出された手を握り返して少年は立ち上がる。
「勝負だから悪く思わないでくれよ。俺にも色々と譲れないものがある」
「い、いいよそんなの。オラが弱かっただけだから…」
悔しくないと言ったら嘘になるが、それ以上に自分を負かした男が神話の英雄のように雄々しく見えた。彼のような偉丈夫と戦えただけでも自分は誉のある男だ。そう思わなければ情けなくて涙が流れそうになってしまう。田舎の村で一番力が強いだけの悪ガキなんぞより強い相手が都にはゴロゴロ居て、簡単に騎士になる夢もろとも叩き潰す。ただそれだけだった。
「その、出来ればアンタが優勝してくれ。だったらオラは村に帰っても恥ずかしくねえ」
「―――ああ、出来ればそうするつもりだ」
敗者からの激励にニコラは微笑を浮かべて快く了承した。少年はそれを見て清々しい顔で闘技場を去って行く。その背中を見送るニコラは一言『勝負だからな』と自分に言い聞かせるように呟いた。
一回戦を難なく通過したニコラは、同じく無事に勝てたフィーダと掌を打ち合い、お互いの健闘を称える。
「あの狭い場所でよく弓で勝てるな」
「今回は相手の牛人が舐めて掛かったから簡単に勝てただけだ」
彼の話では距離を詰めようとする前に、速攻で矢を三本同時に放って終わらせたらしい。三本の内、首と心臓に当たり、そこで審判が勝利宣言して試合終了。当たったのが矢じりを外した羽根付きの木の棒だったから怪我も無かったが、牛人のポカンとした顔が笑えたそうだ。
「それは是非とも相手の顔を見たかったな」
「お前も余裕だったんだろう?顔を見ればわかる」
フィーダの軽口に適当に相槌を打って返す。彼の言う通り、あの少年のような素人なら楽に勝てるだろうが、勝ち抜けば勝ち抜くほど弱い相手は淘汰され続けて上澄みだけが残る。それにクジ運如何では早くから油断の出来ない達人とかち合う事もあると思うと気は抜けなかった。
数時間後、一回戦が全て終わり続いて二回戦が始まる。今度は早くからニコラが呼ばれた。
次の対戦相手は体中に傷のある狼人だった。装備はニコラと違う丸い大楯を持ち、槍を携えていた。戦い慣れた姿から、おそらく元兵士か傭兵経験者と当たりを付ける。
審判の開始の声と共に狼人は矢継ぎ早に槍を突いてニコラを牽制する。楯で防がれるのは承知の上だろうが、肝心なのは間合いを詰めさせない事だろう。リーチの長い槍を最大限活かすならニコラでもそうする。
しばらくは狼人の一方的な攻撃が続き、ニコラは防戦一方に見えたが、それは誤りだった。
単調な攻撃の最中、突きから引き戻しのタイミングを計っていたニコラは相手に楯を投げつけて視界を遮った。驚く狼人は咄嗟に避けたが、それが決定的な隙となり距離を詰められて、あまつさえ槍の柄を掴まれて体勢を崩され前のめりになった。その上で頭頂部に棍棒の一撃を喰らった狼人は悶絶して立ち上がれなかった。
「勝者、88番ニコラ=コガ」
勝利宣言の後、担架に乗せられる敗者を見送り、柵から出ると観客席から聞き覚えのある声援が聞こえた。応援に来たセレンが手を振っていた。
「やったねーニコラー!!恰好良かったよー!!」
「ああ、ありがとうセレン!出来れば後でフィーダも応援してやってくれ!」
美少女の黄色い声援を喜ばない男はそう居ない。ニコラもその例に漏れず、訓練以外の慣れない白兵戦による精神的疲労はかなり癒された。実に単純である。
メンタルケアの済んだニコラは次の試合まで情報収集の為に他の選手の戦いを見る事にした。
一度振るい落としを経たのである程度の実力を持つ選手が多い。中には明らかに戦闘訓練を受けた玄人もちらほら混じっており、勝てそうにない猛者も何名か居る。
あと一度勝てば本戦出場を果たせるが、運が悪ければ彼等のような実力者と今日戦わねばならず、いずれ本戦でも戦う事になる。これはいよいよもって地球文明の兵器技術に頼らねばなるまい。
フィーダも二回戦を無事に勝ち上がり、セレンから祝福の声援を貰っていた。
いよいよ三戦目、これに勝てば本戦への切符が手に入る。出場者も百十余名から三十二名にまで数を減らし、数名からはよりピリピリとした雰囲気が漏れ出ている。狙いは優勝だろうが例え本戦で負けても健闘すれば観覧する領主の目に留まり、個人的に雇われる可能性も無いわけでは無い。それほど予選と本戦とでは天と地ほどの差が出てしまうのだ。故にどうにかあと一戦勝とうと躍起になっていた。
「―――――89番フィーダ、10番ジョン―――――107番ゼゼン、88番ニコラ=コガ」
「お互い呼ばれたか。今日最後だ、油断するなよフィーダ」
「お前こそな。応援しているセレンを落胆させるなよ」
互いに軽口を叩き合い、勝利を願って戦いの場へと向かう。その間、ふとニコラはフィーダの対戦相手の顔を見る。少女と見間違えるような華奢な体躯の少年だった。顔を半分隠しているが、それでも13、4歳の幼い顔つきは隠せそうもない。だが問題はそこではなかった。信じられないが、あの少年は恐ろしく強いのだ。それも自身を含めた参加者の中で誰よりも強い。例えフィーダが弓を十全に扱える広い場所に陣取っても、あの少年には勝てない。兵士として冷徹に両者の力量差を読み取った上でのニコラの下した結論だった。
友の敗退を予測したニコラだったが、さすがに自身の戦いまで疎かにすることは無い。柵の中へ入り、対戦相手と向かい合う頃には既に臨戦態勢は整っていた。
「――――おっ、また会ったな。大事な服の洗濯は終わってるのか?」
「―――――そうだな。前は随分と恥をかかせてくれた。だが今日は運が良い。雪辱を晴らす機会がもうやって来た」
喉を唸らせ威嚇する虎人の獰猛な顔に走る無数の刃物傷には見覚えがあった。数日前にセレンにちょっかいを出して、尻尾を巻いて逃げた内の一名だ。
ゼゼンという虎人は怒りと恨みを晴らす機会に酔い痴れ、トゥーハンドソードを模した木剣を天に向けて掲げる。まるで己に恥をかかせた罪人の首を切り落とす役目を天から仰せつかったかのような大仰な仕草に、思わず失笑が漏れてしまった。
それが却ってゼゼンを怒り狂わせ、審判の合図を待つことなく襲い掛かる凶行へと走らせた。しかし、それはニコラの予想通りの動きだった。速さはあっても単調な袈裟斬りなど相手に回避してくれと言っているような物であり、一撃を回避しながら側面を回り込んで遠心力を利かせた大楯のエッジで延髄を打ち付ける。
首を強打したゼゼンはそのままピクリとも動かず、審判はどうすべきか困ったが、先に手を出したのはゼゼンだったので、ニコラに勝手な事をするなと警告した上で、このまま開始の合図をしつつ、すぐさまニコラの勝利を宣言した。予選とは言え開始零秒で勝敗の決まった珍事だった。
予選を見に来ていた観客達は、この前代未聞の珍事に驚きながら爆笑して、早々に本戦に勝ち上がったニコラに惜しみない拍手を送った。
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