第12話 武術大会の告知
「――――ねえ、フィーダは寝れた?」
「お前も寝れなかったか。このベッドと言うのは柔らかすぎて俺には合わん」
生まれた時から森という外界から遮断された世界で過ごしてきたエルフのセレンとフィーダが人間の世界に慣れるには今しばらくの猶予が必要だった。
寝つきの悪かったエルフ二名とは違い、夜明けまでぐっすりと眠っていたニコラは快調そのものであり、宿の用意した朝食を次々と平らげている。
行軍食とは違う焼きたての柔らかいパン、湯気の立つ数種類の根菜を煮込んだスープ、新鮮な葉野菜のサラダ、塩味の効いた山羊のチーズ、どれも満足のいく味の良さだ。二名も味には文句のつけようも無く、寝不足ながらそれを補うように栄養を補給しようとガツガツと口にしていた。ニコラは連れが多分に行儀の悪い食べ方をしていると思ったが、そもそもこの世界のテーブルマナーをまだよく分かっていないので、地球式のマナーを押し付けるのは如何なものかと考えて、現状は何も言わなかった。一応ナイフ、フォーク、スプーンはあるので手づかみで食べるような行為は禁止だろうと憶測は立つが、正式な作法は覚えておいて損は無い。また一つ今後の予定が増えた。
食事を終えた三名は今日の予定を相談する。厳密には唯一の人間であるニコラが方針を決めて、残り二名が勉強も兼ねて付いて行くだけだが。
「今日は昨日に引き続き、買い物をしながら情報を集めるとしようか。特にこの街の領主の人柄やこのボルド帝国そのものの性格をもう少し知っておきたい」
「そうだな、人間に本当に我々エルフの命運を託せるか否か、じっくりと確かめてやるか」
未だ人を完全には受け入れていないフィーダもニコラの言葉に頷き、自身の目と耳で人間を推し量るつもりだった。
さっそく三名は主な荷物を宿に預け、街に繰り出した。
まず最初に訪れたのは表通りの武器屋だ。店主らしき初老の男性が眠そうに店の前を掃除をしているのを見かけ、買い取りが可能かどうか尋ねると、快く了承してくれた。
「で、何を買い取ってほしいんだ?」
「軍用の弩。数があるけど、取りあえず今は数丁だけ持ってきて残りは宿に置いて来た」
勿論これはギルスの兵士から奪ったものである。腕力の足りないエルフでは満足に扱えない事もあり、野ざらしにするよりは路銀に替えた方が良いと判断して二十丁ほど確保してあった。
軍用と聞き、寝ぼけ眼の店主に火が入る。弩、しかも軍用の機械式武器を扱うのは久しぶりの事であり、数があるという事は大きな商機になりやすい。チャンスを逃すものかと満面の笑みを浮かべて一行を店へと引き入れた。
店には剣をはじめ槍や斧といった基本的な刃物、大小さまざまの殴打武器、一部は弓も置かれており、エルフ二名は驚きながら手近の商品を手に取って眺める。ニコラも完全にファンタジー世界の武器屋に若干興奮気味だったが、先に商談を済ませたかったので、勤めて衝動を抑えた。
さっそくサンプルとして持ってきた弩二丁を店主に査定してもらう。そして案の定と言うか、予想通りギルス共和国軍の武器だった事に若干の隔意を示していた。
「品質は申し分なく、動作も滞りなく破損も無い。こんな新品同然の一級品を扱えるのはうちとしても嬉しいが、どうやって手に入れたか聞くのが怖いな」
店主の言う事も分からなくはない。実用に耐えられる軍用品が纏まった数売りに出されるなど中々無い。入手ルートの少なさを考えれば盗品や強奪品、あるいは横流し品など後ろ暗い伝手で手に入れたと思われても仕方が無かった。かと言ってこのまま買取拒否するには利益が大きく、商人として葛藤するが結局は買取を選んだ。一丁金貨二十枚、あるだけ買い取ると契約を結ぶ。ちなみに金貨二十枚は前日に服屋で購入した三名分の服の代金と同額である。店の売値はおそらく買取値の倍は固い。如何に機械式武器が高価なのかがよく分かる。
「所で弩は需要あるのか?」
「そりゃな、弓より修練は簡単だから、ここの兵士に持たせるために領主様が一定数確保してるんだよ。ギルスと国境を接している以上、いつ本格的な戦端が開かれるか気が気じゃないから常に調練は欠かさない。っても戦の華はデウスマキナだから、こいつを使う機会はそう無いだろう」
やはりあの巨人がこの世界の第一の戦力として数えられているのか。よくよく考えればあの巨体に生身の人間が立ち向かうなど、対装甲兵器でもなければ無謀極まりない。せめて毒ガスのような化学兵器があれば違うだろうが、ギルス共和国兵が催涙弾の類を使わずエルフを捕獲しようとしていたのを見るに化学薬品兵器の類は無いと思った方が良い。
だが、そうなると今度はどうやってあのデウスマキナを製造しているのかという疑問にぶち当たる。あれだけはこの世界の文明にそぐわない異物。それにエルフ達を生体部品として運用するという事は相応に生物学と工学が発達していなければ不可能。しかしこの武器屋の商品の多くは只の鉄や青銅である。チタン系合金の鎧も無ければ複合セラミックの刃物も置いてなかった。この程度の冶金技術であれほど巨大な機動兵器は造れないだろうし、動力源も謎のままである。そちらも可能なら調べておきたいが、まがりなりにも軍事兵器を軽々しく旅人に見せてはくれまい。
「デウスマキナね。ここの領地にも何騎かあるんだろうな」
「そりゃ当然な。俺が知ってる限りじゃあポルナレフ家は三騎所有してるぜ。元王家じゃない一貴族にしては多い方さ」
「それは頼もしい限りだ。となると当然ここの領主は帝国の中でも信頼されてるんだろうな」
「勿論だ。武芸に秀でて何度もギルスとの小競り合いで勝ってるし、内政だって疎かにしない。それに御子息達が交代で西の境でギルスに睨みを利かせているから俺達も安心して暮らせる。ただ、ハゲなのと三度の飯より女が好きなのが玉に瑕って奴さ。連れのエルフのお嬢ちゃんも気を付けろよ」
どうやらここの領主は本当に住民から信頼を得ているが、同時に悪癖も広まっているらしい。もう少し店主に詳しく聞いてみると、相手が人妻だろうが年端もいかぬ少女だろうが亜人だろうが、誰彼構わず寝所に引きずり込んでしまうらしい。おかげで母親の違う子供が分かっているだけで三十人は居るそうだ。
これにはニコラも助力を乞うべきか迷いが生じる。領主としての功績や亜人を差別しない気質は立派、ここで素直に居城に赴いて事情を説明してももしかしたら直接耳を傾けてくれる可能性だってある。しかし、同行者のセレンを見て女好きの領主が何もしないとは到底思えない。村の安全と引き換えに貞操を捧げろと命じられたら、断るのは極めて難しいだろう。仮にセレンでなくとも、誰か村人の中から裏切らない保証として人質を差し出せと言われたら従うしかない。
それはエルフの村の安全保障の契約であってニコラには関係の無い話ではあるが、酷く忌々しいと感じてしまう。特にセレンが脂ぎった女好きのハゲ中年に手籠めにされるのを想像すると、自分の心の奥底から沸き上がる煮え滾った憤怒に我を忘れそうになった。
ニコラが黒い衝動を抱えている中、武器を物色していたフィーダがふと壁に貼られた紙を見て、店主に何なのか尋ねた。その紙には武装した二人の人間が剣を交えている様が描かれ、ニコラには何かイベントのポスターにも見えた。
「そいつは帝都で毎年開かれる武術大会の告知だ。優勝者には皇帝陛下から褒賞が与えられて、希望者は帝国騎士として取り立てられて場合によってはデウスマキナも与えられるそうだ」
店主の談ではボルド帝国は成り上がりを推奨する風潮があり、在野の人材発掘に意欲的だそうだ。それこそこの武術大会は参加資格も特に無く外国人だろうが亜人だろうが構わないとの事。そして仮に優勝出来なくても、成績優秀者は軍の兵士として優遇されるらしい。
それを聞いてニコラはこれを利用出来るのではないかと思い始める。
「――――少し興味が湧いてきた。これ期日にはまだ時間あるのか?」
「ああ、予選の締め切りが五日後だから、馬を使えば間に合うだろう。そろそろ剥がそうと思っていたからそのままやるよ。王都の場所は分かるか?」
知らないと答えると、店主は棚から地図を取り出して、現在位置から王都までの道のりを丁寧に教えてくれて、地図もそのまま持って行けと気前の良さを見せてくれた。
「お前さんの体格なら優勝出来るか分からんが、それなりに良い所まで進むだろう。何を目指すかは知らんが頑張りな」
店主に礼を言い、また弩を持ってくると告げて一行は武器屋を後にした。
その後、一行はニコラの一存で予定を繰り上げ、宿へと戻ってチェックアウトを済ませてから再び武器屋へ戻り、残りの弩をすべて買い取ってもらった。買取値金貨四百枚は結構な大金である。この国にも銀行か貸金業ぐらいあるから預かってもらうのは可能だろうが、残念ながら一行の中に身分確かな者は一人も居ないので保証は効かない。荷物になるが、このまま持っていくしかあるまい。
武器屋を出た足で、そのままレンヌの街を後にする。街道を北東に進む中、フィーダが急に心変わりをしたニコラを不審に思って説明を求めた。
「どういうつもりだ?あの街の長には助けを求めず、武術大会とやらに出て皇帝とかいう長に助けを借りるのか?」
「そういう事だ。あの街の領主でも力になってくれるかもしれないが相手の嗜好が厄介だ。帝都でも空振りだった場合の最終手段として残しておくのなら良いだろうが、最初に頼る相手としては不適当だ」
「山羊のおばさんも女好きって言ってたけど――――あれ?もしかしてあたしの為?」
セレンの言葉にニコラが無言で頷く。しばしの沈黙の後、セレンの顔が徐々に赤くなり慌てて、そんな気を使わなくていいと捲し立てる。本音を言えば見た事も無い人間の男に身体を許すなど嫌に決まっているが、事は自分だけでなく村全体の将来が懸かっているのだ。いざとなったら自分の身体も捧げる事とて厭わない覚悟はあった。
だが、それはそれとして自分の事を気遣ってくれるニコラを想うと、嬉しい反面恥ずかしさで顔が火照る。そして犬が嬉しい時に尻尾を振るようにセレンの長い耳が小刻みに上下する。
「で、でもニコラが強いのは知ってるけど、その武術大会で一番になれるの?」
「さあな。それは分からないが、仮に優勝出来なくても帝国中から人が集まるだろうし、中には皇族や貴族も観覧に来るだろうから、その中の一人でもいいから知己になれば、助けを借りられるかもしれないだろ?まだ時間はあるんだから、色々やってみればいいさ。 何よりこれは俺の我儘だけど、幾ら村の為でもセレンが弄ばれるのを黙って見たくない。フィーダもそう思うだろ?」
「確かにな。妹分にばかり苦労をかけさせるのは俺も性に合わん。俺もその武術大会に参加しよう」
「えっフィーダが?あんたそんな強かったっけ?」
「五月蠅いぞセレン。俺だってニコラにばかり負担を掛けるのは心苦しいんだ。それに弓なら村で俺が一番なのはお前が一番知っているだろうが」
妹分に貶されて憤慨するフィーダはどうでもいいとして、反対意見は出なかった一行は一路ボルド帝都へと馬を急がせた。
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