第17話 ~炎と水。そして魔力という力~

 とある日のこと。


 室内が熱気で充満する一室の中に佇むわたしは。


 全身からポタポタと汗が垂れていくのを我慢しながら目の前で起きていることに集中していました。


「儂はとても助かるのだが、あまり無理はするのではないぞ」


 心配してくれるお爺ちゃんにニコッと微笑んで。


 引き続き目の前で燃えているソレに集中し続けます。


 あ、ちなみにだけど隣にいるお爺ちゃんは獣人さんの村の長であるお爺ちゃんとは別の人です。


 同じ犬人族のお爺ちゃんだけど、引き締まっていて筋肉隆々なとてもガッシリしてるお爺ちゃんなんだよね。


 名前は……えへへ。わたし名前覚えるのが下手なんだよねぇ。


『……クーよ。我が見ているとはいえ安定させるまでは他のことを考えない方がいいぞ』


 っと、ごめんね。


 意識を集中させないと。


 むむむむむむ……。


 わたしの意識に合わせてどんどん変化を起こすソレを見て。


「おぉ……既に鉄は用意に溶かせる状態になっておる様じゃな」


 お爺ちゃんが驚いてくれてるけど、今日やるべきことにはまだまだ到達出来ていないんだよね。


 このまま集中していって……よっし!!


「えっと、こんな感じでどうかな?」


『ふむ。良い感じだな。よく頑張ったな、クーよ。維持は我がしておくから少し休んでいるといいさ』


 えへへ。有難うね。



 目の前にはわたしが喚び出した炎が燃え続けています――炉の中で。


 ここは村の中にある鍛冶場で。


 今わたしは幾つも並んでいる竈の一つを貸してもらって炎の調整を行っていました。


 目の前で燃える炎は普段は見ることがない真っ白な炎が炉の中で大きく揺らめいています。


「素晴らしい……。まさかこの目で見ることが出来るとは思わなかったぞ」


「えへへ。これで製錬出来そうなのかな?」


「あぁ。儂には分かるぞ。炉の中の温度が五千度に達しているはずだ。これならきっと……。これは、このまま儂がいじってもいいのかの?」


「うん。今はお父さんイグニスが維持してくれてるから大丈夫だと思うよ」


 竈から少し離れて鍛冶師のお爺ちゃんの邪魔にならない様に後ろへと下がります。


 代わりに竈の前に座り込んだのが、興奮を隠しきれていない鍛冶師のお爺ちゃん。


 その手には薄い紫色が煌めいている鉱石が握られていて。


 その名をアダマンタイト鉱石。


 とても硬くてとても希少な鉱石の一つで。


 アザリア山脈の中にごく稀に発掘されると以前教えてもらったことがあるんだけど。


 鍾乳洞の中にもアダマンタイトがある坑道があるらしくて。


 ただ、硬すぎて掘ることも出来ないし、近くに落ちていた拳大のアダマンタイトが混じった鉱石を幾つか拾って持ち帰っても加工する技術がなくてどうしようもなかったんだって。


 そのことを鍾乳洞を案内してくれた犬耳のお兄さんに教えてもらった時にね。


 お父さんイグニスからもアドバイスをもらって決心したんだけど。


 超高温度の炎なら製錬できるのではないかと。


 それに。


 最近夜に炎の操作を頑張っていたおかげもあってある程度なら炎の温度も変化出来る様になっていたんだ。


 でも、正直まだまだお父さんイグニスの補助がないと不安なんだけどね。


 それでも、わたしにも村のみんなの役立てることがあるんじゃないかと思って。


 それで鍛冶師のお爺ちゃんに相談してみたんだ。



 実際問題、お父さんイグニスも一つだけ罪悪感を持っていてね。


 最初この村にやって来た時に、わたしが色々とひどいことを言われたことが原因でお父さんイグニスが怒ってしまった時のことなんだけど。


 あの時、門番のお兄さん――レオさんとガレアさんが持っていた槍が燃え尽きちゃったんだけど。


 その槍を作ったのが鍛冶師のお爺ちゃんなんだよね。


 最初はじめて会った時に当然わたしは謝ったんだけど。


 鍛冶師のお爺ちゃんはわたしは悪くないって言ってくれてね。


 お父さんイグニスに対しては色々と小言は言っていたんだけど。


 そのこともあって、わたしもやっぱり罪悪感を持っていたんだよね。


 だから、もしかすると役立てることがあるんじゃないかと思って相談してみたら想像以上に喜んでくれたんだ。



 ――カン、カン、カン!!


 断続的に金属を打ち鳴らす音が鍛冶場の中に響いていて。


 目の前には汗だくになりながらも険しい顔で意識を集中させている鍛冶師のお爺ちゃん。


 炉の中にいれたオリハルコンの鉱石に一振り一振りを大切にしながら鎚を打ち鳴らし続けて。


 どれくらい経ったかな。


 少なくとも魔法で喚び出したお水を三回は飲んだ程に時間は経過していて。


 そしてついに。


「出来た……おぉ、これじゃ。これが儂が作りたかったものなんじゃ!!」


 目の前にはソレを頭上に持ち上げている鍛冶師のお爺ちゃん。


 普通の色とはかけ離れていて、鉱石の時に見た薄い紫色だったアダマンタイトは何度も炉の中で打ち付けることで濃い紫色へと変わっていて。


 それでも神秘的に煌めく輝きはより一層美しく見えるソレは。


 どう見てもツルハシでした。


「え、えっと。これで完成、なのかな?」


 うん。どうみてもツルハシだよね、これって。


「ん? なんじゃそんな呆けた顔をして」


「え、えっとね。てっきり何か凄い武器を作っていると思ってたから」


 普通には加工すら出来ないっていうオリハルコンだから。


 わたしはてっきり物語にでも出てくる様な凄い物が出来上がると思っていたんだよね。


「うーむ。ツルハシはかっこよくはないのかのぉ」


 色々な角度から自分が打ったツルハシを眺める鍛冶師のお爺ちゃんは何処となく悲しそうに見えて。


「や、あの。驚いちゃっただけで。お爺ちゃんが作ったツルハシもとっても綺麗で神秘的に見えるから!!」


「おぉ、そうかそうか。ほほ、そう言われるとやっぱり嬉しいのぉ。じゃが、リアちゃんが気にしてる通り何故ツルハシを打ったのかは教えておくかの」



 鍛冶師のお爺ちゃんが言うには。


 やっぱり世界中で名高い有名な人――英雄だったり勇者だったり。


 そんな人が装備する剣や防具にはアダマンタイトやそれに準ずるオリハルコンだったりヒヒイロカネだったりといった希少金属を用いていることは多いそうなんです。


 堅牢な鱗を持つドラゴンや身体そのものが硬質な物質であるゴーレムと戦うにはそれ以上の硬さの武器が必要で。


 逆にドラゴンのブレスや危険種の一撃に耐える為にもオリハルコンは大切な鉱石でもあるんだって。


 だけど、そんな貴重な鉱石を使って凄い武器を作ったとしても、この村ではせいぜい森に現れる魔獣を倒すためか、獣を捕える為にしか使わない訳で。


 現状ではそれだけならば唯の鉄で出来た剣や槍、弓の矢じりでも全然問題ないんだって。


 だったら何でも掘れるツルハシの方が村では有効活用が出来るってことで。


 鍛冶師のお爺ちゃんはまず一番にツルハシを打ったということだったみたいです。


『ちなみにだが、我の炎ならばオリハルコンで出来た剣だろうと一刀両断出来るぞ?』


 お父さんイグニスが凄いのは分かったけど、今それを言う必要があったのかな?


 わたしが凄い武器って言ってもしかして焼き餅やいちゃったとかないよねぇ?


『…………そんな訳なかろう』


 えへへ。わたしはお父さんイグニス一筋なんだから気にしなくて大丈夫だよ!!



「じゃが、本当に有り難うな。リアちゃんがいてくれたおかげでとても助かったわい。まさかオリハルコンを打つ日がくることになるとは夢にも思わなかったからのう」


「ううん。お爺ちゃんが作った槍を燃やしちゃった償いもしたかったし、何よりもお手伝いをしたかったから。役に立てて良かったです」


 炎の扱い方がうまくなる為に毎晩頑張っているおかげか。


 最近は村の中でもこうして役立つことが増えてきたんだよね。


 クリネおばさんがご飯を作る時もそうで。


 やっぱり火を毎回起こすのは大変みたいなんだよね。


 だから、お父さんイグニスの許しもあったことで火を点けるのはわたしが行うようになったんだよ。


 もちろんお風呂に使う薪に火を点けるにも。


 最近のわたしはお家の中でもクリネおばさんの料理のお手伝いをしたり、家事も色々やってるからいっぱい頑張ってるんだ。



 そんな中でわたしのことで一つだけ大きな変化があって。


 なんと。


 わたしの魔法なんだけど。


 もちろん水属性の魔法のことだね。


 知ってのとおり、わたしは劣等種と呼ばれる魔力が少ない出来損ないなんだけど。


 今までは両手のひらいっぱいにお水を喚び出すのが精いっぱいだったわたしは。


 つい数日前も同じようにお水を飲む為に喚び出してみたんだけど。


 いつもは魔力がほぼ枯渇している状況だったのに、何故かその時は魔力がまだまだ残っている感じがしてね。


 試してみたところなんとなんと、お水を五回も喚び出せることが分かったんだよ!!


 正直あの時は、え、いきなり何で!? と思ったんだけどね。


 混乱しているお父さんイグニスが教えてくれたんだ。


 人の身体の中には魔力が溜まっている不思議な器官があるそうで。


 その魔力を全身に行き渡らせているのが魔力路で。


 魔力を変換して魔法として喚び出す為には魔力を貯めている器官の大きさと魔力路の太さが重要になってくるらしいんです。


 わたしは元々そんなことを知らずに魔法を使っていたんだけど。


 お父さんイグニスを眠りから覚まさせたことで。


 わたしの身体の中で変化があって。


 お父さんイグニスの炎を喚び出す時もどうやらわたしの魔力路が使われているらしく。


 何度も何度もお父さんイグニスの力である炎を喚び出していたらどうやら魔力路が太くなっていったみたいなんだよね。


 そりゃ今まではお水を喚び出す為に少ない魔力しか通してなかった魔力路にお父さんイグニスの力がどんどん流れていったら太くなるに決まっているよねぇ。


 でも、それだけじゃお水をたくさん喚び出せる理由にはならなくて。


 結局は魔力が溜まっている器官がどうにもならないと使える魔力は変わらないはずなんだよね。


 それなのにわたしがお水を喚び出せる量が増えた理由。


 それは――。


『眠っていたのであろうな。我と同じで、クーの中には使われていなかった魔力器官が他にもあったと言うことだ』


 簡単に言うと魔力器官がわたしの中には実は複数あったみたいで。


 今まではそのうちの一つしか使ってなかったそうなんです。


 それがお父さんイグニスの力を使っていくうちに魔力路が太くなって。


 結果として魔力路と繋がっていなかった魔力器官が繋がることが出来て。


 より多くの魔力を扱えることになったということなのでした。



『クーには前にも言ったが、我はそもそも劣等種と言う存在を知らなかったのだ』


 確かにお父さんイグニスと出会った時にそう言ってたね。


 あの時は深く考えなかったけど、今考えるとそれっておかしいことなんだよね。


 長い時を渡って生きてきたお父さんイグニスが劣等種という存在を知らない。


 あれ? そんなこと普通あるのかな?


『我がクーに宿る前。先代の宿主だな。その者と生きてきた時代は今の時代より大よそ40年前のことになる。それにその時いた国も恐らくは今クーがいる国とは別の国にいたのだが、魔力が少ないと言うだけで差別される人種はいなかったのだよ』


 お父さんイグニスが言う国に関して。


 わたしは実は自分の国の名前を知らなかったりするんだけど。


 この村のみんなも国の名前までは知らないみたいだから、まぁ特に興味もなかったしそのままでいたんだけどね。


 お父さんイグニスが先代の宿主さんといた国はレグルス皇国ってところらしくて。


 恐らくはわたしがいる国とは違う外国なんだろうとお父さんイグニスが言ってるんだよね。


 そんなわたしにとってはとても長いと感じる40年前だけど。


 国として。そしてお父さんイグニスにとっても。40年という年月はさほど長い時間ではないそうで。


 わたしのいる国では当たり前の様に差別されている劣等種と言う存在は。


 そもそもお父さんイグニスから見て不可思議な状況なんだそうです。


『我が知る知識では人は大なり小なり魔力器官を持っているのが普通なのだよ。もちろん生まれた時からその全てを扱える者もいればつらい努力を得て開花する者もいるのだがな。だが、クーのように少量の水を喚び出すだけで枯渇したり、そもそも魔力を持っていない人というものは存在しなかったはずなのでな』


「え? それじゃ、わたしって。劣等種ってそもそもなんなの?」


『そこが我にも疑問なのだ。だからクーがその劣等種と呼ばれていたことに気にはなっていたのだが、理由も分からない為に今まで黙っていたのだが……魔力路を活性化させることで眠っていた魔力器官が扱えるようになった事実を考えるならば……劣等種と言う存在を意図的に誰かが。もしくは国そのものが作ったと考えるべきなのかもしれぬな』


 お父さんイグニスの言葉はわたしにとって、とても衝撃的なことで。


 え、それじゃ劣等種ってなに?


 魔力がないからわたしはつらい人生を歩んできたのに。


 それを誰かが意図的に仕組んでいたと言うの?


『すまないが何が本当で何が嘘なのか、今の我には分からないのが現状だ』


 ううん。お父さんイグニスが謝る必要なんてどこにも無いよ。


 このことはわたしにとって知れてよかったこと。


 お父さんイグニスのおかげでわたしはお水をたくさん喚び出せるようにもなったんだ。


『もっと頑張れば、もしかすると我の炎みたいに水を使って様々な現象を起こせるかもしれぬな』


 そっか。


 わたしは。


 劣等種じゃなかったんだ。


 そう思ったらね。


 無意識にだったけれど、頬をツーって涙が垂れていったんだよね。


『ク、クー!? 何故泣いているんだ!? 我か? 我のせいなのか!?』


 わわ。お父さんイグニスが慌ててるよ。


「えへへ。大丈夫だよ。わたしって出来損ないじゃなかったんだって思ったらとても嬉しくなったんだ」


 だからこれは嬉し泣きなんだ。


 今まで劣等種と呼ばれて。


 薄い髪の色だからと蔑まされ続けて。


 それが原因で親に捨てられて。


 最後にはお婆ちゃんからも裏切られたけれど。


 わたしは出来損ないじゃなかったんだ。


 あれ、でもそれって……。


「ねぇ、お父さんイグニス。もしかしてわたしみたいに劣等種って呼ばれてる人はみんな同じで魔力路が細いせいで魔力器官が眠っちゃってるだけなの?」


『何ともいえないところだな。そうもかもしれぬし、そうでないかもしれぬ。だが、少なくとも魔力路を活性化させれば魔力を扱える量が増える可能性が高いのは事実だ。そのことが広まっていないと言うことは何かしらの理由があるのだろうな』


「それって……やっぱり誰かが意図的に情報を操作しているってことなの?」


『我はその可能性が高いと思っている。だからな。クーが思っていることを先に言っておくぞ。――このことはまだ誰にも言うな。それこそこの村の住人にもだ』


「それは……わたしの為に?」


『もちろんそうだな。だが、クーはそれだけでは納得出来ないだろう?』


 ううっ。ばれてる……。


 正直わたしみたいな劣等種と呼ばれた同じ人を助けたいと思っているよ。


 わたしみたいに悲しむ人が一人でも減ってくれれば……。そう思ってしまうんだ。


『だが、何故このようなことになっているか分からない状況で広めるには危険しかないのが事実だ。それに、魔力路を活性化させればと言ってもそう簡単なことでないことはクー自身も分かっているのであろう?』


 そうだね。


 わたしにはお父さんイグニスがいたから。


 お父さんイグニスという規格外の炎をわたしは扱うことが出来たから。


 だからわたしの中にある魔力路が太くなったんだと思うんだ。


 きっと、わたし本来の水属性の魔力だけだったら。


 わたしは気づかないまま一生を終えていたんだろうね。


『魔力路を活性化させるには尋常ではない努力が必要になる。元々の魔力が少なければ少ない程にな。我が知る知識では外部から強制的に魔力を流して活性化させるという荒業を行っていた破天荒な人物もいたのだが、それこそへたすると廃人になることもあったからな。自力で魔力路を活性化させるには一瞬で魔力を全て使い切って枯渇して昏倒するということを何百回と行わなければいけないものなのだよ』


 そんなやり方をしても本当に魔力路が活性するかどうか分からない。


 もし活性化してもその人自身が持つ魔力器官が多ければとても良いことだが、もしも少なかったり。既にそれが限界だったとしたら。


 その人の努力は水の泡となってしまうとお父さんイグニスは言っていて。


『誰が情報を封鎖しているのか分からない状況の中でクーを危険な目には合わせたくないと言うのが我の考えだ。だから、すまぬな』


「ううん。そんな事情があるのなら仕方がないもんね」


 お父さんイグニスはいつもわたしのことだけを考えてくれる。


 だからわたしはお父さんイグニスを信じるんだ。


 それに村のみんなには今は言わなくても大丈夫な感じがするし。


 そもそも村のみんなが魔法を使ってるところをみたことがないしね。


 この村では魔法を使わなくても困ることがないのが実情で。


 森での狩猟も剣か槍か弓を使っていることがほとんどで。


 獣人さんは魔法を使うよりも身体を使って動いた方が良い感じなのかな?


 へたに魔力が増えるよって言って混乱させるよりも今はこのままでいいかもしれないよね。



 とにかく今は。


 わたしの水属性の魔力も。


 そして、お父さんイグニスの力としての炎も。


 うまく扱っていけるように頑張っていく。


 それが今のわたしに出来ることなんだよね。

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