第05話 ~わたしのお父さん~

 空を暗い雲が覆い隠したどんよりした朝。


 普段よりも薄暗く。そして気味が悪く見える森の中で。


 一人小さな子供が頭上を見上げて歩いています。


 ぐるぐると。


 きょろきょろと。


 まあ、それはわたし。クーリアなんだけどね。


 ちなみに小さい子供って何なのかな?


 なんとなくぐぐぐって背伸びしてみたけど。


 うん。わたし小さいね……。


 っとと。危ない危ない。


 背伸びしながら上を向いて歩くのはさすがに無理かー。


 それに上をずっと見上げていて首が少し痛くなってきたかも。


 鼠色の空模様に何処を見ても変化が無い木々から伸びた枝と葉っぱだけばかりが視界に入ってきて。


 あ、いい獲物発見。


 鼠色と緑色。それに茶色の風景の中に混じった丸い赤色の物体。


 わたしの獲物は君に決めたよ!!


 外さないようによく集中して。


 よし。よーく狙って……。


「えいっ! ――フレイムアロー!! なんてね」


 わたしの掛け声と同時に。


 掌から飛び出す細長い炎の矢に似た物体は。


 意思を持ったかの様に目的の獲物――樹の枝に生った果物の先の枝を見事に打ち抜きました。


「わーい。一発成功!! あ、でも少し焦げちゃったな。……あむっ。うん。それでも美味しいな」


 落下してきた果物を危なげなくもキャッチして。


 その場で大きな口を開けてかぶりつきます。


 じゅわっと広がる果物の甘さについつい頬が緩んでしまうけれど、美味しいものは仕方がないよね。


 そのままリンゴに似た甘さがする果物を他にもう2、3個をフレイムアロー(仮)で採取して。


 ホクホク顔で川辺に戻ります。


『まだ少し不安要素はあるが、ある程度炎の制御は出来る様になったか。よく頑張ったな』


「えへへ。美味しいものを食べる為なら幾らでも頑張れるよ」


『目的がずれている気がするが、食欲も大事な要素であるのは間違いはないのか……?』


 なんだかイグニスが唸っているけれど食欲は大事な要素なんだよ。


 てくてくと。


 いつもの川辺に戻って窪ませた石の中に採取した果物を入れて冷たい水を張ります。


 今日は茹でたらそこそこ美味しく食べられる野草も幾つか見つけることが出来たので晩御飯は豪華になるかもね。


 人って慣れる生き物だと何かの本で読んだんだけど。


 実際ほんとそうだよね。


 わたしはとうとう日々の行動で培ったトライアンドエラーで食べられる野草を見つけたんだよ!


 そのままかじると苦いんだけど、茹でたらしんなりして美味しい野草は今となってはわたしの貴重な食糧となっているんだ。


 そんなことを考えながら。


 合間を見つけて川の中で見つけた貝を石鍋で煮込んでだし汁をとります。


 えへへ。じっくり煮込んだ石鍋におさかなと野草を入れると美味しいんだよ。


 おなべ~おなべ~おいしくなぁれ~。


 ぺたんと座り込んで歪な形のお玉でぐるぐると石鍋をかき混ぜていると。


 ポツポツと。頭に何かが当たりだしていることに気づいて。


 空を見上げると無数の水滴が降り始めていました。


「って、わわ。雨が降り始めちゃった」


 わたしは急いで石鍋を持ち上げて雨宿り出来るスペースに避難をします。


 イグニスのおかげで熱くなっている石鍋を素手で持っても火傷しないからとても安心だね。


 雨宿りしながら。膝を抱えたわたしはぼーっと外の様子を眺めます。


 そこそこ雨が強くなってきたみたいだけど。


 どうやら雨漏りはしないみたいで。


 小枝を寄せ集めてその上に大きな葉っぱをいくつも乗せた簡単な屋根だったんだけどうまくいったみたいだね。


 でも、急な雨だったから石鍋を温めてた簡易かまどは雨に濡れて火が消えちゃったけれど。


 まあ、それは仕方ないし。諦めよう。


 今日はのんびりと。雨音を聴きながらゆっくりと過ごそうかな?


『あー……なんというか。あれからまだ一週間しか経っていないというのに随分と逞しくなったものだな』


「えへへ。だって一人じゃないんだもん。イグニスがいるからわたしは頑張れるよ!!」


 イグニスと出会って既に一週間が過ぎようとしていて。


 わたしは森の中で過ごすことに慣れていました。


 もちろんイグニスの炎の制御も最初と比べると格段にうまくなったよ。


 何度も川を爆発させちゃったのは内緒だけど。


 今では自分で名付けた名前――フレイムアロー(仮)って叫んじゃうぐらい慣れたものなんだ。


『だが未だ動く物体……鳥等には当たる気配を見せないがな』


「うぅ。イグニスいじわるだよ……」


 もう少しだけいい気分になっててもいいと思うんだけどなぁ。


 動く的に当てるって大変なんだよ。


 だから未だお肉は食べれていないんだけどね。


 うぅ。そろそろお肉も食べたいなぁ。


『ならそろそろ次のステップを狙ってみるとするか?』


「え? お肉食べられるの?」


『そこはクーリアの頑張り次第だな』


 お肉!!


 わたし頑張るよ!!


 お肉があれば食事のレパートリーが増えるなぁと頭の中でいろんな料理を思い浮かべちゃったりして。


 そんなわたしのサバイバル生活はまだまだ続くのです。



 と、意気込んでみたものの。


 降り出した雨は一向に止む気配を見せなくて。


 それどころか側に流れる川の勢いがどんどん増してるように見えて。


 比例するかのように空から降る雨もひどくなっていって。


『このままだと溢れる可能性があるな』


「そうなったら逃げるしかないのかな。うぅ。でもせっかく作ったのに」


 嫌だなぁ。


 炎の熱で溶かして作った石のお鍋や食器はもちろん。


 今座っている葉っぱを敷き詰めた寝床と雨を防ぐ屋根。


 他にも倒木の椅子だったりこの一週間でたくさん準備したんだけどな。


『仕方ないがまた作れば良いであろう? 我も制御を手伝うから我慢するんだ』


「うー。ってあれ……?」


 そんな時でした。


 荒れて波打つ濁流となった川の上流。


 少し遠いけれどそこに見える白い見慣れない存在。


 視界に映るソレはどことなく丸くて……え。あれって。


「もしかして卵? って、イグニス!! 卵が流されてるよ!?」


『あ、おい! 川に近寄ったら危ないぞ!!』


 濁流の中に流れる大きな卵を見たわたしは。


 そんなイグニスの忠告も聞かずに。


 どんどん水嵩みずかさが増していく川へと向かって走り出しました。


 そして案の定というべきか。


「わ、わわっ!!?!?」


『この馬鹿娘が!! 少し力を開放するから何でもいいから何処かにしがみついているんだ!!』


「わぷっ。う、うううううぅぅぅぅぅぅ」


 水の勢いに負けておぼれかけるわたしと。


 怒号を放つイグニスがいて。


 必死に岩みたいな何かに捕まったと同時に。


 わたしの身体から溢れ出す炎が迫りくる濁流をき止めていました。


 違う。堰き止めているんじゃなくて蒸発してる?


 勢いを増してわたしに襲ってくる水という水全てがわたしの1メートル先で煙となって消えていく。


 そんなあり得ない光景に目を奪われていたわたしだけど。


『何を呆けているのだ!! 早く陸へと上がれ馬鹿者が!!!』


「ひうっ。ご、ごめんなさい!!」


 危機一髪。


 何とか元の位置――自分の寝床まで戻ったわたしは荒い息を吐きながら……自分が何をしていたのかを理解して今更ガタガタと身を震わせてしまって。


 もしかしてわたし死ぬところだった?


『この馬鹿者が。もしかしなくても死にそうだったに決まっているだろうが!!』


「だって……だって卵が流されていたから……」


 震えるわたしの腕の中には大きな卵が抱えられていて。


 あの濁流の中。


 流れてくる卵を必死に捕まえることが出来たけれど。


『卵一つのために君は死にかけたのだぞ? 君はもう少し物事を考えたほうがいい。卵の代わりになる食料は幾らでもあるだろうが』


「違うの……」


 イグニスが怒るのは当然だと思う。


 だけど。


 わたしはどうしても。


 どうしてもこの卵を捕まえたかった。


『違う? 違うというのなら君は何がしたかったというんだ』


「守りたかったの」


『…………。どういう意味で言っている?』


 わたしだって。


 正直自分でも何を言っているんだろうって思う。


 何の卵かも分からないけれど。


 見た瞬間に。流されているのを見た瞬間に体が勝手に動いていたの。


「だって、この子は生まれてもいないのに死にそうだったんだよ? 生まれることもなく死んじゃうだなんてわたしには嫌だったの。だから守りたかった。でも、ごめんなさい……イグニスに心配かけてごめんなさい……うえっ……」


『クーリア、君は……。いや、もういい。とにかく君が無事でよかった』


 ポツポツと。


 雨の勢いが弱まって。


 しんしんと降り続ける雨の中。


 わたしの瞼から溢れる涙も同じように抱える卵へと落ちていって。


 初めてイグニスから本気で怒られた日だったけれど。


 わたしは諦めたくなかったの。


 この卵の持ち主――お母さんが探しているかもしれない。


 わたしが捕まえなかったら。


 濁流に飲まれて卵が割れていたかもしれない。


 そうでなくても何処か知らない場所で生まれて。


 何をするかも分からない場所で独りぼっちになっていたかもしれない。


 そんな考えが浮かんじゃったの。


 だから、イグニスごめんね。


 わたしは守りたかった。


 責任なんて持てないけれど。


 この子を助けたいと。わたしみたいに独りぼっちにはさせたくないと思っちゃったんだ。


『……君は危ういな。自己犠牲など誰も幸せにならないというのに。だが、今までそのことを誰も君に教えることがなかったのだな』


「……ぐすっ。そんなことないよって言えたらいいんだけどね。ごめんね、イグニス。本当にごめんね……」


『もういいさ。君の行動が全て間違っていたとは我も言えぬ。それに。知らないことは我が全て教える。君はまだまだ子供なのだから。間違ったときは怒るし、頑張ったら褒める。そうやってクーリアは育っていけばいいさ』


 わたしもう子供じゃないもん。


 お姉さんなんだから。


 でも、今はそんなことよりも。


 わたしを心配してくれるイグニスは。


 何でかな。やっぱりそう思ってしまうわたしがいて。


 まだ言うつもりはなかったけれど。


 もう我慢できないな。


 うん。勇気を出して言います。


 最近のイグニスを見て、わたしがずっと心の奥底で思っていたこと。


 それは――。



「えへへ。イグニスってやっぱりお父さんみたいだね」


『お父さん……それは父親のことだよな? ……我が? いや、そんなまさか』


「わたしにも合ってるか分からないけれど。だって、わたしが間違っていたらさっきみたいに怒ってくれるんでしょ? それに頑張って炎の制御できた時も褒めてくれた。わたしの知らないことをいっぱい教えてくれる。そんな存在ってお父さんみたいだなってわたし思うんだ」


 お父さん、か。


 自分で言っておいてなんだけどイメージにぴったり合うかも。


 イグニスがお父さん。わたしのお父さん。


 えへへ。お父さんかぁ。


 そう思うと何だか嬉しいな。


 わたしがずっとずっと叶わない望みだと分かっていながら尚、渇望し続けた存在。


 お父さんがいたらどんな感じなんだろうな、って昔は毎晩寝るときに思ったりもしたね。


 そんなわたしの理想的なお父さんとは少し違うけど。


 それでもわたしの中ではイグニスの存在がどんどん大きくなっていて。


 声を聞くたびにあぁ、お父さんみたいだな。イグニスをお父さんって呼んでみたいなって思ってしまったんだ。


 だけど迷惑だと思ったから。このことは心の奥底にしまっていたんだけど。


 もう無理でした。


 だけど、イグニスはやっぱり迷惑なのかな。


 ……やっぱり迷惑だよね。


 急にお父さんって言われたら普通は嫌がるよね。


 でも、そんなわたしの不安は。


 全然気にする必要はなくて。


『ははっ。我が父か……。まさか呪いの魔剣と恐れられた我を父と呼ぶ者が現れるとは夢にも思わなかったぞ。だが……悪くないな』


「ふぇっ?」


 優しい声色。


 ポカポカと。


 わたしを包んでくれる温かさがそこにはあって。


『クーリアよ。いや、ここは我が娘よと言った方がいいか? だが……少し照れるな。ってクーリア。今は大事な場面なのだぞ。こら、笑うな!』


 えへへ。


 そんなこと言われても無理だよ。


 涙でぐちゃぐちゃになって。


 鼻水とか色々と残念なことになっちゃってるけど。


 笑いが止まらないよ。


 そっか。これがそうなんだ。


 ようやく違和感の正体が分かったよ。


 これがわたしがずっと望んでたことだったんだね。


 うん。今なら言える。


 一度でいいから言ってみたかった言葉。



「えへへ。これからもよろしくね――お父さん」


『……ああ。こちらこそよろしくだ我が娘よ』



 わたしが望んでやまなかった存在。


 それは家族。


 だけど。ずっとそこにあったんだね。


 眠っていた時もずっとわたしを守ってくれていて。


 怒るときはやっぱり怖いけど。


 頑張った時に褒めてくれたらやっぱり嬉しくて。


 わたしの知らないことをいっぱい教えてくれる……。


 だからこれからもよろしくね。お父さん。

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