第03話 ~森の中でも裸になるのは恥ずかしいです~

 見上げると久々に見る青い空。


 ここは変わらず穏やかに流れる川辺のすぐ横で。


 その場にはわたし一人が立っています。


 ご飯を食べてゆっくりと眠ることが出来たわたしは実は死にそうだっただなんて嘘みたいにとても元気です。


 そんなわたしが今何をしているのかと言うと。


 えっと、まずは意識を集中して。


『要はクーリア。君が魔法で水を喚び出す時と同じことだ。アレも元を辿れば君の中の魔力を水という形で放出しているに過ぎないのだからな』


 そっか。うん。頑張るよ!


 集中……。意識をわたしの中に巡らせる。


 わたしの中に眠るモノ。


 魔力とは別のポカポカとする不思議な感覚。


 ソレを喚び出すにはどうすればいい?


 魔法はわたしの中に漂う魔力を望んだ形で喚び出す儀式。


 わたしの属性は水。もちろん喚び出す魔法も水な訳で。


 水を喚び出すだけなら少し集中するだけでわたしは扱うことが出来るの。


 だってわたしの一部だから。


 であるならば。


 生まれた時からずっとわたしの中にいてくれたのならば同じことだよね。


 わたしの中に宿るモノ。


 魔法と一緒で……両手にイメージを集中。


 心配することなんて何もない。


 不安になることなんて何もない。


 ただわたしの一部を喚び起こすだけ。


 ソレは異物ではなく。


 ソレはとても大きなつるぎ


 ソレは炎。


 全てを包み込んでくれる大きな炎。


 よし。



「――おいで。イグニス!!」



 ――その時。


 周囲に太陽が生まれたと錯覚する程の光がわたしを中心に現れて。


 カッと眩い光が眼を眩ませる。


 でも、それも一瞬のことで。


 色彩を取り戻したわたしの目の前には。


 陽炎かげろうの様に揺らめく燃え続ける炎があって。


 両手にはずっしりと。でも、それでいて羽の様に軽く感じる大きな存在が現れていて。


 黒と赤。


 無駄な装飾なんて何処にもなく。


 誰が見ても無骨としか思えない存在。


 でも感じる。


 その存在は全てを燃やし尽くし、全てを飲み込むもの。


 ソレは破壊の象徴。


 時には畏怖されて。時には魅入られる。


 でも。


 それでも。わたしには。


 燃え続ける炎はポカポカと温かくて。


 恐ろしさなんてどこにもなくて。


「綺麗……」


 わたしの目に映るソレはとても綺麗でした。


 決してわたしを傷つけない炎。


 イグニス――呪いの魔剣。


 呪い? 何処が呪いなんだろう。


 魔剣? わたしには聖剣に見えるよ。


『いや、さすがに聖剣はないだろう?』


 イグニスが何か言ってるけど気にしない。


 だってわたしにはそれぐらい美しいものに見えたから。



「これがイグニス。あなたの姿なんだね」


『ああ、そうだ。だが、綺麗だの美しいだのよくも恥ずかしげもなく言えるものだな』


「え、イグニスがそれ言うのかな。わたしのこと散々褒めたことを忘れないんだよ?」


 今、わたしの両手には一振りの大きな剣が握られています。


 わたしの背丈以上はありそうな大きなつるぎ


 その名はイグニス。炎を司る魔剣。


 剣身から絶え間なく発し続ける炎が揺らめいていて。


 そして同じく。


 わたしの全身からも炎がごおっと噴出していました。


「…………え?」


 わたし、もしかして燃えてる?



 轟々と。


 わたしの全身から噴出し続ける炎。


 気づいた時にはわたしにはどうすることも出来るはずもなく。


 わたしから燃え上がる炎は。


 わたし自身は熱くもなんともないのだけれど。


 わたしの周囲はその影響をばっちりと受けていて。


 何もかも真っ赤に燃えていました。


 草木はもちろん。


 転がっている大きな岩すらもドロっと溶けていて。


 そんな光景に思わず唖然としてしまったけれど。


 実は他にも燃えている物があって。


 ふと違和感を感じたわたしは、その違和感の正体を知る為に自分自身を見下ろしてみると。


 わたしが唯一着ていた泥だらけのシャツすらもぼわっと燃えていました。


 え、なにこれ。



『……やはりいきなりでは制御が出来ないか。すまないがクーリア、少し我慢してくれ』


「ふぇ? え、我慢って…………ふぁっ!?」


 何が起こったのか把握する間もなく。


 唐突に握っていた両手から消えるイグニスと。


 そして同時に襲ってくる脱力感。


 魔力が枯渇したみたいな感覚に耐えきれるはずもなく。


 わたしはぺたんとその場に座り込んでしまいました。


 もちろん全裸で。


 着ていたシャツ? そんなの一瞬で燃え尽きちゃいました。


 元々奴隷商のオジサンに売られた時に孤児院で着ていた服から薄汚れたシャツに着替えさせられてたみたいなんだけど。


 下着なんて立派なものもなくて、ズボンも靴もなく。膝丈まであったシャツだけで森の中を彷徨っていたわたしだけど。


 周りに誰もいない場所だけど……。


 えっとね。


 さすがに全裸は恥ずかしいんだよ?


「ちょっ、え、ええええええええええ!!?!?!?」


『……すまない。さすがにこれは考慮不足だった』


 うううううぅぅ……。


 イグニスのばかああああああああ!!!!



「うぅ、ひどい目にあったよ……」


『だ、大丈夫か? ……いや、本当にすまない』


 自分の胸をジト目で見下ろしていたら即座に謝ってきたイグニスだけど。


 明らかにこの惨状は分かってたよね?


 イグニスの姿を見てみたいって言ったわたしが言うのも変だと思ってるけど。


 快く許諾してくれたイグニスはこの惨状を見てどうも思わないのかな!?


『いや、確かに我がどんな存在であるかを知ってもらう必要があったのは事実であるし、クーリアが制御しきれるとも思っていなかったのも分かっていた。だから、な? そんな目で我を見ないで……本当にすまなかった』


「まったく、もう。仕方ないなぁ」


 恥ずかしかったのは事実だから怒るところはしっかり怒るよ。


 だけど、うん。これで終わりかな。


「よし、体も綺麗になったし気分を入れ替えるよ!! ただこの状態は正直心もとないんだけど、どうしようもないよねぇ」


 起きてしまったことは仕方ないしね。


 えへへ。周囲は焼野原みたいに燃えちゃったけれど。


 川辺のすぐ側だったから影響はそこまでなかったのは幸いと言うのかな。


 元々イグニスはこうなることは大よそ分かっていたから周囲に危険なものが何もないこの川辺を選んだ気がするけど。


 とにかく。


 全裸になってしまったわたしは割り切って泥だらけだった体を川に入って汚れを洗い流して。


 近くに生えていた大き目の葉っぱを使って簡易的な服を作ったのでした。


 服っていうか下着? どっちかというと水着に近いのかな。


 もちろん胸もちゃんと隠すよ? ぺったんこだけどわたし女の子なんだからね。


 わたしにとっては予期せぬ状況だったけど。


 わたしの体から流れる陽の光に反射する水滴と風に揺らめく淡い水色の髪を眺めて。


 一週間ぶりに水を浴びて綺麗になった体と髪はとてもさっぱりして気持ちが良かったです。



「それで。きちんと説明してくれるんだよね?」


『ああ。隠す気はまったくないから安心してくれ。それとだが。一つ言い訳になるが我にとっても君の服にまで影響が起きるとは思っていなかったのだ』


「うぅ。もうそれはいいから。……あむっ」


 もぐもぐと。


 若干顔を赤くしながらわたしは焼けたおさかなにかぷりと噛り付きます。


 うん、美味しいな。


 焚火の周囲には小枝に突き刺さったたくさんのおさかなさん。


 そう、たくさんです。


 ちなみにわたしが捕まえたんじゃないよ。


 昨日みたいにイグニスがわたしを操った訳でもないんだけどね。


 これは尊い犠牲なんです。


 なのでわたしが責任もって全部食べるつもりです。


 犠牲ってどういうことなのって思うかもしれません。


 このおさかなさんたちなんだけどね。


 ついさっきわたしから噴出した炎の影響は傍に流れていた川の中にまであったみたいで。


 一瞬だけど川が沸騰しちゃったんだよね。それはもうブクブクと。


 イグニス的には蒸発しなかっただけマシだと言っていたんだけれど。


 問題点はそこではないよね?


 その結果、ぷかーっと浮いちゃったたくさんのおさかなさんがいる訳で。


 うん。本当にごめんなさい。


 だから責任もってわたしが全部食べます。


 全部わたしの糧となるんだよ!


 お腹の中の猛獣さんも頑張ってね。


『あー……我の罪悪感がはんぱないのだが』


 えへへ。少しは反省するといいんだよ。



「つまり、わたしに知ってもらいたかったということなんだよね?」


『その通りになるな。我自身が言うのもおかしいが我の力は常人には異常な強さだ。君が願えばこの森一帯を一瞬で焼野原に出来るぐらいにはな』


「いやいやいや……」


 いきなりなんてことを言い出すのだろう。


『ああ、分かっている。君がそんなことを望まないことぐらい。だが、さっきので分かったであろう。クーリア。君は、君が出来る限りの集中をしていたのは知っている。だが、我の姿を見た時に少しばかり集中を緩めてしまったのも確かであろう? それがあの結果だ』


「その結果で裸になっちゃったのかぁ。…………イグニスはもちろん見たんだよね? わたしの裸を……うぅ」


『……我は唯の魔剣だぞ? そんな我に何を求めているのだ……』


「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ」


 少しは女心ってものを分かって欲しいよね。


 そんな朴念仁のイグニス曰く。


 わたしがイグニスを喚び出すことは可能でも。


 制御することが出来ないことは最初から分かっていた様で。


 その結果がわたしから溢れる炎となって。


 周囲を焼野原にして。傍の川も一瞬だったけど沸騰してしまったという惨状を引き起こしちゃったみたいです。


 その事に関してはイグニスの予想した通りだからすぐにイグニスは繋がりを閉じてまたわたしの中に戻ったそうで。


 急激に大きな力が自分の中に戻ったせいで魔力枯渇みたいな脱力感がわたしに襲ってきた訳なのです。


 まぁ、それ自体はいいんだけど。


 それよりも。


 わたしの燃えちゃった服に関してなんだけど。


 わたしがイグニスの炎を熱く感じないのと同じで。


 本来ならわたしの服も燃えないはずだったそうです。


 なら何で燃えたんだろうと思ったんだけど、訊いて理解。


 わたしがわたしの一部だと感じた存在はイグニスの炎の影響を受けないらしく。


 それなのにわたしが着ていた服が燃えちゃった訳。


 わたしが元々着ていた服は。


 奴隷商のオジサンに売られる時に着替えさせられた薄汚れたシャツだったから。


 不本意ながら着続けていた服はわたしの一部だと認識されずに一瞬で燃えちゃった訳なのでした。


 えへへ。仕方ないよね。わたしだって綺麗な服を着たいんだもん。


 だからといって裸は許容できないけどね。


 でも、そんな理由があるなら仕方ないのかなぁ。


 燃えちゃった理由がわたしのせいだと分かったからさすがにこれ以上はイグニスを責めることは出来ないもんね。



『とにかくだ。我の力は強大だ。今の君では扱いきれるものではない程にな』


「うん、それはもう嫌と言うほど分かったよ」


『だが、今後のことを考えれば少なくとも我を喚び出し長時間維持することが出来なければいけないのも事実なのだが……』


「必須事項、なの?」


『ああ。君が今後どうするかにせよ。恐らくはどの未来を選んでも我の力は必要となる。それが我を宿してしまった者の一種の呪いとも言える運命なのだからな』


 正直よく分からないけれど。


 長い時を過ごしたイグニスには分かっているんだろうな。


 今後のこと……。


 正直今のわたしには今後のことなんて分からないよ。


 何をすればいいんだろうね。


 だけど一つだけ言えることがあるんだ。


 わたしは無益な戦いを望まない。


 イグニスの力があれば。


 イグニスをわたしが扱うことが出来れば。


 わたしがソレを望んでしまえば……。


 ううん。駄目だね。そんなこと考えちゃいけないんだ。


 イグニスも言ってくれた。


 わたしはそんなこと望んではいけないと。


 ソレを――破壊を望んだ者は皆。一人残らず、全員が。


 破壊にその身を滅ぼされたのだから。


 だからわたしはイグニスを守ることだけに使いたい。


 今はわたし以外守るべき存在はいないけれど。


 いつか。そんな未来があればだけれど。


 イグニス以外にも。わたしを見てくれる人がいてくれたら。


 その人達も守ることが出来る存在になりたいな。



『だったらまずは出来ることからやることにしようか』


「うん。わたし頑張るよ!!」


『その意気だ。では――まず最初は炎の扱い方から覚える必要があるな』


 わたし頑張るよ。


 これからは一人じゃないんだから。


 わたし以外誰もいない森の中だけれど。


 今のわたしは寂しくなんてないよ。


 だってイグニスがいるから。


 伝わってくる言葉はどれも厳しいものだけど。


 きちんとわたしを見れくれていると感じる優しさもあって。


 そんなイグニスを見て。■■■■みたいだなと少し思ったのはまだ誰にも言えない秘密なんだ。


 えへへ。本当に内緒なんだよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る