第17話セントラル国家共有都市領域08


 学業が終わりクロウはアイナと食事を取ってから生活空間に帰った。


 日によってまったりしたり訓練をしたり。


 それから風呂に入ると、湯の温かさに抱かれて感嘆の吐息をついてしまうのだった。


「クロウ様の髪は綺麗ですねぇ」


 黒いロングヘアーを丁寧に洗いながらアイナはご満悦だ。


「恐縮です」


 クロウの言葉には芸が無い。


 もっとも必要ともされてないが。


 二人とも実年齢はともあれ肉体年齢は幼子のソレなので、問題の起きようもなく純粋に混浴できた。


「オリジン様が羨ましいです」


「?」


「クロウ様に操を誓われて」


「申し訳ありません」


 基本的にその手の類は振り払うことが難しい。


 結果を出すことは必ずしもでは無いにしても功績が付いてくる。


 オリジンに恋慕を寄せれば必然アイナとは成り立たないという結果を招く。


 アイナとしてはからかいなのだが、クロウは前世で失敗した経験があるため何とも言えない気持ちにもなる。


 もちろん表情にも出さないが。


「アイナは何で小生を?」


「運命の相手ですから」


「んー……」


 微妙に頷けない。


 クロウにとってのオリジンが、アイナにとってのクロウ……そういう比較方程式は理解するが、言葉を選ぶ必要があるため沈黙を選ぶクロウだった。


「クロウ様が研究室生になってくだされば嬉しいのですけど……」


「あまり栄誉や功績は好きではなく」


 何度も言っていることだ。


「ではクロウ様は何が欲しいのですか?」


「先生の愛です」


「…………それ以外で」


「剣術の極み?」


「ストイックですねぇ」


 他に言い様もあるまい。


「後は美味しいお茶の淹れ方とかも学ばねばなりません」


「あくまで便宜上ですからクロウ様が本当にメイドになる必要は無いんですよ?」


「メイド服を着せて言いますか」


 ジト目になるクロウ。


「だって愛らしいですから」


 考え得る限り最低の答えではあった。


 嘆息。


「小生以外に研究生を入れることも視野にはあるんですよね?」


「それはまぁ」


 アイナも分かってはいる。


「アイナの研究室に入りたい学生で門前市が出来ると」


「ですね」


「良い人材は居なかったんですか?」


「居たら招いています」


 その通りである。


「ふむ」


 思案。


「ぶっちゃけた話……恋慕や想念を除外して小生はどうでしょう?」


「十分すぎます」


「あまりここでは名のある魔術でも無いのですけど……」


「別に魔術の内容で是非を問うているわけでもありませんので」


 ムギュッとアイナはクロウに抱きついた。


「何でしょう?」


「クロウ様に欲情します」


「そんな年齢でもないでしょう」


 身体年齢の話だ。


「エルフは身体年齢と意識年齢が摩擦を起こすので耳年増になるんですよ」


 業の深いこと甚だしい。


「結局のところアイナの能力を知りませんね」


 魔術に長けていることは知っているが、実際の行使には立ち合っていない。


「あまり人に見せられる類でもありませんし」


 謙虚と取れるが声には疲労があった。


「攻撃魔術ですか?」


「ですね」


「凄いんでしょうね」


「褒められた能力でもありません」


「けれど学院の生徒は慕っているのでしょう?」


「それは……そうですけど……」


 むぐむぐと唇を波立たせるアイナ。


「粗暴な女と思われますか?」


「アイナが小生を思うところとあまり大差は無い気がします」


 苦笑。


 クロウの目指すところは言ってしまえば殺人の技術の集大成だ。


 アイナの魔術が攻性に秀でているとしても、技術という一括で見るならばクロウも他者にどうこう言えない。


「クロウ様はお優しゅう……」


「アイナが優しい程度には」


 さらにムギュッとアイナはクロウを抱きしめた。


 湯の温かみに人肌の温かみが加わる。


「アイナ、アイナ、苦しいです」


「クロウ様にして魅力的すぎるのがいけません」


「小生の過失ですか」


「いえ、功績です」


「むぅ」


 色々と考えざるを得ないクロウだった。


「あまり小生を過信なさらないでくださいね」


 自分で自分を過信できないのだ。


 他者に於いてもそう言わざるを得ない。


 が、


「難しいです」


 アイナはそう言った。


「理由を聞いても?」


「格好良すぎです」


「可愛いって言いましたよね?」


「それもまた事実の一側面ですね」


「色々と矜持的に不条理なんですが……」


「諦めてください」


「はい」


 素直に頷くクロウ。


「先生も小生の慕情をこのように感じたんでしょうか?」


 言葉にせずそう思う。


 嬉しい反面戸惑いもあって、美味と酸味が両立している。


 光栄ではあるが栄光ではない。


 人のため……というのがクロウの第一義であるため構いはしない……どころか推奨されるべき事でもある。


「ううむ」


 プシューと頭から湯気。


 オーバーヒート。


「迷惑ですか?」


「いえいえ」


 弱いクロウだった。

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