第14話セントラル国家共有都市領域05


「や、どうもどうも」


 バンと扉を開け放って開口一番アイナは言った。


「教授……」


 とは部屋の主。


 セントラル魔術学院の学院長。


 老齢の男性エルフ。


 クロウは知らないがシャッハマットと呼ばれるセントラルに於ける魔術の権威である。


「消息を絶ったと聞いて焦りましたよ。今までどちらへ?」


「奴隷商人に拉致られていました」


 重大事をサクリと告げる。


 元々エルフは高値で売れる。


 奴隷商としては商品として欲するのも必然だ。


 魔術を封じられて拉致られたのが顛末である。


 結果論で語れば問題無かったわけだが。


「無事なんですか!」


 さすがに狼狽する学院長。


 いきなり教授が消息不明となり、その原因が奴隷売買となれば、顔を青ざめるには十分だ。


「なんとかなりました」


 隣のクロウの腕に抱きついて、


「この子のおかげで」


 と破顔する。


「息災なら何よりです。首謀者は?」


「サウス王国の貴族のどこそこかと。その辺は領主に報告願います。サウス王国への牽制も含めて」


「よしなにしましょう。それでそちらの幼子は?」


「クロウと申します」


 慇懃に頭を下げる。


 外見年齢は幼子であっても実年齢は元服も見えてくる年齢なのだが、


「鬼の血を継いだ事は秘匿した方が良いですよ」


 とアイナに言われたため多くは語らない。


「で、クロウ様を私の研究室に所属させたいのです」


「ということは魔術師ですか?」


「それはもう」


 ベクトルは剣術における補助の方向を指しているが魔術が使えるのは嘘ではない。


「というわけでクロウを此処の学院生として迎えてください。私の研究室に所属させたいですから」


「ミスターはソレで宜しいので?」


 一応当人の受諾も必要ではある。


「アイナの研究室に所属する事は名誉なのですか?」


 クロウとしては確認すべき事だ。


「セントラル魔術学院に入学する事が既に誉れです。その上アイナ研究室への所属ともなれば箔がつく事を保障します。なにせアイナ研究室への所属希望者はそれだけで門前市が出来ますからね」


 学院長の苦笑。


「では却下で宜しいでしょうか?」


 そうクロウは謝絶した。


「何でです?」


 アイナの困惑はむしろ当然だ。


 当人は教授としての立場を大いに利用して、クロウにあれやこれやを画策していたので肩すかしをくらったような心境。


「小生は栄光や功名の類を必要としませんので」


「そなの?」


 アイナの与り知らぬ事であり、それは学院長も同一だ。


 転生者。


 それであるクロウは前世で功に驕って排斥された過去を持つ。


 六道の何処に墜ちようとも次こそは逸る事無く謙虚に生きる事を旨と誓っていた。


 結果としてセントラル魔術学院への入学やアイナ研究室への所属が名誉だというのなら、クロウにとってその勧めは胸に秘めた誓いへの反故に値する。


「申し訳ありません」


 前世については説明しようが無いためクロウは丁寧に頭を下げるに留める。


「せめて入学くらいはしませんか?」


 妥協を引き出そうとするアイナに、


「学院生と言うだけで誉れなら小生としては受け入れがたいです」


 そんな恐縮と云うには卑屈な論理を展開する。


「むぅ」


 唸るアイナ。


「ではアイナ教授のメイドになるのはどうでしょう?」


「メイド……」


 要するに使用人。


 学院生ではなく、研究室生でもなく、単純に仕事としてアイナの付き人になる。


 なるほどそれなら一介の人間として成り立つ道理だ。


 クロウが人間かはまた別の議論となるが……。


 しばし議論した後、


「それならば」


 とクロウは頷いた。


 使用人なら名誉も何も無く、その上でアイナ研究室に在籍できる。


 別段魔術を覚えようという気概も無いのだが、クロウの事情とアイナの恋慕を両立させるなら最適解とも云える。


「ではその様に」


 学院長はそう言った。


「住まいは学院側で用意する方向で良いでしょうか? それとも……」


「私の研究室で囲います!」


 元気よくアイナが云った。


「ミスターの意見はどうでしょう?」


「衣食住が保障されれば何処でも」


 特に欲の無い意見である。


 結果そうなった。

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