第10話セントラル国家共有都市領域01
「で、懐かれたと」
「申し訳ありません」
何のことかと言えば奴隷商人に密輸されていたエルフの少女だ。
金髪のショートに宝石にも似た碧眼。
これ以上を考えられない美少女の極致であった。
エルフがおしなべて美貌の持ち主であるのはクロウもオリジンから聞いた。
そもクロウの世界には亜人が居なかったため慣れていないだけで、鬼のオリジンが居るのだから他の亜人が居ても不都合が無いという納得程度は出来る。
エルフの美少女は名をアイナと言った。
オリジン曰く、エルフは亜人の中でも人との交流が活発な種族であり、その美貌と魔術の素養は人類種の届かないところにあるという。
で、そんなエルフを奴隷にしたい悪趣味な人間は居るもので、セントラルから拉致されたのが事の顛末との次第であった。
「セントラル?」
と首を傾げたクロウの疑念はまことに正しい。
サウス王国と鬼ヶ山程度の地理しか脳に刻んでいないため大海を知らぬ蛙も同様だ。
「クロウ様!」
とエルフ……アイナは抱きついて頬ずりした。
クロウは元が人を超越した美貌であるため異性の目に魅力的に映るのも致し方ない。
「魔術で対抗できなかったんですか?」
尤もな疑問だが普遍でもある。
「マジックシールを掛けられていましたから」
そんなアイナの言。
要するに魔術師として卓越しているが故に、魔術を封じられて拉致されたためどうにもこうにも……と云った具合だったらしい。
「にゃー……」
アイナは嬉しそうにクロウに懐いた。
「どうしましょうコレ?」
困惑するクロウ。
「これが動物なら元のところに棄ててこいと云うのじゃが……」
オリジンも途方に暮れている様子だった。
「オリジン様」
とはアイナ。
「クロウ様を譲ってください」
クロウが半眼になる。
こと恩義の面においてクロウはオリジンに究極的に感謝している。
忠義立てという意味では最上級だ。
であればアイナに譲られるなぞたまったものではない……という思考ではあったが、
「否やは無いがの」
結構サクリと肯定するオリジン。
「先生!」
クロウが悲鳴を上げた。
さもあらん。
心を仮託した人から見捨てられるのは、その心に欠落を生む。
それは時に痛覚以上に痛みを敏感に覚える事になるのだ。
対照的にアイナが晴れやかな笑顔を見せた。
「クロウ様!」
「…………」
「私の剣になってください!」
「小生は先生に剣を捧げ、なお操を誓っています」
「わお」
ポッと赤くなるアイナだった。
「もしかしてクロウ様とオリジン様はそんな関係?」
どこか楽しそうだった。
言葉が弾んでいる。
「将来的にの」
オリジンも否定はしない。
クロウの年齢が熟成すれば童貞を貰い受ける事を承知されている。
クロウとしても想い人に貞操を捧げられるならこれ以上は無いのだが、
「ふわぁ。ふわぁ!」
鼻息荒くアイナは興奮した。
「いいですね!」
「でしょう」
肯定的なアイナの言葉に同意を示すクロウだった。
「じゃあ将来的なアレやコレやを出来る年齢までクロウ様を私にお貸し願えませんか?」
「どうぞ持っていきねぇ」
「先生!」
繰り返しになるがクロウはオリジンと離れる事を良しとしないのだ。
「ここには変化が無い」
とはオリジンの言葉。
「わしは世界を知っているから山に隠遁しても詩を詠えるが……クロウは鬼ヶ山しか知らぬじゃろう?」
「です」
それは事実だ。
「であれば下山しろ」
いっそ決定的な言葉。
「小生をお見捨てになるのですか?」
「なわけなかろう。わしがきさんを蔑ろにした事が一度でも在ったかや?」
「……ないです」
「そういうことじゃ」
くくっとオリジンは笑う。
「わしに操を誓ったのじゃろ?」
「はい。初めては先生の腕の中で散らしたいです」
「可愛いクロウ」
オーガの特筆すべき美貌がクロウのソレと重なる。
口づけ。
それもディープインパクト。
唾液を交換して互いに興奮して貪る。
「うわぁうわぁうわぁ」
両手で顔を覆いながらも指の隙間からその光景をしっかりと見つめ興奮するアイナ。
美女であるオリジンと美少年であるクロウのフレンチキスはそれほど淫靡なのだ。
唇に濡れた互いの唾液を舐め取り口に含んで味わう。
「世界を知れクロウ。きさんが世界を知り……悟れるようになるまでわしは鬼ヶ山で待っているからの」
「先生のおそばでは駄目なのですか?」
「古人の糟粕……というじゃろう?」
「ふむ……」
「であれば小粋な夜伽の話が出来るようになってから帰ってくるんじゃな」
オリジンは肩をすくめる。
「どうせ十数年はわし好みの肉体年齢にならんはずじゃから」
難老長寿。
「むぅ……」
「見聞を広げてきやれ。セントラルならばそれも容易かろう」
「私が責任持ってクロウ様を導きます」
興奮しながらアイナが言った。
「人の縁の不思議な事。エルフならばその外見から逆算して……」
「殺しますよ?」
いっそ晴れやかに笑うアイナだった。
エルフはオーガと同じく外見と年齢が正比例しない。
外見年齢はクロウと同程度であるが、その実年齢はふれれば玉散る至高の刃。
「これは失礼をば」
苦笑してオリジンは謝罪した。
オリジンもまた美女でありながら悠久の刻を過ごした鬼である。
年齢事情についての……とくに女性の敏感さは覚れる。
「大丈夫じゃ」
オリジンはクロウの憂慮を払う。
「わしは何時までも此処で待つ。鬼の寿命をなめるでないぞ」
「愛は薄れないでしょうか?」
それがクロウの後ろ髪を引っ張るのだった。
「信用が無いの」
オリジンの苦笑。
「いえそのような」
畏れ入るクロウ。
「大丈夫……と言葉で誓っても一銭にもならんしの。じゃがクロウと重ねたわしの年月が風化するときさんは思っているのかや?」
「先生はずるいです」
「年の功じゃ」
額の角を弄るオリジンだった。
「とうわけでアイナ嬢」
「はひっ!」
クロウとオリジンの睦言にトランス状態だったアイナが、声を掛けられ背筋を伸ばす。
「クロウをよろしくお願いする」
「はい。責任持って預かります」
そういうことになった。
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