たかるシノノメ

 その日、テストパイロットのシノノメ・ナガトはハンガーの隅で死んだ顔をして研究者や学生たちをそっと騒がせていました。

--整備はもうすぐ終わりますよ。明日には謹慎もとけて飛べるんですから、そんな顔しないでください。

 そう言ったのは、眼鏡の新婚、カズヒサでした。

 ミサイルの入った弾薬箱の上に腰掛けて、シノノメは死んだ目でカズヒサを見返しました。

--腹減った。

--え?

--腹減ったと言ってるんだよ。金欠で昨日からなんも喰ってない。

--僕から飲み代たかってましたよね。

--思えばあの頃はまだ金があった。狡猾な詐欺にやられた。

--あー。あのあといかがわしいお店に行ったんですね。

--違うに決まってるだろ! 俺は撃墜するための機動が好きなんであって既に撃墜コースに乗ってる標的機を狙い撃つのは好きじゃない。

--オヤジギャグですね。

--違うって言ってんだろ眼鏡新婚野郎。ああくそ、悪口になってない。ダメだ、腹が減って冷静に考えられない。

 カズヒサが呆れた様子で周囲を見ると、老教授が面白そうに寄ってきました。

--カズヒサくん、食事に呼んでやったらどうだね。

--いやです。

--新婚生活の邪魔はせんだろうさ。なに、テスト機に乗る者同士、親睦を深めた方がいいと思ってな。

 カズヒサが重ねて断ろうとするとシノノメの腹が盛大に鳴りました。


 それで、夕飯はカズヒサの家で食べる事になりました。アビーが腕によりをかけて作った料理が食卓に並び、シノノメは遠慮なく、遠慮してくださいとカズヒサに言われながら食べまくりました。

--いいなあ。鳥人の女房なんか貰いやがって。

--それは何回も聞きました。

--いーなー!

 大声でシノノメはいい、新妻アビーを笑わせました。

--面白い人ね。カズヒサ。

--僕はあまり面白くないけどね。

--そこはやらないよって言わないと。

 アビーはそう言ってカズヒサに後ろから抱きつきました。シノノメはケッと言いそうになって、残っているサラダを全部食べました。

--パイロットって高給取りじゃないんですか。

--だから、悪質な詐欺にあったと言ってるだろう。

 アビーはカズヒサの顔を見ました。

--カズヒサは変なお店に行ってないよね?

--行くわけないだろう。

--うん。


 新婚ミサイルかとシノノメは悪態をつき、そのまま、また来ると言ってカズヒサの家を飛び出しました。いたたまれなかった、とも言います。


--最近猟奇殺人事件多いみたいなんで気を付けてくださいよ。

--お前こそ美人の奥さん守るんだぞ。

 窓から顔を出して言ったカズヒサに、シノノメはそう言って歩き出しました。

 ポケットの中の小箱を取り出し、ほんとなんでこんなの買ったんだと呟きました。本当はアビーに贈ろうかとも思ったのですが、渡したら渡したでなにか勘ぐられるのも嫌だなと思って考え直したのでした。

 歩きながら小箱を開け、手紙が入っているのを見つけてびっくりしました。


--おお?

 慌ててシノノメは手紙を読みました。


”にゃーん。このにゃんはあいさつのにゃん”

”結婚したいにゃん、ごろごろすりすり”


--なんと。

 よく見ると猫の肉球までついています。猫好きの人が書いたんだろうなとシノノメは想像し、しばらく歩いていやいや。騙されないぞと思い、帰りにペンと便箋を買って帰りました。


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