青ではあるが、春ではない
子供がいなくなった家というのは、どこか廃墟に似ている。元気だった頃の幻が、そこかしこに見えてしまうからかもしれない。
今はもう、新聞のページをめくる音しかしない。
仏壇に手を当てれば、気も落ち着くのではないかと思うのだが、栄子の家は仏教徒ではなかった。
だからこう、いつまでもいつまでも、落ち着かないでいる。
「瞬ちゃんも、悪いわねえ。こんな家に、いつまでも」
「いえ」
「もう来んでいいんだぞ」
二間続きの居間から、栄子の父がそう声を掛けてきた。老眼鏡をずらして、新聞をめくる手を止めて僕を見ている。僕は知っている。彼は娘の消息を知ろうと、毎日新聞の新聞を隅から隅まで読んでいる。
目が会うと、栄子の父は新聞に目を戻した。
僕は栄子の母と苦笑を交わす。
「ああは言っているけど、栄子を忘れないでいてくれて、本当に喜んでいるのよ」
「分かる気がします」
親御さんにはかなわないが、僕にも忘れられない、忘れたくない友達だった。あるいはそう、友達じゃなかったかもしれない娘。
世間は僕より速度が速くて、僕はすっかり取り残されてしまっている。もう周りの誰も、僕の両親も同級生も栄子のことなんか忘れているだろう。問いかけて、考えて、それでようやく名前が出てくる、栄子はそんな存在になってしまっている。
頭を下げて、栄子の家を後にする。足は自然と、小学校からの帰り道に向かっている。
ここも廃墟のようだ。栄子や僕の幻が、いくつも見える。
栄子はどこに行ったのだろう。
白いワゴン車が付近に止まっていたという話はあった。警察はそれを中心に調べていた。でも、未だに犯人どころか手がかりもない。ひどい話もあったものだ。
やっぱり警官になるべきだったかなぁ。見え始めてきた星空を見て、そんなことを思った。でも当時は、無力な警察をどうしても許すことができなかった。栄子の事を忘れたかったこともある。
勉強に打ち込んで、国立大学に行って、院に進んで……
好きでこの道に進んだ人たちに申し訳ない気分になりながら、僕は何かから遠ざかるためにこっちに来ている。ビジネスマンにもなりたくなかったし、週末にパーティなんかもやりたくはなかった。
スマホからメッセージが飛んできていたのが、ズボン越しに光ることで分かった。それで僕は、今が二一世紀であることを思い出す。
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