ブラック企業 of The アンデッド

宇枝一夫

第1話 Living Dead

 目が覚めたとも、意識を取り戻したとも違う、これまでに感じなかった新しい目覚め。

 ここはどこだ? と、フォーマットされた魂にデータを書き込むように、俺は頭を上げ辺りを見渡す。


 体はぼろぼろ、命の火も消えかかっていた。そんな記憶が歯磨きした後の歯磨き粉の味みたいに口の中に残っている。

 腐りきった体の器官だったモノが、まるで新生児みたいにすべてが新しい脈動をかなでており、魂に刻み込まれるデータも、初めて見た景色みたいに新鮮に感じる。


「会社の……トイレか」

 ロックがない個室の木のドア。荷物をかける為のフック。そして、臀部を圧迫するプラスティックの便座。

 それはほんの数時間前の記憶と寸分違わない……はず。

 でも、目の前の景色と記憶が間違い探しのクイズみたいに一致しない。どこか、違和感を感じる。


 ああ、ドアにロックがないのは最初からだな。何せウチの”会社”、従業員がトイレに”籠城”しないようにロックはすべて取り外してあるんだ。

 さすがにドアが残してあるのは武士の情けか、汚物と”粗品”をさらしてもっと”士気が落ちる”のを防ぐ為かわからない。


 まぁいい、景色を認識しているってことは生きている……はず。

 気のせいか? 生まれてから今まで三十年近く、俺の肉体を熱くする鼓動が感じられないんだが……。


(別にいいだろ……そんな”ささいなこと”)


 自分じゃない”自分”が、自分に向かってつぶやいた。

 ああ、そうだな。つまらないことに気を取られてしまった。さて、仕事だ。

 ふと、ポケットのスマホを取り出し時刻を見る。


【AM4:26】


「朝……か?」

 自分が発した単語に自分が驚く。

 まるで、もう呼ぶことのない、別れた彼女の名前を呟いたかのように。

 いや、別れるどころかくっついたことすらない人生だってのに……。


 (”人生”? 人生ってなんだ?)


 永遠に、二度と呟くことのない単語を口に出した俺は立ち上がり、スラックスをあげベルトを巻く。

 そして手洗い場へと向かう。

 蛇口をひねり両手を差し出したところで再び違和感を感じる。


(いつの間に……日焼けしたんだ?)


 焦げ茶色した手の甲に水をあて、ふと顔を上げる。

 目の前にはかつて鏡があった壁。誰かが割ったのか、仕事中の自分の顔を見ると、”より絶望する”為、社長が取り外したのか、そんなことはどうだっていい。

 重い肉体を引きずるように、俺は自分のデスクへと向かう。


 ここは、とあるIT企業。

 ネットで奴隷自慢する奴らのスレッドへ、ウチの会社の待遇を書き込むと、必ず決まった返事が返ってくる。


 沈黙か、『ハッタリだ!』か。


 省エネだからと、天井の明かりが消えたオフィス。

 唯一の明かりはLEDディスプレイから発せられる光のみ。

 椅子に座った俺に向かって、机のパーティション越しに隣から声が届けられた。


増尾ますお君、寝てた?」

「……すいません助留すけるさん、トイレで寝ちゃいました」

「いいさ、寝られる時に寝とかないと。あと、目が覚めた事に感謝しないとね」


 隣で華麗にキーボードを叩いているのは俺の先輩の助留さんだ。

 その名の通り、みんなからすけさんと呼ばれている、頼れる兄貴分だ。

 寝ていた分を取り戻そうと、俺もキーボードを叩く作業に入った。


”カタカタ””カチャカチャ””カンカチャ”


 気のせいか? キーボードが指に張り付くような? まぁ手垢や汗、あぶらがキーボードにくっついたんだろう。あとでウェットティッシュで拭いておくか。


”カタカチャカタタタカタカタ”

 そんな俺の倍近いスピードでキーボードを叩く助留さん。


「助さん。なんか今日絶好調ですね」

「うん、なんかさ、日付超えたら”指先どころか体が軽くなって”さ、めっちゃはかどるんだわ」

「無理しない方がいいですよ。冷蔵庫から何か飲み物持ってきましょうか?」

「そうだね。俺の名前が書いた缶コーヒーお願い」

 冷蔵庫から俺の野菜ジュースのパックと、助さんの缶コーヒーを持って……。


”カラーン! カン! カラカラ……”


「おいおい困るなぁ落としちゃ、大丈夫か……」

「助……さん? え? その体……骸骨がいこつ?」

「え? 増尾……君? 違う? ……ゾン……ビ……?」


『『うわぁぁぁぁーー!』』 

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ブラック企業 of The アンデッド 宇枝一夫 @kazuoueda

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